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    <title>今日も七転八倒</title>
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    <updated>2010-03-29T09:35:50Z</updated>
    
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    <title>ファンクショナル・アプローチ</title>
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    <published>2010-03-29T07:20:52Z</published>
    <updated>2010-03-29T09:35:50Z</updated>

    <summary> 桜の芽が綻びはじめたと思いきやいきなり真冬並みの寒さに逆戻り。今日も近所の公園...</summary>
    <author>
        <name>吉川徹</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img height="500" width="500" alt="100302.jpg" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/100302.jpg" class="mt-image-none" style="" /></span> <p>桜の芽が綻びはじめたと思いきやいきなり真冬並みの寒さに逆戻り。今日も近所の公園で気の早いひとたちが何人か桜の木の下でブルーシートを拡げて宴会を始めていたけど、皆一様に寒さに身を縮めて花見どころでない様子だった。ぼくはそれほど花見信仰者ではないので理解できないが、あれは桜が咲いたら酒を飲むという一種のパブロフの犬状態なのだろうなあ。なかにはブルーシートを見たら酒を飲むなんてひともいそうだなあ。習慣とは恐ろしいものだなあ。。<br /> <br /> それでも今月も後数日で終わり、来月は事業新年度、転勤・転属、新入学・進級、テレビは春の番組改編と新しいスタートがあちこちできられることになる。雰囲気としては割とポジティブになれる時期なのではないだろうか？<br /> <br /> 本屋で平積みの新刊をチェックしているとカバーに見覚えのある顔を発見した。横田尚哉氏の『ワンランク上の問題解決の技術』（ディスカヴァー21刊）。先日TBS系『情熱大陸』でフューチャーされていたので憶えてる方も多いのではないだろうか？大手建設コンサル会社のコンサルタントで10年間で総額1兆円の公共事業を改善し2000億円のコスト削減を実現した「改善」のプロ。全国の地方自治体から引っ張りだこの氏のコンサルティングは今や半年待ちらしい。<br /> <br /> 横田氏の手法は「ファンクショナル・アプローチ」。物事の機能を分析し見直し、改善するというもので、1940年代に米国のゼネラル・エレクトリック社で生まれ主要産業に拡まった。現在ではVE（ヴァリューエンジニアリング＝価値工学）と呼ばれ、日本でも自動車業界や電機業界などの製造業を中心に主要な企業に取り入れられている。<br /> <br /> 横田氏は「視点」を変えて物事を見直すことを強調する。</p> <p>『いかなる問題も、それをつくりだした同じ意識によって解決することはできない』<br /> というアルバート・アインシュタインの言葉を引用し、「問題解決できないのはその問題に対して同じ意識・同じ視点で見ているから」と言い切る。<br /> <br /> 我々はたまたまとった行動を特に問題がなければ繰り返す。それは習慣になりその行動の正当性と感じるようになる。やがて、その行動をとらなければという「規律」へと繋がり、その行動ができないことはいけないという「拘束」へと繋がる。これが「偶然」が時間を経て「固定概念」化されるプロセスなのだ。<br /> <br /> ぼくは、日本人ほど「固定概念」が好きな民族はいないのではないかと常々思っている。こんなことを言うと「オレは常日頃から固定概念を打ち破る努力をしているぞ」と反論を受けるかもしれないので言葉を変えて言うと、「日本人は概念を固定化する志向性がある」と常々思っている。これをきわめて肯定的な言葉にかえて言えば「伝統と格式を重んじる民族」なのだ。たとえば市井の芸能として始まった歌舞伎や落語など、そして現代のお笑い芸人に至るまでこの「伝統と格式」は存在する。たまに暴力的に新しい潮流を切り開く人が登場するがしばらくするとその潮流が「伝統と格式」になる繰り返し。型を決めその中に閉じ込めようとする暗黙の力が働き出す。<br /> <br /> そんな中で視点を変え、想像力を常に持ち、物事の本質に迫るという横田氏の「ファンクショナル・アプローチ」は画期的だが苦労も多いだろうと勝手に想像する。多くの人が過去を手放したがらない。過去の事例や前例を足がかりに情報収集に時間と労力を使い、一般的な解決策を探る。そもそもが過去からのスタートなので、解決策を導き出せたとしてもまたすぐ陳腐化してしまう。その繰り返し。<br /> <br /> 「ファンクショナル・アプローチ」の中で非常に簡単だけれど効果的なアプローチがあった。それは、「なぜ？」という言葉を「何のために？」と変えてみる習慣をつけるという至ってシンプルなもの。「why?」を「what for?」に変えるだけ。これだけで過去についての原因追及から未来に向けての目的追求に意識の方向性をシフトできるのだ。<br /> 「なぜ会議を一時間遅らせるのか？」ではなく「何のために会議を一時間遅らせるのか？」と意識の方向をシフトするだけで過去の呪縛から解放され未来に向けて建設的な考えが生まれる。これはまさに目からウロコのアプローチだった。まだまだ実践的な方法論がわかりやすく解説されているので興味のある方は是非読んで欲しい。<br /> <br /> ということで今回は書評のような感じになってしまったが、長引く不況、安定しない政策、急速に変化する世界情勢の中、ひとりひとりが広い視野と想像力を持って状況に対応していかなくてはならないポイントに立っているわけでこの本をどうしても紹介しておきたかった。<br /> <br /> 一年半程続けたこのコラムも今回でひとまずお休みです。毎回思いついた事を言いたい放題でしたが諸方の関係者には常に寛容な心で受け止めていただき大変感謝しています。また何処かでお会いする事もあろうかと思いますがその際はどうぞよろしくお願いします。</p> <p>&nbsp;</p> <p>吉川 徹</p> <p><br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <b>プロフィール：</b></p> <p><img height="80" width="80" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" class="mt-image-none" alt="yoshikawa2.jpg" /> <br /> 吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br /> 1964年神奈川県生まれ<br /> 1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br /> 1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br /> 2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br /> 2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br /> 2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>フェンスの向こう</title>
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    <published>2010-03-14T17:14:19Z</published>
    <updated>2010-03-15T07:18:01Z</updated>

    <summary>      普天間基地機能の移設問題で政府は相変わらずの二転三転のらりくらり状態...</summary>
    <author>
        <name>吉川徹</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image">
    <img width="500" height="500" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/100301.jpg" alt="100301.jpg" />
</span>
<p>普天間基地機能の移設問題で政府は相変わらずの二転三転のらりくらり状態が続いている。日米安全保障条約を根底に自国の国土を差し出し膨大な予算を付け、数々の問題を内包しながら米軍の在留を容認している。しかし今までも事あるごとに議論されてきたこの米軍施設問題について世論は今ひとつ盛り上がらない。なぜか？<br />
<br />
それは大多数の日本国民にとってこの問題が他人事だからである。<br />
軍用機が自宅の真上を日に何度も爆音と共に飛来し、日常生活の不便と不安を恒常的に強いられる不満はその当事者にしかわからない。誤解を恐れずに言えば、沖縄住民及び出身者以外のほぼ全ての人にとってリアリティのある問題ではない「対岸の火事」であって、解決すべき問題であるという倫理観のみで議論しているので一向に前進しないのだ。週末の銀座四丁目の交差点あたりで街頭アンケートを受けている人々の答えは一様に「なんとかしてほしい」、「沖縄県民の気持ちになって議論して欲しい」、「貴重な沖縄の自然環境を壊さないで欲しい」とまさに他人まかせ。とはいえ一朝一夕に解決できる問題ではないことはなんとなく解っているから、本質を語ろうとはせず身勝手なモラリティに逃げ、問題解決できない国政に対して闇雲に批判するに終始している。日照権や環境変化にまつわる建設反対運動や土地所有権や共有道路の問題と同様に、自分に火の粉がかからない限り真剣に問題化することなどできないのだ。マンションや住宅に時折見かける隣接地の建設反対の垂れ幕やのぼり旗に感じるある種の他人事感。自分とは関係ないという無責任な優越感は、この普天間基地機能の移設問題についても同様と言える。<br />
<br />
では、この米軍施設にまつわる諸問題は本当に他人事なのだろうか？<br />
<br />
ぼくの自宅は東京西部の府中市というところにあり、ここには航空自衛隊府中基地がある。自衛隊の基地と米軍施設は切っても切れない関係があって、ここにもフェンスに囲われた広い敷地の中に米軍通信基地が一部を除いて廃墟として残っている。この辺一体は旧日本陸軍燃料廠で終戦後は米軍施設として接収された。順次返還されてはいるもののこのように米軍施設は日本全国点在している。東京近郊では横田基地周辺の瑞穂、福生、拝島、昭島と航空自衛隊立川基地周辺、埼玉の入間基地周辺、神奈川のキャンプ座間周辺、相模原周辺にその足跡は残っている。そこには一般住宅に混じって一般に「米軍ハウス」と呼ばれる米軍の家族用に建てられたディペンデント・ハウス（扶養家族住宅）が今も点在していて、70年代には作家や芸術家、ミュージシャンが住み着き芸術村的なコミューンができた。ぼくもアメリカ文化に盲目的に傾倒していた中高生の頃、小説や映画にも出てくる米軍ハウスに憧れ、自分もいずれこんなところに住んでみたいと夢見ていたものだ。<br />
<br />
さて、このディペンデント・ハウス（扶養家族住宅）は都内にも当然あった。「占領軍住宅の記録」小泉和子編（住まいの図書館出版局）によると、明治神宮のとなり、現在の代々木公園の場所には277,000坪という広大な敷地に827戸、延29,900坪のワシントンハイツがあった。その後返還され東京オリンピックの時には選手村になった。その他、三宅坂にはパレスハイツ、国会議事堂前にはリンカーンセンター、現在の参議院議員公舎の場所にはジェファーソンハイツというのがあった。成増の飛行場（現在の光が丘団地および公園）にはグランドハイツという大規模な団地があった。<br />
<br />
敗戦直後の1945年12月、GHQは日本政府に対して約20,000戸（日本国内16,000戸、朝鮮4,000戸）の占領軍家族用住宅の建設を命令する。住宅、幼稚園、小学校、礼拝堂、劇場、クラブ、酒保、診察所、管理事務所、駐在所、道路、上下水道完備の集合住宅を日本全国各地に建設すること。期限は2年3ヶ月。翌年3月には約95万点の家具什器の生産が指令された。この時GHQから出された方針は「日本資材と吾国における設計および施工技術を以て米人の生活様式を満たすような建物たること」というものであり、敗戦後の物資が欠乏している中での想像を絶する膨大な量と高品質の国土計画を強制された。現在の日本人の生活様式、LDKシステム・家具・什器・家電、暮らし方からデザインはこの敗戦後の二年三ヶ月に集約されスタートしたといっても良いだろう。<br />
（ちなみに日本を代表するプロダクトデザイナーの剣持勇もこの事業の工作部に所属していた）<br />
<br />
西麻布の交差点を青山方面に青山墓地と新国立美術館の間には赤坂プレスセンターがあり、軍広報誌の星条旗新聞を発行している。広尾のフランス大使館に隣接する場所にはニューサンノー米軍センター（ニュー山王ホテル）。ここは文字通り宿泊・会議施設。都心の一等地にも現役米軍施設は現存する。ぼくは以前写真を撮り歩いていてこのニュー山王ホテルを米軍施設と知らず、警備の衛兵に囲まれたことがある。そこは日本であって日本でない。このように数や規模の大小はあれ情況は沖縄とあまり変りない。物理的にも精神的にもこの国は敗戦を背負ったままなのだ。ぼくはここで右翼的な亡国論を展開する気持ちはないが、アメリカの工業デザインを短期間に吸収した剣持勇、水洗トイレ、シャワーに驚き、洗濯機、冷蔵庫、空気清浄機に憧れ、その生活全てにおける文明度に絶句した当時の日本人同様に、中高生の頃アメリカ文化や米軍ハウスに憧れたぼくを含めほぼ全ての日本人は、そのアメリカに対して未だに対等の言葉を持っていない。<br />
<br />
米軍ハウスに再び興味を持ったぼくは立川基地に隣接する「アメリカ村」と呼ばれる地区に行ってきた。それは国営昭和記念公園の北側、砂川ゲートの近くのどん突きにある。現代的なマンション群を抜けると唐突に現れたそれはまさに「アメリカ」な街並みだった。リフォーム工事をしている管理会社の作業員数名の他人影はない。映画のセットのような生活感のない家並みが続いていた。車一台分以上セットバックされた平屋に芝生がきれいに手入れされている。空の広さが余計に日本離れした雰囲気を助長している。道一つ隔てたマンションの広場では子供たちの遊ぶ声が聞こえているのにそこは時間が止まったように静かだった。写真を撮っていると、管理会社の作業員に私有地ということで撮影を制された。リフォームしているので入居について聞いてみると、要領を得ない答えだったがどうやら日本人は住むのが難しいらしい。日本であるのに日本の手の届かない場所はこのようにいたるところに存在する。</p>
<p>他国に文化を導入され、産業を根付かせられ、ベンチマークを設定されるこの国のアイデンティティとは何か？我々のアイデンティティとは何か？青空の下、ひとけのない家並みの何処からか英語の歌が小さく聴こえた。<br />
&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>吉川 徹</p>
<p><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<b>プロフィール：</b></p>
<p><img width="80" height="80" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" class="mt-image-none" alt="yoshikawa2.jpg" /> <br />
吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br />
1964年神奈川県生まれ<br />
1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br />
1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br />
2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br />
2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br />
2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>自由で寛容で合理的なゲーム</title>
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    <published>2010-02-28T13:53:20Z</published>
    <updated>2010-03-01T00:21:10Z</updated>

