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パノラマ写真家  横谷恵二さん

横長のパノラマ写真がぐるりと360度回転する。横に、そして、上下に。
パノラマ写真の魅力に惹かれた写真家・横谷恵二さん(53)が運営するWebサイト「パノラマジャーニー」には、古い建物や風景、イベントの模様など、数多くのパノラマ写真がアーカイブされている。
その場の空気が臨場感をもって伝わってくるこれらの作品はどのようにして生み出されるのか、その秘密に迫った。


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  • 「iPadで動かせるパノラマ写真」

  • 「パノラマ写真 1」

  • 「パノラマ写真 2」

  • 「パノラマ写真 3」

  • 「パノラマ写真作成 1」

  • 「パノラマ写真作成 2」

  • 「パノラマ写真作成 3」

  • 「パノラマ写真作成 4」

  • 「パノラマ写真用道具 三脚1」

  • 「パノラマ写真用道具 三脚2」

  • 「パノラマ写真用道具 三脚3」

  • 「パノラマ写真用道具 カメラ」

  • 「パノラマ写真カメラの真下撮影方法」

  • 「ツールド北海道プレスパス」

  • 「横谷恵二さん 1」

  • 「横谷恵二さん 2」

  • 「横谷恵二さん 3」

  • 「横谷恵二さん 4」

  • 「横谷恵二さん 5」

  • 「横谷恵二さん 6」


マルチメディア黎明期にCD-ROMコンテンツを制作

横谷さんは札幌生まれ。音楽にのめり込んだ東京での大学生活の後、建築関係の会社に就職した。環境アセスメント関係の仕事が主で、現場で集めたデータをコンピューターで解析し、報告する業務などを担当した。
30歳にさしかかった頃、知人が始めたCD-ROMソフト制作の仕事に携わることになり、これが現在のパノラマ写真家へと通じる入口となった。

「富士通が初めてCD-ROMドライブを搭載したパソコン、FM TOWNSを発売した頃で、それ向けのソフトを作りました。漫画・釣りキチ三平を題材にしたものや水中写真家・田口哲氏の作品を使った魚の図鑑など、色々なコンテンツを制作しましたが、ジャンルとしては小中学校向けの教育用コンテンツが多かったですね」。
コンテンツはいずれも複数の人間が関わって制作したが、横谷さんは前職で培ったPCの技術を生かし、主に素材のオーサリングを担当した。
「写真家などから素材を受け取って編集・加工する役割を担っていましたが、いつかは自分が素材を提供する側に回りたいという気持ちは持っていました」。
そして、この想いがやがて横谷さんをパノラマ写真の世界へと導くことになる。


パノラマ写真との衝撃的な出会い

インターネットの普及とともに、CD-ROM等のパッケージメディアが少しずつネットへとシフトする中、次の展開を模索していた横谷さんがパノラマ写真と出会ったのは、デンマークの写真家が運営するサイト“Panoramas.dk”を見たのがきっかけだった。
画面いっぱいに広がる360度の球体パノラマ写真が目に飛び込んできた。
それまでのダイヤルアップのネット環境では、パノラマ写真等を見せる場合、転送時間を考慮しどうしても小さなサイズで見せるしかなかった。
しかし、ブロードバンド化が進んだことで、画像を見せる環境が整い、フルスクリーンでパノラマ写真を見せることも可能になっていたのだ。

「このサイトを見た時は、“こんなことができるのか”と、軽いショックを受けました。当時はまだやっている人が少なかった分野でもあり、差別化もできそうなので、パノラマ写真にチャレンジしてみようと思いました」。
パノラマ写真は複数の写真を張り合わせる作業をともなうため、プロのカメラマンでも難しいものだったが、建築系コンテンツを制作した時にパノラマ写真の編集を担当したことがある横谷さんは、パノラマ写真を上手く仕上げるにはどう撮るのが良いかがわかっており、それは大きな強みだった。
こうして、横谷さんはパノラマ写真の世界へと入り込んでいった。
 

yoko_01.jpg 背景の写真はパノラマ写真の展開図。これが360度パノラマ写真に変化する


 
戦争遺構アーカイブプロジェクトへの参加が転機に

パノラマ写真に関心をもった横谷さんが最初に考えたことは、当時暮らしていた東京都稲城市の街全体をパノラマ写真に撮り、地図上にプロットしてWeb上で見せることだった。
街の規模が小さいので、しらみつぶしにやっていけばできそうな予感があったという。
しかし、やがてGoogle Mapsがリリースされると、「これにはかなわない」と考え、自分にしか撮れない良質なパノラマ写真を制作し、「パノラマを通じて人に何かを伝えることに専念しよう」と思い立った。

