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        <copyright>Copyright 2012</copyright>
        <lastBuildDate>Mon, 23 Jan 2012 13:36:30 +0900</lastBuildDate>
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            <title>音楽プロデューサー　　高瀬 清志さん</title>
            <description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 130%;">原点のスタジオワークで北海道発の音づくりを応援</span></strong></p> <p>ヤマハのポプコン運営時代に中島みゆき、安全地帯を担当し、<br /> 北海道の二大FMステーションの創成期に立ち会った。<br /> ブレイク前の宇多田ヒカルにどこよりも早く冠番組を持たせたことでも知られ、<br /> 国内の音楽業界に北海道の存在感を示す話題の影にはいつもこの人がいた。<br /> 音楽プロデューサー高瀬清志さん（63歳）の話が聞きたい。芸森スタジオを訪ねた。</p> <span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img width="560" alt="takase_top.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/takase_top.jpg" class="mt-image-none" style="" /><br />     <br />     <div id="other_files" class="takase">&nbsp;　</div></span> <p><br /> &nbsp;<br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">芸術の森地区で息を吹き返した音楽スタジオ</span></strong></p> <p><a href="http://www.geimori-st.jp/">「芸森スタジオ」</a>は札幌市南区に広がる「芸術の森地区」の一角にある。札幌芸術の森から支笏湖方面に車を進め、深閑とした山道を上がっていくとじきに到着。夏ならば緑、冬は白一色に染まった別世界に現れるレコーディングスタジオに、アーティストはおおいに創造力をかき立てられるに違いない。<br /> 宿泊もできる滞在型スタジオは北海道でここだけ。自分の音と心ゆくまで対峙できる静謐な空間に惹かれるリピーターが多いという話にもうなづける。</p> <p><a target="_blank" www.geimori-st.jp="" http:="" href=""><img border="0" width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/takase01.jpg" alt="takase01.jpg" /></a></p> <p><br /> <br /> この芸森スタジオを取り仕切っている人物こそ、1970年代中盤から北海道の音楽シーンをさまざまな場面で支えてきた音楽プロデューサーの高瀬清志さんだ。<br /> 「管理人？いやいや使用人（笑）。雪かきから掃除もベッドメイクも全部、自分たちでやっています」そう語る口調のはしばしに、手のかかるわが子に注ぐような愛情がうかがえる。<br /> <br /> 1993年、大手音楽会社が北海道の拠点として建てた音楽スタジオは最高級の機材と宿泊施設の完備を売りに貸出しを始めたが、その後運営に行き詰まり、ほぼ休眠状態に。2008年2月にウエスの小島紳次郎社長と歌手の松山千春が買い取り、再生するスタジオ運営の適任者として声をかけたのが旧知の高瀬さんだった。<br /> 当時、高瀬さんは60歳目前。「小島社長の熱意に打たれて」15年間在籍したエフエム・ノースウェーブを退社し、新会社SAVEの取締役副社長に就任。打ち捨てられていたスタジオに新たな命を吹き込んだ。<br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">中島みゆき、安全地帯を輩出した北海道とは</span></strong></p> <p>高瀬さんは札幌出身。北海学園大学に進学したが、時代は「学園紛争真っ盛り」。大学には足を向けず、好きなバンド活動に打ち込んだ。ヤマハの音楽コンテスト「ポプコン」の前身である「ライトミュージックコンテスト」北海道大会のグランプリを受賞後、意外にも大会運営のスタッフにならないかと誘われた。<br /> 「当時ヤマハはポプコンを広めようとしていた時期。地元で詳しい人間が欲しかったんでしょうね」。このまま音楽に関われるなら、と1974年ヤマハの北海道支社に入社した。<br /> <br /> 70年代といえば、ニューミュージックの全盛期である。北海道では中島みゆきや安全地帯という後に一時代を築く「原石」たちが高瀬さんの前に現れた。<br /> 「東京のポプコンに出るには、まず数曲録音してポプコンの主催である財団法人ヤマハ音楽振興会に送ると採点されて返ってくるんです。北海道支社はそれまで10点中5点以上取ったことがなかったのに、中島みゆきは10点満点。すぐ東京に連れて行け、という指示が出て、あとは皆さんもご存知のとおりの活躍です」<br /> <br /> 「初めから抜群に歌がうまかった」安全地帯も担当し、全国区へと押し上げた。東京から遠く、同じ道内でも町同士の距離がある。あのころの北海道にはミュージシャンが自分たちの音楽世界を雑音で乱されることなく育んでいける環境があった。「そうとでも考えなければ、ああいう個性的な音がここから出たことの説明がつかない。そんな時代でした」 　</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/takase02.jpg" alt="takase02.jpg" /><span style="font-size: 80%;">取材は芸森スタジオのラウンジで行われた。イベントやパーティーにラウンジのみの利用もできる。</span></p> <p><img width="560" alt="takase03.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/takase03.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">ラウンジの一角に畳コーナーを発見。和室党にはうれしい空間だ。</span></p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/takase04.jpg" alt="takase04.jpg" /><span style="font-size: 80%;">暖炉を取り囲む腰掛け用の段差もあり、映画のワンシーンのようなひとときを楽しめる。</span><br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">リスナーと音楽を共有する、二大FMの開局を体験</span></strong></p> <p>数々の出会いを通じて自分自身とも向き合うことになったのだろう。その後高瀬さんは自分のバンド活動に専念するためにヤマハを退社。だが現実は厳しく、音楽業界からも遠ざかりかけていた時のことだった。<br /> ウエスの小島社長から「来年FM局ができる。音楽番組が作れる人間を探している」と言われ、「ぜひやらせてください」と即答。ウエスに入り、以前から関心のあったメディアの世界に飛び込んだ。<br /> <br /> FM北海道、愛称<a href="http://www.air-g.co.jp/">「AIR-G'」</a>は道内初の民放FM局として1982年に開局した。<br /> 「AMとの一番大きな違いは曲を最後までかけるということ。ステーションとリスナーが音楽を&ldquo;共有&rdquo;するためにはどうしたらいいか、曲紹介一つとっても全員が試行錯誤でした」<br /> AIR-G'開局以前は新曲キャンペーンで来道するのは演歌歌手ばかり。局の存在自体がポップスやロックにもゲスト出演の機会を増やすことになり、「北海道から仕掛ける」という戦略も始まった。<br /> <br /> やがて道内2番目の民放FMとして<a href="http://825.fm/northwave/">「NORTH WAVE」</a>の開局を聞きつけたとき、高瀬さんは「やるなら自分が」という思いを抑えきれなかったという。「AIR-G'は邦楽7に対して洋楽が3。次にできる局は自分が好きな洋楽が中心になるのはわかっていました。悩んだ末に小島社長に相談したら&ldquo;おまえ、やりたいんだろう&rdquo;と一言。送り出してくれました」<br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">ミニコミマインドを忘れないマスコミの発信者に</span></strong></p> <p>NORTH WAVEでは局全体をバンドに見立てた一体感にこだわった。<br /> 「DJ１人が&ldquo;これがいい！&rdquo;と叫ぶんじゃなくて、ステーション全体が&ldquo;今はこれだよね！&rdquo;と声を揃えるノリが大切。それに共感してくれる仲間が集まってくれました」<br /> <br /> あるとき、「ワンデイ・ジャズ・エフエム」と題して、終日すべての生番組でジャズを流すという前例のない企画に挑戦した。新聞告知をすると、70代の男性から「やるじゃないか」というFAXが送られてきた。当日は若いリスナーからも「ジャズを初めて聴きました」と好感触が届き、打ち上げのために頼んだピザの配達人からは「今日、最高でした！」そう伝えたくて店長自らが配達を買って出た姿に高瀬さんはすべての苦労が吹き飛んだという。<br /> <br /> 「ビジネス上、数字とかクライアントとか気になることは山ほどありますが、やっぱりここぞというときにステーションの心意気を見せないとリスナーは離れていく。ラジオはマスコミですが、心はミニコミなんです。自分たちが面白い、かっこいいと思うことを貫くミニコミマインドを忘れると、つまらない局になってしまう。だから僕の中ではNORTH WAVEを日本で一番小さくて一番かっこいいステーションにしようと走り続けた15年間でした」<br /> &nbsp;</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/takase05.jpg" alt="takase05.jpg" /><span style="font-size: 80%;">NORTH WAVE時代はブレイク前の宇多田ヒカルの番組を制作。「初めて聴いたとき、これは絶対うちから仕掛けたいと思った。絶対的な手ごたえがありました」</span><br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">五感を研ぎすます環境で絞り出された音を録る</span></strong></p> <p>そして話は2012 年の今に戻り、高瀬さんは4年前から「芸森スタジオの高瀬」になった。「こんなに素晴らしいスタジオを朽ちさせてはいけない。北海道の文化遺産だ」小島社長の一言にノースウェーブの退社を決意。自身がバンドマンだったことも大きかった。<br /> &nbsp;　</p> <p><img width="560" alt="takase06.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/takase06.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">コントロールルームにはビートルズのプロデューサーだったジョージ・マーチン氏から譲り受けたコンソールが設置されている。