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モリタ株式会社 近藤篤祐さんインタビュー[ICC デザイン&ものづくりインタビュー]

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インタークロス・クリエイティブ・センター(ICC)では、クリエイターと企業の様々なコラボ事例をご紹介しています。
第1回目は、札幌市の紙器製造・販売会社であるモリタ株式会社の取り組みをご紹介します。
[デザイン&ものづくりインタビュー・企業編](2020年4月16日リリース)

「デザイナーを信じること」

コラボ企画で独創的な紙箱製品を次々と発表し続ける
モリタ株式会社 常務取締役 近藤 篤祐さん
  • 近藤さんの写真1

景気と連動、贈答用箱メーカーが直面した時代の壁

「うちのような中小企業が生き残るには《デザインを磨く》という選択肢しかない。その一念でした」

創業88年の札幌の紙箱メーカー、モリタ株式会社の常務取締役、近藤篤祐さんは贈答用箱づくりに専門特化していた同社に《デザイン》という概念を持ち込んだ立役者である。

面白いものづくりに目がない札幌のデザイナーたちから絶大な信頼を集め、最近では企業サイドからも頼られるよき相談役になっている。

  • 近藤さんの写真2

    前職は商社勤務だった近藤さん。酪農が盛んな興部町出身。
    北海道の食品メーカーを応援する気持ちはひときわ熱い。

2007年、30代半ばの近藤さんが転職した当時のモリタは実に厳しい局面を迎えていたという。
もとは札幌の老舗百貨店のギフト用紙箱を一手に担う製造会社として1932(昭和7)年に創業。丁寧な仕事ぶりで順調に顧客を増やしていったが、1990年代に入ったとたん状況は一変した。バブル崩壊を皮切りに1997年の北海道拓殖銀行破綻と、北海道の景気が著しく後退したのである。 

「ギフトは景気の高低を表す指標のようなもの。景気が上向いているときは法人個人を問わずお中元やお歳暮が飛び交いますが、冷え込んだとたんにその数も激減します。外側の箱を作る我々メーカーもその影響から逃れることはできませんでした」 

じきにネット通販の浸透とも連動し、ギフト自体が大口の法人ベースから“届けたいものを届けたい相手に贈る”小規模な個人消費の時代に突入する。
そうした時期に入社した近藤さんが会社から期待されたことは、苦境を脱する新機軸。従来の顧客とは異なる市場の開拓が求められた。
そこで近藤さんの脳裏に真っ先に浮かんだアイデアが、冒頭の言葉どおり《デザイン》であったという。
「中小企業が安くたくさん作って大手に勝つことはありえない。むしろ小規模生産で差別化をはかる。他がやっていない箱の作り方とユーザーにうったえかけるデザイン力。新しい箱づくりに向けてリサーチを始めました」

差別化をかけたVカット、自社初の「ミルクラフト」誕生

札幌のモリタだからできる箱を作りたい——。その思いで各地の気になる箱を調べまわった近藤さんがたどりついた技術は、高級木箱の製造技術を紙箱に転用した「Vカット」。箱に彫刻刀で彫ったような溝を作ることで箱本体と蓋が気持ちよくフィットする。北海道ではまだなじみがない、洗練されたギフトボックスにふさわしい加工技術を発見した。
これに将来性を見出した近藤さんの提案を受け入れ、モリタは2008年にVカットボックス加工機を導入。差別化の大きな一歩を踏み出した。

  • Vカットボックスの写真

    東日本のVカットボックスはモリタが圧倒的なシェアを占めている。

Vカットボックスは普通紙では作れず、丈夫で耐久性の高い牛乳パックの再生紙が使われる。
ここで少し時間を巻き戻すと、近藤さんはモリタへの転職とほぼ同時期に北海道芸術デザイン専門学校の夜間部に入学した。
「“デザイン以外に活路はない”と思っている私自身がデザインのことを何も知らない。自分よりひとまわり以上若い同級生たちに混じって2年間通いました」 

このとき、今のモリタの箱づくりにつながる出会いがICC企画のワークショップから生まれている。
現役のデザイナーたちから直接指導を受ける2日間のワークショップに参加した近藤さん。講師陣に混じった打ち上げの場で“Vカットボックス用の牛乳パック再生紙をブランド化して売り出したい”というアイデアを初めて人前で披露した。
「それを聞いたデザイナーの方たちがすぐに“一緒にやりましょう!”と言ってくださって、今考えると信じられないような豪華な顔ぶれが集まった。そうして誕生したのが当社初のブランディング商品『ミルクラフト』です」

  • ミルクラフトの写真

    箱の素材そのものをブランド化するというアイデアが秀逸。
    「ミルクラフト」というネーミングは近藤さんが発案した。

「ミルクラフト」ブランド化のプロジェクトリーダーはFutaba.の福田大年(ひろとし)さん。ロゴマークはCOMMUNEの上田亮さん。フライヤーやウエブに使うコピーやテキストの監修をインプロバイドの池端宏介さんが、ウエブデザインをFutaba.の児玉美也子さんが担当した。 

札幌の名だたるクリエイターたちとの初仕事で近藤さんが実感したことは、「札幌のクリエイティブの質が驚くほど高いということ。同時にデザインは表面上のかっこよさではなく商品の本質的な価値を表現するものだということがよくわかりました」
人海戦術の営業活動ができない中小企業にとってパンフレットやフライヤー、ウエブはブランドをひとり歩きさせてくれる重要な営業ツールである。
ブランディングから2〜3年が過ぎたころ、ミルクラフトの売上は徐々に伸び始め、当初の期待どおりモリタの新戦力に成長していった。

