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クリスマス特別対談 サックス・プレーヤー 田野城寿男氏

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札幌を拠点に、魂(ソウル)を表現する魅力的な演奏で聴衆を魅了するサックス・プレーヤー 田野城寿男氏。
「誰にも似ていない」と賞賛される高い技術を持ちながら、絶えずチャレンジを続け、今年9月の「第3回札幌国際短編映画祭」では国際審査員も務めた。
12月12日夜には自身が「クリスマスプレゼント」と称するLiveを行い、観客を陶酔の世界へと導いた田野城氏にインタビューを試みた。

聞き手:久保俊哉(ICC チーフコーディネーター)

 

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Liveから一夜明けてインタビューを受ける田野城さん



―昨夜は素晴らしいライブでした。

昨日のコンサートは、北海道で12年間も活動させてもらったことへのお礼を兼ねた私からの「クリスマスプレゼント」です。どんなプレゼントがいいかなぁ、と思ったのですが、僕は音楽家なので、やはり極上の音楽を楽しんでもらおうと。

―あまりにも凄い演奏ですっかり魅了されましたが、何度もリハをやったのですか?

それが、リハは1回しかしていません。(笑)
メンバーの技術には絶対の信頼がありますから、1週間前に軽くやった程度です。昨日のライブの中でも、実は何度か間違えているのですが、間違ってもすぐにちゃんと戻ってくるんです。間違ったことをメンバーが楽しんじゃってるんですね。(笑)
せっかくのプレゼントなんだから、キチキチに縛らないでリラックスしてやろうということにしました。

―リラックス感は十分に伝わっていたと思います。昨夜はロックな感じでしたね?

そう。昨日のライブはどちらかというとロック系でした。札幌はオーソドックスなジャズが好まれる土地で、ドラムスとウッドベースが入るライブが多いですから、昨日のようなライブは札幌ではあまりお目にかかることのない音楽だったと思います。

―音楽をする立場からみて札幌という土地はどんなところですか?

札幌はヒップホップとクラブ系のパーティが多く、動員数も多いんです。ただ、年齢層が低い人たちはそれで良いのかもしれませんが、一方、大人の遊び場が少ない。
大人たちも含めて、音楽を聴く人の底辺を広げなくちゃならないと思います。
だから、「こんな音楽もあったのか」とか、「これは何というジャンルの音楽なんだろう?」と感じる機会をたくさん作って提案してやる必要があると思っています。
僕はジャズ、クラシック、ロックといったジャンル分けにはあまり意味がないと考えています。とにかく、いろんな種類の音楽にふれてほしいという思いがあって、色々なジャンルを組み合わせて新しい音楽を提案したい。いま、地元のFM局と組んで、新しい音楽を作り出してリスナーを増やそうという動きもしています。

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20年前に作った曲も演奏されました  楽譜は当時のオリジナル

 


-昨夜のライブはまさに田野城さんからの新しい音楽の提案だったわけですね?

その通りです。「こういうメンバーと組むと、こんなこともできるんだぞ」というところを聴いてほしかった。良いライブには、演奏する側と聴く側、演奏するプレイヤー同士の“エネルギー交換”がうまくいくことが必要です。だから、どちらも「楽しめ!」と思ってやっています。(笑)
さっき、「音楽を聴く人の底辺を広げなくちゃいけない」と言いましたけど、実は音楽をやる側もスペシャリスト同士がつながらないことが多いんですね。ロック、ジャズ、ファンク、シャンソンなど、それぞれのジャンルにはスペシャリストがいるのに、それが相互につながらない。誰かがつながなくてはいけないので、僕はそこをやっています。
「今はジャズを聴くけど、次はロックを聴くよ」というように、どんどん聴く音楽の幅を広げたい。ジャンルを壊して新しい音楽を作り、聴いてもらう機会を作りたいんです。

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バンドのメンバーと共に



-今年は短編映画祭の審査員を引き受けていただきましたが、それも「ジャンルを壊す」ということですか?

その通りです。ハリウッド映画しか観ないということでいいんだろうか?と思います。色々な作品を観る機会を作って、観客の底辺を広げたい。音楽も映画も同じです。
映画の審査員とは未知の世界でしたが、やらせていただいて得るものが大きかったですね。音楽だけじゃなく、色んなジャンルのものを提供して、全部を楽しんでもらうような仕掛けが必要なんだと再認識しました。

-仕掛けということでは、いまどんなことを仕掛けているのですか?