</span>&nbsp;</p>  <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/takase07.jpg" alt="takase07.jpg" /><span style="font-size: 80%;">ローリングストーンズやスティング、ポール・マッカートニーも使用したコンソールから新たな音を作り出す。</span><br /> <br /> 「もう一度僕のルーツであるスタジオワークに戻って、新しい音楽や若い才能、特に北海道の才能を応援したくなった。どんなに便利なデジタル時代になっても、音楽はアーティストの気持ちが一番作用するもの。このスタジオはそこを大事にしたい」<br /> <br /> 札幌都心から車で30分という立地にありながら、ひとたび芸森スタジオに入ると一切の雑音が消える。建物を取り囲むのは豊かな森と北海道の澄んだ空気。五感プラス音感が研ぎすまされる環境で絞り出されてきた音を録る。<br /> 「滞在するアーティストを見ていると、だんだん集中してくるのがわかる。それだけの力を持っているスタジオがここ、北海道にあることを僕らも誇りに思っています」<br /> &nbsp;</p> <p><img width="560" alt="takase08.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/takase08.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">道産木材と札幌軟石を使ったAスタジオ。20人のオーケストラ演奏も可能。</span></p> <p><img width="560" alt="takase09.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/takase09.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">ベース音の最も長い波長に合わせた天井は高さ7・5m。</span><br /> <br /> 2010年、坂本龍一の楽曲に大貫妙子が言葉を紡いで唄ったアルバム「UTAU」が芸森スタジオで録音されたことはまだ記憶に新しい。「&ldquo;教授&rdquo;からは見送りのとき、ぜひこのスタジオを守り続けてほしいと言われました。音楽仲間に広めてくださっているようで本当にありがたいです」<br /> <br /> 取材当日は札幌のソロギタリスト<a href="http://yamakishohei.web.fc2.com/top.html">山木将平さん</a>のミキシングが行われていた。<br /> 「これからは北海道のアーティストにもどんどん使ってもらいたい。料金も相談に乗ります。興味がある方はまず連絡ください」。思いきって動くことで得られることはいっぱいあるから、とエールを送る。<br /> <br /> <span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><br /> </span></p> <blockquote> <p><span style="background-color: rgb(255, 102, 0);"><br /> </span><span style="font-size: 130%;"><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><strong>〈札幌創造仕掛人に聞きたい！　3つのクエスチョン〉</strong></span></span><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><br /> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.人生を変えた出会いを教えてください。</span><br /> A. やっぱりウエスの小島さんですね。すべての転機で僕のやりたいことをやらせてくれた。「高瀬清志」のプロデューサーです。冒険家にして探検家で、どんなに障害や不安材料があっても「なんとかなる！」とつねにポジティブ。やりたいことへの熱意に心から敬服します。<br /> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.心に残る一言は？</span><br /> A. あれこれ悩んでた二十歳くらいのときですか。おふくろに「一生は一度しかないんだから。好きな道を選んだのならやりたいことをやりつくしなさい」と言われて、すごく勇気をもらいました。でもしばらくして、その言葉の重さに気づいて（笑）。やりつくすってさ、重いでしょ。おふくろは昨年98歳で目をつぶりました。生粋の東京人でした。</span><br /> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.札幌のまちの魅力とは？</span><br /> A.一言でいったら「冬」。札幌の冬がすばらしい春を、夏を作っている。この冬がなかったら札幌の文化ってないんじゃないかな。根っこにこの冬があるからアーティストたちからもいろんな詩や音が出てくる。そう思います。</p> </blockquote> <p><br /> <br /> ●芸森スタジオ　<a href="http://www.geimori-st.jp/">http://www.geimori-st.jp/</a><br /> 所在地：札幌市南区芸術の森3丁目915-20<br /> TEL：011-206-7355</p> <p>&nbsp;</p> <p><br /> 取材・文 佐藤優子（<a href="http://mimibana.exblog.jp/">耳にバナナが</a>）<br /> 撮影 <a href="http://harebare.co.jp/">ハレバレシャシン</a><br /> &nbsp;</p>]]></description>
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            <pubDate>Mon, 23 Jan 2012 13:36:30 +0900</pubDate>
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            <title>インテリアデザイナー　　長谷川 演さん</title>
            <description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 130%;">目標は1000店舗デザイン<br /> もの・ひと・時間づくりで札幌を変える</span></strong><br /> <br /> <br /> 札幌に暮らすあなたなら、きっと足を踏み入れているはずだ。<br /> インテリアデザイン会社「アトリエテンマ」が手がけた<br /> 幾多の飲食店やサロン、複合ビルの空間に。<br /> 同社を率いるのは業界のフロントランナー、長谷川演（ひろむ）さん（44歳）。<br /> 「デザインで札幌を変える」、壮大なビジョンがある。</p> <span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img width="560" alt="hasegawa_top.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hasegawa_top.jpg" class="mt-image-none" style="" /><br />     <br />     <div class="hasegawa" id="other_files">&nbsp;　</div></span> <p><br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;"><br /> 「先読み」の企画力で飲食店を後押し</span></strong></p> <p>ブログタイトルは<a href="http://ameblo.jp/hiromu122/">「1000店舗への道」</a>。皆さんが訪問するときは、インテリアデザイナー長谷川演さんが手がけた物件数は幾つになっているだろうか。取材時のカウントは「803/1000」。目標にはいつごろ？と尋ねると「１年で50件ペースなのであと4年でしょうか」、そう遠くない答えが返ってきた。<br /> <br /> 青森県弘前市出身。専門学校を卒業後、「会社がトレーニングルームだった」と語る新人時代を経て、1990年にアトリエテンマを設立。斬新な空間デザインと、家具や食器にいたるまでオリジナルデザインを提案するきめ細やかなクリエイティブで、札幌の店舗デザインに新風を吹き込んだ。<br /> 離れがたくなるイタリア製スツールに、テーブルを飾るロマンチックな照明、スタイリッシュな化粧室など総合的な空間演出で食を彩る「デザインレストラン」ブームを巻き起こした。<br /> <br /> 長谷川さんの目利きはインテリアデザインだけにとどまらない。最も得意とする飲食業界では、エスニックやイタリアン、そば居酒屋、もつ鍋&hellip;と「次に何がくるか」トレンドを先読みする企画力で幾つもの店舗を成功に導いてきた。つきあいの長いオーナーたちにとっては経営アドバイザーのような立ち位置にいる。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hasegawa01.jpg" alt="hasegawa01.jpg" /><span style="font-size: 80%;">取材は札幌本社の3階、日差しがたっぷりとさしこむミーティングルームで行われた。<br /> </span></p> <p><img width="560" alt="hasegawa02_2.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hasegawa02_2.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">壁に手書きのメジャーを発見。机上のデザインと実寸サイズは切り離せない。これなら肌感覚で覚えられそうだ。</span><br /> <br /> <br /> 自分たちの活動を記録した作品集「アトリエテンマの仕事」を開くと、活動範囲は日本各地に。3万5000坪の敷地に25室だけという道内屈指のリゾートホテル「フラノ寶亭留」をはじめ、全30室のうち一つとして同じデザインがない茨城県のレジャーホテルや、可動式ブックシェルフでレイアウトを変えられる福岡県のフレンチレストランなど、場所、規模、物件に制限はない。<br /> 全ての依頼に高次元のデザインで応えていく業界のフロントランナー、長谷川さんの「今」をうかがった。<br /> <br /> <br /> <br /> <span style="font-size: 130%;"><strong>デザイン塾を開校、小中高の出張授業も</strong></span></p> <p>1000店舗を目標にしたのは3年前。前述のブログを立ち上げる時点ですでに600店舗近くの実績があり、「ならば」とキリのいい数字をそのままブログタイトルにした。この同時期に長谷川さんはもう一つの新事業を立ち上げる。<br /> 「札幌をデザインで変える」ため、インテリアデザインの「ものづくり」から次は「ひとづくり」へ。中学生以上、未経験者も歓迎する<a href="http://www.atelier-temma.com/design_school/">「アトリエテンマ デザイン塾」</a>を開校した。しかも、単発のイベントではなくNPO法人化し、オフィスの一室を教室とする画期的な受け入れ体制を整えた。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hasegawa03.jpg" alt="hasegawa03.jpg" /><span style="font-size: 80%;">「デザイン塾」生徒たちの作品の背後に、これまで手がけた膨大な物件ファイルが並ぶ。</span></p> <p><br /> 「1店舗1店舗を集めて面にすることで札幌の街並みを変えていく手法はこれからも続けていきますが、それだけでは限界があります。平行して、まちに暮らすひとの意識をデザインに向けていく。