2月に入って急激に寒さが戻り、全国的に真冬に逆戻りした感がある今日この頃。東京でも今晩あたり今年9度目の雪になりそうな気配で、明日あたりまた公共交通機関に影響が出そうだ。まあそれにしても東京の環境に対する脆弱性には毎度のことながら閉口させられる。正確に言うと自然環境そのものに対する脆弱性というよりも公共交通機関やインフラ整備の脆さでありシステムの弱さが問題のようだ。精密機械さながらにシステム化されたインフラストラクチャに依存し、それをベースにしてさらなるシステムが増殖している、そんな東京では一部のシステムエラーがドミノ式に伝播し即、全体のエラーに発展してしまう。そのような神経過敏な環境では新しいシステムの導入にも及び腰になってしまう。その新しいシステムがどんな影響をどこまで与えるか予想がつかないからだ。また同様の理由から、導入するにしてもドラスティックな変化は期待できない。当たり障りの無い箇所から当たり障りの無い程度のバージョンアップにしか手を出せない。
先日、東京の中心を巡る環状線であるJR山手線に転落防止用のホームドアの設置が決まった。2017年度までに全29駅に整備する予定だそうだが、これにしても7年もかける事業なのか疑問がよぎる。このホームドアには自殺防止という公然の裏タスクがあり、ここ数年ほぼ毎日のように人身事故によってどこかの路線のダイヤが乱れていることを考えると、もっと早急にホームドアを整備するべきでは?とも思う。あと7年間でどれだけの人身事故が起こり、それによってどれだけの利用者が影響を受けるかを考えると、そんなに悠長にやっている場合ではないと思うのだが。。調べてみるとJR山手線には現在、混雑緩和のために1991年から導入された6ドア車両が104両あり、ホームドア設置にこれら104両の6ドア車両を通常の4ドア車両に入れ替える必要があるらしい。そのためJR東日本は104両の4ドア車両を新たに造る、その費用約80億円。ホームに壁をたてる話がいつの間にか車両を新造する話になってしまっている。あちらを立てればこちらが立たず、その折衷案を模索するうちに時間とコストがどんどんかさんでくるという悪循環が生まれてしまっている。
熟考型の日本のやり方の典型がここにある。十分に協議し安全な着地点・結論を導き出す。そのプロセス自体に罪はない。しかし、導き出される策は中庸なものとなり画期的な効果は期待できない。誰も不満はないが満足もない答えにしかたどり着かない。しかもこのやり方には致命的な落とし穴がある。それは、「環境は絶えず変化している」ということだ。今最良と決めた結論が、3年先、5年先、10年先の環境に適性かどうかはわからない。環境の変化と共に問題点も変化していく。ダム建設や道路計画のように何十年も前に決まった案が現在の環境に整合性が見いだせないといったような問題は全国に散積している。JR山手線のホームドアの設置の件にしても、7年後に全ての駅に整備されたとして、その時点でそれが必要か否かは現時点で明確な答えは出せない。
哲学者の九鬼周造が『「いき」の構造』(岩波書店 1930年)の中で日本人特有の美的嗜好を「媚態」と呼び、日本人の先を期待して結論を先延ばす嗜好性について言及している。この「媚態」とは目的との距離をできる限り接近しつつも目的に達しないまま可能性を可能性として嗜好するというものらしい。夢見る乙女は美しいといった事か?おなじみの葛飾北斎の富嶽三十六景『神奈川沖浪裏』の描かれた波濤のように、静止した「永遠なる途中」を常に求めるという運命なのだろうか?それはあまりに形而上学的で「ゼノンのパラドックス」を連想させる話だ。現実の時間と歴史においては、波濤はとっくに岸についているし、アキレスは亀を追い越している。戦後米国に設定された目標に向かってひたすら邁進してきた日本は、80年代以降確固たる目的を見いだせないまま20数年という月日を費やしてきた。その都度場当たり的な暫定目標だけが設定されその達成を見ぬまま無為に目標が先延ばしにされながら現在に至り、国政に携わる人々は相変わらず「永遠なる途中」をのどかに眺めながらお茶をすすっている。その間にも新しい波は幾重も寄せては引き、地形は日々変化していく。
ゼロ年代を振り返ってこの十年間の札幌の創造都市計画もまた、道半ばと言わざるを得ない。その間、他の地域の情勢は日々活発化しているし世界の情況も大きく変化している。日本人特有の美的嗜好のひとつというのであれば致し方ないのだが、北斎の『神奈川沖浪裏』のように表象化されたピークを眺めながら、本来目指すべき目的を先延ばしてしまう事には危機感を感じざるを得ない。それは刻刻と変化する新しい国際社会では到底理解されるものではないのだ。
最後に元マイクロソフト日本法人社長の成毛 眞氏の『大人げない大人になれ』(ダイヤモンド社)からひとつ引用しておきたい。
「新しいことを始めるということは、規制の秩序を覆すことに他ならない。だからそこには怒り出す人が必ずいる。逆に、怒る人がいないようなことは新しくもないし、取るに足らないことである。」
ちなみに成毛氏は札幌西高の出身である。
吉川 徹
プロフィール:
吉川徹(アートディレクター/プランナー)
1964年神奈川県生まれ
1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)
1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス
2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加
2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画
2007年, D&DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画


