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アーティスト 森本 めぐみさん

北海道教育大学岩見沢校の芸術課程に在籍する
新進気鋭のアーティスト、森本めぐみさん(22)。
2008年に全国公募展「ACRYL AWARD学生の部」の大賞に輝き、
09年は北京、上海で開催された北海道の現代美術作家展に出展。
10年2月には森本さんが装丁画を手がけた文月悠光さんの詩集
「適切な世界の適切ならざる私」が第15回中原中也賞を受賞と、
近年華やかな話題に事欠かない注目の若手に迫る。

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不可思議な少女キャラでアートシーンから注目

取材当日、ギャラリーカフェ「ト・オン・カフェ」に現れた森本めぐみさんを見た瞬間、思わず店内に飾ってある本人作のアクリル画を振り返ってしまった。どちらも黒髪のマッシュルームカットに赤い頬、強い目力でこちらを見つめている。見る者の中に「かわいい」だけではとらえきれない感情を呼び起こす。

「この少女のキャラクターは森本さんの分身ですか」と聞くと、「よく似てるって言われます。自画像を描こうと意識はしてないんですがやっぱりそうなってしまうのかも。小さいときって憧れと自意識が一体となって女の子ばかり描いていますよね。その延長のようなものなんです」。

いわゆる「キャラクター」的な存在だが、性格や役割を固定せずに表現する。森本さんはそれを「脱キャラしようとしている状態」という。
「このコがどんどん人間性や身体性を獲得していくような絵を描くことで、生活の中で感じている違和感や閉塞感のようなものを形にしていこうという思いがありました」。

キャラの名前は友達が「いつも裸でいるから、はれんちちゃん」と命名。「噛み締めるほどにいい名前」と森本さんのお墨付きも得ているそうだ。

一昨年あたりから、この少女キャラが登場するアクリル絵画でアートシーンから注目を集めるようになった森本めぐみさん。現在は、北海道教育大学岩見沢校芸術課程の実験芸術専攻空間造形研究室に在籍。2010年4月から4年生になる。

同大学に勤務する美術・映像作家の伊藤隆介氏は、
「森本めぐみの良さは、ほぼアトリエでしか会えないこと。好奇心旺盛でいつも自分という不思議と格闘している印象だ。クリエイターというのは『眼と手で考える』人種。だから、優れたクリエイターというのは多産多作が最低条件。そういう意味では、森本めぐみはその第一条件をクリアしている。願わくばオジサンオバサン(僕のことだ)が余計なおせっかいをして『楽』などさせず『本格派』に育ってもらいたいものだ」と期待を寄せる。

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「わあああああ Wa-ahhhhh」(2009年)変幻自在な少女キャラ。
詩人の文月悠光さんは「森本さんの絵を思い起こすたびに、絵の女の子のまなざしが強くなっていくような気がする」と評した。



原点は母の手伝い、制作の楽しさに触れる

森本めぐみさんは1987年恵庭生まれ。保育士をしていた母は手先が器用で、園児の誕生会が近づくといつも自宅で誕生日カードを作った。幼い森本さんも母の隣で夢中になって図画工作を手伝った。

「誕生日カード作りは保育士の仕事の一つ。職場で簡単にすませてしまえるところを一枚一枚家で丁寧に仕上げていく母の姿に、手作りすることの意味や作り上げて行く過程の楽しさを教わった気がします」。

中学、高校と美術部に所属し、担任の勧めで札幌市立高等専門学校のインダストリアルデザイン学科工芸コース(現在は閉科)に入学した。
木工、陶芸、金属と一通りの素材を扱うと同時に「なぜそうしたのか」制作の理由や背景を人に説明する経験も積んだ。「自分自身にもなぜ、と自発的に問いかけるクセがついたと思います」。

08年には教師を目指し、北海道教育大学岩見沢校芸術課程に編入した。
「教育の場は教室の中だけではなく、親子の間や友達同士でも教育しあうことはできる。その可能性を探っていきたいです」と卒業までの目標を語った。

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小学生の頃から筋金入りの「図画工作好き」。高熱で学校を休んだ時も家で図工の課題を仕上げて提出し、教師を驚かせたこともあった。

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*名称未設定 3.jpg高専時代のアクセサリー作品「ハイヌヴェレ」。女神や霊的な力を持つ女性の死体から作物が誕生したという作物起源神話「ハイヌヴェレ」に着想を得た。



全国1000点の頂点を経て初の海外出展へ

森本さんが一躍脚光を浴びたのは、2008年のこと。画材メーカーのターナー色彩株式会社が主催する全国公募展「ACRYL AWARD」学生の部で見事大賞を受賞した。
審査員から「光沢ある色の鮮やかさは抜群の説得力」「円形の赤い花の集合は艶やかな輝きを見せ、見るものの心を離さない美しさがある」と絶賛され、1000点近い応募作の頂点に立った。

