特殊造形師 吉田ひでおさん
特殊メイクに特殊造形、演劇の大道具・小道具、着ぐるみも、
映像や舞台、広告、販促関連で必要とされるものは何でも手がける。
この大マジメ顔でかぶっている、おいしそうな白菜だって手作りだ。
札幌で特殊造形といえばこの人、吉田ひでおさんの工房を訪ねた。

北海道でキャリア20年、特殊造形の第一人者
札幌拓北にある一軒家、外から見るかぎり普通の民家だが、二階の工房に入ると突然そこは異世界に変貌する。ガラパゴスゾウガメに人体模型、リアルな女性のマネキン(しかも上半身だけ)が無造作に置いてある非日常的な空間。その中で「散らかってますがどうぞ」という折り目正しい挨拶で迎えてくれた人物こそ、これらの作り手である特殊造形師の吉田ひでおさんだ。
工房には出番を終えたものや、作ったけれど出番がなかったものがズラリ。どれも精巧な出来に驚かされる。
北海道教育大学札幌分校特設美術科に在学中からTVCMや広告、映画、演劇などの特殊造形・メイクを手がけ、卒業後に開業。名刺に刻んだとおり「あるもの、ないもの造ります。」を有言実行し、今やキャリア20年を迎える。
HTBの人気番組『水曜どうでしょう』『ドラバラ』やTEAM NACSの舞台で腕をふるう一方で、江別市非公認キャラ「えべチュン」や夕張「メロン熊」の着ぐるみとアニマトロニクス(精巧な生物ロボット)も制作。旭山動物園列車ハグハグチェア・ハグハグシートも吉田さんの仕事と聞いて驚いた。
「特殊メイクアーティスト」と紹介されることが多いが、本人曰く「特殊メイクもやる“何でもや”」。守備範囲の広さにクライアントからの信頼も厚い、北海道特殊造形界の第一人者である。
重そうな鉄かぶとも実は軽々と持ち上がるポリエチレンフォーム製。「特殊造形はマジックに似てますね」と吉田さん。
原体験はウルトラマン、初仕事は『帝都物語』
「影響されたものはとにかく多い」という中であえて一つと尋ねたところ、自分の生まれ年の1966年に始まったウルトラマンシリーズを挙げた。
「親が言うには“最初に覚えた言葉が怪獣の名前だった”ってホントかなあ(笑)。でも確かにあれが特殊効果の面白さにハマった原体験だったかもしれません」。
日本では1978年に公開された『スター・ウォーズ』『未知との遭遇』も劇場のスクリーンで見た世代だ。「作りものの世界は面白い!」高校では美術部に入り、大学は特設美術科に進学した。
大学2年の夏、業界の第一線で活躍する特殊メイクアーティスト原口智生氏を札幌に招いたイベントに会いに行った。「東京へおいでよ」宿と食事には困らない。大学の休みごとに上京し仕事を手伝ううちに、映画『帝都物語』の現場に入るチャンスが巡ってきた。“蘇る死者”が着るボディスーツを作り、エキストラの代役として着る立場も経験した。
「解剖学」「石膏技法」書棚には年季の入った資料が並ぶ。子ども向けの化学絵本「メロン」があるのはメロン熊の着ぐるみのため。
この華々しい業界デビューが地元のタウン誌で紹介されてからは、まだ学生だった吉田さんのもとに次々と仕事が舞い込んだ。
「これを一生の仕事にしようとかそんな大層な気持ちよりも、ただ好きだったから卒業後もそのまま続けた。こうして今もやっていることが全ての質問の答えなんだと思います」今日までの道のりをこう振り返る。
拠点はいつも札幌北区。「生まれは北見ですが、小中高とずっとうちの近く。上京しようと思うといつも行けない状況になる。“ここにいろ”ということなのかもしれません」と笑う。
最近は着ぐるみやかぶりものの依頼が多い。スタイリストや大道具・小道具スタッフの手に余りそうなときにお呼びがかかる。近年の映画の仕事は、TEAM NACS FILMS『N43°』(2009)、井口昇監督『ロボゲイシャ(2009)』『電人ザボーガー』(今春公開)、西村善廣監督『戦闘少女(2010)』『ヘルドライバー』(今春公開)。札幌在住の黒田拓監督が率いるくつした企画の『ナゲイレ』(2008)『JUMA』(2011・YouTubeで公開)はウワサのメロン熊が主役。
日本未確認生物検証学会J-UMA(ジェイユーマ)が追いかけるメロン熊がチラリ。
自由自在に操るポリエチレンフォーム
生き物はより生命力を感じさせ、無機物はその質感を限りなく精確に再現する。どちらの場合も最適だと思う素材選びから始まる。吉田さんはここ数年来、発砲スチロールの仲間であるポリエチレンフォームを好んで使うことが多いという。
