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インテリアデザイナー  長谷川 演さん

目標は1000店舗デザイン
もの・ひと・時間づくりで札幌を変える



札幌に暮らすあなたなら、きっと足を踏み入れているはずだ。
インテリアデザイン会社「アトリエテンマ」が手がけた
幾多の飲食店やサロン、複合ビルの空間に。
同社を率いるのは業界のフロントランナー、長谷川演(ひろむ)さん(44歳)。
「デザインで札幌を変える」、壮大なビジョンがある。

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  • 「アトリエテンマ 応接室」

  • 「アトリエテンマ インテリア 1 -壁と統一感のある鳥時計-」

  • 「アトリエテンマ インテリア 2 -角度により見え方が変わるキャンドル-」

  • 「アトリエテンマ インテリア 3 -アイディアを書き留められる壁一面の黒板-」

  • 「アトリエテンマ インテリア 4 -高さが一目でわかるメジャー付壁面-」

  • 「アトリエテンマ ロゴマーク」

  • 「デザイン塾 教室 1」

  • 「デザイン塾 教室 2」

  • 「顧客情報のファイル」

  • 「アトリエテンマ階段にあるミニチュア」

  • 「アトリエテンマプレゼンテーション」

  • 「椿サロン 刻額」

  • 「長谷川演さん 1」

  • 「長谷川演さん 2」




「先読み」の企画力で飲食店を後押し

ブログタイトルは「1000店舗への道」。皆さんが訪問するときは、インテリアデザイナー長谷川演さんが手がけた物件数は幾つになっているだろうか。取材時のカウントは「803/1000」。目標にはいつごろ?と尋ねると「1年で50件ペースなのであと4年でしょうか」、そう遠くない答えが返ってきた。

青森県弘前市出身。専門学校を卒業後、「会社がトレーニングルームだった」と語る新人時代を経て、1990年にアトリエテンマを設立。斬新な空間デザインと、家具や食器にいたるまでオリジナルデザインを提案するきめ細やかなクリエイティブで、札幌の店舗デザインに新風を吹き込んだ。
離れがたくなるイタリア製スツールに、テーブルを飾るロマンチックな照明、スタイリッシュな化粧室など総合的な空間演出で食を彩る「デザインレストラン」ブームを巻き起こした。

長谷川さんの目利きはインテリアデザインだけにとどまらない。最も得意とする飲食業界では、エスニックやイタリアン、そば居酒屋、もつ鍋…と「次に何がくるか」トレンドを先読みする企画力で幾つもの店舗を成功に導いてきた。つきあいの長いオーナーたちにとっては経営アドバイザーのような立ち位置にいる。

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取材は札幌本社の3階、日差しがたっぷりとさしこむミーティングルームで行われた。

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壁に手書きのメジャーを発見。机上のデザインと実寸サイズは切り離せない。これなら肌感覚で覚えられそうだ。


自分たちの活動を記録した作品集「アトリエテンマの仕事」を開くと、活動範囲は日本各地に。3万5000坪の敷地に25室だけという道内屈指のリゾートホテル「フラノ寶亭留」をはじめ、全30室のうち一つとして同じデザインがない茨城県のレジャーホテルや、可動式ブックシェルフでレイアウトを変えられる福岡県のフレンチレストランなど、場所、規模、物件に制限はない。
全ての依頼に高次元のデザインで応えていく業界のフロントランナー、長谷川さんの「今」をうかがった。



デザイン塾を開校、小中高の出張授業も

1000店舗を目標にしたのは3年前。前述のブログを立ち上げる時点ですでに600店舗近くの実績があり、「ならば」とキリのいい数字をそのままブログタイトルにした。この同時期に長谷川さんはもう一つの新事業を立ち上げる。
「札幌をデザインで変える」ため、インテリアデザインの「ものづくり」から次は「ひとづくり」へ。中学生以上、未経験者も歓迎する「アトリエテンマ デザイン塾」を開校した。しかも、単発のイベントではなくNPO法人化し、オフィスの一室を教室とする画期的な受け入れ体制を整えた。

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「デザイン塾」生徒たちの作品の背後に、これまで手がけた膨大な物件ファイルが並ぶ。


「1店舗1店舗を集めて面にすることで札幌の街並みを変えていく手法はこれからも続けていきますが、それだけでは限界があります。平行して、まちに暮らすひとの意識をデザインに向けていく。デザイン塾の受講生は制服姿で通う高校生から上は60代もいます。デザインをやったことがない人にも僕の知っていることは全部伝えたい」。多忙なスケジュールの合間を縫って直接指導にあたる長谷川さんの熱い思いが伝わってくる。

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デザイン塾のインテリアデザインプロフェッショナルコースは3カ月で1クールを修了。誰に向けて何をどうつくるのか、骨格づくりから習得する。


そして、デザイン塾のもう一つの目玉は2009年から始めた「出張授業」。2011年には小学校4校、中学・高校各1校を訪ね、ショップデザインやファッションデザインのワークショップを行った。
「子どものころからデザインに触れることで感度を高め、見る目を持つ人材になってほしい」と長谷川さん。ともに授業に参加する講師たちも、札幌の第一線で活躍するプロたちが賛同してくれた。
3日間の授業で一番最初にする質問「仕事って楽しいと思うひと?」に手を挙げなかった半数の子どもたちに、楽しく働く大人たちの姿を見せることも出張授業の大事な目的の一つだと語る。



