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サウンドメディアアーティスト 大黒淳一さん

【北海道新聞掲載記事】
サウンド制作にとどまらず、音の付加価値によって環境や映像視覚効果を高めるサウンドデザイン、サウンドスケープ、メディアアート作品の制作、エレクトロニックミュージックを主体としたソロ・アーティスト活動など、"音"にこだわりながら目に見えない価値を創造するクリエイター・大黒淳一さん(35)。
今や、海外とのプロジェクトが仕事の半分を占めるという"国際派サウンドメディアアーティスト"は如何にして生まれたのだろうか?
 

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"音"との長い付き合い

サウンドメディアアーティストとして活躍する大黒さんの音楽歴は30年近くになる。
「子どもの頃、親に頼んだ唯一のことが、エレクトーンを習うことでした。エレクトーンは5〜6年間習いましたが、教本をマスターすることにはあまり興味がなくて、自分で音を作り出すことに面白さを感じていました」。

中学に入ると、仲間とバンドを結成し、オリジナル曲の制作やバンド全体のプロデュースも手がけ、自らはシンセサイザーを担当した。
「YMOが大流行した次の世代で、私自身はヨーロッパの音楽を良く聞いていました。色々な音楽から刺激を受けてオリジナルの曲を作り、ライブもやりました。目に見えないものに価値を付けていくことに興味があって、音を通じてそれを表現したいという思いは当時から持っていました」。

一方、当時の大黒さんはサッカー選手としても活躍し、かなりのレベルだったという。
「サッカーのゲームの組み立てかたと音楽の構成のしかたには似たところがあると思います。自分が表現者になるという意味でも共通点があります」。

音へのこだわり、オリジナルサウンドの創作、目に見えない価値への気づき・・・そこからは、クリエイターの素養を持ち、幼少期から音と付き合ってきた大黒さんの姿が浮かんでくる。


ICCへの入居で世界を意識

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サウンドの制作、ディレクション、ライブなど、幅広い活動フィールドを持つ


大学では工学系に進み、卒業後は音響振動計測器メーカーに就職。仕事の傍ら、サウンド制作を中心としたクリエイティブ活動を行い、1998年には仲間2人とともに"Total techno"をコンセプトとしたテクノレーベル"aerostich"を設立した。
「新しいテクノジャンルを作りたいという思いが強くあって、音と映像をいかに融合させるかを考えていました。CDのリリースやインディーズでの活動を想定していたので、"aerostich"はそのためのレーベル・プロジェクトという位置づけでした」。

2002年には"aerostich"としてICCに入居し、会社員とクリエイターの両立を図った。
この間、「Roland Groove Competition Japan 2000」でセミ・グランプリ賞、同2001でグランプリを受賞するなど、サウンドアーティストとしても着実に力を付けてきた大黒さんにとって、ICCへの入居とそこでの数々の出会いは、のちの大黒さんの人生を大きく変える転機となった。

中でも、ICCで開催された"tomatoワークショップ"と"onedotzero"への参加は、大黒さんが世界に羽ばたくきっかけを作った大きな出来事だった。
2週間の"tomatoワークショップ"では、クリエイティブをビジネスにつなげる道筋を学んだ。英語でのコミュニケーションが必須の環境下で、自分から声を出すことの重要性を認識し、それまで漠然と持っていた「海外で制作したい」という想いが、「絶対にやらなくては」という強い意志へと変化した。

一方、札幌でも開催された国際的なデジタルムービーフェスティバル"onedotzero"では、英国のディレクターとコミュニケーションを図る中で海外との距離感が縮まり、2003年に出品したaudiovisual作品が高い評価を受け、世界10数カ国で上映されるなど、大きな自信になった。
「世界で活躍する優れたクリエイター達とコミュニケーションし、刺激を受けたことで、一人で海外に行っても何とか乗り越えられるかなと思えるようになったのが一番の収穫でした」。


独立後のベルリン渡航でチャンスをつかむ

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ベルリン滞在中に開催されたテクノ系フェスティバル「ラブパレード」。世界から100万人が訪れるという


2006年、大黒さんは会社員生活に別れを告げ、クリエイターとして独立の道を選択。
そして、自身の中で縮まりつつあった海外に旅立った。
行き先は、ベルリン。

「ベルリンには若いアーティストがたくさん集まっていて、彼らが街を活性化させていました。それを自分の目で見てみたかったのです。知り合いが全くいない街なので、そこでやっていけるか試してみたいという思いもありました。何も決めずに行き、住むところも現地に入ってから探しました」。
3ヶ月間滞在したベルリンでの経験は、大黒さんのクリエイティビティを飛躍的に高め、海外とのビジネス・チャネルを作る絶好の機会となった。
「知人が全くいないので、積極的に自分から声をかけて人のネットワークを作り、その友人のつながりでまた新たなネットワークが広がっていくという感じでした。ベルリンではフィールドレコーディングといって、街の音を録音したものをアレンジしてサウンドを制作したり、ライブもやりました。とにかく毎日がクリエイティブで、"もしもあの時、ベルリンに行っていなかったら・・"と思うことも多くあります」。