「これを使いだしてからは粘土原型を作って樹脂でかたどるという手間がかかる作業をほとんどやらなくなりました。軽いのでかぶりものに向いているし、工夫次第でいろんな表情が作れます」
ポリエチレンフォーム製のガラパゴスゾウガメ。首に80デニールのストッキングを貼ってリアルなシワ感を出している。脚のデコボコにはハンダゴテを使った。
一方で、これから作る舞台用のお地蔵様は久しぶりに建築用資材として使われるスタイロフォームで削りだす。「石の彫り物であるお地蔵様の表現を出すにはやはりこっちも削っていかないと」こうした細部のこだわりが高い完成度となり、ひいてはクライアントの満足度につながっていく。
「自分の思い入れより、いかに目の前の人を喜ばせて満足させられるか」20年間静かに貫いてきた吉田さんの信条がここにある。
お気に入りの素材、ポリエチレンフォーム。白菜・キャベツのかぶりものもこれで作った。
時代を越えて求められる手仕事の味
デジタル処理による特殊効果が全盛の今、特殊造形の居場所はあるのだろうか。吉田さんはこう語る。
「昔、CF業界でCGを使い始めたときにやたらと(作りものを一コマずつ動かしていく)コマ撮りの仕事が増えたんです。きっといつの時代になっても、そういう手仕事の味を良しとする人はいる。この間のお台場ガンダムや横浜開港150周年記念でフランスから来た大蜘蛛のラ・マシーンにあれほど人が集まったのもそうですよね。特殊造形だから出せる存在感はこれからも求められていくと思います」
小学生の頃は紙工作に夢中だった。「当時スーパーカー・ブームで、プラモデルが買ってもらえないなら自分で作っちゃえと。昔も今も同じことをしてるんです(笑)」
取材も数多く経験している吉田さんだが、仕事のやりがいを聞かれるたびにいつも困るという。「一つ一つを積み重ねてきただけなんで…うーん」と悩みに悩み、出てきたのが「自分にとって“バカだなぁ”と言われるのは最大のほめ言葉なんです」という意外な回答。後先を考えずに好きなことに没頭する“バカ”でいつづけることが何より楽しい。
「今の人は周りに情報が溢れすぎているからリスクやメリットをすぐに考えがち。そうじゃなくて、最近開いているワークショップでもよく“バカになれ”と言い続けています」。
工房名の「アーリオ」は亡くなった6歳上の兄、ミュージシャンだった吉田コウジさんのレーベル名を受け継いだ。
見事な職人技に撮影現場は悲鳴の渦!
最後に「仕事風景を撮らせてください」とお願いすると、「じゃあ、傷のメイクをしてみましょうか」と吉田さん。「大ケガをしたときの傷」その一言でなんとなくオソロシイ仕上がりが浮かんできたため、ここからは画像を小さくしてご紹介する。衝撃の強い画像は苦手、という方をご用心を(そうでない方は映像をクリックすると拡大します)。
※画像を飛ばしたい方は説明文のみご覧ください。
モデルはカメラマンアシスタント。何のケガもしていない右手に「傷」を作る。
透明なシリコンをのせながら手早く傷口の形を作り、化粧パウダーで肌色に。傷の縁や周辺にも色をのせる。
傷口に血のりを塗布。真っ赤な裂け目ができていく。見ている取材スタッフから「痛そう…」の声が出始める。
「特殊メイクは何もないところにプラスする作業です」自前の爪の上にツケ爪を被せる。イヤな予感がします。
やはり!「爪が剥がれそう」な状態に。身震いするほどリアル。メイクされている本人は笑顔。それもコワイ。
はい、出来上がり。手を動かすと傷も動く。見てる全員が「イタタタタタ!」。ここまで5分とかからなかった。
「時間をかけたら誰でもできる。そこを短時間かつ一番手間のかからない方法でやるのが僕らの仕事です」、というせっかくの吉田さんの解説もできたての傷口から目が離せず、聞き逃してしまうところだった。
「爪、剥がしてみたら?」怖いもの見たさで誰かが言った。「いきますよ…せーのっ」工房中に私たちの悲鳴が響いた。それを聞いてご覧の笑顔の吉田さん。ああ、こういう瞬間が好きなんだな、とわかった気がした。
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吉田ひでお「アーリオ工房」
札幌市北区拓北4条3丁目6-15
TEL・FAX 011-772-4819
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