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ミドリウムデザイン 蒲原みどり 24時間の出会いの先に、クライアントが待っている

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絵本好き、空想好きだった少女は長じて絵を描くことに夢中になった。地元室蘭の短大から北海道教育大学札幌校の美術工芸コース油彩科へ編入。「好きなことを逃げ道にしているわけじゃないと証明したくて」教員免許はあえて取らなかった。いまや札幌のクリエイティブシーンに欠かせない1人として知られるデザイナー蒲原みどりさんの独立後3年間の道のりを追う。その軌跡には、クライアントから放たれた成長のヒントを両腕でしっかりと受け止めるものづくりへの深い愛情が息づいていた。


ミドリウムデザイン蒲原みどりさん(29歳)。取材は"転機をもたらしてくれたクライアント"「DA:TE」(札幌市中央区南3条西2丁目WALL HALL3F  http://www.membre-inter.com)で行われた


「いいものをつくりたい」衝動に突き動かされて

人生初の海外旅行が、出張でパリコレを観に。誰もがうらやむこの幸運を手にする前、デザイナー蒲原みどりさんはこちらもまた人生ではじめての生活苦に悩んでいた。
大学卒業後、広告代理店の制作部に入社したものの、採算重視の経営方針に徐々に気持ちが冷めていった。心身ともに疲労が蓄積し、4年目に「一気に爆発」。退社後は間髪をいれず「ミドリウムデザイン」を名乗り、2004年からフリーランスの道を歩き始めた。
プライベートで親しかったセレクトショップやカフェのオーナーから声がかかり、DMやフライヤーをつくる仕事を受けても必要な生活費にはまだまだ足りない。
「頭の中は家賃をどうやって払うかでいっぱい(笑)。生まれてはじめて自分で生計を立てていく難しさを実感しました」。
代理店時代には給与やボーナスのほとんどが大好きなデザイナーの洋服代に消えていった。今の自分にあるのは、部屋を埋め尽くす洋服と「いいものをつくりたい」という抑えきれない衝動だけ。蒲原さんは洋服を売り、アルバイトをしながら月々の生活費の足しにすることを選択した。そんなとき、友人から「カッコイイお店があるよ」と教えてもらったセレクトショップ「DA:TE(デイト)」との出会いが、蒲原さんの大きな転機となる。


「どうして君に頼んだか、わかっている?」

その日、「DA:TE」を訪れた蒲原さんを接客したのは、偶然店頭に出ていたオーナー本人だった。
「オーナーに『キミ、なにやってるコ?』と聞かれて自己紹介し、置いてある洋服もこの店もひとめで好きになったことを伝えたら、『...ふーん、じゃあ、うちのカタログ作ってみる?』。一体何を言い出すんだろうこの人は、と一瞬耳を疑いました(笑)」。
商品を、店を愛してくれる人間に販促ツールを頼みたい。初対面の自分を信じて依頼してくれたオーナーの気持ちに胸をうたれた蒲原さんは、喜んでもらいたい一心でカタログづくりに専心し、ラフを提出した。ところが、オーナーから返ってきたのは「違う」の一言。
「全然違う、と言われました。私の中で、体裁よくまとめようとする代理店時代のクセが抜けきっていなかったんです。なぜ君に頼んでいると思う、蒲原みどりにしかつくれないものが欲しいんだと言われ、ビックリしました。今までそんなことを言ってくれた人は1人もいなかった。私はいま、お客様と直接会っているんだとはじめて意識した瞬間でした」。
この"ダメ出し"を機に、フリーランスとして大きな一歩を踏み出すことになった「DA:TE」初仕事は、「いただいた制作費以上の価値がありました」と蒲原さんは振り返る。