    <summary> 今月も月末最終金曜日の深夜ということで「朝まで生テレビ」を観た。テーマは「凋落...</summary>
    <author>
        <name>吉川徹</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.icc-jp.com/toru/">
        <![CDATA[<span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img height="500" width="500" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/%E6%9C%AD%E5%B9%8C100202.jpg" alt="札幌100202.jpg" /></span> <p>今月も月末最終金曜日の深夜ということで「朝まで生テレビ」を観た。テーマは「凋落日本と若手起業家の&rdquo;成長戦略&rdquo;」。「凋落日本」とはっきりと銘打っているところが清々しい。コメンテーターは50代4人、40代1人、30代7人、そして司会者70代という年齢構成で通常の加齢臭漂う辛気臭いスタジオとは異なり、面子も久々のメディア登場のホリエモンこと堀江貴文氏、東浩紀氏、そしてチームラボの猪子くんなどなど期待値の上がるラインナップだ。50代の議員、大学教授、企業管理職のコメンテーターが邪魔な人選と言えなくもないが全国放送としてのバランスを取るのと70代の司会者へのブリッジを考えると致し方ないのかもしれない。司会の田原総一朗が東浩紀を買っているのは明らかで、いっそのこと東氏を司会に立てて思い切り未来について話すという選択肢もあった気もする。のっけからチームラボの猪子くんが異彩を放っていて否が応にも生放送ハプニングを期待してしまう。<br /> <br /> 今回の「朝生」には明確な境界線がある。それはパーソナルコンピュータ及びインターネット以前と以後の境界線だ。1981年にIBMがパーソナルコンピュータを発表してから今年で29年。その時間軸で考えると現在50代の人は20代〜30代の時にPCとはじめて出会ったことになる。対して30代の人は0代〜10代、ほぼPCと同じ成長過程を辿ってきている。つまり成人してからPCを経験している世代と子供の頃からPCに接している世代間の境界線が明確に現れている。ちなみにぼくは現在45歳で、大学を卒業する頃に教室にPCが導入されたのを憶えている。それから約10年間はPCは目にしていたものの自分とは縁のないものという認識が強かった。それが今ではPCナシでは一日もたないぐらい完全な依存症だ。つまり、「そんなもの要らない」と言い切れるほど厭世観はないし、かといって身体の一部というほどの親密さもない。宙ぶらりんの関係で接している。これは個人的な感想だが、ことPCに関しては40代が一番中途半端な気がする。<br /> <br /> 現在の様々な規制やルールはPC以前の時代から継承しているものがほとんどで、つまりPCの存在しない規制やルールの中にPC及びその周辺が含まれるという奇妙奇天烈な構造がある。もちろん、その時々に新しいシステムに対する新しい規制やルールは生まれてはいる。が、根本的にPC及びその周辺とはフロンティアであり、ある種アウトローな領域だ。テクノロジーの進化と共にそのアウトローな荒野は、それ以前の尺度で計り知れない程のスピードで拡大している。それを既存の規制やルールが後から必死に追いかけているというのが現状だろう。<br /> <br /> 「朝生」の討論を聞いていると、パーソナルコンピュータ及びインターネット以前の人々は、既存の規制やルールへの対処が論調の中心を占めている。パーソナルコンピュータ及びインターネット以後の人々にとっては、そもそもその規制やルールの手の届かないところを活動フィールドにしているので、そういう「以前」の人達が邪魔で仕方がない。これは至極当然の話で、新しいゲームを真剣に楽しんでいるところに古いゲームのルールを持ち出してあれこれ言われるのはかなわないだろう。「以後」の人達にしてみれば、いくら古いルールを説明されても「そうだったんですか？大変でしたね」という以外の感想は持てないだろう。その上その古いルールで取り仕切ろうとされれば邪魔以外何ものでもない。「私たちはそもそもそのルールでやっていませんから。放っておいてください！」となる。実際に「以前」の人達はずっと「以後」の人達を放ってきた。アウトローな領域を文字通り野放しにしてきた。未知なフィールドに対する「以前」の人達の無関心はある意味「以後」の人達にとっては理想の環境だったのかもしれない。<br /> <br /> 空白の10年が20年に伸び未だに出口の見えない中、興味深いデータが発表された。不況の影響により広告費が前年比11.5％減少する一方、インターネット広告費がついに新聞広告費を上回り、テレビに次ぐ広告媒体になったのだ。いつの間にかアウトローな領域は無関心でいられる領域ではなくなってしまった。今まで放置され目立たなかった「以後」の人達はこれからどんどん出る杭として目立ってくるだろう。出る杭は当然この国では叩かれるので、「以後」の人達は自分の領域を拡げる努力のほかに叩き潰されないように防御する努力もしなくてはならない。水前寺清子の「365歩のマーチ」のように&rdquo;3歩進んで2歩下がる&rdquo;はなはだ不合理なシステムをしいられるだろう。しかし希望はある。新しい出る杭が爆発的に生まれることによって打つ方が間に合わない情況が生まれている。ノンポリなし崩し政策には対応しきれないエネルギーが今まさに沸騰している。昭和が終わりバブルがはじけて20年。そのどちらも知らない平成生まれがすでにハタチを迎えた今、時代の大きな転換期をむかえているのは確かだ。新しい人達が今までにない新しいシステムでゲームを始める。年寄りは黙って観戦しているだけでいい。</p> <p>&nbsp;</p> <p>吉川 徹</p> <p><br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <b>プロフィール：</b></p> <p><img height="80" width="80" alt="yoshikawa2.jpg" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" /> <br /> 吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br /> 1964年神奈川県生まれ<br /> 1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br /> 1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br /> 2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br /> 2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br /> 2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>永遠なる途中</title>
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    <published>2010-02-21T17:01:35Z</published>
    <updated>2010-02-22T00:58:22Z</updated>