デザイン塾の受講生は制服姿で通う高校生から上は60代もいます。デザインをやったことがない人にも僕の知っていることは全部伝えたい」。多忙なスケジュールの合間を縫って直接指導にあたる長谷川さんの熱い思いが伝わってくる。</p> <p><img width="560" alt="hasegawa04.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hasegawa04.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">デザイン塾のインテリアデザインプロフェッショナルコースは３カ月で1クールを修了。誰に向けて何をどうつくるのか、骨格づくりから習得する。</span><br /> <br /> <br /> そして、デザイン塾のもう一つの目玉は2009年から始めた「出張授業」。2011年には小学校4校、中学・高校各1校を訪ね、ショップデザインやファッションデザインのワークショップを行った。<br /> 「子どものころからデザインに触れることで感度を高め、見る目を持つ人材になってほしい」と長谷川さん。ともに授業に参加する講師たちも、札幌の第一線で活躍するプロたちが賛同してくれた。<br /> 3日間の授業で一番最初にする質問「仕事って楽しいと思うひと？」に手を挙げなかった半数の子どもたちに、楽しく働く大人たちの姿を見せることも出張授業の大事な目的の一つだと語る。<br /> <br /> <br /> <br /> <span style="font-size: 130%;"><strong>日没が閉店を告げる「椿サロン 夕焼け店」</strong></span></p> <p>「札幌をデザインで変える」という壮大なビジョンは3つの柱で支えられている。「ものづくり」「ひとづくり」、そして3つ目の「時間づくり」。その拠点に、とアトリエテンマでは自社カフェの<a href="http://www.tsubakisalon.jp/">「椿サロン」</a>を展開する。札幌本社1階の本店と期間限定の東京・銀座店、そして今年5月には日高管内新冠町の国道235号線沿いに、窓一面に太平洋が広がる「椿サロン 夕焼け店」をオープンした。<br /> <br /> 「空間の印象を決めるのは光。朝の光、夕焼けの光。その時々がもたらす光に包まれて心やすらぐ時間を過ごせるように、夕焼け店は天井に一切照明をつけない、午前11時開店・日没閉店としました」。<br /> 北海道らしい雄大な光景に惚れ込んでの出店だったというだけあり、夕焼け店を語るときの表情はことさら嬉しそうだった。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hasegawa05.jpg" alt="hasegawa05.jpg" /><span style="font-size: 80%;">社内にはデザイナーが7人。全物件のデザインに長谷川さんが関わり、方向性が決まってからは実働で動くスタッフを監修の立場で見守る。</span><br /> <br /> <br /> <br /> <span style="font-size: 130%;"><strong>家元に認められ池坊花展のデザイナーに</strong></span></p> <p>20年前から「いけばなの根源」である池坊をたしなむ風流人の顔も持つ。<br /> 「札幌でお花の先生に出会ってから縁あって始めることになり、9年間隔月で京都に通って勉強させてもらいました」。<br /> <br /> 門弟の一人として精進する日々から一転、家元の目にとまったのは8年前の北海道花展の折り。審査会で第二位（知事賞）になり、家元から思いも寄らない言葉をかけられた。<br /> 「花展のデザインをやってください、とおっしゃるんです。もちろん光栄ですが、同時に衝撃でした。池坊は2012年に550年を迎える華道の家元。北海道の一門弟である自分をその職に就けてくださったのは、ほとんど〈事件〉だと思います」。<br /> <br /> 家元から学んだことは数えきれないが、なかでも心に響いているのは「やりたいことを貫く姿勢」。伝統に敬意を払いながらも、現代に生きる自分らしい試みに挑む。その一つに数えられるだろう、椿サロン銀座では時折「カフェでいけばな」という、これまでにないレッスンも行われている。<br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">「坐辺師友」の心で新ブランドを展開</span></strong></p> <p>2012年には札幌で新展開が待っている。これまで作ってきたインテリア家具や雑貨を含め、アトリエテンマ発のプロダクトブランドがデビューするという。<br /> 「身近にいいものを持てば、そのものたちが師となり友となって自分を成長させてくれることを、かの魯山人は『坐辺師友』（ざへんしゆう）と言いました」。<br /> <br /> そこには選べる豊かさがあり、ふと考えると「札幌というまちにもその豊かさがある」と言葉を重ねる長谷川さん。都会と自然がすぐそばにある環境や四季の変化、まちにあふれるさまざまなデザイン&hellip;札幌の皆が「選ぶ力」をつけていくために長谷川さん率いるアトリエテンマの存在はとてつもなく大きい。そう再認識した取材時間だった。<br /> <br /> &nbsp;</p> <blockquote> <p><span style="background-color: rgb(255, 102, 0);"><br /> </span><span style="font-size: 130%;"><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><strong>〈札幌創造仕掛人に聞きたい！　3つのクエスチョン〉</strong></span></span><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><br /> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.「椿サロン」命名の由来は？</span><br /> A.僕の父は書道家でして、人からいただいた檜（ひのき）のまな板を刻額にしたくて、何か字を彫ってほしいと父に電話をかけたときのことです。「何て彫る？」と聞かれて「&hellip;椿サロン」自然と口から出ていた。そのあとで生まれた子どもの名前も「椿」にしたので、周囲からは「わが子の名前を店につけて&hellip;」と思われていますが、真相は逆（笑）。ふっと出たネーミングでした。<br /> <center> <img width="350" alt="hasegawa06.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hasegawa06.jpg" class="mt-image-none" style="" /><br /> <span style="font-size: 80%;">こちらが命名の発端となった「椿サロン」の刻額</span></center><br /> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.目標の1000店舗もそろそろゴール圏内です。豊富なアイデアはどこから？</span><br /> A.実は「浮かぶ」。物件を見に行くとその場で浮かぶんです。もちろんそれだけの引き出しを蓄えてきた経験もありますが、やってみたいアイデアがつねに頭の中にあるから。たまに、あそこでマスターがコーヒーをいれてこっちは厨房が&hellip;と「見える」こともあります。<br /> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.心に残る一言は？</span><br /> A.数年前に尊敬するデザイナーの原研哉さんが当社にお見えになって、二人で話す機会があったんです。そのとき「なんて自分は何も知らないんだろう」と気づかされた。「何がやりたいの？」「何のためにやってるの？」原さんの問いかけに当時は何も答えられなくて。そこから考え始めるようになって見えてきたのが「札幌をデザインで変える」という自分のビジョン。本当に深い問いかけをいただきました。</span></p> </blockquote> <p><br /> <br /> &nbsp;</p> <p>●株式会社アトリエテンマ　　<a href="http://www.atelier-temma.com/">http://www.atelier-temma.com/</a><br /> 所在地：札幌市中央区北7条西19丁目momijiビル<br /> TEL：011-222-8888<br /> 創立：1990年8月<br /> 資本金：1000万円<br /> 代表取締役：長谷川 演<br /> 従業員数：10名<br /> 事業内容：<br /> ◎インテリアデザイン・設計<br /> ◎家・マンションリノベーション事業<br /> ◎家具・プロダクトに関する企画・デザイン・設計<br /> ◎展覧会、舞台、ショー会場に関する企画・デザイン・設計<br /> ◎グラフィック・Webデザイン企画・制作<br /> ◎飲食店、カフェの企画・運営<br /> &nbsp;</p> <p><br /> 取材・文 佐藤優子<a href="http://mimibana.exblog.jp/">（耳にバナナが）</a><br /> 撮影 <a href="http://harebare.co.jp/">ハレバレシャシン</a></p>]]></description>
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            <pubDate>Mon, 28 Nov 2011 11:13:57 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>「モリエール」オーナーシェフ　　中道博さん</title>
            <description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 130%;">農林水産省「料理マスターズ」に認定<br /> 北海道の食をさらに高みへ</span></strong><br /> <br /> <br /> 2008年の北海道洞爺湖サミットで料理を提供し、<br /> 2011年、農林水産省の顕彰制度「料理マスターズ」に認定。<br /> 札幌から全国に名を轟かせるフレンチレストラン<br /> 「モリエール」のオーナーシェフ中道博さん（60）に語っていただきました。<br /> 中道流「地産地消」考、料理人の大いなる敵の正体、<br /> 還暦を迎え、あの名作にインスパイアされた今後の夢とは&mdash;。</p> <span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/nakamichi_top.jpg" alt="nakamichi_top.jpg" /></span> <p>&nbsp;</p> <p><br /> <strong><span style="font-size: 130%;">北海道を代表する食の仕掛け人が登場</span></strong></p> <p>「ICCは食を重要なクリエイティブ産業だと考えています」。ICCチーフコーディネーターの久保俊哉が今回の取材依頼状にこう書き記したとおり、北海道には「食」という巨大なクリエイティブ産業が存在する。<br /> 若手農業従事者による「六次産業化」が盛んに行われ、店頭にはプロのデザイナーが手がけた洗練された食品パッケージが並んでいる。外食の席でも「○○町の○○さんのジャガイモを使った&hellip;」というような生産者名入りのメニューがあたりまえの時代になった。<br /> <br /> 気がつけば、食に関わる誰もが「地産地消」というキャッチフレーズに魅せられ、「地元のものを食べて北海道の食を支える」ことに大きな意義を見出している&mdash;&mdash;。<br /> この風潮を冷静に見つめる人物がいる。久保が冒頭の取材依頼状を送った相手、フレンチレストラン<a href="http://www.sapporo-moliere.com/">「モリエール」</a>のオーナーシェフ中道博さんである。