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アニメーションクリエイター 横須賀令子さん

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静謐な白の画面の中を墨で描かれた登場人物たちが動き出す。
アニメーションクリエイター横須賀令子さんが描く墨絵アニメの世界では
やんちゃな子ギツネが所狭しと跳ね回り、
どこかおかしみを誘う餓鬼がエレキ琵琶をかき鳴らす。
得意分野であるお化けの絵が認められ、「ゲゲゲの鬼太郎」実写版映画の制作にも参加した。すべては1本の筆から。変幻自在な白と黒の物語を紡ぎ出す。

 

卒業制作で初挑戦、にじみ・ぼかしの表現力

横須賀令子さんが二十代の頃に作った「もうれんじゃかじゃか」(1985年・3分)は、故郷の茨城県ひたちなか市の実家で、夜風が戸袋にガタガタと吹きつける音からヒントを得た作品だ。テーマは子ども心に感じた闇への恐怖。夜風の音を「“もうれんじゃかじゃか”が来てる」と言っていた父の言葉がそのままタイトルになった。

中学・高校時代はマンガ研究会や美術部に入り、将来の夢は漫画家かアニメーターと決めていた。緑豊かな田舎で育ったせいか、自然からのインスピレーションを大切にする。「もうれんじゃかじゃか」の他にも樹木や人魚、狐狸妖怪を主人公にした作品が多い。「目に見えないもの」を描きたいという欲求が横須賀さんのクリエイティブを貫いている。

墨絵との出合いは大学の卒業制作のとき。同人誌でマンガを描くときに墨を使っていたが、にじみやぼかしを使えないことが不満だった。一枚一枚の絵をカメラでコマ撮りする墨絵アニメーションならそれが実現できる。日本画や水墨画を習ったことはなくすべて独学。にじみやぼかしをふんだんに取り入れ、四季の移り変わりを描いた卒業制作「幻」(1981年・3分)は、記念すべき墨絵アニメ第一作目となった。

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「もうれんじゃかじゃか」はあのマンガの神様、手塚治虫にも認められた作品。「“すごくよかった”と手塚先生から握手を求められたのが最高の想い出です」

 

描き続けた日々が報われ、NHKから仕事の依頼

専門学校を卒業後はそのまま東京に残り、昼間は働き夜に絵を描く生活を続けた。墨絵アニメは通常5分の作品に1500枚近くの絵が必要になる。その制作期間は1年かかることもある。横須賀さんは日中働いた疲労を抱えながらも半年に1本の驚異的なペースで作品を作り、所属するアニメサークルの上映会で発表し続けた。「私は他にできることもない。やるしかないの気持ちでした」。

墨絵以外の画材を試した時期もあったが、作品に奥深さが生まれる点ではどれも墨絵にかなわなかった。横須賀さん曰く「墨絵の極意は描かないこと」。背景や人物描写を描き込んでいくのではなく、省いていく。「描かない部分があってはじめて生まれてくるものがあることを墨絵から教えてもらいました」と語る。

 

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半紙の上に照らし出される原画の線に沿って墨で表情をつけていく


1994年、描き続ける日々に転機が訪れた。作品を見たNHKエンタープライズの人間から「5分間の子ども向けアニメを作ってみませんか」という依頼がきたのだ。出来上がった作品のタイトルは「なんじゃもんじゃおばけ」。間抜けなお化けが怖がらせるはずの子ギツネにふりまわされる可愛らしい作品が誕生した。

人に説明するために絵コンテを描いたのも初めてなら、作品がテレビ放映されたのも初めてのことだった。テレビ画面に映る作品を見ながら上映会なら聞こえてくるはずの笑い声がないことに動揺し、「どうしよう!」と全身から冷や汗が吹き出る思いを体験した。

実は横須賀さんにとって「笑い」は重要な要素なのだ。「観客を笑わせたいという気持ちが年々強くなっています。台詞がないアニメならキャラクターの体の動きで言葉の壁を越えて笑わせることができる。みなさんが笑ってくれる作品を作れたら本望です」

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「なんじゃもんじゃおばけ」で国際アニメーションフェスィバルに入選・入賞を果たした。上映会場で観客の笑い声を聞いたときにようやく安堵したという
『なんじゃもんじゃおばけ』NHK教育テレビ プチプチ・アニメ
月〜金 午前8:30〜8:35/午後4:15〜4:20(再)
Ⓒ横須賀令子・NHK・NEP

 

 呪縛から解き放たれたデジタル制作

1996年、東京で結婚した夫の転勤に伴い、一家は札幌に住まいを移した。その頃から手描きの墨絵アニメ制作にパソコンソフトも並行して使い始めている。
原画をスキャナーで読み込み、フォトショップで線のみを切り抜けば、背景から解き放たれた自由な線で遊ぶことができる。また手描きでビデオ撮影なら一発撮りのところを、繰り返し動作が容易にできるパソコン上では仕上がりを確認しながら作れるようになった。

パソコン導入後に制作した作品に「GAKI琵琶法師」(2005年・6分)がある。主役はなんと餓鬼(亡者)で、楽器はエレキ琵琶というところも横須賀流だ。可視化された琵琶の音が電線に伝わり、やがて波となって世界に溢れ出るさまが描かれている。「身のまわりにある音楽は波でできていて、そういう波は私たちの体内にもあることを表現したかった」。

でもなぜ主役が餓鬼なのかの問いには「男だとか女だとか人間の表面的に見えるものを全部そぎ落としていったらあの姿になりました」と横須賀さん。冒頭に餓鬼がエレキ琵琶の電源を入れるところでいきなりビビッと感電してしまうのは、「やっぱりそっちに走っちゃうんですよね」と笑った。

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「GAKI琵琶法師」(2005年・6分)より。見ためほど怖い人ではない

 

短編小説など「原作もの」構想も膨らむ

卒業制作から28年目を迎えている。札幌にいながらしにて東京からの仕事をこなし、2007年には映画『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』の中で呪い歌にまつわる重要な絵巻物の墨絵アニメを担当した。「墨絵アニメーション 横須賀令子」とクレジットされたエンドロールが全国の映画館に流れた。
今の若手には「自分たちの作品が上映されるときはぜひその場所に来てほしい」と提言する。「観客の反応を見るのは怖いかもしれませんが、そのときにショックだったことが次の作品を作るうえで一番大事になるから」

作品づくりのこだわりは「今まで自分がしなかったようなこと」をやってみたい。今興味があるのは原作もの。短編小説など手がけてみたい候補作もいくつかある。一般に、アニメに限らず女性のクリエイターは、年を重ねると自然により女性らしいタッチが作品に出てくると言われる。「“でも横須賀さんの場合は年々男らしくなっていきますね”と言われたことがあって。それがおもしろくて今もずっとその理由を考えています」。
そう聞くとますます次の作品が見たくなってしまうではないか。

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筆は価格にこだわらず描きやすさを重視する。写真右の白いトレーステーブルは夫がリメイクしてくれたものを愛用



BGM:渡辺崇(Junkan Production)

 

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アニメーションクリエイター 横須賀令子さん
http://www2.ocn.ne.jp/~pacuilla/reiko/

取材・文:佐藤優子
blog「耳にバナナが」 http://mimibana.exblog.jp/