新春特別対談 クリプトン・フューチャー・メディア 代表取締役 伊藤博之さん

幅広い層から熱狂的に支持され、爆発的なヒットを記録したDTMソフト「初音ミク」。
その開発・販売会社であり、設立以来、一貫して音にかかわるビジネスを展開してきたクリプトン・フューチャー・メディア(株)の伊藤博之氏に、ICCの久保俊哉チーフコーディネーターがインタビュー。
「初音ミク」開発の舞台裏から創造都市SAPPOROへの提言まで、2011年の幕開けにふさわしい、情熱あふれるインタビューをお届けする。 (聞き手:ICCチーフコーディネーター 久保俊哉)
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- クリプトン・フューチャー・メディアは「初音ミク」を開発した会社として今やすっかり有名になりましたが、改めて会社のプロフィールからお聞かせいただけますか?
会社設立から16年目になりますが、一貫して音を売る商売をし続けています。音といっても、音楽ではなく、扱っているのは音の素材です。効果音とか、様々な楽器の音とか、音素材にも色々なものがありますが、映像やゲームなど、何らかのコンテンツを作る際に使われる音を提供しています。そういう意味では、「コンテンツを作るためのコンテンツ」を作っている会社といったところでしょうか。
私自身は大学の職員として働いていて、音楽は趣味でやっていました。キーボードで色々な音を創り出して楽しんでいたのですが、そのうちに、とても自慢したい音や気に入った音が出来てきました。ちょうどその頃、たまたま書店の洋書コーナーで見つけた「KEYBOARD」という米国の雑誌を見て、その雑誌に安く広告を出せることを知って、「自慢の音を売ります!」と広告を打ったのが今の会社のルーツですね。たぶん、1988年か89年頃の話です。
- その広告の反響はいかがでしたか?
儲けは出ませんでしたが、広告費は出るくらいの成果はありました。当時は電子メールがまだ普及していなかったので、コンタクトはFAXかエアメールでのやり取りでしたが、1日に2~3通は注文や照会がありました。米国の雑誌は読者がワールドワイドなので、色々な国の人と接点ができて、それは面白かったです。
- どんな音源が売れたのですか?
効果音やSF的なイメージの音、歌舞伎や琴の音色が入ったものなどが良く売れましたね。やはり、地域性やオリジナリティの高いものが売れたと思います。
- 音は目に見えないものなので、広告を打つのも大変だったのでは?
そこはずいぶん考えました。「琴」「KABUKI」のように、字面から音がイメージできるようなキャッチを考えて広告を出しました。いま考えるとよくやっていたなぁと思いますが、当時はそれが楽しかったのです。
- そのビジネスがクリプトン・フューチャー・メディアの設立につながっていったのですか?
音源を販売しているうちに、「自分の音を売ってほしい」というリクエストが来るようになったりして、これはちゃんと会社を作って対応するしかないと思い、1995年に法人化しました。
転機になったのは、ケータイの着メロ用に音源を提供しはじめた2001年頃でしょうか。
その時点で、約100万件の音源をデータベース化していましたが、その中からケータイ着メロ向けに300~400ほどの音源を選んで1個10円で提供しました。そうすると、ダウンロード件数がウナギ登りに増えていって、「これは美味しいビジネスだ」(笑)とわかって、サービスを拡張していきました。
それまで、音源はプロ向けに販売していたのですが、ケータイ着メロ音の提供を始めたことで普通の人にも音を売れるようになり、さらに、音源の提供方法もパッケージ販売型からデジタル配信型へと転換させる転機になりました。

- それが「初音ミク」の開発につながったのですか?
その頃、コンピューターのスペックが上がってきていたので、virtual instrumentといって、コンピューター上に楽器を再現できるソフトを取り扱いしはじめました。
オーケストラや民族楽器などの生楽器を使った曲を低コストで作れるので、このソフトはゲーム会社などに良く売れました。
また、人の声というのも一種の楽器みたいなものなので、YAMAHAが開発した「VOCALOID(ボーカロイド)」という音声合成エンジンを使った「MEIKO」という歌を唄うソフトも2004年11月に発売しました。
- 「MEIKO」の反響はどうでしたか?