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「ACRYL AWARD2008」大賞を受賞した「On the field」(2008年)

だが、嵐のような賛辞はときに当人を疲れさせてしまうこともある。
「お祝いの言葉はとてもありがたかったのですが、分不相応な評価をいただいたのではないかという思いもありました。同時に自分が絵を描く動機はなんだろうと改めて意識して、途中から自分でもよくわからなくなってしまった。あの時の体験はいまだに消化しきれていない感じがします」と当時を振り返る。

ユニークな賛辞を寄せた人物もいた。母校である北海道教育大学学長の本間謙二氏だ。
「森本さんは受賞して「まだまだ、これからだ」という気持ちが一層強くなったと言っています。そうです、これからです。どうか一層努力してすてきな、私なんかには解らない絵をたくさん描いてください。」(2009年4月17日『学長BLOG』より抜粋)

言葉ではうまく伝えられないからこそ絵という表現に思いを託す。「だから学長のように『解らない絵』という評価もかえって嬉しかった。今も、自分の制作意図はあっても受け取る人の思いは自由。人によっていろんな解釈があっていいんだと思いながら描いています。発表に際してどれくらい言葉で説明していいのかはこれからの課題です」。

09年6月、作品が初めて海外で展示された。札幌を中心とする現代美術作家のグループ展「雪国の華−N40°以北の日本の作家達−」の関係者から声がかかり、上海や北京のギャラリーおよび美術館で作品「I am not a girl.」が展示された。

ここでも少女キャラクターはさまざまな解釈で受け入れられたが、中には「作品全体の押し出しが弱い」という評価も聞こえてきた。
「中国の大陸的なスケールや人のパワーを考えると、確かに自分の絵は弱いかも、と考えさせられました。描き手が負っている責任の違いかもしれませんね」。だがその雰囲気を弱いままではない繊細さにつなげられたら。初の海外展示で新たな課題が見つかった。

また、最近とみに「北海道で育ったこと」の影響に思いを巡らせる。森本作品の特徴でもあるすべてを丸く描くのは果たして「雪の形」からきたのかと自問することもあるという。

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*IMG_2555.jpg中国で展示された連作の「I am not a girl.」(2009年)。一面に描かれたパンジーは実家の庭に毎年植えられていた。


若き才能がコラボレートした中原中也賞

2010年2月中旬、札幌の詩人・文月悠光(ふづきゆみ)さんが優れた現代詩に贈られる第15回中原中也賞を受賞した。文月さんは18歳、最年少の受賞だという。
森本さんは受賞作である詩集「適切な世界の適切ならざる私」の装丁画を手がけた。

morimoto-d.jpg16歳で現代詩手帳賞を受賞した期待の詩人、文月悠光さんの詩集「適切な世界の適切ならざる私」(思潮社)

この若き才能のコラボレーションは以前から森本さんの個展を見て気になっていたという文月さんからのリクエストで実現した。
「森本さんの絵は見る人に強い印象を与えます。『詩を読まない方にも手にとっていただけるのでは』という気持ち、同じ北海道の同世代のアーティストであるという親しみもあり、森本さんに装画をお願いしました。結果、森本さんの絵によって一冊の世界観が広がりを増したと思います。詩集の中身に近すぎず、遠すぎない、素晴らしい装画を描いていただきました」と文月さんは語る。

取材の最後に森本さんに「影響を受けたアーティストは?」と聞くと、フランスの郵便配達員フェルディナン・シュヴァル(1836年〜1924年)の話をしてくれた。
芸術とは無縁だった郵便配達員シュバルはある日石につまずいてインスピレーションを受け、その後33年の歳月をかけて石づくりの城を築いた。その城は何度も迷惑建築の注意を受けながらも、のちに「シュバルの理想宮」としてフランスの文化財に登録された。現在は子どもたちの遊び場にもなっている。

森本さんは言う。「アートは決して限られた人の特権的なものではなく、シュバルのように実利的な営みからは少しはみ出してしまうところに宿るものではないでしょうか」。
「石につまずく瞬間」が誰にでも平等に訪れるかはわからない。「ただ『つまずく』訓練手段の一つが自分にとってのアートだと思います」。
シュバルはその時43歳だった。22歳の森本さんがこれからどんな理想宮を作り上げていくのか、「はれんちちゃん」の成長とともに見守りたい。

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2010年3月に広島・富山・新潟を旅した森本さんの旅行記「なくしたゆびわ」。トラベラーズジュエリーとして身につけていた左小指の指輪(台座にはキンギョソウの種子を入れていた)を旅の途中でなくしてしまう。あとがきは「そしてまた、つぎになくすゆびわをつくるのだ。」と結ばれていた。

 

BGM:渡辺崇(Junkan Production)

 

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■森本めぐみ
Website http://megumimorimoto.her.jp/index.html

取材・文 ライター 佐藤優子 
blog「耳にバナナが」 http://mimibana.exblog.jp/