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イラストレーター  前田麦さん

【北海道新聞掲載記事】
 札幌で活躍するイラストレーター、前田麦さん。
テレビアニメーション「チビナックス」のキャラクターデザインやコンサドーレ札幌のチケットイラストなど、魅力的なイラストやキャラクターを数多く生み出すだけでなく、まるで魔法使いのように、独創性のあるフォルムやタッチを次々と駆使することで知られる。
あふれ出るクリエイティブの“引き出し”を持つ、気鋭のイラストレーターの素顔に迫った。

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“描くこと”を仕事に選ぶ

よく絵を描いていた母の影響もあり、子どもの頃から紙を見つけては絵を描いていたという前田さん。やがて漫画の魅力に惹かれていった。
「手塚治虫、藤子不二雄に始まって、キン肉マン、ドラゴンボールなどを良く読みました。自分でも4コマ漫画を描いたりして、将来は漫画家になりたいと思っていました」。
その後もイラストやカットを描き続け、中学生の時には、イラストレーターという職業を初めて意識した。
美術系の大学への進学を考えるも、地元の経済学部に進学した前田さんは、やがてMacintoshに出会い、CGに関心を持つようになった。
「これは衝撃的な出来事でしたね。コンピューターでこんなことができるんだという驚きは相当なものでした」。

大学4年の時、当時札幌で発行されていたタウン誌「ステージガイド」の表紙をデザインし、生まれて初めてイラスト制作でギャラを手にした。
「楽しいことをやっておカネがもらえるという喜びを知って、ずっとそれを続けていけたら素敵だなと思いました。現実はそんなに甘いものではないのですが、当時は真剣にそう思っていました」。
こうして、クリエイティブな仕事に就くことに決めた前田さんは、大学卒業後、札幌のWeb制作会社に就職し、Webのデザインを担当することになった。

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札幌在住のイラストレーター、前田麦さん(34歳)

 
あふれ出るクリエイティブの“引き出し”

Web制作会社には7年間在籍したが、絵を描く仕事もしたいという思いから、後半は契約社員となり、2003年からはICCに入居して活動の拠点を築いた。
ICCへの入居期間中は、ひたすら自身のクリエイティブと向き合い、多くの作品を生み出す一方、ビジネスの基盤作りにも励んだ。

前田さんのWebサイトを見るとよくわかることだが、前田さんの魅力は「これが本当に同じ作家の作品か?」と疑いたくなるほど多彩なタッチの作品をどんどん生み出している点にある。子どもにも好かれそうな優しいタッチのキャラクターがあるかと思えば、劇画調の単色のイラスト、架空の動植物を独自の感性で表現した作品、躍動感あふれるスポーツ選手のイラスト、果ては365日分の怪物のキャラクターまで、その多彩さはイラストレーター・前田麦の最大の特徴だ。
「“どうしてこんなに違うタッチを描けるのか?”と聞かれることも多いのですが、自分の中ではいくつかのパターンにちゃんと整理できているのです。例えば、『この作品は、大元がこれで、それがこうなって、さらにこう変わって、今、こういう形になっている』という具合に。自分の感性にビビッと来たものは、描かずにはいられません」。

こうしてクリエイティブの“引き出し”を広げてきた前田さんは、不安と期待が交錯する中で2005年に独立を果たし、ビジネスと独自の創作を両立させながらクリエイティブを実践している。

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 タッチの多彩さと独自のフォルムは前田さんの最大の魅力

 
クリエイティブの幅を広げた3つの仕事

前田さんが、自身のクリエイティブの幅を広げるきっかけになったと自覚する仕事は大きく3つある。
その一つ、コンサドーレ札幌のチケットイラストの制作は、今でも思い出に残る仕事だ。
「担当の方がとても情熱的で、自宅まで訪ねてきてくれて一緒にデザインを考えました。この仕事を通じて、“クライアントと一緒につくり上げる”という経験ができたのは大きな収穫でした」。
こうした努力の末にリリースされたチケットは、ファンに好感を持って受入れられた。

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   クライアントと一緒につくり上げたコンサドーレ札幌のチケットイラスト


 二つ目は、フリーペーパー「PILOTマガジン」(2004〜2008年)の表紙デザインの仕事。
「表紙の制作を担当しましたが、ディレクションまでさせてもらえたので、イラスト、CG、写真など、毎号趣向を変えて作りました。質感のある写真を撮るために、クルマの中に何時間も篭ってシャッターチャンスを狙ったり、面白い経験をたくさんさせてもらいました」。
前田さんを新たなチャレンジへと奮い立たせる意味で、「PILOTマガジン」には強い思い入れがあるという。