日没が閉店を告げる「椿サロン 夕焼け店」

「札幌をデザインで変える」という壮大なビジョンは3つの柱で支えられている。「ものづくり」「ひとづくり」、そして3つ目の「時間づくり」。その拠点に、とアトリエテンマでは自社カフェの「椿サロン」を展開する。札幌本社1階の本店と期間限定の東京・銀座店、そして今年5月には日高管内新冠町の国道235号線沿いに、窓一面に太平洋が広がる「椿サロン 夕焼け店」をオープンした。

「空間の印象を決めるのは光。朝の光、夕焼けの光。その時々がもたらす光に包まれて心やすらぐ時間を過ごせるように、夕焼け店は天井に一切照明をつけない、午前11時開店・日没閉店としました」。
北海道らしい雄大な光景に惚れ込んでの出店だったというだけあり、夕焼け店を語るときの表情はことさら嬉しそうだった。

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社内にはデザイナーが7人。全物件のデザインに長谷川さんが関わり、方向性が決まってからは実働で動くスタッフを監修の立場で見守る。



家元に認められ池坊花展のデザイナーに

20年前から「いけばなの根源」である池坊をたしなむ風流人の顔も持つ。
「札幌でお花の先生に出会ってから縁あって始めることになり、9年間隔月で京都に通って勉強させてもらいました」。

門弟の一人として精進する日々から一転、家元の目にとまったのは8年前の北海道花展の折り。審査会で第二位(知事賞)になり、家元から思いも寄らない言葉をかけられた。
「花展のデザインをやってください、とおっしゃるんです。もちろん光栄ですが、同時に衝撃でした。池坊は2012年に550年を迎える華道の家元。北海道の一門弟である自分をその職に就けてくださったのは、ほとんど〈事件〉だと思います」。

家元から学んだことは数えきれないが、なかでも心に響いているのは「やりたいことを貫く姿勢」。伝統に敬意を払いながらも、現代に生きる自分らしい試みに挑む。その一つに数えられるだろう、椿サロン銀座では時折「カフェでいけばな」という、これまでにないレッスンも行われている。



「坐辺師友」の心で新ブランドを展開

2012年には札幌で新展開が待っている。これまで作ってきたインテリア家具や雑貨を含め、アトリエテンマ発のプロダクトブランドがデビューするという。
「身近にいいものを持てば、そのものたちが師となり友となって自分を成長させてくれることを、かの魯山人は『坐辺師友』(ざへんしゆう)と言いました」。

そこには選べる豊かさがあり、ふと考えると「札幌というまちにもその豊かさがある」と言葉を重ねる長谷川さん。都会と自然がすぐそばにある環境や四季の変化、まちにあふれるさまざまなデザイン…札幌の皆が「選ぶ力」をつけていくために長谷川さん率いるアトリエテンマの存在はとてつもなく大きい。そう再認識した取材時間だった。

 


〈札幌創造仕掛人に聞きたい! 3つのクエスチョン〉

Q.「椿サロン」命名の由来は?
A.僕の父は書道家でして、人からいただいた檜(ひのき)のまな板を刻額にしたくて、何か字を彫ってほしいと父に電話をかけたときのことです。「何て彫る?」と聞かれて「…椿サロン」自然と口から出ていた。そのあとで生まれた子どもの名前も「椿」にしたので、周囲からは「わが子の名前を店につけて…」と思われていますが、真相は逆(笑)。ふっと出たネーミングでした。
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こちらが命名の発端となった「椿サロン」の刻額

Q.目標の1000店舗もそろそろゴール圏内です。豊富なアイデアはどこから?
A.実は「浮かぶ」。物件を見に行くとその場で浮かぶんです。もちろんそれだけの引き出しを蓄えてきた経験もありますが、やってみたいアイデアがつねに頭の中にあるから。たまに、あそこでマスターがコーヒーをいれてこっちは厨房が…と「見える」こともあります。

Q.心に残る一言は?
A.数年前に尊敬するデザイナーの原研哉さんが当社にお見えになって、二人で話す機会があったんです。そのとき「なんて自分は何も知らないんだろう」と気づかされた。「何がやりたいの?」「何のためにやってるの?」原さんの問いかけに当時は何も答えられなくて。そこから考え始めるようになって見えてきたのが「札幌をデザインで変える」という自分のビジョン。本当に深い問いかけをいただきました。



 

●株式会社アトリエテンマ  http://www.atelier-temma.com/
所在地:札幌市中央区北7条西19丁目momijiビル
TEL:011-222-8888
創立:1990年8月
資本金:1000万円
代表取締役:長谷川 演
従業員数:10名
事業内容:
◎インテリアデザイン・設計
◎家・マンションリノベーション事業
◎家具・プロダクトに関する企画・デザイン・設計
◎展覧会、舞台、ショー会場に関する企画・デザイン・設計
◎グラフィック・Webデザイン企画・制作
◎飲食店、カフェの企画・運営
 


取材・文 佐藤優子(耳にバナナが)
撮影 ハレバレシャシン