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第4回札幌国際短編映画祭開催記念 俳優 ムン・ソリさん

重度脳性まひの主人公を演じた『オアシス』。
鳥肌が立つほどの名演で第59回ベネチア国際映画祭を魅了した。
韓国映画界きっての実力派俳優ムン・ソリさんが、
2009年10月に開催された札幌国際短編映画祭に審査員として来札。
貴重な短編映画出演エピソードや俳優業への思いをうかがった。

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完成度の高さに驚き、札幌国際短編映画祭

2009年10月14日からの5日間、1万人近くの集客で盛況のうちに幕を降ろした第4回札幌国際短編映画祭。世界各国から集まるのは作品のみならず、審査員のボーダーレスな顔ぶれも毎年話題を呼んでいる。

今年、知的な美しさでひときわ注目を集めたのはこの方、韓国の実力派俳優ムン・ソリさん。「どの作品も完成度が高く、各賞に該当する作品を選ぶのはかなり悩みました」と審査の感想を語った。

代表作は、イ・チャンドン監督の『オアシス』(2002年)。重度脳性まひの主人公コンジュに命を吹き込んだ白熱の演技で韓国内の新人賞はもちろん、第59回ベネチア国際映画祭のマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人演技賞)にも輝いた。このときムン・ソリさんは28歳。商業映画2本目にして「一生分の賞をもらってしまいました」と本人に言わしめるほどの栄誉を手に入れた。

出演作は多くはないが、“出るべき映画”を見ぬく目は確か。『オアシス』以降も傑作揃いのフィルモグラフィーがそれを証明する。 

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ペ・ヨンジュン主演のドラマ『太王四神記』のカジン役でもおなじみ。『太王四神記』は09年11月2日からBShiで全24話アンコール放送。



新人監督、新人俳優が活躍する場を応援

商業映画デビュー作『ペパーミント・キャンディー』の後に、数本の短編映画に出演した。業界の知人友人に頼まれてということもあるが、基本は「作品のおもしろさ」で決める。新人監督が商業映画ではできないことに挑戦する意欲を後押しする。

「宇宙人の役をやったこともありました。参考にした映画がホラー映画だったからなぜかお化けみたいな格好をしたりして」と笑いながら思い出話を披露してくれた。

そんな短編映画の現場も知るムン・ソリさんが、今回審査員の立場で見た各国の作品は「どれも傑作揃い」。取材は審査結果発表前に行われたため一つの作品に言及することは避けたが、上映作品全体の質には「商業映画と見劣りしませんね」と驚きを隠さなかった。

韓国では今も短編映画のオファーがあるが、安請け合いはしなくなった。「短編映画は監督だけでなく新人俳優にとっても大切な登竜門。その席に私が座り続けるわけにはいきませんから」。少ないチャンスを奪い合う映画界にいながら次の世代を思いやる発言に、俳優ムン・ソリの格を知る。

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映画祭会期中に行われたICCの単独インタビュー。どの質問にも通り一遍の文句ではない自分の言葉で答えてくれた。



「なぜ私が」葛藤の末に手にした世界の喝采

代表作『オアシス』に話を戻そう。ゆがんだ表情、硬直した手足。車いすの不自由な体の中に今にも爆発しそうな喜怒哀楽を内包する女性を演じた。

大学は教育学科に進学。週に一度ボランティアで脳性まひの生徒に勉強を教えていた。デビュー作に起用してくれたイ・チャンドン監督にそのことを話すと関心を示したのが、『オアシス』の始まり。脚本が出来上がり、監督が言った。「この役を喜んでやりたいと思う女優はいない。君はどうだ」。家で演技練習の様子をビデオ撮影する日々が始まった。

モニターに映るのは美の化身である女優からは遠い姿。「なぜ私が」。いら立ちがつのり、逃げ出したくなることもあった。そこまで追いつめたのはイ・チャンドン監督。そこから引き上げてくれたのも同じ人物のこの言葉だった。「世間が思う美の概念を変えよう」。

韓国映画界はきらびやかな美男美女揃い。とても信じがたいことだが、ムン・ソリさん曰く母国での美女の基準から「私はハズれている」のだそう。監督はそこにこだわった。ムン・ソリさんが演じスクリーンに大写しになるのは、滑舌もはっきりせず、沸き上がる感情に不器用な仕草で身もだえる障害者。だがその心に抱く思いとは—。「『オアシス』を撮ることで“本当の美しさとは何か”を世間に問いかけよう」。監督の挑戦に共鳴した。

そして葛藤の末に挑んだ冒険は映画さながらのおとぎ話のような結末に。世界が俳優ムン・ソリに喝采を送り、新しいスターの誕生を歓迎した。

oasis-main.jpg『オアシス』監督・脚本:イ・チャンドン 画像提供:シネカノン (C)2002 Cineclick Asia All Rights Reserved.     電話をとる、口紅を塗る。健常者にはわからない主人公の動作はすべて演じるムン・ソリさんに一任された。



俳優である前に一人の人間として生きる

2004年の出演作『大統領の理髪師』では、日本でもファンが多いソン・ガンホ氏と共演。助演の立場でアンサンブルの重要さを学んだ。「ソン・ガンホさんは演技の天才。口を開けば映画のことばかり。たくさんのことを教えていただきました」。

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『大統領の理髪師』写真中央のソン・ガンホ演じる主人公の妻役を演じた。

08年には、04年アテネオリンピックで銀メダルに輝いた韓国ハンドボール女子チームを題材にした『私たちの生涯最高の瞬間』に出演。国を背負うプレッシャーや世代交代のいさかいなどリアルなテーマをふんだんに盛り込んだ同作は、韓国映画初心者にもぜひすすめたい傑作。「たとえトップに立てなかったとしても汗を流してがんばった経験はかけがえのないもの。一生懸命打ち込む人たちの姿を見てほしい」。ムン・ソリさんをはじめ俳優たちの体当たりな熱演に笑って涙する。   

撮影エピソードをうかがうと「現場にいたのは女優じゃなくてスポーツ選手ばかり(笑)。カットになったらメイクを直すより体を休めるのがせいいっぱいでした」。苦楽を共にした一体感が画面から伝わってくる。ムンソリさんの出演作『オアシス』『大統領…』『私たちの…』はどれも国内でDVD販売・レンタル中。未見の方はこれを機会にぜひ見てほしい。

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デビュー作『ペパーミント・キャンディー』と『オアシス』でタッグを組んだイ・チャンドン監督からは「人生について学ばせてもらいました」


主演・助演を問わず厚みのあるフィルモグラフィーにこれからどんな作品が加わるのだろう。「希望は特にありませんが、いい監督に出会えたら」。“気になる日本の映画人”に是枝裕和監督と寺島しのぶの名を挙げた。玄人好みの人選を聞き、いつか実現してほしい韓日のコラボに期待が膨らむ。

現在、35歳。10年後、20年後の演技が見たいと思わせる俳優だ。「これから一人の人間としてどう生きていくか。その生き方が自ずとどういう俳優になるかを決めていくと思います」。役を生きる以上に自分自身を生きている。

 

BGM:渡辺崇(Junkan Production)

 

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取材・文 佐藤優子 
blog「耳にバナナが」 http://mimibana.exblog.jp/