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切り絵グラフィックス 原 義一 「自分の作品と向き合えば、営業先は自ずと絞られる」

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黒人ミュージシャンや格闘家など、陰影を駆使して力強く描かれた人物たち。原義一さんの作品は1本の鉛筆から生まれる。下絵が決まったら、15年来愛用してきたカッターナイフで切り絵を作る。その原画をスキャンしてデータ化し、グラフィックソフト上で色づけなど細部を調整して完成。このアナログ・デザインの融合こそ、原さんが自身のジャンルを「切り絵グラフィックス」と銘打つ由縁だ。「Macで直接描けば簡単なんでしょうが、僕は"切り絵ありき"なんです」と語る原さんのキャリアから、顧客開拓のヒントを探る。


札幌市豊平区に自宅兼アトリエを構える原義一さん


揺るぎない"核"に柔軟さをプラス

20歳のとき、日本を代表する切り絵作家・滝平二郎の作品に出会った原義一さん。切り絵独特のシャープな線や重厚なフラット感に惹かれ、切り絵師の道を歩み始めた。
 人物を描くのが得意という強みから、小説や雑誌の挿絵に使われることを想定して、東京の出版社15社近くを2日間でまわったこともあったという。
 「結果は、全滅でした。当時は手仕事のモノクロ作品だけでしたし、僕の描く人物は個性が強いため、使い方が限られると言われまして。売り込みでは、核となる自分の個性をアピールすることが大前提ですが、柔軟さを見せることも大切だと学びました」。
 帰道後は、新たにカラー作品を加えた作品ファイルを作り上げ、2000年、地元で求人誌を編集・発行する(株)北海道アルバイト情報社を訪れた。
 この営業活動を機に、道内企業の新聞折り込みチラシのカラーイラストというプロとして初仕事を獲得。さらに、このとき持参した作品ファイルが他の印刷会社の目にも留まる"ひとり歩き"を始め、イベントポスターなど次の仕事を生みだしていった。


作品が最も輝く場面を想定する

空手や修斗などの格闘技ファンでもある原さん。2001年、札幌で開催された格闘技イベント「BATTLE MIX」の会場で手にしたフライヤーも、顧客開拓のきっかけとなった。
 「フライヤーを見ているうちに『自分だったらこう作る』というアイデアが浮かんできたんです。Macで次回用のフライヤーを作り、イベントの実行委員会に持ち込みました」。
 ところが、格闘技イベントの集客にフライヤーデザインは関係なしと断られ、落ち込む原さんを、逆転劇が待っていた。実行委員の一人が原さんのフライヤーにひと目惚れ。
 「イベントの特徴をよくつかんでいる」という強い推薦を受け、その結果、イベントが終了するまでの5年間、フライヤー制作を担当する長期の実績につながった。
 「好きだからこそ提案できる強み、が生きた例ですよね。自分の作品に愛があって、使ってほしい場面や設定を想像していけば、営業先は自ずと見えてくると思います」。

カラー作品への挑戦など、着実に仕事の幅を拡げていった。


初の試み、動画にもチャレンジ

原義一作品ファイルの"ひとり歩き"は、その後も続いていた。2002年、絵の力強さに注目したテレビ局のプロデューサーから電話がかかってきた。
 HTBのバラエティー番組『ドラバラ鈴井の巣』(※現在は番組終了)のタイトルロゴと番組のオープニング動画の依頼だ。
 大泉洋を筆頭に北海道の人気タレントが出演する看板番組に関わる大仕事だった。
 未経験だが動画の仕事は自分にとって転機となる、そう考えた原さんは絵コンテや動画用のパーツ制作にも挑戦。「オンエアで絵が動いたときの感動は、今でも忘れられません」。
 番組とともに、切り絵師という自分の存在を広くアピールするチャンスとなった。


日本人初、『NIKE CHINA』に起用

Mac導入とほぼ同時期に、原さんはホームページの作成にも取りかかっていた。辞書や翻訳サイトを使い、Englishバージョンも制作。この地道な努力が2006年に開花した。
 同年2月、『NIKE』の広告を手がける広告代理店ワイデンアンドケネディ上海支部から「あなたの作品をホームページで見ました」と、仕事の依頼メールを受け取った。
 「成都式訓練」と名づけられた『NIKE CHINA』の1年間の広告キャンペーン。ビジュアルの中心に立つ実写のバスケットボール選手を取り囲む背景の切り絵部分を任された。
 中央の選手を威嚇する"ライバル達"は当初、龍などの架空のモチーフだったが、先方の担当者から「原くんの得意な人物でいこう」と推され、最終案に落ち着いた。
「人物しか描けないという僕のコンプレックスを、大きな自信に変えてくれた瞬間です。この仕事を通じて、自分が歩いてきた道のりで良かったんだと再認識できました」。
 『NIKE』以降、取材依頼も増え、"顔の見える切り絵師"として活躍する原さん。切り絵の普及を目的にワークショップを開催したり、「今日も夕方からアポイントをとっています」と営業活動も継続中。攻めの姿勢に変わりはないようだ。



今年9月開催予定の展示会の準備も進行中だ。



●切り絵グラフィックス 原 義一 
ウェブサイト http://kad.heavy.jp/
〒062-0933 札幌市豊平区平岸3条2丁目1-7 メゾン・デ・エスポワール201号
TEL・FAX:011-814-2042
Creator Profile http://s-xing.jp/db/ind/prof0007.html

取材・文 佐藤優子


最終更新日:2007年6月5日