    <summary> 2月に入って急激に寒さが戻り、全国的に真冬に逆戻りした感がある今日この頃。東京...</summary>
    <author>
        <name>吉川徹</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img height="500" width="500" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/%E6%9C%AD%E5%B9%8C%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%83%A0100201.jpg" alt="札幌コラム100201.jpg" /></span> <p>2月に入って急激に寒さが戻り、全国的に真冬に逆戻りした感がある今日この頃。東京でも今晩あたり今年9度目の雪になりそうな気配で、明日あたりまた公共交通機関に影響が出そうだ。まあそれにしても東京の環境に対する脆弱性には毎度のことながら閉口させられる。正確に言うと自然環境そのものに対する脆弱性というよりも公共交通機関やインフラ整備の脆さでありシステムの弱さが問題のようだ。精密機械さながらにシステム化されたインフラストラクチャに依存し、それをベースにしてさらなるシステムが増殖している、そんな東京では一部のシステムエラーがドミノ式に伝播し即、全体のエラーに発展してしまう。そのような神経過敏な環境では新しいシステムの導入にも及び腰になってしまう。その新しいシステムがどんな影響をどこまで与えるか予想がつかないからだ。また同様の理由から、導入するにしてもドラスティックな変化は期待できない。当たり障りの無い箇所から当たり障りの無い程度のバージョンアップにしか手を出せない。<br /> <br /> 先日、東京の中心を巡る環状線であるJR山手線に転落防止用のホームドアの設置が決まった。2017年度までに全29駅に整備する予定だそうだが、これにしても7年もかける事業なのか疑問がよぎる。このホームドアには自殺防止という公然の裏タスクがあり、ここ数年ほぼ毎日のように人身事故によってどこかの路線のダイヤが乱れていることを考えると、もっと早急にホームドアを整備するべきでは？とも思う。あと7年間でどれだけの人身事故が起こり、それによってどれだけの利用者が影響を受けるかを考えると、そんなに悠長にやっている場合ではないと思うのだが。。調べてみるとJR山手線には現在、混雑緩和のために1991年から導入された6ドア車両が104両あり、ホームドア設置にこれら104両の6ドア車両を通常の4ドア車両に入れ替える必要があるらしい。そのためJR東日本は104両の4ドア車両を新たに造る、その費用約80億円。ホームに壁をたてる話がいつの間にか車両を新造する話になってしまっている。あちらを立てればこちらが立たず、その折衷案を模索するうちに時間とコストがどんどんかさんでくるという悪循環が生まれてしまっている。<br /> <br /> 熟考型の日本のやり方の典型がここにある。十分に協議し安全な着地点・結論を導き出す。そのプロセス自体に罪はない。しかし、導き出される策は中庸なものとなり画期的な効果は期待できない。誰も不満はないが満足もない答えにしかたどり着かない。しかもこのやり方には致命的な落とし穴がある。それは、「環境は絶えず変化している」ということだ。今最良と決めた結論が、3年先、5年先、10年先の環境に適性かどうかはわからない。環境の変化と共に問題点も変化していく。ダム建設や道路計画のように何十年も前に決まった案が現在の環境に整合性が見いだせないといったような問題は全国に散積している。JR山手線のホームドアの設置の件にしても、7年後に全ての駅に整備されたとして、その時点でそれが必要か否かは現時点で明確な答えは出せない。<br /> <br /> 哲学者の九鬼周造が『「いき」の構造』（岩波書店 1930年）の中で日本人特有の美的嗜好を「媚態」と呼び、日本人の先を期待して結論を先延ばす嗜好性について言及している。この「媚態」とは目的との距離をできる限り接近しつつも目的に達しないまま可能性を可能性として嗜好するというものらしい。夢見る乙女は美しいといった事か？おなじみの葛飾北斎の富嶽三十六景『神奈川沖浪裏』の描かれた波濤のように、静止した「永遠なる途中」を常に求めるという運命なのだろうか？それはあまりに形而上学的で「ゼノンのパラドックス」を連想させる話だ。現実の時間と歴史においては、波濤はとっくに岸についているし、アキレスは亀を追い越している。戦後米国に設定された目標に向かってひたすら邁進してきた日本は、80年代以降確固たる目的を見いだせないまま20数年という月日を費やしてきた。その都度場当たり的な暫定目標だけが設定されその達成を見ぬまま無為に目標が先延ばしにされながら現在に至り、国政に携わる人々は相変わらず「永遠なる途中」をのどかに眺めながらお茶をすすっている。その間にも新しい波は幾重も寄せては引き、地形は日々変化していく。<br /> <br /> ゼロ年代を振り返ってこの十年間の札幌の創造都市計画もまた、道半ばと言わざるを得ない。その間、他の地域の情勢は日々活発化しているし世界の情況も大きく変化している。日本人特有の美的嗜好のひとつというのであれば致し方ないのだが、北斎の『神奈川沖浪裏』のように表象化されたピークを眺めながら、本来目指すべき目的を先延ばしてしまう事には危機感を感じざるを得ない。それは刻刻と変化する新しい国際社会では到底理解されるものではないのだ。<br /> <br /> 最後に元マイクロソフト日本法人社長の成毛 眞氏の『大人げない大人になれ』（ダイヤモンド社）からひとつ引用しておきたい。<br /> 「新しいことを始めるということは、規制の秩序を覆すことに他ならない。だからそこには怒り出す人が必ずいる。逆に、怒る人がいないようなことは新しくもないし、取るに足らないことである。」<br /> ちなみに成毛氏は札幌西高の出身である。</p> <p>&nbsp;</p> <p>吉川 徹</p> <p><br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <b>プロフィール：</b></p> <p><img height="80" width="80" alt="yoshikawa2.jpg" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" /> <br /> 吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br /> 1964年神奈川県生まれ<br /> 1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br /> 1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br /> 2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br /> 2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br /> 2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>よそ者の視点</title>
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    <published>2010-01-30T07:49:43Z</published>
    <updated>2010-01-30T14:49:28Z</updated>

    <summary> 今年も年が明けてひと月が過ぎようとしている。今月はやたらと人に会う月だった。と...</summary>
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        <name>吉川徹</name>
        
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        <![CDATA[<span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img width="500" height="500" style="" class="mt-image-none" alt="sap100102.jpg" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/sap100102.jpg" /></span> <p>今年も年が明けてひと月が過ぎようとしている。今月はやたらと人に会う月だった。といっても年末年始はただでさえ人に会う機会が増えるのでさほど特別な事でもないのかもしれないナ。人と会うと当然のことながら時間の濃度が濃くなる。自分以外の人の時間と経験を共有するからだ。同じトピックでも見る角度によって様々な理解と分析ができる。それらを共有し影響しあうので、どんどん時間の密度が濃くなっていく。最近話題のtwitterにしてもそうで、物理的に会っていなくても友人・知人の活動や考えていることがリアルタイムで飛び交っている中に身を置いていると重層的な時間の束を実感できる。これって結構すごいことだと思う。<br /> 自分ひとりで考えていると、どうしても持論のループに陥ってしまうので、他者の視点というのは思いがけないアイデアやひらめきを与えてくれるという点でとても重要だ。<br /> <br /> この間、はじめて札幌を訪れたという友人が、駅の北側に広大に拡がる北大の敷地をみていきなり「スタンフォードみたいだなあ」とつぶやいた。確かに街中にこれだけの敷地面積の大学機関があるというのは札幌の特徴だろう。グリッド状に整備された交通網だったり、敷地間の垣根のない住宅だったり、確かに日本離れしている。また、冬が長い北海道は室内の暖房設備は行き届いている。室温段差がなくどの部屋も暖かい。冬でも室内でTシャツ一枚でソフトクリームを食べる環境なのだ。そのせいか札幌ではコタツがあまり普及していない、というかポピュラーではない。<br /> <br /> 市内は地下鉄が東西南北に敷かれ、中心部は路面電車は走っている。「路面電車は街の成熟に欠かせない」つまり、路面電車があるということはその街が歩き回れるということを示していて、人々の歩行生活を可能にする。歩行範囲の発展は生活文化を成熟させるには必要不可欠なのだ。そして歩き疲れたら路面電車を利用することでその範囲はリゾーム的に拡大して行く。机上の都市計画ではない生活に密着した成長が可能なのだ。歩き回れる街というのは生活に適した街といえる。<br /> 街のサイズがコンパクトで、大学を通して若い人達が常に流入してくる環境というのは理想的だ。文化レベルが高く、街が充実している札幌のQOLは世界的に見ても素晴らしい。その上、生活費が安価で自然環境が豊かとくればこの地に人が集まらない理由を見つける方が難しいではないか。<br /> <br /> そこで提案したい。<br /> 札幌は東京を目指す事を止めるべきだ。東京を目指すということは即ち札幌の独自性を失う事に通じる。そして、それがもし達成されたとしても東京の二番煎じでしかない。東京と似たものであればそもそも札幌にわざわざ出掛ける必要はないのだ。たとえば金沢の21世紀美術館、青森の十和田市現代美術館、香川のベネッセアートサイト直島、山口のYCAM、と芸術関係のランドマークを例に上げるとどこも東京にはない独自性を持っている。東京では体験できない場所・コトがあるからこそ人々はわざわざ出かけていくのだ。札幌はどうだろう？環境、地形的ダイナミズム、豊富な素材、おおらかな精神性とホスピタリティ、札幌には東京にはない個性が既に数多くあるにも関わらず、それを半ば病的なまで削り落として東京のダミーを作ろうとしている。<br /> <br /> ぼくの周囲のいわゆるクリエイティブ・リーダーと言われる人達は、事実もう何年も前から東京への興味を失っている。ここ数年各地で進行している創造都市計画は、そのようなクリエイティブ・リーダー達と地方自治体の地域活性の動きが重なって相乗効果のもとに魅力的な街づくりが進行しているように思える。ここで重要なの事は「よそ者の視点」だ。今まで見落としていた魅力、日常化されすぎて気がつかなかったコンテンツを発見し再評価するには常にこの「よそ者の視点」が必要なのだ。外に向かってより魅力をアピールするカタチに再編集し、閉塞した環境に空気穴を開けるには外からの視点が必要不可欠だ。そして、その空気穴を通して東京やその他の地域、果ては世界との自由な交流が可能になる事、それこそが札幌の活性化につながると信じている。<br /> <br /> 友人はスタンフォードに似ているといった。シリコンバレーの中心に位置するその街には世界的にも有名なスタンフォード大学がある。この大学の校訓は&rdquo;Die Luft der Freiheit weht&rdquo;（自由の風が吹く）。札幌もひとつでも多くの空気穴を通してより多くの自由の風を吹かせてほしい。<br /> &nbsp;</p> <p>吉川 徹</p> <p><br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <b>プロフィール：</b></p> <p><img height="80" width="80" alt="yoshikawa2.jpg" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" /> <br /> 吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br /> 1964年神奈川県生まれ<br /> 1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br /> 1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br /> 2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br /> 2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br /> 2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>寒い季節には寒い場所へ</title>
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    <published>2010-01-22T05:49:25Z</published>
    <updated>2010-01-23T09:49:06Z</updated>