<br /> <br /> 今回の主人公は「食の仕掛人」。23歳のときにフランスへ渡り、31歳で世界料理コンクールの金賞を受賞。この秋には北海道の食の活性化に貢献してきた功績が認められ、農林水産省から<a href="http://www.maff.go.jp/j/soushoku/gaisyoku/kensyou/index.html">「料理マスターズ」</a>に認定された名シェフにご登場を願った。<br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">「地産地消」＝「おいしい」は本当か？</span></strong></p> <p>中道流「地産地消」考をうかがう前に、ご本人の経歴を足早に見てみよう。<br /> 中道博さんは北海道登別生まれ。23歳のときにフランスへ渡り、3年間の修行の後、帰国。札幌グランドホテルでさらに経験を積み、1982年オーストリアで開催された世界料理コンクールに日本代表として出場し、見事金賞、特別賞を受賞した。<br /> その2年後にホテルを退社し、円山でフレンチレストラン「モリエール」を開店してからも真狩村のテロワールを表現するオーベルジュ<a href="http://www.maccarina.co.jp/">「マッカリーナ」</a>や、JAびえいとタイアップしたアンテナショップ<a href="http://bieisenka.jp/">「美瑛選果」</a>など、数々の名店をプロデュースしてきた。<br /> 2008年には北海道洞爺湖サミットで料理を提供し（「マッカリーナ」は参加首脳陣の配偶者プログラムの会場に選ばれた）、2011年10月には農林水産省より「料理マスターズ」に認定されたばかり。名実ともに北海道を代表する料理人の一人なのだ。<br /> <br /> その中道さんをして、近年の過度な「地産地消」人気は本質的な問いかけが欠けているのではないかという危惧を抱かしめるものだという。<br /> 「もちろん、地元のものを買い支えて地域の経済をまわすことは素晴らしい営みだと私も賛同します」。そう一言前置きをしてから中道さんはさらに言葉を重ねた。<br /> 「&ldquo;フランス料理界の巨星&rdquo;とたたえられたアラン・シャペルも地元の食材をこよなく愛していました。けれども、シャペルの弟子たちはマルシェから帰ってきたシャペルの表情を見て、&ldquo;客に出してはいけない&rdquo;レベルの食材を敏感に選り分けたそうです」<br /> <br /> 「地産地消」であることがそのまま「最高のおいしさ」につながるのか。さらに高品質なものを目指す志を、生産者や料理人は見失っていないか。さまざまなメディアの取材を受けるたびに「地産地消はごくあたりまえのこと」と繰り返す中道さんの真意が、尊敬してやまない伝説的なシェフの逸話とともに浮かび上がってきた。</p> <p><img height="373" width="560" alt="_MG_0082.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/_MG_0082.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">円山にあるモリエールをアラン・シャペル氏の著作が見守る。その昔、料理コンクールの審査委員長として来道したシャペル氏はモリエールで食事をし、翌日の審査総評の際に「フランス料理をやりたいのならあの店へ」と言い残して帰っていったという。</span><br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">若き日の決意、敵は「ほめられること」</span></strong></p> <p>23歳から3年間フランスの名店で修行し、帰国直前の思い出づくりにベルギーを訪れたときのことだ。職人集団の「ギルド」発祥の地で知られるベルギーには首都ブリュッセルの中心地に大広場があり、その四方を家具職人や大工、パン屋など職人たちのギルドハウスが取り囲む。<br /> 中世から続く伝統と威厳をまとう建物に圧倒された中道さんはこのとき、職人たるもの、つねに高みを目指し人に恥じない仕事をしていかなければ、と心に誓う。<br /> <br /> その若き日の決意をもっともダメにしてしまうのが「褒（ほ）められること」だという持論は、還暦を迎えた今も変わらない。<br /> 「褒めてくださるのはありがたいことですが、そこでいい気分になるなんてとんでもない。むしろ、僕らの仕事はもっとすごいところまで行けるんだ、と。このレベルで褒めそやされては自分がダメになる、という意識をつねに持ち続けています」<br /> <br /> 高校生のとき、テレビで見た法隆寺最後の宮大工棟梁、西岡常一さんの生き様に心を揺さぶられた。「法隆寺には西岡という鬼がいる」と言われるほど妥協を許さない仕事ぶりで知られた西岡氏は、弟子を決して褒めない師でもあった。西岡氏の語りを綴った「木のいのち木のこころ＜天＞」（新潮社）に、こんな一説がある。<br />&nbsp;</p> <p><strong><span style="font-family: MS Mincho;">　　&hellip;人間というやつは、褒められると、こんどは褒められたくて仕事をするようになります。&hellip;（中略）ところがそういうふうにして造られた建物にはろくなものがないんです。&hellip;職人は思い上がったら終わりです。</span></strong></p> <p style="text-align: right;"><span style="font-size: 80%;"><span style="font-family: MS Mincho;"><strong>&mdash;&mdash;「褒めること」より抜粋</strong></span></span></p> <p><br />名前を知られるようになればなるほど、「ほめ殺し」にあう場面は多くなる。そこで成長を止めるかいなかは本人次第だ。「西岡さんの言葉どおり思い上がらず、ひたすら真摯に」。中道さんが生涯をかけて究めんとする理想の料理人像がここにある。<br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">料理人は食べものの上に立っている</span></strong></p> <p>中道さんの真摯な仕事ぶりは、サミットという究極の晴れ舞台でもいかんなく発揮された。2006年から<a href="http://www.windsor-hotels.co.jp/">「ザ・ウィンザーホテル洞爺」</a>の顧問を務める中道さんは、同ホテルを会場とする2008年北海道洞爺湖サミットでも協力を要請された。このとき経費節約を理由に表に出ないプレスや関係者用の食事を簡易なものですませようとする動きに、中道さんは頑として反対した。<br /> <br /> 「プレスに出すサンドイッチひとつとっても&ldquo;さすが北海道は違う&rdquo;というものを出すのが、料理人の仕事です。おいしかったと喜んでもらい、いい記事を書いてもらって北海道に来る観光客が一人でも増えたら嬉しいじゃないですか。自分が受けた以上は一人でも多くの人に喜んでいただいて、北海道の役に立ちたい。その一念あるのみです」。<br /> そう周囲を説得し、最終的には関係者向け料理にも道産食材がふんだんに使われたメニューが提供された。＜食の宝庫＞北海道の評価を落とすことなくサミットは閉幕した。<br /> <br /> そこまで主張を通せるのはやはり中道さんの実力あってのことだろうか。思いきってそう尋ねると、中道さんは「いえいえ」と笑い、「それは僕らが&ldquo;食べものや&rdquo;だからですよ」と言葉を継いだ。<br /> 「人は食べものがないと生きていけないでしょう。おにぎりひとつで人を感動させることもできる。その食べものの上に料理人は立っている。料理人ははじめから恵まれた環境に立っているんです。僕が先ほどから&ldquo;ほめ殺しに気をつけろ&rdquo;という理由はここにあるんです」<br /> <br /> 実はこうした仕事観、人生観を中道さんがもっとも聞かせたい人物が、この日の取材中つねにかたわらに控えていたモリエールの今智行シェフ（45）である。二十歳でモリエールに入った今さんは、店に勤める同世代シェフの中でもリーダー的な存在。次代の後継者として熱い期待が寄せられている。厨房の内外で自分の姿を教科書がわりとする中道さんの教えに、今さんはどう応えていくのか。それはこれから先に始まる物語だ。<br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">大自然の中で名作さながらの晩餐会を</span></strong></p> <p>およそ2時間の取材を振り返ると、中道さんのお話は実に多彩で、厨房であらゆる作業を同時進行させる料理長ならではの思考スピードに感嘆させられるばかりだった。が、すべての話の核となる「食に関わるすべての方に質の高い体験を提供したい」というメッセージにはいっさいのブレがない。<br /> <br /> 今、中道さんにはこんな夢がある。<br /> 「映画『バベットの晩餐会』をご存知ですか？ 料理人バベットが宝くじにあたって村のお年よりたちを晩餐会に招待する物語。僕はこの映画を見た瞬間、これだと思いました」<br /> <br /> 現実の世界ではこんなこともあった。ある女性の長寿を祝う席でスタッフのみならず、その場に居合わせた他のテーブルの全員がスタンディングで拍手を送る一体感を味わった。翌日、その女性から「冥土のみやげになりました」という感謝の手紙が寄せられた。<br /> <br /> 黒子に徹したバベットの美学と、人を幸福にする会食のありようにこれからの自分の道を見出した中道さんは、「遠くない将来、北海道の大自然の中で高齢者のためのプライベートレストランを作ること」を新たな目標にすえている。</p> <blockquote><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="font-size: 130%;"><strong><br /> <br /> 〈さっぽろ創造仕掛け人に聞きたい！　2つのクエスチョン〉</strong></span></span><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.影響を受けた人物を教えてください。</span><br /> A.</span>先ほどもお話したフランスのアラン・シャペル氏ともうお一方、京都の鷹峯にある光悦寺・表千家の山下惠光宗匠です。山下宗匠との会話の中で仕事の質やもてなしの深さを気づかされています。<br /> <span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.傾倒する料理人を一人だけ挙げていただけますか？</span><br /> </span>A.志摩観光ホテルの総支配人兼総料理長を2001 年に退かれた高橋忠之シェフです。高橋シェフが提唱する料理哲学「火を通して新鮮、形を変えて自然」は、まさに至言。一度札幌にお招きして座談会をしたこともありますが、またぜひお話をうかがいたい。この方が僕にとっての最高峰のシェフだと思っています。<br /> <br /> </blockquote><blockquote><br /> <br /> </blockquote> <p><table>     <tbody>         <tr>             <td valign="top"><img alt="_MG_0016.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/_MG_0016.jpg" class="mt-image-none" style="width: 170px; height: 256px;" /></td>             <td width="10">&nbsp;</td>             <td valign="top"><span style="color: rgb(51, 51, 51);"><span style="font-size: 120%;">「レストラン モリエール」</span><br />             <br />             URL:&nbsp; </span><a href="http://www.sapporo-moliere.com/"><span style="color: rgb(51, 51, 51);">http://www.sapporo-moliere.com/</span></a><span style="color: rgb(51, 51, 51);"><br />             <br />             <br />             住所: 札幌市中央区宮ヶ丘2丁目1-1 ラファイエット宮ヶ丘1F<br />             Tel：011-631-3155<br />             <br />             <br />             営業時間：11：30～14：00、17：30～20：00<br />             定休日：水曜日</span></td>         </tr>     </tbody> </table></p> <p>&nbsp;</p> <p><br /> <br /> 取材・文　佐藤優子（<a href="http://mimibana.exblog.jp/">耳にバナナが</a>）<br /> 撮影 <a href="http://harebare.co.jp/">ハレバレシャシン</a>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p>]]></description>