転機が訪れたのは、ベルギーのカメラマンが「第2次世界大戦の遺構をフルスクリーンQTVRでアーカイブしよう」と世界のカメラマンに呼びかけた“Panoramas of WW2 Landmarks”プロジェクトに参画した時だった。横谷さんは日本からこのプロジェクトに参加し、東京裁判の舞台となった市ヶ谷記念館大講堂のパノラマ写真を制作した。この大講堂は、1934年陸軍士官学校の大講堂として作られた施設で、1945年8月、米軍に接収され、翌年5月極東軍事裁判(東京裁判)の法廷として使用された戦争遺構だ。
「このプロジェクトへの参加を通じて、市ヶ谷記念館大講堂のように、もしかしたらなくなってしまう建物や場所、それにまつわる人々をパノラマ写真に残し、伝えていくことの必要性を強く感じました」。
以後、古い建物や文化財のアーカイブ化は横谷さんにとって大きなテーマとなっていく。
 

yoko_02.jpg 市ヶ谷記念館大講堂パノラマ写真のワンショット。Web上では写真を自在に動かせる (写真:横谷恵二)



“空気感”と“切り取らない写真”の魅力

「横谷さんの心を惹きつけたパノラマ写真の魅力とは?」
この問いに対する答は、実に説得力あるものだ。

「写真とは、私たちが目で見ているものから見せたい部分だけを切り取ったものです。それがパノラマ写真では、切り取らず、ぐるり360度を見せることができます。このニュートラルさ、そして、そこから滲み出てくる空気感が何よりの魅力でしょう」。
例えば、記者会見のシーンを想像してみよう。会見者席に向けてたくさんの報道陣がカメラを向けてシャッターを切る。一般に報道されるのは、報道席側から会見席を写し、“切り取った”写真や映像のみだ。これがパノラマ写真ならば、被写体である会見者側から報道陣を望む写真を見せられる。どのような状況で撮影し、撮影されているのかを極めてニュートラルに伝えることができるのだ。

さらに、人物が写ったパノラマ写真は、その人が確かに“そこにいる”という存在感が強く醸し出され、その人の体感気温や風の状態までもが伝わってくるような感覚に陥る。この圧倒的なライブ感、空気感はパノラマ写真特有のものだろう。
横谷さんが運営するサイト、パノラマジャーニーには、こうした作品が余すところなくアーカイブされている。題材も歴史的建造物、素朴な風景、イベント、映画のロケ地など、豊富なので、ぜひアクセスし、パノラマの臨場感、そして、“切り取らない写真”の魅力を楽しんでほしい。
 

yoko_03.jpg 札幌聖ミカエル教会  (写真:横谷恵二)


 

yoko_04.jpg 小樽 だるま湯  (写真:横谷恵二)


経験を重ねつつ、冒険も忘れずに

カメラに魚眼レンズ、専用の雲台と三脚がパノラマ写真撮影の七つ道具だ。
360度のパノラマ写真は、使用機材にもよるが魚眼レンズを使った場合、水平方向に4〜6枚程度、上下各1枚の計6〜8枚程度の写真を張り合わせることで1つの作品となる。
魚眼レンズは被写体に接近しなければ豆粒のように小さく映ってしまうため、被写体との距離はいつも悩むという。被写体に人物が入る場合は、人物が動かないうちに撮影を終わらせる必要があり、素早い対応が求められる。
さらに神経を使うのは、撮った写真をつなぎ合わせる作業だ。PCに取り込んだ8枚の写真を矛盾がないように張り合わせていく地道な作業が続く。

こうして数多くの現場を経験し、撮影・編集のスキルが向上する一方、最近は別の悩みもあるという。
「熟練し、経験を積んだことで、失敗がなくなった反面、出来上がりが均一になっているのでは?と思うことがあります。どうしても、経験から判断して成功確率の低いものは排除しがちになりますが、何もわからずにやっていた初期の頃の作品の中に良いものがあったりするのです。これからは、クオリティを維持しつつも、少ないパーセンテージをできるだけ排除しないようにしていこうと思っています」。
経験を重ねた上での冒険がどんな新しい作品を生むか、今後に注目したい。
 

yoko_05.jpg 撮影した写真素材を張り合わせる作業には神経を使う



パノラマ写真を通じて札幌のマチを見つめ直したい

札幌に拠点を移して4年。
横谷さんは今後の創作テーマの1つを札幌の街に求め、現在、数人の仲間と札幌の歴史をわかりやすく見せ、伝えるプロジェクトを進めている。
開拓時代から札幌の街のあゆみを振り返ろうと、先日も現在改修工事中の琴似屯田兵村兵屋跡の改修風景を写真に収めた。
来年3月には、その成果を公開する計画があり、現在準備中だ。

「私自身、まだ札幌の街をよく知りません。自分のアイデンティティも含め、パノラマ写真を通じてこのマチを見つめ直したいですね」。
札幌を題材に、どんなパノラマジャーニーを楽しませてくれるのか、今から楽しみだ。
 

yoko_06.jpg 札幌の街を題材にした作品を制作中



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■パノラマ写真家 横谷恵二(パノラデザイン株式会社 代表取締役)
パノラマジャーニー http://www.panorama-journey.com
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取材・文 佐藤栄一(プランナーズ・インク
写真   山本顕史(ハレバレシャシン