    <summary> よく芸能人とかがこぞって正月にハワイに行ったりして、一般人もそれにならって行っ...</summary>
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        <name>吉川徹</name>
        
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img height="500" width="500" alt="sap100101.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/sap100101.jpg" /></span> <p>よく芸能人とかがこぞって正月にハワイに行ったりして、一般人もそれにならって行っちゃったりしているが、あれってどうなんだろう？ぼくにはまったく理解できない、というか興味もない。大体、年明けに不釣合な日焼け顔でニヤニヤと新年の挨拶なんてのも下品な感じがするし、そもそも、そんなに暑くなったり寒くなったり身体に良いわけがない。<br /> <br /> 「寒い季節には寒い場所へ行こうじゃないか！」<br /> <br /> ということで、雪吹きすさぶ札幌へやってきた。<br /> ウゥ・・確かに寒い・・・。が、ぼくはこの寒さが嫌いじゃない。あたり一面雪景色。片栗粉のようなパウダースノーをキュッ、キュッ、と踏みしめて歩き回る。街の風景のどうでもいい部分がすべて雪で覆われてしまうので、普段つまらない看板とかも美しく思える。疲れたら喫茶店でコーヒーでも飲みながらひと休み。札幌には気の利いた喫茶店がたくさんあるから安心なのだ。<br /> <br /> まずは金曜日、仕事を早々に切り上げて、東京からの客人を連れて地元の友人たちと「<a href="http://www.hoheikyo.co.jp/frame-top.htm">豊平峡温泉</a>」へ。<br /> 市内中心部から車で1時間程で到着。非循環100%源泉かけ流し温泉に何故か本格インドカレー食堂を併設している。カレーの違和感インパクトに隠れて存在感の薄いそばも、通好みの隠れた名品なのだ。敷地内には巨大かまくらも設置されていて、なんとその中でジンギスカンも振舞うというなんでもアリの総合格闘技的最強温泉。<br /> 何かと周辺のサービスがフューチャーされがちだけど、メインの温泉は折り紙付きの本格派で、絶妙な温度で何時までも入っていられる。首から下は40度、首から上は氷点下といった露天風呂に浸かって夜空に降る雪を眺めていたりすると、いつの間にか髪の毛が凍っているなんて究極の頭寒足熱も体験できる。湯あたりもしないし湯冷めもしない。まさに魔法の温泉なのだ。<br /> <br /> 翌日は昼飯を食べに小樽まで。目的地は「<a href="http://r.tabelog.com/hokkaido/A0106/A010601/1000906/">なると本店</a>」。<br /> ここの鶏の半身揚げは小樽のソウルフード。お客の大半は寿司屋にも関わらず鶏の半身揚げを頼む。おすすめは定番の若鶏定食だが、ちょっと大人に半身揚げ＋寿司ランチなんてのもオススメ。若鶏定食の場合は食べ方にコツがあって、利き手の箸を離さず、鳥を直につかむのは片手だけにしておくことをお勧めする。両手が鳥の油まみれになってしまうとオシボリで手を拭いている間に口の中の鳥肉を咀嚼してしまい、ご飯のおかずにならない。箸でおさえながらもう一方の手で鳥をさばき、口に入れたら箸の方の手でご飯をかきこむというのが、スマートかつ合理的な食べ方なのだ。<br /> <br /> 「なると」で胃袋を満たした後は近所のJAZZ喫茶「<a href="http://r.tabelog.com/hokkaido/A0106/A010601/1015486/">フリーランス</a>」の特製3倍コーヒー。蔵造りの二階の窓から外の雪景色を眺めながら恐ろしく濃いフレンチをちびちび飲んでいると何とも幸せな気分になってくる。話によると最近は札幌から若い人達が結構移住してきているらしい。電車に乗って30分程で札幌、1時間ちょっとで空港までいける立地の割に家賃はべらぼうに安い。海もある。札幌に飽きた若い人達がより自由なコミュニティを求めて移住してくるのも頷ける。そういえば確かに、何をやってるのかわからない新しい小さな店がぽつぽつとできている。何か楽しくなりそうな予感がする。<br /> その後、岬の突端まで行き北海道の冬の海とご対面。鉛色の海があからさまに殺意をもって打ち寄せてくる。隙あらば足首を持っていこうという魂胆みえみえでほんとコワイ。でもこの日本海の突端に立っていると自分がリセットされていくのがよく判る。頭も身体もキンキンに冴えてくる。あんまり長くいると凍ってしまうので要注意なのだが。<br /> <br /> そんなこんなで「寒い季節には寒い場所へ行こうじゃないか！」計画は大成功だった。地元の人からしてみれば、際立って特別な過ごし方ではないかもしれない。が、観光客にとってみれば知らない土地にいる事自体がすでに非日常なので、それ以上突飛なアトラクションは必要ないのだ。やはり、知らない土地で普通に過ごすというのが真っ当な旅の作法なのだとつくづく感じた。札幌に戻って「こふじ」というよく行く飲み屋で旬のニシンの夫婦焼き、タチの天ぷらなどなど、持病に悪いものオンパレードもいただきつつ、札幌の夜は寒くもまた暖かく更けていくのであった。</p> <p>&nbsp;</p> <p>吉川 徹</p> <p><br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <b>プロフィール：</b></p> <p><img height="80" width="80" alt="yoshikawa2.jpg" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" /> <br /> 吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br /> 1964年神奈川県生まれ<br /> 1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br /> 1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br /> 2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br /> 2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br /> 2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>ポートランド再訪（その2）</title>
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    <published>2009-12-25T08:02:19Z</published>
    <updated>2009-12-25T11:32:21Z</updated>

    <summary> 80年代に20代前半を過ごしたオレゴン州ポートランド市を20年ぶりに訪れる機会...</summary>
    <author>
        <name>吉川徹</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img height="500" width="500" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/PDX001.jpg" alt="PDX001.jpg" /></span> <p>80年代に20代前半を過ごしたオレゴン州ポートランド市を20年ぶりに訪れる機会に恵まれた。そこで、今回はその報告を兼ねポートランド市をご紹介したい。<br /> <br /> 今年札幌との友好姉妹都市50周年を向えたオレゴン州ポートランド市は、北米大陸の北西部に位置し、ワシントン州のシアトルやカナダのバンクーバーと並び、全米で暮らしたい街に常に上位にランクされる人口170万人の小都市である。市制約160年のこの街は、もともと東海岸のマサチューセッツ州ボストンとメイン州ポートランドからの開拓者が築いた街で、名前もメイン州と同じ「ポートランド」を残している。また、70年代のヒッピー・ムーブメントとコミューン運動の最中、より自由と自治を求め、サンフランシスコから北を目指した若者達の終着地としての街の歴史もあり、自由で寛容な風土が色濃く残っている。そんな歴史から政治的にはリベラルで市民の発言力が強い。たとえば市内中心部にはファーストフード店がほとんど見あたらないのだが、これも市民の反対意見によるものだそうだ。そのかわり人口に対するレストランの数は全米で1位というから、QOL(Quality of Life)の意識レベルが高い市民性の表れだろう。<br /> <br /> また、「全米で最も自転車に優しい街」としても近年脚光を浴びている。市内は東西南北にトラム（路面電車）が整備され、自転車も乗り入れ可能なので、自転車通勤者が圧倒的に多い。大分離れた郊外からも、自転車と公共交通機関の併用で通勤が可能になっている。しかも、市の中心部はバス、トラム共に無料で乗り降りできるので移動に大変役立っている。自転車優先道路が90ブロックにわたって整備されていて、それは車道の中心を走るよう設定されている。これは駐車自動車の影響を受けない配慮で、まさに道路のど真ん中を自転車に解放しているのだ。<br /> トラムを整備し、車の流入を減少させながら、自転車で交通手段の隙間を埋めるという環境美化計画は40年を掛けた市の一大事業とのことだが、世界的な環境意識の高まりと共にこれからの手本となる都市の在り方を示す成果を獲得している。<br /> <br /> 物価が割合安いため全米から若者が移住してくる。その若者がガレージ・ベンチャーを立ち上げ、新しい市場を開拓している。そんなオープンな空気が根付いているので、新しい移住者が常に絶えないという相乗効果を生んでいるのだ。僕が住んでいた20数年前もそうだったが、この街には若者のチャレンジに対する寛容性の高さが感じられる。それが結果として街の豊かな個性に繋がっているようだ。そして、その豊かな個性を市民がプライドを持ってこの街を愛し、守っているという印象が強かった。<br /> <br /> 市の中心を流れるウィラメット川が東西を分割し、南北を大通りが分け、西の丘陵地には山の手の住宅地が広がり、動物園や公園、バラ園などが点在する。街のサイズや地形、自然環境が札幌ととても似ているというのも印象的だった。<br /> <br /> 何を軸に街を形成していくのか、そのグランドプランとインフラ整備があれば、ここまで豊かで個性的な街ができるという実例を目の当たりにして、札幌の未来予想図にこれまでにも増した期待を持つことができた。20年ぶりに訪れたポートランド、駆け足の出張だったが想像以上に収穫の多い再訪だった。</p> <p>&nbsp;</p> <p>吉川 徹</p> <p><br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <b>プロフィール：</b></p> <p><img height="80" width="80" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" alt="yoshikawa2.jpg" class="mt-image-none" /> <br /> 吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br /> 1964年神奈川県生まれ<br /> 1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br /> 1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br /> 2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br /> 2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br /> 2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>ポートランド再訪</title>
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    <published>2009-12-16T13:57:04Z</published>
    <updated>2009-12-16T00:44:52Z</updated>

