映像ディレクター 蓑輪俊介さん
札幌で活躍する映像ディレクター、蓑輪俊介さん。
第5回札幌国際短編映画祭のアワードセレモニーで、約250名の観衆が見守る中、初めてメガホンを取った短編映画のタイトルがコールされた。
結果は――最優秀北海道作品賞。
企業でCMなどのディレクターを務める新人映画監督が表彰式の壇上で輝いた。

映像ディレクターとしてキャリアを積む
出身は東京。映像との出会いは横浜での高校時代に遡る。放送部に入部したところ、入学した高校が実験校だったため、カメラや編集機器などのすぐれた映像関係機材が揃っていた。この恵まれた環境を存分に使い、映画を作った。
「自分で脚本、演出、編集を担当して、30分くらいの短編映画を作ったりしていました。友人を出演させ、先輩を担ぎ出してクルマを出してもらったり、好きなようにやっていたら、学校にバレてしまい、大会で優勝したら許してやるといわれたので、真面目な作品も作りました(笑)」。
結果、NHKの映像コンクールのドラマ部門の神奈川県大会で優勝、全国3位の実績を残した。
卒業後は、映像と同じく関心をもっていた写真を札幌の専門学校で学び、モノクロ写真のほか、写真とCGとの合成など、デザイン的要素を含んだ作品に取り組んだ。
「モーショングラフィックスをやっている時、かつて映像を作っていたことを思い出して、また映像をやってみたくなったのです」。
こうして専門学校卒業後は、札幌の映像制作会社に就職し、CMの企画・演出・編集や、ミュージックビデオ等の制作を担当。とくにCMの制作にはやりがいを感じているという。
「もともと映像を作り込むのが好きなので、作り込みができる部分の多いCMの制作には面白みを感じています」。
ただ、映像ディレクターとしてのスキルを高める一方、蓑輪さんは、自身が手掛けてきたCMの世界にも変化が起きていることを痛感していた。

短編映画の製作にトライ
「最近のCMをみればわかるように、CMにもコンテンツ的な要素が求められるようになっています。Webやケータイなど、映像を見る手段が多様化する中で、CMの作り方や訴求の仕方も大きく変わることが容易に予想されます。とにかく、勉強しなければという思いが強くありました」。
こうして、「勉強の手段に」と選んだのが、高校時代に作って以来となる短編映画の製作だった。
一つの作品としてコンテンツを作りあげるプロセスやその見せ方などが、めまぐるしい変化が予想されるCM制作の現場に活かせると考えたのだ。
さっそく、札幌で短編映画の製作に携わっている人や会社を訪ね歩いて情報収集や協力の依頼を行い、制作の準備に入っていった。
「短編映画を作るといっても、どうして良いかわからないので、とにかく色々な人に会って話を聞きました。CMと短編映画では、関わっている人同士に殆ど接点がないのも意外でした」。
情報を集めつつ脚本を書き始め、色々な人の意見を聞きながら何度も練り直し、脚本を完成させた。
制作現場は苦労の連続
「勉強のために」と取り組んだ短編映画の製作だが、初めての経験であったにもかかわらず、蓑輪さんはいきなり2本の作品を手掛けることとなった。
1つは、約4分間のコメディ作品「waiting for...」。
強盗を働いた二人の男が狭い車中で会話するシーンを描いたハードボイルドタッチのモノクロ映像で、笑いの要素を詰め込んだ超短編作品だ。
2つめの作品「び じょ」は、鼻が効きすぎる女性の日常をコミカルに描いた約15分間の短編。敏感すぎる鼻を手術で治すものの、物足りなさを感じてしまうというユニークなストーリーのコメディ作品だ。
さて、監督として短編を製作するにあたり、蓑輪さんにはいくつかのこだわりがあった。
まず、自身がカメラを持ち、撮影を担当することに決めた。
「カメラの重さに耐えられず、筋トレを開始した」というほど大変だったが、自らファインダーを覗き、撮影をやりとおした。
もうひとつのこだわりはスタッフ陣。勉強が目的なので、スタッフも普段一緒にCM制作をしているメンバーではなく、別の構成で撮影に臨んだ。
普段、仕事で取り組んでいるCM制作と今回経験した短編映画の製作では、進行から現場の雰囲気まで、大きな違いを感じたという。
「CMの制作現場にはクライアントや関係企業がいて、状況を確認しながら撮影を進めます。つまり、お客様の反応をみながら進められるのですが、映画の現場は観客の姿が見えない中で監督がすべて物事を判断し、決めなくてはなりません。当然といえばそれまでですが、いつもの現場とは大きく勝手が違いました」。
こうして苦心の末に完成した2つの作品は、幸運にも10月6日〜11日に開催された第5回札幌国際短編映画祭にノミネートされ、上映されることが決まった。

初監督作品、国際短編映画祭の舞台で輝く
蓑輪さんが監督した2本の短編映画「waiting for...」と「び じょ」は、各々、国内作品プログラムの一作品として上映され、観客にお披露目された。
「び じょ」が上映された会場では、ストーリーの面白さとテンポの良い場面展開に会場から笑いが起き、上映の最後には大きな拍手があがった。
そして・・。
観客の反応がそのまま審査に反映されたかの如く、「び じょ」は「最優秀北海道作品賞」の栄誉に輝いた。
「もの凄く大きな期待を込め、5人の審査員の満場一致で決まりました」―― プレゼンターを務めた国際審査員で講談師の神田山陽氏からは、力強い激励のコメントが贈られた。
さらに、蓑輪さんがこの映画祭で手にしたものはこれだけではなかった。
同映画祭と連携したJAPAN国際コンテンツフェスティバル(コ・フェスタ)から「将来が期待される3名の若手クリエーター」のうちの一人に選ばれ、今後、オリジナル映像を制作し、来年3月に発表する機会が与えられたのだ。
「これからの“伸びしろ”に期待する」―― 蓑輪さんを選んだ審査員は、やはり、今後の成長に大きな期待をかけた。
この期待を背に、どんな個性的な作品を制作し、見せてくれるのか、来春の作品公開が楽しみだ。
第5回札幌国際短編映画祭のアワードセレモニー風景。審査員からは強い激励のコメントが寄せられた
「び じょ」の主演女優・所里沙子さんと。作品の上映中、会場からは笑いと拍手が起きた
一層の飛躍に向けて
「作ってそれで終わりにはしたくない。」
社会人となって初めて製作した短編映画が高い評価を受けた蓑輪さんだが、自己満足に浸ることなく、スキルを向上させるつもりだ。
「短編映画の製作は肉体的に辛いものでした。全体的な力不足も再認識しました。でも、面白かった」。
この「面白さ」が今後の作品にどう活かされるか、そして、得意とするCMづくりにどう反映されるのか、今後注目だ。
「映像制作の現場や手法がどんどん変化していく中では、10年選手が1年生に負けることもあり得るし、それでも構わない」・・こうした気持があるうちは蓑輪さんにスキはないだろう。
映像ディレクターとしてのスキルを高めながら、映画監督として第一歩を踏み出した蓑輪さんの今後に期待しよう。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
■映像ディレクター 蓑輪俊介
作品プレビュー waiting for...
作品プレビュー び じょ
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
取材・文 佐藤栄一(プランナーズ・インク)
写真 山本顕史(ハレバレシャシン)