昨年、北海道十勝の士幌で、農家の人たちが集まって「アート・ファーマーズ・バンド」を結成しました。農家の人たちが農閑期にジャズやフュージョンの演奏を楽しむというもので、この活動を手伝っているのですが、これがすごく面白い。音楽をツールにして、一緒に演奏する中で、エコや農業などについてを話したり、考える機会にもなっています。これは僕のライフワークだと思ってやっています。
実は、今日もこれから芽室町に行くのですが、芽室のファーマーズバンドが中学生とジョイントするのです。
こうした活動を続けていたら、なぜか総務省の外郭団体の人が評価してくれて、「8つの学校でそれと同じ活動をやってほしい」とオファーがありました。僕のWebサイトを見て「面白い」と思ってくれたようで、「田野城さん、音楽と環境のことをやっているでしょう?」と言うんですね。すごく良い活動だからぜひやってくれと言うわけです。さらに、名古屋でも、「田野城さんとセッションしたい人募集します」(笑)とやったようで、来年の2月にセッションをやる予定です。

-「音楽をツールにして」という部分に共感します。

まさに、音楽は「ツール」に出来ると思うのです。
こうしたオファーを受けて出ていくことによって、北海道の現状もわかってもらえるし、農業や環境の問題の理解にもつながると思います。
ひょっとしたら、クリエイターが今しなくてはならないことは、こういうことなのかも知れないと思います。お金にはなりませんが。(笑)
もちろん、Show-Bizは必要です。食っていかなくてはならないですから。
しかし、アーチストや音楽業界が、単に音楽を売っているだけで本当に良いのかなと思います。
バッシングされるかもしれないけど、金がなくても歌を歌って「幸せだなぁ」と思うとか、絵を描いて気持ちが穏やかになるとか、そういうことってとても大事だと思うんです。今、これだけ不況で大変な時期に、そういうことがないと耐えられないじゃないですか。
価値観を変えるべき時期に来ているんじゃないかと思うんです。そのためには、まず自分自身が来るものを拒まず、どんどん外に出ていかなくちゃいけません。「できない。難しい」と言っていたら、何も変えられません。そうやって価値観を変えていく仕掛けを作る上で、アーチストの役割は大きいと思いますね。

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様々な(仕掛け)を進める田野城さんが幸せを感じる瞬間



-しかし、それにはとても勇気が必要なのでは?

たしかに、今までやったことのないジャンルに入っていくのは勇気がいります。
僕にも先日、「ブルースのレコーディングに参加しないか?」というオファーがありました。これには参りましたね。僕の音楽を聴いていたら、絶対にブルースなんて合うはずがないんです。(笑)
そこで、1秒間くらい熟慮して(笑)、「YES」と答えました。たったの1秒間がまるで10年間に相当するくらい長く思えるほど、僕の中では悩んだんです。失敗する確率は99%くらいかもしれないけれど、それでも自分がかかわることで、今までにないカップリングができて、誰も想像しなかった全く新しいジャンルの音楽ができるかもしれないという期待感があります。だから、1秒間の熟慮の末に即答したのです。(笑)

-そういう新しいジャンルに入っていく場合、自分の立ち位置というか、スタイルはどうあるべきなのでしょう?

これは若いクリエイターにも言いたいことなのですが、自分のスタイルは変えてはいけません。背景がどう変わろうと、自分のスタイルは貫くべきです。自分が赤なら、背景が白でも赤を貫くべき。朱に変わってしまったのでは新しいモノは生まれないのです。ロックのシンガーに「ジャズのスタンダードを歌え」と言ったら、ロックシンガーはイヤがりますが、ロックのまま歌わなくちゃいけない。当然、ミスマッチが起きて、周りも「合わない」というかもしれないけど、そこでジャズシンガーになってしまったのでは、何にも新しいものは生まれません。その「ミスマッチを受け入れる勇気があるか?」が問われるわけです。
若いクリエイターやアーチストには、ぜひともその勇気を持ってほしいですね。

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見る人を奮起させるような熱のこもった演奏



-とても元気の出てくるお話しです。最後に、札幌そして北海道には、これからどんな土地になってほしいですか?

ミュージシャンがここで食っていける土台を作るべきですね。残念ながらShow-Bizは東京にかなわない。札幌は人口190万人ですが、この規模でちゃんと食べていけるようにならないといけない。そのためには、底辺を広げなくてはと思います。だから、これからも新しいジャンルの音楽や今までにないタイプの音楽を作り、見せていこうと思っています。

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Liveを訪れたお客さんに挨拶をする田野城さん



-本日はお疲れのところありがとうございました。

文・構成:佐藤栄一