    <summary> 今、成田から自宅へ向うリムジンバスの車内でこの原稿を書いている。今日は朝の5時...</summary>
    <author>
        <name>吉川徹</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.icc-jp.com/toru/">
        <![CDATA[<span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img height="500" width="500" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/tre.jpg" alt="tre.jpg" /></span> <p>今、成田から自宅へ向うリムジンバスの車内でこの原稿を書いている。今日は朝の5時にホテルをチェックアウトしてからずっと移動で、まだ移動中というなんとも忙しなく切ない一日なのだ。<br /> 今回、札幌市とオレゴン州ポートランド市との姉妹都市50周年記念事業の一環で、札幌ショート・フェストから日本のアニメーション作品をセレクトして、オムニバス形式で上映するという機会を得て、札幌のプロデューサー久保俊哉さんと共に、急遽アメリカ本土上陸となったのだ。<br /> <br /> 上映会場はポートランド美術館。実はここ、20年前にぼくが卒業した学校があった場所で、なんとも感慨ひとしおだった。現地のアニメオタクからはあれやこれや質問責めに遭い、日本アニメの浸透力を再認識させられた。何人かの恩師にも20年ぶりに再会し思い出話に華をさかせたが、なんといってもぼくが学生だった頃の彼らの年齢に今自分がなっているというおぞましい事実をつきつけられ、しばしボーゼンとしてしまったりもしたのだ。<br /> <br /> 明くる日、ポートランド市長室を表敬訪問し、主席補佐官のTom Miller氏、国際部部長のNoah Siegel氏と今後の文化交流についていろいろとアイデアを交換できた。また、ポートランド市経済界のキーパーソンである、Sho堂園氏にも会えた。彼は市長選にも出馬し、9.11などのボランティアやチャリティ活動をされている地元の名士で、ぼくの恩師のRobert堂園氏の弟さんという幸運も重なり、急なお願いにも関わらず時間を取って頂き、貴重なお話をたくさん聞けた。<br /> <br /> 全米でも話題になった結婚式のできるドーナツショップ「<a href="http://voodoodoughnut.com/">Voodoo Doughnut</a>」のオーナーが実は昔から知っている友人のTres（写真の人物）だったり、Wieden+Kennedyの東京オフィスにいたJohn Jay氏とたまたま彼が共同経営する日本の居酒屋風レストラン「<a href="http://www.pingpdx.com/">PING</a>」で遭遇したり、NWフィルムセンターのBill Foster氏にはガス・バン・サント監督にも繋げてもらったし、準備不足の訪問にも関わらずキーパーソンに次々に出会えて、人のつながりのパワーを再認識させられ、結果として両手に余る収穫だった。形式に捕われず、真剣に意見を交わせるスピードの速さは日本ではなかなか経験できない。逆を言えばこのスピードがないと新しい事は始まらないのかもしれない。<br /> <br /> Portlandは、ここ数年若者の流入率が増えているらしい。生活費が割合安く済むことに加え、アウトドア・スポーツ環境に優れ、全米で最も自転車に優しい街になったり、街自体が若者の受け入れ態勢を整えていることに原因があるらしい。そしてその若者がアントレプレナーとして成長し、様々なベンチャーを立ち上げて街に根付いていっている。またこんな面白い話もある。アウトドアシューズの「KEEN」はかつて業務拡大につき社員を募集したところ、ポートランドからの応募があまりにも多かったので、本社をポートランドに移転したという嘘のような本当の話。とにかく、若者のエネルギーとそれを取り巻く産業がとても活発な印象をうけた。<br /> <br /> 帰国する前の晩、昔の友人宅に夕食に招待された。彼女もボストン、シカゴと10年近くポートランドを離れていたが、結婚し数年前に故郷に戻ってきたらしい。その昔ぼくらはよく一緒に絵を描いたり、映画を観たり、ライブハウスに入り浸ったり、逃げ回ったり、いわゆる青春を暴走していた。そんな彼女も一児の母になり、煙草を止め、真っ当な大人になっていた。彼女の運転するステーションワゴン！（昔はいつも移動はバスだった）の窓からクリスマスのイルミネーションで飾った家々を眺めていると、そんな昔の出来事がつい昨日の続きのようによみがえってきた。他の懐かしい面々も集まり、昔の恥ずかしい思い出を話ながら20数年前にタイムスリップすると、あの頃のように何でもできそうな気持ちになった。</p> <p>&nbsp;</p> <p>吉川 徹</p><p><br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <b>プロフィール：</b></p> <p><img height="80" width="80" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" alt="yoshikawa2.jpg" class="mt-image-none" /> <br /> 吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br /> 1964年神奈川県生まれ<br /> 1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br /> 1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br /> 2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br /> 2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br /> 2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>未だ見ぬ線を引くために</title>
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    <published>2009-11-30T12:57:48Z</published>
    <updated>2009-12-01T02:52:47Z</updated>

    <summary> ぼくが学生だった頃（今から20年以上前のアメリカでの話）、ドローイングのクラス...</summary>
    <author>
        <name>吉川徹</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img height="381" width="500" alt="1102.jpg" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/1102.jpg" class="mt-image-none" style="" /></span> <p>ぼくが学生だった頃（今から20年以上前のアメリカでの話）、ドローイングのクラスには、大きくゼスチャー・ドローイングという練習とコントア・ドローイングという練習があった。どちらもウォーミングアップ的な練習で、本番のドローイングに入る前に必ずやっていた。ゼスチャー・ドローイングというのは、ゼスチャー、つまりモデルの身体の全体像を掴む練習で、一ポーズにつき15秒から長くて3分ぐらい。コントア・ドローイングは、モデルの身体の形を一筆書きのような線で追う練習で、こちらは少し長くて一ポーズにつき3分から長くて15分ぐらい。どちらもモデルから眼を離さずに、また、紙から鉛筆やコンテを離さずに描き続ける練習で、慣れなかったり、調子が悪いと当然のごとく無茶苦茶な絵が大量に出来上がる。描いている絵を見ずに合図の声が掛かるまで描き続けるのだから、途中ではみ出したり、とんでもないプロポーションになったりする。この二つのウォーミング・アップの肝は、ゼスチャー・ドローイングがモデルの筋肉や骨格のつくり、身体内部の成り立ちを把握することで、コントア・ドローイングは身体のアウトラインを掴むということなんだろうけど、言葉を変えて言えば、前者が印象のスキャニングで、後者が形状のスキャニングとも言えるのかもしれない。<br /> <br /> なぜこんなことを急に思い出したかといえば、先週NHKの「プロフェッショナル」でWonderWallの片山正通氏の特集を観たのがきっかけだ。Bathing Apeやユニクロをはじめ、最近原宿にできたNikeの旗艦店の内装を手がけたインテリアデザイナー。彼のアイデアプランの創出場面の映像を見ていて、ふと昔のドローイングのクラスを思い出したのだ。客の導線を第一に考える彼は、店舗のゾーニングを考える上で図面に幾重にもラインを引いていく。何度も何度も線を引いていきながらあるべき店の形を構成していく。これはまさに、店舗の成り立ちを形作るゼスチャードローイングそのものだと感じたのだ。何本もの線が重なり次第に太い帯になっていく。その大きなエネルギーの流れのようなものの中から、一本の線を削りだしていく。片山氏は「イメージを彫りだしている」といった表現をしていたが、そういう意味ではまさに彫刻的な作業と言えるだろう。<br /> <br /> 最近はパソコン作業が増えクリック、クリックで最短距離の線を引いてしまいがちだ。ついつい効率性を優先してしまって最初から正解の線を求めてしまっている気がする。経験値が上がると先の予測が立つようになってくる。こういう案件は、こういう壁があってこういうトラップがあってこういうトラブルを経て大体この辺に着地するというのが、最初のブリーフで見えてしまったりする。そして大体が実際その通りになる。だからついつい最初からそういった障害物を避けて、無難なところに落とし込もうとしてしまう。結果として問題なく仕事は進み、無難に終了する。一見効率的のようにも見えるが、ここには大きな問題がある。経験則ベースのリスクヘッジという事は、あくまで過去の事例がベースになっているということ。つまり、リスクヘッジした結果は過去の成功事例に準ずる、という非常に単純な、しかし致命的な問題点だ。過去の成功事例を上書きする作業を現在から未来に向けて行うという事は、それが出来上がった時点ではスタートした時点より2倍古臭くなっているのだ。だから問題を起こす事もない代わりになんの成果も生まない。結果として「中途半端のくたびれ儲け」になってしまう。世の中にこの「中途半端のくたびれ儲け」仕事がどれだけ溢れているか？そして、自分も含めどれだけの人間がそういう仕事に流されているか？<br /> <br /> 無難にこなすというのは何もしないに等しい。もっといえばそれ以下のマイナスの行為だ。クリエイティブに携わる者は、未来に向けて「未だ見ぬ線」を彫りだすことを真剣に取り組まなければならない。何本も線を引き画面を真っ黒にしながら、本当の線を引きずり出す作業を長い間忘れていた気がする。今週末から、20年ぶりに母校を訪れる機会を得た。初心に返るいい機会なのかもしれない。</p> <p>&nbsp;</p> <p>吉川 徹</p> <p><br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <b>プロフィール：</b></p> <p><img height="80" width="80" class="mt-image-none" alt="yoshikawa2.jpg" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" /> <br /> 吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br /> 1964年神奈川県生まれ<br /> 1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br /> 1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br /> 2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br /> 2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br /> 2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p>  <p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>飽きられるその前に</title>
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    <published>2009-11-27T09:34:48Z</published>
    <updated>2009-11-30T02:38:13Z</updated>