まず、「MEIKO」の開発にあたって、“ヴァーチャル・シンガー”みたいな月並みな商品名にしたところで一体誰が買うだろうか?と社内でも議論になり、もっとグッと来るネーミングや商品化のアイデアを出そうということになりました。色々と検討した中で、「中に人がいて歌ってくれる」というコンセプトはどうか?というアイデアが出てきて、マンガのキャラクター的なイメージでインパクトが出すことにし、パッケージにもアニメの絵を描いて商品化しました。
実際に売ってみると、この手のソフトは売れても1,000本くらいのところを、「MEIKO」は3,000本くらい売れ、ニーズは確かにあるという手応えをつかみました。
ただ、それまで音楽系のソフトはクールでカッコ良いのが当たり前だったので、アニメの絵が描かれた「MEIKO」は思い切り失笑を買いました。カッコよさを大事にするミュージシャンなどにしてみれば、「何てことをしてくれたんだ」と思ったはずです。(笑)
たしかに失笑は買いましたが、市場の動向やニーズがわかり、この路線で行くのがベストだと思えるようになりました。
- そこで得た色々な手応えが「初音ミク」の開発につながっていったのですね?
「MEIKO」の販売を通じて得たマーケット分析の結果から、もっと個性的で細部にこだわった商品を作ろうと決めました。音声部分にはプロの声優を起用し、イラストもテクノロジー感があって、かつ、あまり「萌え」の要素が強過ぎないタッチのイラストレーターに依頼するなど、とにかくこだわって商品開発を進めました。
こうして出来たのが、「キャラクター・ボーカル・シリーズ」の第1弾、「初音ミク」です。

- 「初音ミク」はすごい反響ですが、それは予想通りだったのですか?
まず、発売前からブログで事前プロモーションを始めて、情報を小出しにしていきました。「MEIKO」には3,000人くらいのユーザーがいたので、新しいキャラクターを使った新商品が出ることを告知し、「レコーディング終了」とか、何か動きがある度に情報を出して、場を盛り上げていきました。これがうまくいって、動画共有サイトなどでも話題になり、発売は2007年8月31日だったのですが、発売前に数百件の予約がありました。
- それにしても、「初音ミク」は何といってもあのキャラクターが爆発的な人気になりましたね?
「このキャラクターを使ってアニメーションを作って良いか?」とか「自分のブログに載せたいがOKか?」とか、ものすごい数の問い合わせが来ました。これがあまりにも多かったので、キャラクター利用についてのガイドラインを作ることにしたのです。これが「ピアプロ・キャラクター・ライセンス(PCL)」というもので、非営利かつ無償の場合は当社キャラクターの二次創作物の利用を許諾することにし、いちいち問い合わせなくても使って良いことにしました。利用を認めることで創作活動の幅が広がってくれれば良いという考えからです。また、現実には非営利であっても、材料費程度の対価をもらって創作をするというケースはあるだろうということで、「ピアプロリンク」というルールを別に作り、非営利かつ有償の場合も、別途申請をしてくれれば二次創作を認めています。
- 二次創作についても権利をしっかり確保してビジネスにしようとするのが普通の考えだと思いますが、それとは正反対のやり方ですね?
その通りですね。ただ、私はクリプトン・フューチャー・メディアの立ち位置は “メタ・クリエーター”、つまり、「クリエイターがクリエートしやすい環境を作る会社」だと考えているのです。「ピアプロ」のような仕組みは、ビジネスの面では一銭の得にもならないかも知れませんが、そうしたこともするのも、この立ち位置ゆえのことです。たくさんのユーザーやクリエイターに、作品発表の出口を作ることはとても重要なことです。一方、商用利用の場合は通常どおり契約を交わし、一緒にビジネスを作っていこうというスタンスです。
また、誰かが作った詞に別の誰かが曲を付け、「初音ミク」に歌わせたアニメーションを公開するといったように、クリエイター同士が連携できる「ピアプロ」のような仕組みも提供しています。
このように「初音ミク」は、新たなクリエイションがたくさん生まれ、つながり、広がるためのプラットフォームの役割も担っています。

- メディアでも報じられましたが、札幌市ともシティプロモーションの面で提携されましたね?
