現在位置の階層

  1. トップ
  2. ニュース
  3. アーカイブ
  4. Feature
  5. 塚本編集室 「編集は覚えるもの、取材は礼をつくすもの」

アーカイブ

塚本編集室 「編集は覚えるもの、取材は礼をつくすもの」

feat_vol24.jpg

北海道出身の塚本尚紀さんがクリエイターとして札幌に戻ってきたのは、33歳のとき。大学卒業後は東京の建築専門誌の編集部に勤め、編集者兼ライターとしての基礎を習得した。Uターン後はフリーランスになり、丁寧な取材や"読ませる"文章力で高い評価を集め、クライアントには道内の有名企業や文化人が名を連ねている。2006年からはご自身も初めての試みと語るウェブマガジンの創刊に参加。ベテランの地位に甘んじず、つねに新たなフィールドに挑み続けている。


新人でも100ページを担当、過酷な東京時代

学生時代は工学部の建築学科に籍を置いた塚本尚紀さん。4年生のとき、「就職先の候補は建築事務所だけじゃない。業界誌を出版するマスコミという世界も考えてみてはどうか」という指導教官の言葉に触発され、業界向けの専門誌を発行する出版社に就職した。
初めての職場は、株式会社建築知識(現・株式会社エクスナレッジ)の編集部だった。
「先輩に初めに言われたことは、『編集という仕事は教わるものじゃなくて、覚えるものだ』。忙しい職場でしたから、たとえ新人でも80〜100ページの特集を年に4、5本担当していました。企画、取材、執筆、撮影、校正といった編集者兼ライターとしての基本をすべて、この時代に叩き込まれました。」
締切間近になると深夜まで会社に居残り、その足で仲間と飲みに出かけ、帰宅することなくまた出勤する。疲労困憊になりながらも、非日常的な熱気に包まれて働く環境がたまらなく楽しかったと新人時代を振り返る。


文句を言う上司も部下もいなくなる

基礎を築いた後は同じ業界で2度会社を移り、専門誌の編集以外にも企業広報誌の制作やイベント企画も経験。徐々に仕事の幅を広げ、一人前の編集者として力をつけ始めたこの頃、塚本さんの中に独立、そして帰郷への思いが芽生えてきたという。
「北海道に残してきた親のこと考えると、自分は長男だという責任感もありましたし、僕自身が東京や会社勤めに疲れてきた時期でもありました」。
Uターンと独立、人生の転機を前に思い悩む塚本さんは、知人から札幌で活躍する広告制作プロダクションの社長を紹介してもらい、現地の情報を集めることにした。ところが。 「その方に言われました、『独立なんてしないほうがいいよ』と(笑)。『独立したら、なにかおもしろくないことがあっても文句を言う人間が自分以外にいなくなりますよ』と。この言葉は響きましたね。そういう覚悟ができているか、考えるきっかけになりました」。
最終的には自分で気持ちを固め、家族の理解を得て1995年に帰郷。東京で過ごした約10年間のキャリアを武器に、札幌でクリエイターとして新たなスタートラインに立った。


  地元密着型の求人情報誌や機内誌に参加

帰郷後すぐは前職での経験を生かし、住宅業界誌の記者兼営業スタッフとして勤務。生活基盤を固めた後に1999年に独立、塚本編集室を立ち上げた。当時創刊したばかりの中古車情報誌の仕事をしながら、知人の紹介を通じてクライアントを開拓していった。
「僕のメインクライアントである株式会社北海道アルバイト情報社さんとは、この頃からのおつきあいです。現在も同社が発行する求人情報誌の外部スタッフとして編集のお手伝いをさせていただいています」。 また、1998年3月に就航した北海道エアシステム(HAC)の機内誌「FLY HAC」にも、創刊2号目から制作スタッフとして加わった。
「『FLY HAC』を企画した広告代理店の方からは『普通の観光ガイドにはしたくない、道内に広がるいろんな街の歴史や今の動きを伝える、読みごたえのある内容にしたい』と言われました。その考えに共感して以来、今も続く大事な仕事のひとつになっています」。 新たなクライアントや初めての媒体。相手やジャンルが変わろうとも、仕事の基本はいつも「礼をつくすこと」。特に、取材相手には細心の注意を払って接するのが、モットーだ。
「凝った文章を考える以前に、時間をいただく相手に失礼のないように接することがなによりも大切。そして礼をつくしながらも、一歩踏み込んで聞きたいところにはしっかりと切りこんでいく。そこが取材の難しいところでもあり醍醐味だと思います」。


北海道エアシステムの機内誌「FLY HAC」は年に4回発行。丁寧な取材によって引き出された全道各地の情報が満載。


"温泉教授"とともにウェブマガジンを創刊

2004年は、塚本さんにとって大きな出会いが待っていた。東京の出版社から依頼があり、温泉文化論を専門とする札幌国際大学教授、松田忠徳氏のもとを訪れた。このときの意気投合した取材がきっかけとなり、"温泉教授"から指名を受け、著作の原稿整理を手伝うまでの信頼関係を築いていく。
そして2006年には、松田氏を編集長、塚本さんを副編集長に、温泉専門ウェブマガジン「毎日が温泉ドットコム」を創刊した。
「世界広しと言えども、日本の温泉で見られる男女混浴という文化を持つ国は珍しい。また、国内には温泉自体をご神体とする神社もあるくらいで、日本人の精神性に温泉は非常に深く関わっています...と、こういうことを松田先生から何度も聞かされていますので(笑)、先生や他のスタッフたちと一緒に温泉情報を毎週更新していきます」と意欲を見せる。
個人的な今後の抱負を尋ねると、依頼を受けての取材や原稿作成の他に自分でテーマを発掘する執筆活動も視野に入れていくことと語る。
「北海道でベテランと呼ばれることは必ずしもいいことばかりだとは限らない。例えば広告代理店やプロダクションから『こういう条件の仕事だとあのクラスの人は引き受けてくれないだろう』などと思われてしまうと、仕事がこなくなるのもその一例です。これからは今まで以上に自分がおもしろいと思うものに貪欲になって、こちらから仕事を生みだしていく。そういう執筆活動をいつの日か形にしたいと思っています」。
ベテランの重責に屈しないこの柔軟さこそ、塚本編集室最大の強みとみた。


「毎日が温泉ドットコム」では道内に限らず、ご当地の温泉情報を発信できるライターも常時募集中だ。



●塚本編集室
〒062-0034 札幌市豊平区西岡4条14丁目7-6
TEL・FAX 011-582-3442

取材・文 佐藤優子