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イラストレーター 椿 かすがさん

19歳のとき、安定した画力が買われ、
マンガ家いがらしゆみこのアシスタントに大抜擢。
その後も数々の現場を支えてきた
イラストレーターの椿かすがさん(26)。
現在は生徒に全力でぶつかるマンガカレッジ講師の道に燃えている。

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夢を生み出す「裏方好きの口出したがり屋」

人に夢を与える仕事ほど、裏方では想像を絶するような労苦が多い。マンガ家しかり、そのマンガ家を支えるアシスタントしかり。イラストレーターにしてマンガカレッジの講師を務める椿かすがさんも、プロの現場を知るアシスタント出身組。原稿を手伝うかたわら、スタッフ分の食事を作るのも仕事の一つ。仕事場の掃除機をかけ、作家が飼う猫の世話をして、「眠気が覚めるBGM集」作りも買って出た、いわば“スーパーアシスタント”だった椿さん。

締切直前は修羅場と化すハードワークを「裏方好きの口出したがり屋だから向いていた」と明るく笑い飛ばすバイタリティーの持ち主だ。今も年に数回、お呼びがかかれば現場に入ることもあるという。

札幌生まれの札幌育ち。小学3年生でマンガクラブに入り、マンガの読み描きで日が暮れた子ども時代。高校の美術部では油絵に没頭し、写真を見ながら空想を膨らませる抽象画を得意とした。

このままアート系の大学へと進路を考え始めた頃、札幌デザイナー学院にマンガ専攻があることを知り(現在は札幌マンガ・アニメ学院に分校)、興味がわいて見学へ。コンパスやテンプレートなど画材へのこだわりを共にする講師とウマが合い、親も喜ぶ地元での進学を決意した。

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2009年に札幌市内で行われたグループ展用の描き下ろし。テーマは「白いもの」。

 

未経験ながらアシスタントに大抜擢

転機は19歳のとき。専門学校の特別講師に、北海道在住のマンガ家いがらしゆみこさんがやってきた。この頃描き手としての椿さんは自称「器用貧乏タイプ」。なんでもそつなく描ける一方で、皆が凝りたがる人物描写よりも背景に出てくる崩れたビルの描き方やキレのある効果線など「周辺」に惹かれる自分に気づき始めていた。

かたや、いがらしさんも単行本の出版を控え、即戦力になるアシスタントを探していた。学校が推薦する椿さんの安定した画力を認め、アシスタント未経験にも関わらず大抜擢。そのときから今も続く二人の師弟関係が始まった。

ところが、昭和の一時代を築いたいがらし作品にリアルタイムで胸をときめかせたのは、椿さんの母親世代。本人に至っては「ごめんなさい、そのとき初めて読みました」という今だから笑って話せるジェネレーションギャップもあった。

いがらし作品の基本はいつの時代も変わらない。主人公の目にはキラキラと輝く星が飛び、少女の夢を叶えてくれるシンデレラストーリーがドラマチックに展開する。
「でも、そんなうっとりするような甘い世界を支えているのは、いがらし先生のものすごくタフな精神力。原稿一枚が完成するまでに編集者との話し合いや総勢7人のアシスタントを動かす膨大な作業が待っています。“絵を描くのが好きならなれる”安易なマンガ家像は私の誤解だったんだということがすぐにわかりました」。

自分を喜ばせる絵は誰でも描ける。人を喜ばせる絵を描くのがプロなのだ。
プロの現場に身を置き、マンガ家になることの厳しさを肌身で知った椿さんだった。

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アシスタント時代のひとコマ。マンガ家が飼うネコは自覚があるのか、原稿を汚すイタズラはしないのだそう。

 

名アシスタントからマンガカレッジ講師へ

一度は目指したマンガ家の道。デビューできずに悩んだ時期もあったが、「作家を支える技術屋」の道もあると分かってからは心が軽くなった。後輩のプロ作家の現場にも喜んで出向き、作品づくりに必要な資料を積極的に提案した。行く先々で「優秀なアシスタント」と認められ、イラストの仕事も来始めた。札幌では珍しい、マンガ家志望者同士の交流会を企画し、司会進行を務めたこともあった。

そんな椿さんに再び転機が訪れる。一連の活躍を知る専門学校から新設するマンガカレッジの講師にならないかと誘われた。
「当時23歳の私が同じ年ごろの生徒を持つなんて…今考えても分不相応な話ですが、いがらし先生をはじめ周囲の方々に“ちゃんと社会勉強してきた椿なら大丈夫”と励ましていただき、現在に至ります」。

2010年春からは講師歴4年目に突入。途中、一年間ほど担任を持たない臨時講師となり自分の仕事に時間を割いたが、学生たちに深く関わりたいという思いから再び学校に軸足を置く生活に。
「学校からは“椿先生もどんどん売れる作品を描いて”と言われますが、とても時間が足りなくて」と笑いながらも、この夏配信予定のゲームキャラクターをデザインしたばかり。イラストレーター「椿かすが」も健在だ。
 

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イラストレーターとしてのオリジナル作品。
ペンネーム「椿かすが」は「赤くてかっこいい椿と“春つながり”の春日大社を足して」命名した。

 

欲しいものに向かっていく勇気を応援

三人姉妹の一番上。「やりたいことをやる」が心情の椿さんには、今の生徒たちを見ていて心配になることがあるという。
「景気の低迷とも関係があるのでしょうか、みんな、すごく遠慮しがち。欲しいものを手に入れる方法よりも、あきらめ方を考えている。いろんな可能性を持っている彼らには、お金がないからいいです、とそう簡単にあきらめてほしくない。言葉は悪いかもしれませんが、もっとガツガツしてほしいと発破をかけています」。

ときには遅刻や身だしなみ、忘れ物の注意もするのも椿先生の大事な役目。
「考えてみると、いがらし先生も父のように母のように私を育ててくれたので、今は私が生徒たちの姉がわりになる番なのかもしれません」。

心労の多い講師職だが、生徒たちの卒業後の活躍を聞けば在学時のあれやこれやも報われる。出版社に作品を持ち込み担当がついた卒業生もいれば、プロ作家のスタッフに採用されたという朗報も。
「彼らが描き続けてくれたきっかけになれたかもしれないと思うと、すごく嬉しい」と顔をほころばせる。

最後に目標とする人は、と尋ねると意外な答えが返ってきた。
「橋本聖子さんです。スピードスケート選手としてすばらしい実績を残し、子育てもされて今は政治家として歩まれている。上手く言えないんですが、その強さに憧れています」。

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年に一度、東京での出版社合同持込みイベントに生徒たちを引率する。

 

 

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■椿 かすが イラストレーター/マンガカレッジ講師
総合学園ヒューマンアカデミー札幌校 http://school.athuman.com/131730/

取材・文 ライター 佐藤優子 
blog「耳にバナナが」 http://mimibana.exblog.jp/

写真 ハレバレシャシン