ぼくが学生だった頃(今から20年以上前のアメリカでの話)、ドローイングのクラスには、大きくゼスチャー・ドローイングという練習とコントア・ドローイングという練習があった。どちらもウォーミングアップ的な練習で、本番のドローイングに入る前に必ずやっていた。ゼスチャー・ドローイングというのは、ゼスチャー、つまりモデルの身体の全体像を掴む練習で、一ポーズにつき15秒から長くて3分ぐらい。コントア・ドローイングは、モデルの身体の形を一筆書きのような線で追う練習で、こちらは少し長くて一ポーズにつき3分から長くて15分ぐらい。どちらもモデルから眼を離さずに、また、紙から鉛筆やコンテを離さずに描き続ける練習で、慣れなかったり、調子が悪いと当然のごとく無茶苦茶な絵が大量に出来上がる。描いている絵を見ずに合図の声が掛かるまで描き続けるのだから、途中ではみ出したり、とんでもないプロポーションになったりする。この二つのウォーミング・アップの肝は、ゼスチャー・ドローイングがモデルの筋肉や骨格のつくり、身体内部の成り立ちを把握することで、コントア・ドローイングは身体のアウトラインを掴むということなんだろうけど、言葉を変えて言えば、前者が印象のスキャニングで、後者が形状のスキャニングとも言えるのかもしれない。
なぜこんなことを急に思い出したかといえば、先週NHKの「プロフェッショナル」でWonderWallの片山正通氏の特集を観たのがきっかけだ。Bathing Apeやユニクロをはじめ、最近原宿にできたNikeの旗艦店の内装を手がけたインテリアデザイナー。彼のアイデアプランの創出場面の映像を見ていて、ふと昔のドローイングのクラスを思い出したのだ。客の導線を第一に考える彼は、店舗のゾーニングを考える上で図面に幾重にもラインを引いていく。何度も何度も線を引いていきながらあるべき店の形を構成していく。これはまさに、店舗の成り立ちを形作るゼスチャードローイングそのものだと感じたのだ。何本もの線が重なり次第に太い帯になっていく。その大きなエネルギーの流れのようなものの中から、一本の線を削りだしていく。片山氏は「イメージを彫りだしている」といった表現をしていたが、そういう意味ではまさに彫刻的な作業と言えるだろう。
最近はパソコン作業が増えクリック、クリックで最短距離の線を引いてしまいがちだ。ついつい効率性を優先してしまって最初から正解の線を求めてしまっている気がする。経験値が上がると先の予測が立つようになってくる。こういう案件は、こういう壁があってこういうトラップがあってこういうトラブルを経て大体この辺に着地するというのが、最初のブリーフで見えてしまったりする。そして大体が実際その通りになる。だからついつい最初からそういった障害物を避けて、無難なところに落とし込もうとしてしまう。結果として問題なく仕事は進み、無難に終了する。一見効率的のようにも見えるが、ここには大きな問題がある。経験則ベースのリスクヘッジという事は、あくまで過去の事例がベースになっているということ。つまり、リスクヘッジした結果は過去の成功事例に準ずる、という非常に単純な、しかし致命的な問題点だ。過去の成功事例を上書きする作業を現在から未来に向けて行うという事は、それが出来上がった時点ではスタートした時点より2倍古臭くなっているのだ。だから問題を起こす事もない代わりになんの成果も生まない。結果として「中途半端のくたびれ儲け」になってしまう。世の中にこの「中途半端のくたびれ儲け」仕事がどれだけ溢れているか?そして、自分も含めどれだけの人間がそういう仕事に流されているか?
無難にこなすというのは何もしないに等しい。もっといえばそれ以下のマイナスの行為だ。クリエイティブに携わる者は、未来に向けて「未だ見ぬ線」を彫りだすことを真剣に取り組まなければならない。何本も線を引き画面を真っ黒にしながら、本当の線を引きずり出す作業を長い間忘れていた気がする。今週末から、20年ぶりに母校を訪れる機会を得た。初心に返るいい機会なのかもしれない。
吉川 徹
プロフィール:
吉川徹(アートディレクター/プランナー)
1964年神奈川県生まれ
1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)
1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリーランス
2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加以後様々なプロジェクトに参加
2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画
2007年, D&DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画


