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シケレペ アート 貝澤珠美 「10年間粘り続けても課題が尽きることはない」

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アイヌ文化独特の渦巻き模様やダイヤ型を作品に取り入れた"アイヌアート" の普及に務めるデザイナーの貝澤珠美さん。地元の北海道ではテレビや雑誌に登場することも多く、ご本人の凛としたまなざしと共にご記憶の方もいるかもしれない。仕事はすべてオーダーメイドで、ファッションやアクセサリー、インテリア、舞台衣装など幅広いジャンルで活躍。23歳のときに事務所を開設し、今年で10年目。節目を迎えた現在の思いを語ってくれた。


デザイナー貝澤珠美さん(33歳)。屋号の「シケレペ」は故郷の二風谷に流れる川の名前からとったもの
(注:「シケレペ」の「レ」の字は、正しくは小文字。以下同様)

「とにかくイヤ」から「幸せなこと」へ

「開業10年を振り返っての感想ですか? 月並みな表現ですが、本当にあっという間でした」と語る貝澤珠美さんは、北海道平取町の二風谷地区生まれ。
高校を卒業後、「アイヌであることがイヤで、とにかく田舎から出たくて」札幌の美術系専門学校へ進学、夢と創作意欲に満ちあふれた同級生に囲まれているうちに、自身も創作活動の楽しさに夢中になっていった。
「アイヌであることがラッキーかも」、そう思えたきっかけは卒業制作だった。
提出作品をジオラマに決めた貝澤さんは、故郷の二風谷からヒントを得ようと考えた。祖父が語る体験談や専門書を参考に架空のアイヌ村を作り上げていくそのうちに--。
「つくりながらふと、これができるのは私しかいないことに気づいたんです。自分のものづくりの柱にはアイヌ文化がある。それは幸せなことだと社会に出る前に気づくことができて本当によかったと思います」。


刺繍をあしらったテーブルセンター。ミシンでは実現できない手仕事の細やかさに目を見張る


納期は死んでも守る、相手の声を聞く

「社会人としての基礎を築くために」、貝澤さんは専門学校を卒業後、内装会社に就職した。"男社会"の建築業界で、年長者との接し方や「納期は死んでも守ること」など体感した数多くの教訓は、独立後のビジネスシーンで大いに役立ったと振り返る。
23歳でデザイン事務所を開設、同時に刺繍などを教える「アイヌアートデザイン教室」を始めた。これまでに約40名の生徒を教え、現在も週に1度のペースで開講している。 宣伝活動は教室の生徒や知人による口コミが中心。新しい切り口からアイヌ文化を取り上げたいという地元のテレビ局や出版社からの依頼で、メディアへの露出も増えていった。 「アイヌ文化に対する感覚は人それぞれ。テレビで紹介された私の作品を見て『素敵ですね』と仕事を依頼してくださる方もいれば、文化的な背景をもつ作品を敬遠される方もいます。闇雲な営業活動が実を結ぶとは限らないことを、身をもって学んできました」。 貝澤さんが新規顧客との交渉に際し、心がけていることがある。
「メールのやりとりだけでは話を進めません。電話などで必ず相手の声を聞いて、人となりを知る。相手の人柄は予算も含めて作品づくりに大きく影響します」と語る。


ネットでの業者の発掘、価格設定に苦戦

刺繍や染めなどアイヌ文化の継承者は大勢いるが、ものづくりの幅広さにおいては貝澤さんは群を抜いた存在だろう。Tシャツやワンピースなどのファッションアイテムを筆頭にアクセサリー、椅子や照明などのインテリア、知人である沖縄のバンドのステージ衣装などさまざまなジャンルで「TAMAMIブランド」を展開している。
苦労するのは各ジャンルに応じた素材や業者を探すこと。道内ではほとんど手に入らない絹は京都の絹専門店から取り寄せ、自分でできるシルバー以外の彫金は東京の工房に出す。インターネットで見つけた業者との出会いが「TAMAMIブランド」を支えている。
もうひとつ、貝澤さんを悩ませ続けている問題は価格設定だ。手仕事でなければできない刺繍が入った作品は特に設定が難しい。
「例えば制作期間が3日かかった手間をそのまま価格に反映させると、非現実的な価格になってしまいます。だからといって、叩き売りではビジネスとして成立しない(笑)。趣味の域を超えたプロの難しさがここにあると思います」。
"アイヌアート"という揺るがぬコンセプトに、顧客が納得する付加価値をつけること。事務所開設10年目にして最大の課題が今、目の前に浮かび上がってきているという。


Tシャツや携帯ストラップなど若い世代にも気軽に受け入れられる商品展開で幅広い客層にアピール


2005年に開催された照明展「百人百灯展」で町田ひろこセレクション賞を受賞した「Kiyay」。アイヌ語で「光」の意味


10年目の小休止、針の向かう先を見つめて

2007年8月には事務所を移転し、環境を変えた。「実は今、ちょっと考えたい時期にきています。デザイナーとしての方向性や、女性として30代をどう過ごしていこうかと」。
アイヌ紋様を現代的なデザインに取り入れた新進のクリエイターとして注目を集めて以来、時にはアイヌ文化普及のための講演会の講師として東京や九州にまで出向く駆け足の日々に、小休止を入れたいということだろうか。
「あ、でも、手は休めないんですよ(笑)。10月に行われるイベントに出店するための作品づくりもありますし、11月には北海道立近代美術館の開館30周年記念として開催される北海道で生まれたアート展の作品出展を依頼されています。手はいつも動かしている状態です」。
若い世代のアイヌがアイヌであることをカッコイイと思えるきっかけになればと願って始めた創作活動も、節目を迎えた2007年。「針さえ通ればなんでもつくる」バイタリティーが、今後どのように花開いていくのか見守り続けたい。


繊細なアイヌ紋様が映えるプラチナとイエローゴールドのリング150,000円。ドレスとあわせてウエディング仕様のオーダーにも対応する



●シケレペ アート
e-mail tamami@sikerpe.jp 
WEB SITE http://sikerpe.jp/

取材・文 佐藤優子