  • ミルクラフトの写真2

    リサイクルのエコ商品であるところも「ミルクラフト」の魅力の一つ。

HAKOMARTが引き上げた技術力とモチベーション

こうしてデザイナーたちとつながった近藤さんが次に展開した企画は「HAKOMART」(ハコマート)。リボンを使ったアートプロジェクト「リボネシア」で知られる前田麦さんが呼びかけた「お気に入りの箱を酒の肴に持ち寄るハコ呑み」から生まれたコラボイベントである。
モリタが提供するVカットボックスを、参加デザイナー各自が粋を凝らした箔押しで思い思いにデザインする。箱というニッチな素材を使ったグループ展兼即売会のような形となった。
「会場はモリヒコさんにご協力いただいて開店一年目のPlantationで行い、売上の一部をデザイナーさんにバックしました」。

  • 京サブレの箱の写真

    近藤さんが“ハコ呑み”に持っていった箱は Vカットを知った原点、マールブランシュの「京サブレ」。

  • 京サブレの箱の写真2

    箱本体の内側にVカットの溝が入っている。

2012年から始まったHAKOMARTは札幌のデザイン好き・雑貨好きの心をくすぐり、初回から大好評。「動員以上に得たものが大きい」と近藤さんは振り返る。
「当社のことを一般の方々にも広く知っていただく機会になりましたし、参加デザイナーさんたちから次は仕事としてパッケージ制作の声をかけていただくようになりました。
そして一番の収穫は、社内のものづくりのレベルが一気に上がったこと。それまでは“ロゴを真ん中に押すだけ”といった単調な箔押しが、急にデザイナーさんたちが要求する複雑なデザインに対応することになり、初めのころは工場のオペレーターたちは四苦八苦。
それでも続けていくうちに技術が上がり、難しい仕事にチャレンジする土壌もできてきた。当社独自の箱アーカイブを一気に増やすことができました」

  • ハコマートの写真

    2016年のHAKOMART会場。テーマは「おしごとの箱」だった。(提供写真)

日頃は裏方に徹する工場スタッフもHAKOMARTの会場に行けば目の前で自分たちが作った箱が売れていき、高い評価を得ることで仕事へのモチベーションがいっそう高まったに違いない。
デザインで会社に新しい命を吹き込むという近藤さんのミッションがまたひとつ、形になったコラボイベントであった。

  • 箱の写真1

    規模や場所を変えながら現在も続くHAKOMART。2019年の作品群。

  • 箱の写真2

    箱もアイデア次第で素敵なティッシュボックスに!早坂宣哉(のぶや)さんの作品

「デザイナーを信じて任せる」経験値から学ぶものづくり

デザイン活用のお手本のような事例を増やし続ける近藤さんに企業向けのアドバイスをうかがったところ、真っ先に「デザイナーを信じること」という答えが返ってきた。
「最初は頼むほうも慣れないでしょうし費用がかかることなのでつい、いろいろと口を出したくなる気持ちはわかりますが、デザイン活用事例は世に出してはじめて検証ができるもの。
初めにこちらの思いを伝えたあとはデザイナーさんに任せて最後まで走り切る。その経験を積み重ねていってほしいですね」

  • 箱の写真3

    モリタオリジナルの収納箱「MiNiMuMSpace」。足立詩織さんとの共同開発から誕生した。

デザインの力を信じる。その一方で「商品が売れるか否かの根本は商品力にある」とも語る近藤さん。
「もし結果が思わしくなかったときに全てをデザインのせいにする前に、売った場所やターゲットは正しかったのか、そもそもの商品力を見直す必要があるのか、それらの要素を冷静に見極める力を鍛えていくことも必要だと思います」

デザイン料に関しては「3〜5年のスパンで売上計画を立て、その目標金額に何パーセントをかけた金額をデザインフィーにするというやり方もあれば、初めから予算が決まっていることをデザイナーにストレートに相談して、その範囲でできることを提案してもらう方法もあります」
まずは胸襟を開いて話し合うコミュニケーションの重要性をうったえた。

  • 箱の写真4

    楽天イーグルスの年間シートチケット用ボックス。
    太陽のフレアのような白い箔押しはフタの表面と側面4枚を別々に刷った紙をズレなく合わせた離れ業!

  • 近藤さんの写真3

    「美専時代、講師の市川義一先生に根本的な考え方を教わりました。 《ものづくりを急がない》。勝手にメンターだと思っています」

  • 箱の写真5

    デザイン活用型製品開発支援事業「M×D 札幌ものづくり×デザイナープロジェクト」の一環として制作した紙箱のメモパッド。

  • 箱の写真6

    デザイン兼イラストは浅野里菜さんが担当。全国のロフトで販売された。

現在、新規案件の多くはサイトに載せた過去の事例を見て問い合わせがくるという。東京アートブックフェアにも3年連続出店し、東京インターナショナル・ギフト・ショーは7年目。
そこで生まれたさまざまな出会いを通じ、《札幌のモリタ》の名前は全国に広まりつつある。

だが近藤さんの視線はあくまでも地に足がついたものづくりから離れない。
「デザイナーさんたちが求めるクオリティーにつねに応えていくには当社の生産現場もまだまだ勉強中。その精度を高め、安定した生産体制を整えてクリエイティブな箱づくりを事業として成立させていくのが目標です」

お知らせ

本記事でもご紹介した「HAKOMART」発案者の二人、モリタ株式会社常務取締役の近藤篤祐さんとイラストレーター前田麦さんのトークイベントを2020年2月26日に予定しておりましたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の日本での感染拡大に伴い延期になりました。

開催日が決まり次第、追ってお知らせいたします。どうぞお楽しみに!

  • 近藤さんの写真4

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文 佐藤優子
撮影 島田拓身