            <link>http://www.icc-jp.com/features/2011/10/001916.php</link>
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            <pubDate>Mon, 31 Oct 2011 15:43:08 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ディレクター　　藤村忠寿さん</title>
            <description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 130%;">不動の人気番組「水曜どうでしょう」で15年<br /> 仲良しグループではなく、使えるチームを作る</span></strong></p> <p>自称&ldquo;北海道のスター&rdquo;大泉洋を全国区の人気者に押し上げた<br /> HTBの看板バラエティ番組「水曜どうでしょう」のディレクターを務めて15年。<br /> タレント2人とディレクター2人が作る小さな深夜番組は<br /> 2002年にレギュラー放送を終えた今もなお、<br /> DVDや新作が発表されるたびに国内外で話題を集める不動のコンテンツに成長した。&nbsp;</p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img width="560" alt="hujimura_top.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hujimura_top.jpg" /></span><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p> <p><strong><span style="font-size: 130%;"><br /> <br /> おさらいしましょう、「水曜どうでしょう」</span></strong></p> <p>HTBの人気バラエティ番組<a href="http://www.htb.co.jp/suidou/">「水曜どうでしょう」</a>の初放送は1996年10月9日。前身にあたる「モザイクな夜V3」の枠を引継ぐ形で、深夜24時50分から始まった。ディレクターの藤村忠寿さんはこのとき31歳。その1年前に東京支社の編成業務部内勤から札幌本社の制作部に異動となり、右も左もわからないまま「モザイクな夜」の現場に途中参加し、体が温まり始めたころに番組が終了。<br /> 次は自身がチーフディレクターの立場で新番組作りを会社から命じられ、同じく「モザイク」組だったディレクター嬉野雅道さんとともに動き出した企画が、「水曜どうでしょう」となる。出演者は「モザイク」の企画・出演も務めた鈴井貴之さんと、鈴井氏が立ち上げたタレント事務所に所属していた大泉洋さん（当時はまだ北海学園大学に在学中だった）。<br /> <br /> このタレント2人とディレクター2人の小さなローカル番組はその後、日本全国から熱烈な支持を集めるだけでなく、作り手であるテレビ業界にも多大な影響をもたらした。ひたすら道中を映し続けるという前例のない旅企画や、裏方のディレクターが声で登場人物の一人と化す対話スタイル、出たとこ勝負と演出のはざまをつく絶妙なハプニングの数々が、私たちに見たこともない面白さを教えてくれた。今、同じ手法をなぞった他の番組を見るたびに、「水どう」がどれだけ型破りな存在だったかを考えずにはいられない。<br /> <br /> では、一体どうしてあんな番組が出来たのか？ 「それはですねぇ、会社が僕たちにまったく注目していなかったからでしょうねぇ」。そう、番組でもおなじみの野太い低音でひょうひょうと答えてくれた藤村さん。面白い番組作りの核心に近づこうと、その生い立ちから伺った。<br /> <br /> <strong><span style="font-size: 100%;">「水曜どうでしょう」　</span></strong><a href="http://www.htb.co.jp/suidou/"><strong><span style="font-size: 100%;">http://www.htb.co.jp/suidou/</span></strong></a><br /> <br /> <br /> <br /> <span style="font-size: 130%;"><strong>抜け道を探してトライを決めるフッカー時代</strong></span></p> <p>名古屋市に生まれ、小学校のときは「典型的な仕切り屋タイプ」。クラスの先頭を切って騒いでいるかと思えば、一人で花や動物の絵を描く時間も大切にする子どもだった。中学で目新しさからラグビーを始め、名古屋市立向陽高校でもラグビー部に所属。ポジションは「フッカー」といい、スクラムの最前線からボールを蹴り出す重要な役目を任された。が、このときから既に＜人とは違う方向＞を見る片鱗はあったようだ。<br /> <br /> 「普通スクラムは後ろから崩れていくんで、前にいるフッカーは一番最後に崩れて、皆を追いかける目立たない役回り。僕の場合、なんとかおいしいところをさらいたいので、スクラムでは力を抜いて走るほうに力を入れて得点を取っていった。皆が考えないような抜け道ばかり走ってたんで、味方からも&ldquo;なんでおまえ、そこにいるのよ&rdquo;という顔をされました。正面突破？しません。当たると痛いから（笑）」<br /> <br /> 大柄な男たちがぶつかりあう肉弾戦の中で、自分の居場所と役割をするりと見つけていく小柄な藤村選手は、相手チームにとって相当煙たい存在だったに違いない。ラグビーから始まった場と役割についての考察は、その後の社会人になっても続いていく。</p> <p><img width="560" height="372" alt="_DSC0189.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/_DSC0189.jpg" /></p><p><span style="font-size: 90%;">局内のどうでしょう編集室にて。にぎやかなロケ現場から一転して一人きりの作業が続くが、「僕は子どものころから、この両方がないとダメなんです」。</span><br /> <br /> <br /> <br /> <span style="font-size: 130%;"><strong>視聴率20％に肉薄、DVD化が大ヒット</strong></span></p> <p>高校卒業後は北海道に憧れて北海道大学の法学部に入り、高校の先輩が待ち受けていたラグビー部では主将になった。先輩に紹介されたHTBの報道部でアルバイトを始め、90年に報道記者志望で同局に新卒入社。ところが入社早々の配属で藤村さんは東京支社の編成業務部へ。番組の視聴率とCM料金を毎日照会するCM営業の内勤仕事。5年後には札幌本社の制作部に異動し「水曜どうでしょう」を立ち上げることになるが、この東京で数字を見続けた日々が視聴率のとれる番組作りを目指す布石になった。<br /> <br /> 「水曜どうでしょう」のオンエア当初は深夜1時近くの時間帯で4%という「それなりの合格点」だった。次に目指す数字はテレビマンなら一度は達成したい10％。藤村さんは動いた。<br /> 「当時、HTBのキー局にあたるテレビ朝日では久米（宏）さんの『ニュースステーション』が平均13〜15％だったんです。じゃあ、その後の11：15から番組を始めたら数字がとれると誰が考えてもわかるじゃないですか（笑）。会社に頼んで98年の4月から時間帯を早めてもらったその1、2カ月後には、北海道で初めて10％をとれる自社制作の深夜番組になってました」。</p> <p><img width="560" height="372" alt="_DSC0115.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/_DSC0115.jpg" /></p><p><span style="font-size: 90%;">写真左から番組を裏で支えるディレクター陣の対話集「腹を割って話した」（イースト・プレス）と藤村さんの仕事観、人生観が綴られた「けもの道」（メディアファクトリー）。</span><br /> <br /> その後も高視聴率の快進撃は続き、番組3年目の秋には驚異の18.9％を記録。「怪物番組」と言われる20％に肉薄した。だが、一度だけ19時台のゴールデンタイムに放送する賭けに打って出たときも夢の20％には届かず、この時点で藤村さんは「数字への執着を切り捨てた」と振り返る。<br /> <br /> 次に取り組んだことは、過去の番組を再編集するDVD全集化。「自分たちが日本一面白いことをやってきたという自負はあるので、オンエアでは使わなかったシーンを含めてもう一度作り直してみたいと思ったんです」。そうして出来たDVD第一弾「原付ベトナム縦断1800キロ」の売上げはこれまた驚きの3万枚に達し、一つの番組で得られる広告収入を遥かにしのぐ自社コンテンツを「水曜どうでしょう」は手に入れた。<br /> <br /> 「あのとき僕がいつまでも20％にこだわって番組の内容を変えていたら、こうはいかなかったかもしれません。もちろん今も20％がとれる番組はすごいと思う。すごいけれども自分たちは真正面からいってもダメだったんで、横道に進んだ。こう言えるまでに15年の歳月がかかっていることも事実です」<br /> <br /> <img width="560" alt="suido.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/suido.jpg" /> <br /> <span style="font-size: 90%;">&copy; HTB 2011</span><br /> <br /> <br /> <br /> <span style="font-size: 130%;"><strong>利害関係でつながったチームは強い</strong></span></p> <p>「水曜どうでしょう」人気の秘密は、大泉・鈴井のタレントコンビと藤村さん、嬉野さんの4人が築き上げたあの&ldquo;場の空気&rdquo;にあることは、誰もが認めるところだろう。「僕らの企画会議は、次どこに行きたい？という目的地を決める程度。それが南極に決まったら南極に行くしかないんです。そこにペンギンをつかまえるとかの演出はなし」。企画そのものよりも&ldquo;誰がどこでどうする&rdquo;場と役割が番組の質を決めると、藤村さんは言う。