    <summary>      今年も残すところあと一月余りとなって、にわかに慌しくなってきた。 今...</summary>
    <author>
        <name>吉川徹</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;">
    <img height="384" width="500" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/zenibako.jpg" alt="zenibako.jpg" class="mt-image-none" style="" />
</span>
<p>今年も残すところあと一月余りとなって、にわかに慌しくなってきた。<br />
今月前半の東京は狂ったような暖かさで、Tシャツ一枚で普通に過ごせたが、後半になってその狂いを修正するかの勢いで一気に寒さが身に染みてきた。とはいっても、札幌のひとにいわせればこのぐらいの寒さはまだかわいいもので、このぐらいでマフラーグルングルン巻きの東京にわか森ガールなどは笑止千万なのだそうだ。また、これも札幌のひとに教わった話なのだが、内地（本州の意）のひとは末端のガードが甘いらしい。ダルマのように着膨れしているのに手足の防寒がまるでなっていないというのだ。「手足の防寒さえしっかりしていればそんなに着込まなくても保温できます。逆に末端のガードが甘いと時と場合によっては命取りですよフフフ・・・」とヤンワリ、しかし説得力をもって脅された。<br />
<br />
そんな中、友人夫婦が奥さんの妊娠を機に札幌を引き払い銭函へ引っ越した。新しい家族のために今のマンションは手狭と考えたのが主な理由らしい。銭函というのは札幌と小樽の中間ぐらいに位置する港町で、70年代の終わり頃には「幸福駅」と並んで縁起の良い駅名ということでちょっとしたブームにもなった。ぼくも切符の形をしたキーホルダーをランドセルにつけていた記憶がある。小学生のランドセルに「銭函駅」のキーホルダーとはなんとも切ない組み合わせだが、その頃から「幸福」よりも「銭函」、「同情するなら金をくれ！」という基本理念が出来上がっていたようだ。冗談はさておき、その銭函の海から30歩の元サーフショップだった一軒家を新しい住処と決めた夫婦にめでたくジュニアが生まれた。これから長い冬の始まりって矢先に生まれた子どもだから、さぞかし生命力に溢れた人間に育つだろう。この友人夫婦にしても相当な生命力だもんな・・・。まずはメデタシメデタシ。<br />
<br />
また今月の23日には、D&amp;DEPARTMENT SAPPORO by 3KGが2周年を向えた。デザイン・トラベルという新しい視点で編集したトラベルガイドも完成して、2周年を記念して全国に先駆けて発売された。全国誌がバッタバッタと休刊廃刊している中で新雑誌創刊という荒技はナガオカ氏ならではのファイティング・スピリット。それに3KGの佐々木さんも加わり強力タッグできっと荒波を乗り越えていくだろう。このトラベルガイドのように既存のアプローチとは別の切り口でコンテンツを再構成するというのはこれからどんどん重要になっていくだろう。どんなにうまい食事でも3日続けて食べれば飽きてくるのが人間の悲しい性。コンテンツや素材にどんなに自信があったとしても、いずれ消費されてしまうということを忘れてはならない。<br />
<br />
象徴的な例として今年の地域ブランド調査で3年連続1位だった札幌市が函館市にその座を奪われ2位に転じてしまった。これは札幌のイメージがマンネリ化し、人々が興味を失ってしまった結果と解釈している。つまりある意味、札幌は消費されてしまったのだ。そして潜在的観光者／生活者の興味は函館に移ってしまったのだ。「函館も同じ北海道だべさ」と相変わらず悠長に構えているひとは救いようがないのでこの際ほっとく。先程の友人夫婦の銭函引越にしても、物理的な住環境の必要性の他に札幌への興味の減少をあげていた。「札幌はもう飽きた」と。どんなにコンテンツや素材に自信があっても、それらの多様性を様々な角度から常に表出させていかなければ、魅力は維持できないし伝わらない。同じ事をルーティン化しただけの継続では充分ではないだけでなく、場合によっては「マンネリ」という悪影響をも生み出してしまう。<br />
<br />
時代のスピードが日々加速していくなかで、旧態依然としたプロトコルでは間に合わない。新しいサービス、新しいシステムを常に生み出し、スクラップアンドビルドで実行していかなければ未来はない。ときにはノーガードで前に出ることも必要なこともあるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>吉川 徹</p>
<p><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<b>プロフィール：</b></p>
<p><img height="80" width="80" class="mt-image-none" alt="yoshikawa2.jpg" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" /> <br />
吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br />
1964年神奈川県生まれ<br />
1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br />
1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br />
2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br />
2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br />
2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>スピードとデリカシー</title>
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    <published>2009-11-03T15:43:31Z</published>
    <updated>2009-11-04T02:29:51Z</updated>

    <summary> 怒濤の一週間が終わった。 東京TDCの審査会と、それに前後してJohn War...</summary>
    <author>
        <name>吉川徹</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.icc-jp.com/toru/">
        <![CDATA[<span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img height="381" width="500" alt="1002.jpg" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/1002.jpg" class="mt-image-none" style="" /></span> <p>怒濤の一週間が終わった。<br /> 東京TDCの審査会と、それに前後してJohn Warwickerの四年越しの自伝「the Floating World」の刊行記念トークイベント、打ち合わせ、講演、打ち合わせ、取材、打ち合わせとまさに朝から晩まで東京中を走り回り、しゃべり倒した一週間だった。僕の役目は通訳兼コーディネート。同時通訳のプロはかなり高い確率で頭がおかしくなるらしい。国際会議の通訳は15分ごとに交代している。僕には同時通訳なんて芸当はできないし交代する人もいないので、ある程度話した分をまとめて訳すという感じだけど、それでも1時間を超えると集中力が急激に落ち、頭がボワーンとしてくる。日本語は無意識でも耳に入ってきてしまうので、日本語と英語が入り混じっているディスカッションが一番つらい。日本語脳と英語脳をクルクル回転させながら対応している感覚で、同時に情報が入ってくるとどっちに向けていいのか対応できなくなる。そんな感じで日本人に英語、外国人に日本語を話しだしたりしてしまう。<br /> <br /> そんな中でも東京タイプディレクターズクラブの審査会は毎年新鮮な刺激を受ける充実した3日間だ。<br /> 浅葉克己さん、仲條正義さん、井上嗣也さん、葛西薫さんなど、ぼくが学生の頃から憧れていた大先輩をはじめとして、中島英樹さん、祖父江慎さん、佐藤卓さん、ぼくと同世代の服部一成さん、北川一成さん、青木克憲さんなどなど、日本のデザインを背負って立つ面々が一同に介して世界中から集まった3000超の作品を文字通り浴びる様に見ていくのだ。学生の作品からプロの作品までを一貫して平等に評価する唯一の基準はその作品が輝いているかどうかに尽きる。同じく審査に参加しているジョンの言葉を借りれば「作品がいかに歌を歌っているか」。ささやくような小さな声で歌っている作品、圧倒的な声量をもって悠々と歌い上げているもの、作品の種類によって様々な歌がある。その中からより心に響く作品に耳を傾けていく作業は大変だけれど多くの発見と驚きに出会える。タイプフェイスのデザインがあり、それを表現に昇華した作品があり、新しい地平を追求した実験的作品がある。ジョンがいっていたように「一年に一度、学生に戻れる」数日間なのだ。<br /> <br /> そんな東京TDCの審査会の余韻が残るなか、何人かの人に会い、これからのクリエイティブ業について結構突っ込んだ話をした。皆一様に感じているのは、この世界的な不況の中クリエイティブに携わるものこそが画期的なブレークスルーの引き金を握っているということだ。雑誌が毎月休刊し、その他のメディアにおいても予算が減る一方の閉塞状況にもかかわらず、皆思いのほか楽観的でエネルギーに満ちている。それは、この閉塞感を打ち破るものがクリエイティブの力であり、新しい地平に踏み出すまさにチャンスであることを感じているからに違いない。<br /> 日々新しいメディアが生まれ、トライ＆エラーを繰り返しながら成長していく。それを牽引していくのはいつの時代もクリエイティブの力なのだ。そんな静かに熱く語る人たちを見ながら、勇気づけられると共に自分ももっと努力しなくてはならないと強く感じた。「動く」、「作る」、「カタチにする」。話しているだけでは何もはじまらない。</p> <p>&nbsp;</p> <p>吉川 徹</p> <p><br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <b>プロフィール：</b></p> <p><img height="80" width="80" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" alt="yoshikawa2.jpg" class="mt-image-none" /> <br /> 吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br /> 1964年神奈川県生まれ<br /> 1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br /> 1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br /> 2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br /> 2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br /> 2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>この映画祭をひとりでも多くのひとに</title>
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    <published>2009-10-26T16:00:54Z</published>
    <updated>2009-10-28T03:49:04Z</updated>