そして三つ目は、STVテレビのアニメーション「チビナックス」のキャラクターデザイン制作の仕事。
これはテレビで放送されたこともあり、多くのファンから高い反響を呼んだが、前田さんにとっても大きな転機になる仕事だった。
「3年間にわたって参加しましたが、初めてチームで仕事をするという経験をしました。テレビ局、代理店、編集プロダクション、アニメーターなどが参加する大きなチームの中にメンバーとして加わったことで、ビジネスのしくみや、モノを売るということがどういうことなのかをリアルに体験できました」。
「ビジネス面の強化はまだまだです」とのことだが、これら3つの仕事は、それぞれ異なった意味で前田さんのステップアップに大きなインパクトを与えた。

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左)表紙ディレクションを担当した「PILOTマガジン」(2004〜2008)
右)「チビナックス」では、初めてチームでの仕事を経験した


個性が光るライブ・ドローイング

壁、板、紙などに大きな絵を描き、その制作風景をライブで見せる“ドローイング”は、前田さんが自身のクリエイティブ活動の中で強いこだわりを持っているものの一つだ。
「ドローイングには、何をどう描いても良いという“自由”と、一定時間内に完成させ、しかも、見る人にわかってほしいという“制約”の両方の要因があります。そうした環境の中で描いていくのが面白い」と前田さん。
今年2月に開催された“ICCフェスティバル2009”の際には、「それぞれの板を入れ替えても別のパターンになる」という“制約”を課して、3枚の大きな板の上に黒一色で動物を描いた。
「時間が足りな過ぎました」と反省もあったようだが、前田さんが描く線の一本一本が、多くの来場者の視線を集めていた。
ライブドローイングでは、英国のマンチェスターや北京など、海外での創作実績も多く、特にマンチェスターには過去4回も訪れ、前田さんにとって第二の故郷のような街になった。海外を訪れることで得られるアイデアやインスピレーションも数多く、創作の幅を広げることにつながっている。 

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“ICCフェスティバル2009”では3枚の大きな板を使ってオリジナルキャラクターを描いた

 
初の個展開催、そして、新たなクリエイティブへ

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初の個展“NO CONCEPT”には前田さんの魅力が凝縮されている


前田さんが「以前からやってみたかった」という初の個展“NO CONCEPT”がついに実現した。(4月19日〜5月9日、「中目卓球ラウンジ」(中央区南3条西3丁目新山ビル5F)にて)
初個展には、これまで描き貯めてきたオリジナルキャラクターのイラストや、昨年の“SAPPORO CITY JAZZ”の会場となったホワイトテント内の天井に投影された“GREEN LYNX”の画などが出展され、イラストレーター・前田麦の個性が凝縮されている。
タイトルを“NO CONCEPT”としたことについて前田さんは、「コンセプトが決まらないことには一歩も前に進めないというくらい、コンセプトはどこでも重視されます。ビジネスの世界では当然でしょうが、自分の個展では自由な気持ちで、敢えてその逆をやってみたかった」と話す。
今回の個展に向けては、水彩とアクリルによる作品の制作に力を入れ、筆を使うことの新鮮さやアナログの面白さを感じたといい、新たな発見があったようだ。
個展のオープニングパーティーでは、得意のライブドローイングを披露し、ここでも“ロボットとの競演”という、新たなライブドローイングの形を取り入れ、集まったギャラリーを楽しませてくれた。
たくさんのクリエイティブの引き出しを持つ前田さんの魅力を存分に楽しむことのできる個展“NO CONCEPT”にぜひ足を運んでほしい。

今後も個展の開催やオリジナルの創作活動とビジネスの両面に力を入れ、とくにビジネス面では、「チビナックス」の現場で経験した“チームでの仕事”をしてみたいという前田さん。
その広いクリエイティブの“引き出し”から、次はどんな新しい作品を見せてくれるのか、今後の活動に注目したい。
制作途中の作品や実験的な作品が続々アップされる前田さんのWebサイトも要チェックだ。

-メッセージ

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■イラストレーター 前田麦
Baku Maeda 1st Exhibition “NO CONCEPT”
日時:4.19(日)〜 5.9(土) 19時〜26時まで
場所:「中目卓球ラウンジ札幌分室」(中央区南3条西3丁目4 新山ビル5F)
http://www.bakumaeda.com/noconcept

取材・文:佐藤栄一