<br /> <br /> 08年にはHTBスペシャルドラマ「歓喜の歌」、09年には<a href="http://www.htb.co.jp/mieruhi/">「ミエルヒ」</a>のドラマ演出を手がけた。なじみの4人体制とは人数も顔ぶれも違う現場だが、やはりこのときも一番こだわったのはチーム作りだった。「役者さんが入ってきたときに&ldquo;いい現場だな&rdquo;と思ってもらえたら、きっと彼らは本気の演技をしてくれますよ。&ldquo;もう一度お願いします&rdquo;と言っても誰も舌打ちしないような雰囲気を作っておけば、細かい演出はいらないんです」。</p> <p><img width="560" alt="mieruhi.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/mieruhi.jpg" /> <br /> <span style="font-size: 90%;">藤村さんが演出したドラマ「ミエルヒ」は、平成22年度文化庁芸術祭賞優秀賞（テレビ部門ドラマの部）や第36回放送文化基金賞番組部門テレビドラマ番組賞、第47回 ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、ABU賞2010テレビドラマ部門審査員奨励賞ほか、多数の賞を受賞した。&copy; HTB</span><br /> <br /> だが、そんな現場を作れるのは仲良しグループかと問われれば、藤村さんは首を横に振る。「あのですね、人はすぐに&ldquo;みんなでがっちり固まっていこう&rdquo;と考えるけれども、いいんです、利害関係でつながっても。各自ができることをやる。自分ができないことはアイツに回そうとかね（笑）。好き嫌いじゃなくて利害関係でつながったチームは強いですよ。たとえ違う意見でも提案してくる人はすごくいい。僕が思っても見なかったところから広げてくれるから。ただ、逃げてしまう人はダメだなぁ、と。全力を尽くさずに&ldquo;なあなあ&rdquo;で済ませようとする人からは黙って笑顔で遠ざかります」。<br /> &nbsp;</p> <p><img width="560" height="372" alt="_DSC0131.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/_DSC0131.jpg" /></p><p><span style="font-size: 90%;">「同じ社内でいうと自分と違う目線を持つ嬉野さんの存在は大きいですよ。番組の編集をしていても&ldquo;お笑いが好きじゃないおっさん&rdquo;のあの人が笑うと、これはイケると思う」</span><br /> <br /> <br /> <br /> <span style="font-size: 130%;"><strong>震災以降、時の経過とともに見えてくるもの</strong></span></p> <p>2010年は経済産業省による若手クリエイター育成事業<a href="http://www.cofestapao.jp/">「コ・フェスタPAO」</a>に参加し、藤村さんは北海道の3名を選出した。2011年10月5日から始まる<a href="http://sapporoshortfest.jp/">札幌国際短編映画祭</a>のスペシャル・プログラムで、彼らが撮り下ろしたオリジナルのショートフィルムが上映される。<br /> <br /> 3.11以降、ものづくりの現場が難しくなっていませんか？と尋ねると、「時間の問題だと思います」と即答。続けて「現場にすぐ飛んで行って何かの役に立ちたい人もいれば、僕みたいにもうちょっと時間を置いてから俯瞰で何が足りないのかを考えたいやつもいる。今みたいな空気がずっと続くとは思えないし、一年くらいたったころにあの出来事で僕らは何を考えたのかを話す時期がくると思う。僕自身も次のドラマをやるときはあの出来事があった後の話になるので、自分なりの考えを深めたものを作りたいです」と語った。</p> <blockquote><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="font-size: 130%;"><strong><br /> <br /> 〈さっぽろ創造仕掛け人に聞きたい！　3つのクエスチョン〉</strong></span></span><br /> <span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.</span></span><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="color: rgb(255, 0, 102);">運命を変えた出会いは？</span><br /> A.</span>うーん、運命は変えられないと思っているんで&hellip;嬉野さんとの出会いを含め、多分人生の出会いすべてがそういう出会いを求めてたってことじゃないですかね<br /> <span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.心に残る一言は？</span><br /> A. </span>しょっちゅうです。久保さんに「ショートフィルムは日本に向いてるんですよ。あれは俳句だから」と言われたときも「このオヤジ、うまいこと言うな」と（笑）。「水曜どうでしょう」から生まれた名言「トラじゃんよー」とか「シカでした」は、人間の極限状態から生まれたもの（笑）。そこまでいく状況を丹念に見せてるんで、なおさら効くわけです。<br /> <span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.札幌のまちの魅力は？</span><br /> A. </span>世界一と言ってもいいような恵まれた住環境と、まちが非常にコンパクトであること。札幌駅から大通の間にまちの機能が集中しているなんて実に便利ですよ。じゃあ、こんな素晴らしい札幌に住みながら自分は何をするかというと、北海道ではない場所との仕事をする。道内の市場にこだわり続けていては実現しづらい仕事を東京や海外とやっていく。ネットワーク環境の発達はすでにそれを許す時代に入っています。<br /> 「水曜どうでしょう」を始めるときも、当時ロケといえばススキノや狸小路が定番。そんな地元に固執しすぎる番組作りから逸脱したい思いがありましたから。番組が始まって2カ月後には僕、オーストラリアに行く海外出張の申請を会社に出してました。報道部だってそう簡単に行けない時代にススキノロケの延長みたいにすーっと申請して、すーっと行くんです（笑）。やっぱり会社がノーマークだったからできたんですねぇ。</blockquote> <p><br /> <br /> <br /> ●北海道テレビ放送株式会社（HTB）　<a href="http://www.htb.co.jp/">http://www.htb.co.jp/</a><br /> 所在地：札幌市豊平区平岸4条13丁目10番17号<br /> TEL：011-821-4411<br /> 設立：1967年12月1日<br /> 資本金：7億5,000万円<br /> 代表取締役社長　樋泉実（といずみ みのる）<br /> 従業員数：170名<br /> 業務内容：デジタルデータ放送（固定データ、ワンセグデータ）<br /> &nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 　DVDソフト制作事業（水曜どうでしょうほか）<br /> &nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 　ライブラリービジネス（英BBC Motion Galleryでの映像配信）<br /> &nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 　インターネット（ホームページ、携帯サイト）<br /> &nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 　HTB on Line shop<br /> &nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 　番組販売（地上波、海外、BS、CS、インフライトほか）</p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p>取材・文 佐藤優子（<a href="http://mimibana.exblog.jp/">耳にバナナが</a>）<br /> 撮影 <a href="http://harebare.co.jp/">ハレバレシャシン</a></p>]]></description>
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            <pubDate>Wed, 28 Sep 2011 18:30:15 +0900</pubDate>
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            <title>イベントプロデューサー　　山岸正美さん</title>
            <description><![CDATA[<p><span style="font-size: 130%;"><strong>参加者の喜ぶ姿を原動力にイベントを発信<br /> 10月5日から札幌国際短編映画祭が開幕</strong></span></p> <p>デザインプロダクションを経営するかたわら、<br /> クリエイティブな魅力を放つイベントプロデュースに打ち込む山岸正美さん（61）。<br /> その原点となる札幌国際短編映画祭が10月5日から幕を開ける。<br /> 映画祭の他にも数多くのイベントプロデュースに関わり、<br /> 感性を磨くことでたどりつく&ldquo;気づき&rdquo;の重要性を説く。</p> <span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yamagishi_top.jpg" alt="yamagishi_top.jpg" /><br />     <br />     <div class="yamagishi" id="other_files">&nbsp;　</div></span> <p>&nbsp;</p> <p><strong><span style="font-size: 130%;">短さの中に感動凝縮のショートフィルム</span></strong></p> <p>世界のショートフィルムを集めた<a href="http://sapporoshortfest.jp/">札幌国際短編映画祭</a>。第6回の今年は札幌東宝プラザを会場に、78本のショートフィルムを一挙公開。グランプリ受賞作などのアワードを決める国際審査員に、音楽家の細野晴臣氏や『海炭市叙景』の熊切和嘉監督ほか海外からも映像の専門家を呼び寄せる。<br /> <br /> 今でこそ広告展開でよく見かけるショートフィルムだが、ひと昔前までは&ldquo;映画好きな大学生が作る自主映画&rdquo;というマイナーイメージ。一般人が目にする機会はほとんど皆無だった。<br /> そのショートフィムを、短さの中に深い感動と余韻をもたらすユニークな映像表現として北海道の私たちに再発見させてくれたのが、山岸正美さんが実行委員長を務める札幌国際短編映画祭だ。<br /> <br /> デザインプロダクションの代表である山岸さんにとっても、この映画祭は初の社外イベントプロデュースにあたる思い入れの深いもの。「今年もたくさんの方に楽しんでいただきたいですね」と語り、開催準備に奔走する。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/ssf2011_yamagishi.jpg" alt="ssf2011_yamagishi.jpg" /><br /> <span style="font-size: 80%;">Sapporo Short Fest 札幌国際短編映画祭 <a href="http://sapporoshortfest.jp/">http://sapporoshortfest.jp/</a><br /> </span><br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">札幌ツアーから地元発の国際映画祭へ</span></strong></p> <p>映画祭の前身は俳優の別所哲也さんが主催する<a href="http://www.shortshorts.org/">「ショートショートフィルムフェスティバル」</a>の札幌ツアー。