    <summary> 第四回札幌国際短編映画祭(SSF)のため滑り込みギリギリセーフで札幌に入った。...</summary>
    <author>
        <name>吉川徹</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.icc-jp.com/toru/">
        <![CDATA[<span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img height="500" width="500" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/SSF.jpg" alt="SSF.jpg" /></span> <p><a href="http://sapporoshortfest.jp/">第四回札幌国際短編映画祭(SSF)</a>のため滑り込みギリギリセーフで札幌に入った。<br /> この季節の札幌は秋から冬に向けて刻一刻と変化していく。山の紅葉もそうだし、気温や匂いも日々変化していて、毎日がとりたて新鮮産地直送という感じで、街を歩いているだけでもホント気持ち良い。夏の観光シーズンも終わり街中を右往左往する観光客も少なくなって、落ち着きを取り戻した地元の人たちがゆっくりと冬に向けての準備モードに入るこの季節が個人的には一番好きだったりする。<br /> <br /> がしかし、同時に毎年この時期に開催され今年で4回目を迎える札幌国際短編映画祭(サッポロ・ショート・フェスト)の実行部隊およびスタッフはまさに鉄火場で不眠不休の数日間が続く。到着早々挨拶させてもらった運営関係者は皆明らかに睡眠不足で眼を充血させ、眼光だけがギラギラ光っている。精神力と気力のみで走り回っている状態で、山の色、空気の匂いなどと悠長なことをいっていたら突き飛ばされそうな最前線といった具合でおいそれと声をかけられない緊張感なのだ。<br /> <br /> もともと、最低限の予算とスタッフ、それに献身的なサポーターによって支えられて映画祭にも関わらず、年々世界各国からのエントリーは増え、今年は97カ国から3,411本のエントリー作品が集まり、名実共に国内最大級の国際映画祭に成長している。学生の作品からプロの作品まで一様にフェアな審査が行われていて今年は特にレベルが高かったように感じた。また、各国からから集まった監督や製作者同志が交流を深め、情報を交換する映画製作者の国際コンベンション的な役割も果たしている。全編ひとりで手描きで仕上げたアニメーション作品から最新のCG技術を駆使したプロダクション作品、ローカル色の強い個性的な作品から各国の賞をすでに受賞している作品と、30分以内という制限のなかで様々なアイデアとテーマが展開されていて、あらためて人間の創造力に感動した。<br /> <br /> このように札幌国際短編映画祭(SSF)の国際的認知が進む一方で、国内の周知が追いついていないという現実も存在する。已然主要メディアが東京に集中する中、昨今の景気後退も相まって、これだけの高品質なコンテンツの集積を正当に価値評価できない国内メディアの自信のなさに毎年歯痒い思いをさせられている。運営サイドはスポンサーの獲得や宣伝活動に奔走しているが、国際的な注目度とは反比例して国内の反応はけっして充分とはいえない。運営予算が縮小していく中、各国からのエントリーは倍々に増えていく。このままでは機能不全を起こすことは明白で、そうなるとせっかく培ったコンテンツ財産と新しい才能の発掘が継続できなくなってしまう。確かに経済環境は未だ先行き不透明な状態が続くがその状況に甘んじているわけにはいかない。この閉塞状況だからこそのブレークスルー、それに伴う抜本的な戦略見直しが急務だ。<br /> <br /> ある外国客の女性は作品を観賞後、感動のあまり10分近く涙が止まらなかったと話してくれた。その一方で、まだ一度も観た事がないという地元のひとに遭遇した事も事実だ。飛行機を乗り継いで訪れるひとがいる一方で札幌在住のひとにその魅力が充分に伝わっていないという事実がまさに現状の問題点を象徴している。この輝かしい才能を一人でも多くの人に知ってもらいたい。きっと、人生を変える作品にも出会えるはずなのだ。4年間という短い期間で築き上げた内容と国際的評価を無駄にしないためにも、この貴重な映画祭をいかに周知していくかを真剣に考える時期がきている。</p> <p>&nbsp;</p> <p>吉川 徹</p> <p><br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <b>プロフィール：</b></p> <p><img height="80" width="80" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" alt="yoshikawa2.jpg" class="mt-image-none" /> <br /> 吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br /> 1964年神奈川県生まれ<br /> 1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br /> 1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br /> 2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br /> 2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br /> 2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>芸術・食欲・バタバタの秋</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.icc-jp.com/toru/2009/09/000594.php" />
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    <published>2009-09-29T15:21:28Z</published>
    <updated>2009-10-01T04:44:10Z</updated>

    <summary> 友人であり、師であり、時として疫病神でもあるジョン・ワーウィッカー氏初のモノグ...</summary>
    <author>
        <name>吉川徹</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.icc-jp.com/toru/">
        <![CDATA[<span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img height="500" width="500" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/0902.jpg" alt="0902.jpg" /></span> <p>友人であり、師であり、時として疫病神でもあるジョン・ワーウィッカー氏初のモノグラフ、「the Floating World: Ukiyo-e」が今秋出版される。400ページ、用紙4種、多色刷りのボリューム感で全ページ、ノングリッド。つまりタイプセッティング含め全てオリジナルデザインの大作なのだ。最初にサンプルを見たのは4年前でなんとも難産な本でもある。出版は高品質なアートブックで評価の高いドイツのSteidl。おのずと期待値は高まる。ここはジョン含めtomato、Underworldやその他の活動を総括せねば！ということで「<a href="http://www.idea-mag.com/jp/magazine/">IDEA</a>」という孤高のデザイン関連雑誌に企画を持ち込み、144ページ総力特集をこのひと月まさにシニモノグルイで作っていた。当初、9月頭の入稿予定が半月過ぎ、連休を超え、、、まさに昨日ようやく本刷り作業に入った。なんの事故もなければ10月10日発売なので期待してほしい。それに加えて10月15日からは<a href="http://www.aoyamabc.co.jp/10/10_200910/john_warwicker20091031.html">青山ブックセンター</a>でオリジナルポスターと、本人セレクトによる芸術・デザイン・文学書籍を展示するイベントも仕込み中で、31日の土曜日にはグラフィックデザイナーの中島英樹さん、編集者の後藤繁雄さんを招いて座談会も予定している。とにかく時間のない中、多方面の方々にご協力いただきながら綱渡り状態で準備しているのだ。<br /> <br /> 毎年この9月、10月というのは、芸術の秋、食欲の秋ということもあって一年で一番バタバタする。今年も、身内では素晴らしき写真家・藤倉翼クンの個展があったり、音の魔術師・大黒サンが東京で展示したり、<a href="http://www.sapporoshortfest.jp/">札幌国際短編映画祭</a>も半月後に控えているし、デザイナーズウィークやら100%デザインやらデザインタイドやら、もう、ワァーワァーワァーといっているうちに終わってしまう。ぼくは結構出無精で滅多に出かけないのだけれど出掛ければ出掛けたで必要以上に楽しい時間を過ごしてしまう。この時期はそういう催しが連鎖的に続くので11月には抜け殻のようになってしまう。<br /> <br /> そんな毎日を過ごす中、最近、ぼくのなかで「なつかしい」という感情が急速に稀薄になっていることに気がついた。オープニングやその他の催しで久しぶりの人に会っても「なつかし」くないのだ。というのも、たとえば数年ぶりで会う海外の友人でもネット上のチャットやSNSサービスでやりとりしていて、日本に来る機内の食事がいかにひどかったまでをフォローしていたりするので、「久しぶり、最近どう？」というヤリトリをすっ飛ばして話ができる。別れるときも、また当分会わないであろうことはわかっていても割とカジュアルに「じゃ、また！」と別れる。そういう意味では距離感はないに等しい。今、目の前にいるかいないか、いないのであれば、相手が隣の部屋にいようとブエノスアイレスにいようとコミュニケーションという意味では違いはない。<br /> <br /> 最近急速な盛り上がり？をみせている<a href="http://twitter.com/toruplay">twitter</a>もそんなボーダーレスなコミュニケーションを可能にしているツールだ。<br /> あっちこっちでいろんな人がいろんなことをやっていて、オー、オー！オー？といってるうちにいろんな事が始まっては終わっていく。忙しない世の中のようにも思えるけど、居ながらにしていろんな話が聞けるのは楽しい。これって目次のない雑誌みたいだ。いろんなひとがその情報を独自に編集してまた次の人に伝わっていくリレーのような編集システム。商業雑誌の休刊が続いているが、これも単に景気低迷だけが原因じゃなくて、既存の雑誌メディアというフレームワークが耐用年数を超え機能不全をおこしているんだと思う。ちょうど蝉がさなぎから成虫に脱皮するような時期がまさに今！のような気がしてならない。フリーのライターをやってるひとたちは戦々恐々として、「今年の暮れあたりはライター村ができるね！」とか言い合っていたけど、結構こういう状態を楽しんでいるようにもみえる。ちょうど子供の頃、台風の日にチャリンコで走り回っていた意味不明の高揚感があるのだ。<br /> <br /> 自民党政権が終わり、既存メディアが衰退し、ぼくも今月またひとつ歳をとったけれども、なんか新しいことを始めるのにだいぶ風通しが良くなってきたような気がするゾ。楽しみ楽しみ。</p> <p>&nbsp;</p> <p>吉川 徹</p> <p><br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <b>プロフィール：</b></p> <p><img height="80" width="80" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" alt="yoshikawa2.jpg" class="mt-image-none" /> <br /> 吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br /> 1964年神奈川県生まれ<br /> 1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br /> 1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br /> 2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br /> 2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br /> 2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>早く、広く、正直に</title>
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    <published>2009-09-10T10:38:21Z</published>
    <updated>2009-09-11T01:51:37Z</updated>

    <summary> 総選挙自民党惨敗、政権交代、台風一過となんとも気持ち良い9月を迎えた。大臣、幹...</summary>
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        <name>吉川徹</name>
        
