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写真家・映像作家  北川陽稔さん

 「撮ろうとして撮った、そのもう一歩先まで撮れてしまった写真」
そんな1枚をもつ写真家は何と幸せだろう。
北川陽稔さん(31)はまさにその幸せな人の一人だ。
 

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自主制作映画に内外から高い評価

北川さんは札幌出身。
写真、音楽、Webデザインなど、クリエイティブな世界に興味を持ち、高校時代にはクリエイターの道に進む意志を持っていたという。
高校卒業後に上京し、音楽ライブのVJ、ファッションブランドのプロモーション映像の制作、映画の予告編映像のディレクターなどを経験する一方、映画の自主制作を行い、2本のアートフィルムを制作した。

このうち、「LOSTBALL」という8ミリの短編は、東京のニュータウンを題材に都市生活のゆがみを描いた作品。
「東京の郊外に突如として現れるマンション群やニュータウンの無機質で人工的な風景が自分には興味深く映っていました。一見、理想郷のようにも見えるその風景の中に内在するギャップ、どういった恣意性や目論見でそうした空間ができあがっているのかを撮りたいと思って作った作品です」。
この作品は、第42回Ann-Arbor Film Festivalで選考上映されたほか、国内の複数の映画祭でも上映され、第8回調布映画祭コンペティション部門では奨励賞を受賞した。
作品が国内外で評価を受けたことは大きな自信となり、映像制作への意欲がさらに高まっていった。


自身の想像を凌駕した写真「R36」
 

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北川さんにとって大事な一作となった作品「R36」
© Akiyoshi Kitagawa


2007年、北川さんは活動拠点を故郷の北海道に移した。

着陸間近の機内。窓の外には広大な原野が広がり、それと隣り合わせに新千歳空港の巨大なグレーの敷地が見えた。
北海道ならではの自然と巨大な人工物が隣接するその光景は、まるで今の北海道が置かれている社会状況を表しているように見え、このウトナイの地に強い興味を抱いた。
原野、森林、すぐれた水質の水源、大規模工業地帯、空港、アウトレットモール等の商業施設・・・様々な表情をもつウトナイ一帯を歩き、写真を撮った。

ある夏の夕刻。空港周辺の原野で撮った1枚の写真は忘れられない作品となった。
立ち枯れた木の存在感と透き通るような空の青。右上に浮かぶ小さな月は、位置、形、色のどれもが絶妙。作品「R36」は、北川さん自らが「撮ろうとして撮った写真の、もう一歩先まで撮れてしまった作品」と評する一作だ。
「自分がテーマとして描いている、社会、人間と自然の拮抗といった概念や想像力を超越した、まるで知らない星の知らない場所を撮ったかのような作品になりました」。
のちに北川さんはウトナイの自然をテーマにした63枚の写真シリーズ「Two Sanctuaries」を制作し、その作品は道の駅「ウトナイ湖」で展示されたが、この「R36」はシリーズ全体のトーンを決めるきっかけとなる大事な作品となった。


森と水の庭・ウトナイ
 

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広大な自然と巨大な人工物が隣接するウトナイは、北川さんの興味を惹き付けた

© Akiyoshi Kitagawa

 
ウトナイでの写真撮影を通じ、地元の環境関連施設や自然に関わりながら暮らす人々とのつながりができる中で、北川さんは活動拠点となるスペースを借り、週末にはコミュニティカフェを開くなど、本格的にウトナイでの活動を始めた。
こうしたふれあいを通じ、自然の魅力だけでなく、ウトナイに暮らす人、地域で森林保全活動をする人の話に興味を持った北川さんは、ウトナイを題材にしたドキュメンタリー映画の制作に着手した。
「ウトナイはあまり知られていない地域ですが、ここの自然やその自然とかかわりながら生きる人たちをひとつの映画にすることで、環境に対する意識や北海道をもっと良くしていこうという前向きな気持ちを喚起したり、北海道が置かれている現実を変えていくための契機になるかもしれないと思ったのです。この地域とかかわりを持たせてもらった恩返しの気持ちもありました」。

こうして、現在制作を続けているドキュメンタリー映像「森と水の庭・ウトナイ」には、ウトナイの自然を守り、ウトナイに暮らす人々が登場し、その語りが美しい映像とともに映し出される。
「地域とのかかわりの中で一つの映像作品を作ってみたかった」という思いはウトナイの人の共感を呼び、撮影も歓迎されたという。
「映画というソフトな切り口で地域の在り方を見せていくという“社会的な作業としての映画”が地域に受け入れられたことが嬉しい」と北川さん。先日公開されたこの映像のダイジェスト版映像の評価も上々だった。
「森と水の庭・ウトナイ」は、最終的に約45分間の中編作品になる予定で、この映像は、北川さんが運営に関わっている地球環境映画祭「アースビジョンin北海道」の苫小牧会場(6月5(土)、6日(日)開催、場所:イコロの森)で上映されるので、ぜひ足を運びたい。
 