1999年に東京で「ショートショート&hellip;」を見た現ICCチーフコーディネーターの久保俊哉が「札幌でもショートフィルムの魅力を広めたい！」と、旧知の山岸さんに声をかけたのが始まりだった。<br /> 以降は理解ある賛同者を募り、2000年に「ショートショートフィルムフェスティバルin北海道」を<a href="http://www.haj.co.jp/edit/">イベントスペースEDiT</a>で開催。有志による手弁当での運営が続いたが、札幌市の全面的な支援を受けた2006年からは名称も新たに「札幌国際短編映画祭」となり、現在に至る。<br /> <br /> 山岸さんをはじめ実行委員有志13人の顔ぶれは皆、本業に加えて映画祭の準備に追われる多忙な企業人ばかりである。スポンサー集めやゲストの招聘、告知準備など各自に割り振られた案件が次々と押し寄せ、開催日まで疲労困憊の毎日が続く。<br /> 「この少人数で国際映画祭を続けていくのはほとんど無謀の一言。我々も大変ですが、支えてくださる関係者のご苦労を思うと身が縮む思いです。けれどもどんなに大変な思いをしても&ldquo;のど元過ぎれば&rdquo;で、終わってしばらくするとまた来年のことを考える。イベント中毒と言われても仕方がありません」。<br /> <br /> そう笑う山岸さんを、映画祭以降もさまざまなイベントをともにする久保は「遊び心の人」という。<br /> 「フライフィッシングや自家菜園に凝ったりと、好奇心がつねに全開。山岸さんなら新しいことへの挑戦も一緒に楽しんでくれるのでいつも頼ってしまいます」と全幅の信頼を寄せている。<br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">物体を動かすエネルギー単位「エルグ」</span></strong></p> <p>平素の肩書きは、札幌を代表するデザインプロダクション、マーケティング・コミュニケーション・エルグ（通称エルグ）の代表取締役。だが映画祭に端を発した&ldquo;社外活動&rdquo;は、10月から始まる<a href="http://www.sapporodesignweek.com/">「札幌デザインウィーク2011」</a>の実行委員長や、〈理想の田舎を作る運動〉を提唱する<a href="http://www.act-takikawa.or.jp/">「NPO法人アートチャレンジ滝川」</a>の副理事長を務めるなど、年々広がり続けている。<br /> <br /> こうした広い活躍には、実は社名にもつながる深い思いが隠されていた。<br /> 「アートとデザインの違いを考えたときに、アートが問題を提起するのに対して、デザインは問題を解決することが使命。しかもその問題解決のためには自分個人の思いだけにしがみつくのではなく、他者や社会とのコミュニケーションが必要不可欠。コミュニケーションを基盤に物事を伝えていくことの重要性を信じて、今の社名を付けました」。<br /> エルグとは物体を一センチ動かすときに必要な仕事とエネルギーを表す単位だ。一人ではなく、誰かとつながるところにデザインの役割が存在する。この他者を思うまなざしが、社内外を問わず山岸さんの活動すべてに注がれている。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yamagishi02-2.jpg" alt="yamagishi02-1.jpg" /><span style="font-size: 80%;">今年は10/19から始まる札幌デザインウィーク。札幌駅前地下歩行空間や大通BISSEなどの各会場でさまざまなデザインイベントが開催される。<br /> <br /> </span> <img width="560" alt="yamagishi02-2.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yamagishi02-1.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">NPO法人アートチャレンジ滝川が行うイベントの一つ「紙袋ランターン・フェスティバル」。手作りのランターンが冬の滝川を照らす光景が全国ニュースでも放映された。</span><br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">先輩に恵まれ、デザイン・広告の基礎を習得</span></strong></p> <p>山岸さんは紋別市生まれ。親は鴻之舞金山で働き、山岸さんの高校進学と同時に一家で札幌へ移住した。高校は当時マンモス高だった札幌南高校から分かれる形で野幌に新設された札幌啓成高校の一期生。生徒たち手ずからグラウンドの整備や校舎の補強をするなど、ゼロから何かを作り上げていく作業を楽しむ性分はこの頃からかもしれない、と振り返る。<br /> <br /> 絵を描くのが好きで美術部に入り、卒業後は教師の勧めでデザインの道へ。上京して入った広告代理店で面倒見のいい先輩との出会いに恵まれ、「デザインや広告のいろは」をみっちり習得した。<br /> 4年後に東急エージェンシーに転職し、百貨店が流行の発信基地だった時代の広告業界で活躍。当時20代の若さも手伝い、感性という名の土壌に豊かな栄養分を蓄えた。そして28歳のときに東急エージェンシーの札幌支店に異動を希望し、帰郷。仲間と起業したデザイン事務所を経て、1988年にエルグを設立した。<br /> &nbsp;</p> <p><img width="560" alt="yamagishi03.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yamagishi03.jpg" class="mt-image-none" style="" /></p> <p><span style="font-size: 80%;">公私に渡り広い人脈を持つ山岸さん。コミュニケーションのコツを伺うと、「人の話を聞くこと。&ldquo;答え&rdquo;はいつも話す側が持っているのでそれを引き出すまで聞き続けます」</span></p> <p><br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">感性を磨き、気づきに満ちた豊かさを提唱</span></strong></p> <p>前述の映画祭やデザイン・アートイベントの他にも、<a href="http://www.sapporostyle.jp/">札幌スタイル</a>やファッションビル<a href="http://www.ikeuchi.co.jp/">IKEUCHI</a>3階のスポーツフロアにある「森の間カフェ」のプロデュースなど、&ldquo;エルグの山岸さん&rdquo;が手がけた仕事は実に幅広い。<br /> <br /> だがどれも洗練されたデザインの中に人肌の温もりを感じさせるのは、「物質だけに依存しない豊かな暮らしに気づいてほしい」という山岸さんの願いが込められているからだ。<br /> 「いろいろなものを見聞きし感性を磨いて、&ldquo;気づき&rdquo;を増やしていくこと。そこで得た価値観や概念が人生で大きな決断を迫られたときに必ず助けてくれます」。<br /> マイナーだったショートフィルムに新しい光を当てたように、札幌で魅力あふれる気づきのイベントを次々と手がける山岸さん。その原動力はただ一言、「皆が喜ぶ姿が見たいから」だと即答した。<br /> <br /> 10月は札幌国際短編映画祭に札幌デザインウイークと、プロデュースイベントが続々と開催される。<br /> 会期中足を運ぶ皆さんは、会場アンケートやスタッフに直接でもいいのでぜひ感想を伝えてほしい。あなたの喜ぶ一言が山岸さんの疲れた心身をほぐし、また新たに素敵なイベントを発信する活力になる。</p> <blockquote><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="font-size: 130%;"><strong><br /> <br /> 〈さっぽろ創造仕掛け人に聞きたい！　3つのクエスチョン〉</strong></span></span><br /> <span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.</span></span><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="color: rgb(255, 0, 102);">「</span></span><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="color: rgb(255, 0, 102);">エルグに入りたい！」と若者が押しかけ応募をしてきたときはどうしますか？</span><br /> A.</span>これまでもそうですが、「会いたい」と申し込んできてくれた人は一人の例外も無く全員にお会いしています。たとえ採用することができなくても、本人と話すことで見えてくる魅力やこれから身に付けていってほしい力を伝えて、次に進む一歩に役立ててほしいから。<br /> <span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.心に残る一言は？</span><br /> A. </span>二つあります。一つ目は東京で初めて入った広告代理店の先輩から。その方は東急エージェンシーへの転職にも力を貸してくれて、高卒を理由に断られそうに なったところを口添えしてくださったんです。そのときに「大卒の応募者には4年間のムダがあるが、山岸くんにはその大事なムダがない。その差はすごく大き いんだ」と指摘していただき、自分の負けん気に火を付けてもらいました。もう一つは北海道アルバイト情報社の村井俊朗社長から「僕たちはいつまでもお互 いに&ldquo;ありがとう&rdquo;と言える関係でいよう」と。業者として出入りさせていただいていた時期にもらったこの一言は、深く心に響きました。私自身、誰に対して も同じ気持ちでいたいと思う大切な言葉です。<br /> <span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.今、気になるクリエイターはいますか？</span><br /> A. </span>高知県在住のグラフィックデザイナー梅原真さん。ご自分を「一次産業デザイナー」と称して、地域に根づいた活動をされています。例えば高知県の黒潮町が 「自分たちのまちには立派な美術館がない」と悩んでいたのを、目の前に立派な砂浜があるじゃないかと気づかせ、海岸でTシャツアート展を開いて話題を呼んだ。この気づきをもたらし、皆を喜ばせる視点と行動力こそが、クリエイティブの理想型。こちらもおおいに触発されます。 </blockquote> <p><br /> <br /> <br /> ●株式会社マーケティング・コミュニケーション・エルグ　<br /> 所在地：札幌市中央区南2条西6丁目 南2西6ビル 8F<br /> TEL：011-221-2522<br /> 設立：1988年4月<br /> 資本金：1,000万円<br /> 代表取締役：山岸正美<br /> 従業員数：7名<br /> 事業内容：販売促進企画立案、CI計画・実施、広告制作、編集、サイン計画、イベント企画<br /> &nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p>取材・文 佐藤優子（<a href="http://mimibana.exblog.jp/">耳にバナナが</a>）<br /> 撮影 <a href="http://harebare.co.jp/">ハレバレシャシン</a></p>]]></description>