昨今、ソーシャルメディアの存在感がとても大きくなっています。例えばFacebookは6億人近いユーザーがいますが、人口6億以上の国といえば、インドと中国しかないわけで、ソーシャルメディアはそれくらい大きな規模になってきました。地域振興のために、自治体がこのネットワークを使わない手はありません。札幌のリアルな人口は190万人ですが、ネットを通じて札幌を発信することで、札幌が好きな人、札幌に来たい人、札幌に住みたいと思う人たちを集め、彼ら“フォロワー市民”を数百万人集められれば、それを札幌の底力にできるはずで、画期的なことになるでしょう。そうしたことのお手伝いをできるのではないかと考えています。
- 具体的にはどのようなことをされるのですか?
地下鉄さっぽろ駅と大通駅をつなぐ地下歩行空間が3月にオープンしますが、北2条に設置されるデジタルサイネージを使ってCGMプラットフォームを作ります。これは、「コンテンツを作るためのコンテンツ」というべきものです。例えば、札幌市立大学の学生がここに流すためのコンテンツを当社が提供するAPIで取り出して加工し、新たなコンテンツとしてサイネージに発信できる仕組みです。こうして、どんどん新しいコンテンツが札幌から生み出され、発信されていく仕組みを作り、創造都市SAPPOROを世界に向けて発信するお手伝いをしたいと思っています。
- そうやって、札幌の街が元気になると良いですね?
ICC、短編映画祭、地下歩行空間など、札幌にクリエイティブの歯車が揃ってきた感があります。現在はその歯車がかみ合うまでの待機状態かもしれません。如何にそれぞれの歯車を回しつつ、大きな動力にしていくかが課題で、それが上手くいった時、札幌は大変面白い街になるのではないでしょうか。
アジアの小国・ブータンはGDPではなく、幸福の極大化を国の目標にするという意味でGNH(Gross National Happiness:国民総幸福度)という指標を採用しているようですが、北海道もGRC(Gross Regional Creation:道民総創造)とかGRE(Gross Regional Empathy:道民総共感)とか、新たなバリューに基づく指標を作って公表したら面白いかもしれませんね。環境や快適性で評価の高い札幌ですから、きっと高い値が出ると思いますし、そのためにやるべきことは山ほどあると思います。
- 聞いているだけでワクワクしてきます。最後に、今後のビジネス展開についてお聞かせいただけますか?
人類が経験した革命は3つあると思います。1つは農業革命、2つめは産業革命、そして3つ目が情報革命です。情報革命はいま進行中ですが、webやtwitterやustreamなどで誰もが世界に情報を発信できるようになり、コミュニケーションのコストが劇的に低下しました。音楽の世界で活躍するために東京に出て行かなければならなかった従来のパターンを打開し、札幌にいても十分に活躍できるチャンスが得られるようになっているのです。地方の会社が作った「初音ミク」の音楽がオリコンで1位になることなど、情報革命が起こる前には考えられないことでした。このチャンスを生かして、どんどん札幌や北海道、そして地方から優れたクリエイションが生まれるよう、寄与できればと思っています。
さらに情報革命は、消費の対象を「スペック」から「共感」へと変化させ、価値観の変化をもたらしました。単にモノ(スペック)が良いだけではなく、スペックに新しいバリューを付け、それに対する共感こそが消費を誘発する要因になっています。
「初音ミク」がそうであったように、クリプトン・フューチャー・メディアは共感を生産し、共感が得られる商品づくりを目指していきたいと考えています。
- 新しい年の幕開けにふさわしい、元気の出るお話です。本日はありがとうございました。
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クリプトン・フューチャー・メディア(株)
WEBサイト http://www.crypton.co.jp/
初音ミクWEBサイト http://www.crypton.co.jp/mp/pages/prod/vocaloid/cv01.jsp
ピアプロ http://piapro.jp
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文・構成 佐藤栄一(プランナーズ・インク)
写真 山本顕史(ハレバレシャシン)