フリーランスとして指名される責任の重さを学んだ「DA:TE」初仕事「2004-05秋冬コレクション」カタログ


装わず、つくろわず、自分の真実をそのまま伝える

初仕事以降も「DA:TE」からの依頼は続き、ウェブ制作や店頭ディスプレイも担当することになった蒲原さん。第二の転機は、やはりオーナーの一言から始まった。
「バイヤーとしてオーナーたちがパリコレに行くのを聞きつけて、軽い気持ちで『いいですね』と言ったんです。そうしたら『おまえも行くか?』、その後が怖いんです(笑)、『費用は出すぞ、仕事で返してくれればいいから』」。
単なる親密さを超えたプロとしての実力が問われるオファーに、蒲原さん自身もクリエイターとしての将来を懸ける想いでパリ行きを決意した。そこで目にしたものとは。
「マルタン・マルジェラとか学生の頃から憧れていたメゾンのショーを観られたことはもちろん夢のような体験でしたが、感動はそこだけじゃなかった。ハードスケジュールのなか、店に来るお客様ひとりひとりの顔を思い浮かべながら洋服をセレクトしていくオーナーたちの真剣な姿を観ることができたのが、一番の収穫でした」。
 "カッコイイものを北海道の人に伝えたい"というオーナーたちの想いを伝えるカタログに奇抜なデザインは必要ない。自分が見聞きした真実や感動を素直に表現すれば、きっと観る者にも伝わるはずだ。「そう気づいたら帰国後のカタログづくりもすごく楽な気持ちで取り組めるようになりました。装わずに、自分の中にあるものを見つめる。このものづくりの姿勢はいまも変わらないです」。


第二の転機となったパリ行き。濃密な10日間の体験を昇華させるカタログづくりを思うと、帰りの飛行機では足が震えたという(写真は蒲原さん撮影)


人生初のパリコレ体験のすべてを注ぎこんだDA:TE「2006春夏コレクション」カタログ。オーナーから一発OKをもらった。


北海道で生まれた幸せを、北海道に還していく

「私には仕事モードも遊びモードもないんです。24時間つねに同じ自分。ですから遊びのときの出会いがそのまま仕事に、ということが多くて。しかもありがたいことに依頼をいただくときは『蒲原さんにおまかせします』と委ねてくださるクライアントばかり。これまでの出会いに本当に感謝しています。クリエイティブのことについて言うと、作品はクリエイターの総合力が問われるもの。ファッション、音楽、映画、アート...普段どれだけいろんなことにアンテナを張っているかが重要だと思います」。
恵まれた出会いの陰には、ビジネスシーンで必要とされる基本マナーをおろそかにしない"企業努力"もあった。名刺はつねに切らさず、待ち合わせには早めに到着、クライアントの情報は事前に収集しておく。信用を得るための小さくて細かいことを大切にした。 そんな蒲原さんがいま力を入れているキーワードは、"北海道"だ。「私のものづくりはいつも身近に息づく自然から力をもらってできるもの。北海道の豊かな自然から生まれるものをもっと北海道の魅力を表現するために使っていきたい」。
その言葉どおり、2007年には札幌のアパレル企業KIRIAKIグループとタウン情報誌porocoが共同プロデュースしたスイーツショップ「HOKKAIDO DESIGN SWEETS」のロゴを制作。9月に行われた札幌国際短編映画祭ではポスターや公式グッズのビジュアルを担当した。
札幌のクリエイティブシーンは今後も蒲原さんにたくさんの出番を提供することになるだろう。24時間全ての出会いを糧に、ミドリウムデザインの活躍は続く。


2006年にはファッションビルPIVOTの広告ビジュアルを1年間担当した。クリスマスバージョンの素材には大好きな祖父の家の壁紙や故郷室蘭のイタンキ浜の写真を使うなど"自分の記憶"から生み出した独自の作風が高く評価された。


第2回札幌国際短編映画祭ポスター。描かれたうさぎや蝶をモチーフにした公式バッジは即日完売となった。



●ミドリウムデザイン
e-mail info@midorium.com 
WEB SITE http://www.midorium.com

取材・文 佐藤優子