新宿にほど近い笹塚という場所に仕事部屋というかシェルターというか、十畳ほどの風呂ナシボロアパートを借りた。深夜タクシー4回乗ったら元が取れてしまう格安物件の割にはそこそこリフォームされていて、周りも後期高齢化がすすみ死んだように静かな商店街の一角で、都心にも自転車で出かけていける好立地なのだ。大家が取り壊し準備中ということで、一年契約で格安に借りられたワケだが、どうも他にもワケがありそうで怖い。4部屋あるうちの一部屋は近所の電気屋の倉庫と化しているし、その上は空き部屋。ぼくの部屋は一階の奥で上の住人は、謎のOL山○×子という、最近判明したことだがどうやらここに住んでいるわけではなく、ドコか別の場所に住んでいてたまに寄るという謎は深まる一方の人物で、未だあったことはないが二階の部屋を行き来する足音は何度か聞いたことがあるのだ。まぁ、ぼくにしてもその部屋に住んでいるわけではなく、相当怪しい人物として見られているはずなのでまぁお互い様なのだけれど。
この部屋のテーマは「都会のキャンプ」で余分なものは一切置かないことにしている。一般的な生活と比較すると不便な点は多いのだが、それは知恵で乗り切るという基本姿勢をとっている。風呂ナシだが、近所に銭湯は三軒ぐらいあるし、コンビニだっていたるところにある。雨風が凌げて凍死しなければ文句はないのだ。しかも、なんと何処かから無線がノーガードで飛んでいてネットワークも完備なのだ!これ以上何が必要というのだ。そんな笹塚キャンプに先週、札幌のO氏が三泊ほど滞在した。神戸でのライブの後、東京に滞在し打合せ及び仕事をこなし札幌に帰っていった。特に金縛り等のオカルト現象もなく快適に滞在できたようなのでよかったが、滞在最終日の夜中に3人ほどで立ち寄った際に部屋の中で熟睡中のO氏を思いっきり驚かしてしまい申し訳ないことをしてしまった。暗闇のなか、LEDライトを点滅させた我々を宇宙人の襲来と思ったらしい。
編集者の都築響一氏が「月100万の部屋を借りるなら10万の部屋を世界中に10箇所借りたい」と以前どこかに書いていて、まさにその通り!と激しく同意したのだが、ぼくも札幌と笹塚、そして自宅の府中と住む部屋が3箇所ある。それに日常的に顔を出す事務所を入れると5箇所ぐらいのベースキャンプが存在する。そのキャンプを行き来しながら日々生活している。その全てに共通するのはネットに繋がっているということ。パソコンを開いてネットに繋がればそこが仕事場であり、生活の場なのだ。これはぼくに限ったことではなく、前述のO氏にしても同じような生活をしている。土地に縛られず、必要最低限の持ち物で皆が生活していれば、住居はグループで共有するぐらいで充分なのではないか?
「地方の時代」だとか、「道州制」だとか、「地域格差」だとか、「限界集落」だとか、物理的な立地について日々に議論されているが、もしかするとそれ自体が過去の価値観に基づいた議論なのかもしれない。気がつけば相当数のひとがディアスポラな日常を送っている現代社会において、境界線は日々その曖昧さを増している。
プロフィール:
吉川徹(アートディレクター/プランナー)
1964年神奈川県生まれ
1983年渡米, Pacific Northwest College of Art 絵画科卒(BFA)
1989年帰国, 広告会社, 展覧会企画会社を経てフリー
2000年より, ロンドンに拠点を置くクリエイティブ集団tomatoのワークショップに参加をきっかけに以後, 様々なプロジェクトに参加
2004年より, 北海道札幌市の創造都市計画『sapporo ideas city』に参画
2007年, D&DEPARTMENT PROJECT札幌店立ち上げに参画