そして、この時に築いたベルリンでのネットワークは、大黒さんをグローバルに活躍するクリエイターへと成長させた。
2006年、パリでの"Playstation3"の発売に合わせてCMを制作することになった際、大黒さんにサウンド制作のオファーが来た。声をかけてくれたのは、ベルリン滞在中にイベントでパリを訪れた時に知り合った人だった。
その仕事で高い評価を得た大黒さんには、さらにチャンスが舞い込む。
2007年、"スポーツと音楽の融合"をテーマとした北京オリンピックのadidas art projectで、サウンドデザインを担当する機会を得たのだ。自ら「とても時間がかかって苦労したのですが、良い仕事になりました」と振り返るこの作品は、上海現代美術館(MOCA)に展示されるとともに、アート作品として英国のオークションサイトSotheby'sにも登場するなど、話題を呼んだ。
そして昨年は、北アイルランドのDigital Arts Studioからカレントレジデンスとして招聘され、現地でサウンドアート作品の制作を行うチャンスを得た。

世界を舞台に活躍したいと考えるクリエイターは数多くいるだろうが、最初の一歩を踏み出すには、強い意志と勇気が必要だ。ICCでの経験や出会いに触発され、自らを奮い立たせてべルリンに旅立った大黒さんのこの英断は、海外進出をめざす多くのクリエイターにとって参考となるだろう。
 

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ベルリンで築いたネットワークは、大黒さんに大きなチャンスをもたらした
http://www.junichioguro.com/archive.html

 

"サウンドメディアアーティスト"を名乗る


エレクトロニックミュージック、ダンスミュージック、環境音楽など、大黒さんが生み出すサウンドは実に多彩で、発表のメディアも、Web、ライブ、舞台、CMなど、多岐にわたっている。
中でも、"GROK"という名でのソロ・アーティスト活動には強い思い入れがあり、ダンスミュージックのリリースやDJのライブ等を積極的に行っている。"GROK"の活動は、「自分のやりたいことのエッジを出すことを目的にしている」といい、その個性あふれるサウンドはi-tune等のWebサイトで購入が可能だ。

そして今、大黒さんは自らを"サウンドメディアアーティスト"と名乗る。
昨年、北アイルランドに滞在し、そこでの制作を通じて、音環境をデザインすることの重要性に気づき、「音と空間」、「音と映像」を組み合わせた"サウンドメディア"という新しいジャンルを自ら創造しようと決めたのだ。
「目に見える情報はとてもインパクトの大きなものですが、音、空気、居心地の良さなど、目に見えなくても大切なものがあります。そうした目に見えない価値を音でどうやって表現するか、チャレンジしたいと思っています。その街が持っている音や街の雰囲気が醸し出す音を、映像やアートなどと組み合わせて表現していきたいですね」。

それらを実践していく場のひとつとして、大黒さんは新プロジェクト"43d"(ヨンジュウサンド)を立ち上げた。
札幌の緯度をネーミングに使ったこのプロジェクトは、札幌という都市をアンビエントやサウンドスケープといった環境音楽と結びつけ、クリエイティブと組み合わせながらアウトプットしていく実験的な試みだ。
札幌という土地が生み出す音と、映像、アート、テキストなど、多様なクリエイティブを組み合わせ、新しい音楽の聴き方、表現を実験していくという。
「インターネットで世界がつながり、広がったがゆえに、これからは特定の街やエリアにスポットがあたると思っています。その土地でしか生み出されない音、聞けない音というものに価値が高まるはずです。札幌がもつ環境、自然、空間、ホスピタリティなどを、音楽と組み合わせて世界に発信し、札幌の都市ブランディングにつなげていきたい」。
スタートしたばかりの「43d」は、想いを共有できるクリエイターと連携しながら進め、今後、Webサイト等を通じて順次発信していく方針だ。

「インプットの形態は何であれ、アウトプットはあくまで"音"にこだわりたい」という大黒さん。その優れた感性で、この「43d」の地をどうアレンジしてくれるのか、期待が膨らむ。
 

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新プロジェクト"43d"では、札幌を舞台に環境音楽とクリエイティブの融合をめざす
http://www.43d.jp/


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■サウンドメディアアーティスト 大黒淳一さん
 http://www.junichioguro.com

「43d」プロジェクト    http://www.43d.jp/

取材・文 佐藤栄一