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img height="500" width="500" alt="札幌0901.jpg" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/%E6%9C%AD%E5%B9%8C0901.jpg" class="mt-image-none" style="" /></span> <p>総選挙自民党惨敗、政権交代、<wbr></wbr>台風一過となんとも気持ち良い9月を迎えた。大臣、幹部、<wbr></wbr>総理経験者までもが軒並み民主党の若手に敗北するというなんとも<wbr></wbr>痛快な選挙結果。世間の期待感も自ずと上昇している様子。一方、<wbr></wbr>米国有力各紙などは早々に鳩山新政権へをけん制する論評を出して<wbr></wbr>いるようだが、そんなもんは余計なお世話だ。<wbr></wbr>敗戦後の日本をずっと統治してきたアメリカ合衆国と、<wbr></wbr>その腰巾着としての自民党政権をデフォルトに戻す絶好のチャンス<wbr></wbr>到来。民主党がどこまで改革できるかは未知数だが、<wbr></wbr>政府の力が確実に失速する中で新しいプラットフォーム作りのお膳<wbr></wbr>立ては整ってきている。刹那的な国民性は一層加速するだろうが、<wbr></wbr>良くも悪くも民主主義の新しいフェーズに突入すると期待したい。<wbr></wbr>しかし、麻生首相の敗戦の弁も酷かったナ。<wbr></wbr>泣きっ面に蜂というか、<wbr></wbr>喧嘩に負けて不貞腐れたガキのような幼稚な態度をテレビで観て、<wbr></wbr>つくづくこの人はわかってないんだナァと哀れだった。<wbr></wbr>この人は負け方すら知らないのだナ。まぁこれでサヨナラなんで、<wbr></wbr>ゆっくり漫画でも読んでてくれればいいや。<br /> <br /> フランスの経済学者・思想家のジャック・アタリの著作「<wbr></wbr>21世紀の歴史」が凄く刺激的だった。<wbr></wbr>人類の起源からの移動の歴史、<wbr></wbr>各時代における中心都市の栄枯盛衰、<wbr></wbr>そして今後30年から50年後の世界の予測を、<wbr></wbr>未来から振り返るという視点で書かれている。<wbr></wbr>ミッテラン元大統領のブレーンとして活躍し、<wbr></wbr>今またサルコジ政権のアドバイザーとして、<wbr></wbr>フランスの国政改革に知恵を絞っている。アタリ氏いわく、<wbr></wbr>現在のフランスは危機的状況で早急な対策が必要らしいが、<wbr></wbr>その問題点のひとつひとつがまさに日本が抱える問題点と酷似して<wbr></wbr>いて、空恐ろしくなった。歴史上、文化・<wbr></wbr>経済の中心都市が現在まで9度移り変わってきたとアタリ氏はいう<wbr></wbr>。その中で歴史上何度かのチャンスはあったにもかかわらず、<wbr></wbr>ヨーロッパの大国フランスは一度も中心都市たりえなかった。<wbr></wbr>日本もまた中心都市になりえたチャンスを何度か逸している。<wbr></wbr>キーワードは開放性と流動性。<wbr></wbr>フランスも日本もこの二つのキーワードには滅法弱い。<br /> <br /> オバマ大統領の大統領選のデザイン・<wbr></wbr>ディレクターを努めたスコット・<wbr></wbr>トーマス氏のプレゼンテーションを聴く機会があった。<wbr></wbr>休暇で日本に滞在していて（現在は帰国）<wbr></wbr>たまたま付き合いのあった知り合いの会社が場を設けてくれた。<wbr></wbr>見た目はそこいらにいる普通の青年、しかも若干29歳！？<wbr></wbr>キャンペーンの頃は26,7歳!?驚きの若さ。<wbr></wbr>キャンペーン予算のほとんどはTVスポットに充てられ、<wbr></wbr>最小限の予算とスタッフで切り盛りしていたらしい。<wbr></wbr>彼らの目的はただひとつ、オバマを大統領にすること。<wbr></wbr>オバマの良さを伝え、一人でも多くの支持者と献金を集める事だ。<wbr></wbr>そのために本当に細部に渡るチェックを繰り返しながら様々なデザ<wbr></wbr>インが行われた。「Doing it live!」というオライリーの言葉を引用して彼が話したのは、<wbr></wbr>「とにかく日々改良修正を施していく事」作ったら直し、<wbr></wbr>直しては作り、バックグラウンドの色ひとつ、文章の言い回し、<wbr></wbr>改行のひとつ、<wbr></wbr>ナビゲーションの位置や大きさやフローがその日の支持率に反映す<wbr></wbr>る。彼いわく「明日、朝一で取りかかるよ」ではもう遅いのだ。<wbr></wbr>今解決すべき仕事はまさに今解決しないと手遅れになってしまう。<wbr></wbr>完成度よりも即時性、<wbr></wbr>その時点で最も有効な答えを出していく事が最優先される。<wbr></wbr>スコットいわく、<wbr></wbr>デザインの利点は一言も言葉を発せず一瞬にしてコミュニケーショ<wbr></wbr>ンを取れることにある。そして、<wbr></wbr>それはインターネットによってもの凄いスピードで拡がっていく。<wbr></wbr>今時の若者が今時のツールを使って、<wbr></wbr>黒人初の大統領を誕生させてしまう。「群集の叡智」<wbr></wbr>を集めたまさに合衆国らしいアプローチだ。</p> <p>さて、日本はどうだろう？<wbr></wbr>新型インフルエンザの周知パンフレットを、<wbr></wbr>専門家の意見等を精査して作成し全国に配布するのに、<wbr></wbr>数年かかるという話を聞いた。<wbr></wbr>新型インフルエンザも数年後には旧型になってしまうじゃないか？<wbr></wbr>という笑い話みたいな話。新政権のスピード、<wbr></wbr>即時性にどこまで期待していいものか？いや待てよ、<wbr></wbr>期待している時点でもう遅いのかもしれない。<wbr></wbr>問題は我々自身がいかに迅速に立ち回っていけるかに掛かっているのだ<wbr></wbr>。政治が混乱している今、<wbr></wbr>またとないタイミングが来ている気がする。</p> <p>&nbsp;</p> <p>吉川 徹</p> <p><br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <b>プロフィール：</b></p> <p><img height="80" width="80" class="mt-image-none" alt="yoshikawa2.jpg" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" /> <br /> 吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br /> 1964年神奈川県生まれ<br /> 1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br /> 1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br /> 2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br /> 2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br /> 2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>どこでもドア的ノマド・ワーキング</title>
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    <published>2009-08-23T12:48:17Z</published>
    <updated>2009-08-24T05:23:01Z</updated>

    <summary> お盆のUターンラッシュに相反するタイミングで札幌に向かう。到着してみると大通り...</summary>
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        <name>吉川徹</name>
        
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img height="500" width="500" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/toru/assets/090802.jpg" alt="090802.jpg" /></span> <p>お盆のUターンラッシュに相反するタイミングで札幌に向かう。到着してみると大通り公園のビアガーデン最終日で、主要ビール会社が1ブロックごとに趣向を凝らしたビアガーデンを展開して、しのぎを削る一大ビール戦争が繰り広げられていた。1社1ブロックなのでSU社、K社、A社、SA社、と海外輸入ビール会社の連合軍を合わせると5丁もある。端から端まで歩くとまたビールが飲みたくなるというカラクリなのか？テーブルで飲んでいるひともいれば、芝生の上にレジャーシートを敷いてピクニック気分のひともたくさんいて、ジョッキにはビールがたっぷりあって、みんな笑顔で「天国の風景ってのはもしかしたらこんな感じなのかなぁ・・・」と思ったりした。<br /> <br /> 部屋に着いて一通り空気の入れ替えなんかをして、短パンとTシャツに着替えて近所の喫茶店に出かける。ここは家からも近くコーヒーも濃くてうまいので札幌にくれば必ず顔をだす。約ひと月ぶりでマスターと世間話＆情報交換をする。その後、同じく東京から来札している友人と久しぶりに札幌で再会し友人数名と夕食を囲む。彼は独自の観光雑誌を創刊予定でその取材のため長期滞在している。この出版不況のご時世に新雑誌創刊なんてまさに鮭の遡上のような話だけど、思い立ったら後には引かないのは彼らしい。構想段階からいろいろ話は聞いているので応援したい。ぼくの持っているネタは一通り提供したけど北海道全土となると結構な強行軍だ。<br /> <br /> 個人的には雑誌はもうほとんど買うことがない。いろんなことに興味がなくなったわけではなく、単に必要がなくなったしまったのだ。グーグル・アラートに興味のあるキーワードを登録してあるので関連記事を定期的にウェブから拾い上げてくれるし、お気に入りのサイトはRSS配信でフォローしている。たまに掘り下げていろいろ調べることもあるけれど、自分からあれこれ情報を探す習慣はこの数年でなくなってしまった。欲しい情報は向こうから自分の手元に勝手に届いてしまう時代なのだ。<br /> <br /> 出版社が広告宣伝の片棒を担いで情報を発信する時代はすでに去り、市民ひとりひとりがリソースであり編集者であり読者なのだ。欲しいものは自分で調べて選ぶし、自分の必要としている情報はウェブ上に溢れる無数の井戸端会議の中からすくい上げる。わかりきったことだけれど、「体験」と「情報」は違う。ぼくの時間は限られているので、全てを「体験」することは不可能だ。不確かな「情報」、賞味期限切れの「情報」に無駄な時間を使うぐらいならひとつでも多く「体験」したい。見ず知らずの人の様々な思惑に自分の「体験」の矛先を左右されるヒマはないのだ。<br /> <br /> 札幌の用件を終え、東京に戻ってもやっていることはほとんど変わらない。相変わらずドトールの席に座り、ラップトップを開いて作業をしている。窓の外では「よさこい」のパレードが展開していて笑ってしまう。地元の街でも数年前から「よさこい祭り」が開催されていて、こうなるとホント「ここは何処？」って感じだ。<br /> <br /> これから旅行に出かけるといっていた札幌の友人のその後の顛末も、入れ違いで東京出張に行ってしまった友人の動きも、札幌からやり取りしていた東京と海外の仕事の進捗も、メールやtwitterやその他SNSで全てリアルタイムでフォローできる。実際に会って話すよりやりとりが密なことも多い。「懐かしい」とか「久しぶり」とか「ご無沙汰」という感覚が日々希薄になっている。一年ぶりで会う人の昨日の夕飯の献立を知っていることだってあり得るのだ。<br /> <br /> アフリカで人類の祖先が生まれたときから、石槍からラップトップへと手持ちの道具をその都度変えながら、ぼくらはずっと移動しながら進化してきた。その中で中心となる都市もまた時代時代で変化してきた。今現在、その中心都市という概念は日々薄れていっている。中心はそれぞれの個の中に存在していて、それがリゾーム的に世界中に散らばり干渉し合いながら進化を続けている。<br /> <br /> 20年前、こんな現在の状況を誰が予想していただろう？そして、20年後の世界はどうなっているのだろう？2030年、遠い未来のようにも思えるし来週のことのようにも感じる。まぁいずれにしてもその頃にはぼくの時代はとっくに終わっているんだけど・・・。</p> <p>&nbsp;</p> <p>吉川 徹</p> <p><br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <b>プロフィール：</b></p> <p><img height="80" width="80" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/yoshikawa2.jpg" alt="yoshikawa2.jpg" class="mt-image-none" /> <br /> 吉川徹（アートディレクター／プランナー）<br /> 1964年神奈川県生まれ<br /> 1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)<br /> 1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス<br /> 2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加<br /> 2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画<br /> 2007年, D&amp;DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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