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© Akiyoshi Kitagawa



今夏注目! 視点の異なる2つの写真展

北川さんの活動フィールドは、ウトナイだけに限らない。
題材と着眼点が実にユニークな2つの写真展が今夏札幌で開催される。

札幌周辺の景観をテーマとした約20点のシリーズ「Unknown Northern City」は、札幌ドームなどの人工構造物とそのすぐ隣にある素朴な自然を絶妙なコントラストで表現した作品が目を惹く。ランドスケープを分析的に見る北川さんの視点が存分に生かされた作品たちだ。

一方、1970年代に建てられた建物の内観を被写体にしたシリーズ「197X」には、真駒内アイスアリーナなど、良く知られている建物も登場する。ほどよく劣化した建物内の階段や、何気ない雑居ビルの向こうの光の中から何かがやって来そうな予感を与える作品が多く、過去からのメッセージを受け取っているような感覚に陥る。
今夏には札幌のギャラリー「品品法邑」でこれらのシリーズの作品展が予定されているので、こちらも要注目だ。(「Unknown Northern City」は8月4日から15日まで、「197X」は9月2日から12日まで、会場はいずれも品品法邑にて)
 

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地球環境映画祭「アースビジョンin北海道」が終わると、今夏の写真展の準備が待っている



活動の幅を広げるクリエイティブ集団“Visual Activities”
 

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クリエイティブ集団“Visual Activities”の一員としても作品を生み出す


クリエイティブ集団“Visual Activities”は、クリエイターとしての北川さんのもう一つの活動フィールドだ。
“environmental imaging”(環境への思いを『目に見える問いかけ』に変換する)を趣旨とするこのグループには、写真家、映像作家、デザイナー、ライターなど8名が所属し、コラボレーションしながら、自然環境や都市環境をテーマとした広告制作、写真や映像の制作、ビジュアルアートの制作等を行っている。

“environmental imaging”という共通のテーマを持ったメンバーが連携することで、活動の幅が広がっている。
「東京でニュータウンを撮っていた時からずっと自分が根底的に持っているテーマは、環境問題という切り口につながっているのだと思います。また、北海道に帰ってきて、北海道ならではの森林保全活動や環境活動に携わる人たち、北海道の大らかな気風の中でこの土地をもっと良くしようという団体と多くの接点が持てたので、そういう人たちのビジュアルアーカイブを作るのも、このグループの活動の目的の1つです」。
一人の写真家・映像作家としての北川さんが、“Visual Activities”の活動の中から生み出す作品にも注目したい。


いま、写真家としての原点に立つ
 

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一連のウトナイ・プロジェクトに続く作品は? 期待は尽きない

 
ウトナイに活動拠点を置き、写真を撮り、映像を作ったことで、ウトナイをフィールドとした一連のプロジェクトが形になろうとしている今、北川さんは「やっと写真家としての自分の原点に立てた思いがする」という。

自分の思っているものをしっかり作って発表しつつ、そこから生まれた様々な機会を生かしながら、ある時は人のために制作し、発表することも作家にとって重要な仕事。ウトナイでの経験がそれを体感させてくれたのだろう。

「これまでは時間のかかるプロジェクトが多かったのですが、もう少しコンスタントに作品を作って発表することもしていきたいと思っています。もっとも、決して多作である必要はないのですが・・」。
次回作では何を見せてくれるのか、今から楽しみだ。
その前に、まずは地球環境映画祭「アースビジョンin北海道」、続いて今夏の写真展をハシゴしよう。

 

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■写真家・映像作家 北川陽稔
http://www.visual-activist.com/akiyoshikitagawa

・ 地球環境映画祭「アースビジョンin北海道」
http://www.utonai.net/earth-vision/
北 川さん制作のドキュメンタリー映像「森と水の庭・ウトナイ」は、6月5(土)、6日(日)、ウトナイ「イコロの森」会場で上映予定

・ 北川陽稔写真展
作品「Unknown Northern City」:8月4日(水)〜15日(日)
作品 「197X」:  9月2日(木)〜12日(日)
会場:品品法邑(札幌市札幌市東区本町1条2丁目)
http://houmura.com/

取 材・文 佐藤栄一(プランナーズ・インク
写真 山本顕史(ハレバレシャシン