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            <pubDate>Mon, 05 Sep 2011 08:21:43 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>映像プロデューサー　　深津修一さん</title>
            <description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 130%;">巨大ドームで映像空間を演出する革新者、<br /> 非劇場系の映画公開で新たな方程式に挑戦。</span></strong></p> <p>2011年札幌の夏を、深津修一さん（56）が手がけた2つの仕事が盛り上げている。<br /> 一つ目は「サッポロ・シティ・ジャズ」のメイン会場である<br /> 「ホワイトロック」こと映像投射式ドームで、<br /> もう一つは好評上映中の映画『エクレール・お菓子放浪記』。<br /> 映画は東日本大震災前の宮城県で撮影され、終盤には砂川も登場する。</p> <span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/fukatsu_top.jpg" alt="fukatsu_top.jpg" class="mt-image-none" style="" /><br />     <br />     <div id="other_files" class="fukatsu">&nbsp;　</div></span> <p><br /> &nbsp;　<br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">震災後、全国44都道府県で上映スタート</span></strong></p> <p>映像空間の演出や映画上映会を行う株式会社プリズムの代表取締役・深津修一さんがエグゼクティブ・プロデューサーを務めた映画<a href="http://www.eclair-okashi.com/">『エクレール・お菓子放浪記』</a>は、小説家西村滋の自伝的作品の映像化。<br /> 戦中戦後の激動期をたくましく生き抜く少年の物語で、「甘くて食べると心があたたかくなる」お菓子への憧れが、生きる希望と重なっていく。<br /> <br /> 監督は前作『ふみ子の海』で第24回山路ふみ子福祉賞を受賞した近藤明男。主人公のアキオ少年には舞台で活躍する吉井一肇（はじめ）が配役され、いしだあゆみ、林隆三らのベテラン勢が脇を固める。</p> <p><img width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/fukatsu01.jpg" style="" class="mt-image-none" alt="fukatsu01.jpg" /><span style="font-size: 80%;">映画『エクレール・お菓子放浪記』 </span><a href="http://www.eclair-okashi.com/"><span style="font-size: 80%;">http://www.eclair-okashi.com/</span></a><span style="font-size: 80%;"><br /> 札幌での上映は</span><a href="http://www.geodinos.jp/cinema/sa_info.php"><span style="font-size: 80%;">ディノスシネマズ札幌劇場</span></a><span style="font-size: 80%;">で8月19日まで。</span></p> <p><br /> 映画のメインロケ地は石巻市や登米市などの宮城県だった。宮城県仙台市に本社を置く映画会社<a href="http://www.cinema-tohoku.co.jp/">シネマとうほく</a>の鳥居明夫氏がゼネラル・プロデューサーに名乗りを上げ、2010年8月には同映画の製作と上映を支える宮城県民の会が発足。劇中にも570人近くのエキストラが出演した。<br /> そして待望の完成披露試写会が東京で開かれたのが、2011年3月10日のこと。その翌日、東北地方は大震災に襲われた。<br /> <br /> 「一番完成を楽しみにしてくれていた東北があんなことになってしまって&hellip;」と、落胆を隠せない深津さんだが、「全国からご声援をいただき、今ようやく44都道府県での上映が始まったところです。この札幌でも、一人でも多くの方にスクリーンに残る石巻の美しい風景を見てもらいたい」と来場を呼びかけている。<br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">非劇場系公開、マスコミとのタイアップ作戦</span></strong></p> <p>実はこの『お菓子放浪記』の興行には、幾つもの画期的な試みが行われていた。一つ目は従来の劇場上映に限らず、ホールなどの&ldquo;非劇場系&rdquo;公開を中心とすること。<br /> なぜなら、既存の映画配給システムでは売上の半分が劇場側に渡り、配給会社への手数料など間接経費を払っていくと製作者の手元に残る金額は「微々たるもの」だと深津さんは解説する。<br /> <br /> 「さらに負担となるのが広告宣伝費。業界では億単位が当たり前といわれる広告宣伝費を製作者側が負担するシステムが足かせになり、ローバジェットの作品は宣伝ができないから知られない、劇場に観客が来ない、次の映画が作れない&hellip;という悪循環に陥ってしまう。ですから、今後のためにも作り手が製作費を回収できるような別の方程式を作りたかった。それがこの非劇場系公開なんです」。</p> <p><img width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/fukatsu02.jpg" alt="fukatsu02.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">主演の吉井くんはミュージカル出身。本作でも澄んだ歌声を聞かせてくれる。</span></p> <p><br /> だが、どんなにいい映画でもやはり宣伝をしなければ我々のもとには届かない。<br /> そこで深津さんたちは第二の作戦に出た。地方の新聞社やマスコミ各社に、&ldquo;売上の中から広告予算を出す&rdquo;独自のタイアップ企画を提案したのである。「購読者の拡大を狙う新聞社は地域の人々とつながる機会を増やしたいし、我々は地元メディアの協力を得て草の根的なPRをしたい。メディアと製作者の両者が歩みよる新しい広告宣伝のあり方です」。<br /> 結果、公開が決まっている44都道府県の半数近くがこのタイアップ方式をとり、道内でも北海新聞社とSTVが提携した。<br /> <br /> こうした視点からも『お菓子放浪記』の上映が今の日本にもたらすものは、計りしれないほど大きい。収益の一部は義援金として寄付される。<br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">アメリカから持ち込んだ映像投射式ドーム</span></strong></p> <p>深津さんはこう語る。「映像による産業振興で今一番足りないものはどうやって観客に届けるか、アウトプットの視点です。せっかくのいい作品を&ldquo;作りっぱなし&rdquo;にしないためにも、誰かがアートとビジネスを融合させる、面倒なアウトプット役を引き受けなければ」。<br /> <br /> そのアウトプット役を自認する深津さんの近年を代表する仕事に、現在開催中の<a href="http://www.sapporocityjazz.jp/">「サッポロ・シティ・ジャズ」</a>で使われている「ホワイトロック」こと映像投射式ドームの導入がある。実はあの巨大ドームは深津さんの会社プリズムが所有する施設だったのだ！</p> <p><img width="560" height="326" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/fukatsu03.jpg" style="" class="mt-image-none" alt="fukatsu03.jpg" /><br /> <span style="font-size: 80%;">（左）「サッポロ・シティ・ジャズ」会期中、札幌大通公園2丁目に建つホワイトロック。</span><br /> <span style="font-size: 80%;">（右）400席のゆったりとした空間に飲食店ブースもある。</span><br /> <br /> <br /> 「あのアメリカ製のイベント用テントを自社で購入しようと思ったのは、どこにもないオリジナルな空間を自分たちで持ちたかったから。当社の専務がアメリカの友人から聞きつけ、現地の会社と連絡をとって交渉を始めようとしていたところに、2007年の年明けですか、前に一度テントのことを紹介していた<a href="http://www.icc-jp.com/features/2011/07/001869.php">サッポロ・シティ・ジャズの山内明光さん</a>が僕らが知らないうちにホワイトロックと命名までして記者発表してしまった（笑）。それならもうやるしかない、と一気に動き出したんです」。<br /> <br /> それは同時に「大変な日々」の始まりでもあった。まず第一に耐震や火災対策に厳しい日本の建築基準ではアメリカ製テントの品質が認められず、輸入自体に待ったがかけられた。思わぬ規格変更を迫られたところで、今度は「日本のルールが理解できない」とつれないアメリカ側の説得に時間が過ぎていく。<br /> <br /> 最後は設営する当日に全ての材料が到着、というまさにスリルの連続で迎えた2007年の夏、ついに深津さんたちは国内で初めて映像投射式ドームをイベントで使うという快挙を成し遂げた。<br /> これ以降は「個性的な映像空間を使ってみたい」という本州からの引き合いが続き、プリズムの大きな資産になっている。　</p> <p><img width="560" height="326" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/fukatsu04.jpg" alt="fukatsu04.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">（左）六本木ヒルズアリーナでアーティストによるインタラクティブ映像を創出。</span><span style="font-size: 80%;"><br /> （右）デジタル・ライティング・シンポジウム「京都の奇跡」で京都造形芸術大学と協賛出展（どちらも2008年）。</span></p> <p><br /> ドームがもたらす今後の可能性は「単に映像を楽しむだけでなくその他のエンターテインメントや北海道の食材を使った飲食店などとも融合していけば、北海道発のどこにもない空間ができあがる。1＋1が3になるような発展性を探りたい」。<br /> 親交のあるICCチーフコーディネーター久保俊哉は「深津さんはアーティストマインドをもったプロデューサー。あのドームで行われるイベント自体が深津さんのインスタレーション作品なのでは」と高く評価する。<br /> <br /> <strong><br /> <span style="font-size: 130%;">転機は大物アーティストのジャパンツアー</span></strong></p> <p>出身は愛知県安城市。獣医に憧れて北海道大学を目指すが、成績及ばす農学部の畜産学科に入学した。恵迪寮の仲間と劇団兼映画サークルを作ったのが映像活動の始まりだ。<br /> 「北18条に喫茶タマキっていう当時の文化人が集まる根城があったんです。そこで16mmフィルムの自主上映会を開いたりして、気がつけば大学を出ても同じことを仕事にしていた」。<br /> <br /> だが、レンタルフィルムをかついで全道どこにもで出張上映の日々も、じきにビデオの時代が到来。「このままでいいのか」、焦りを抱えたまま深津さんは40歳を迎える。<br /> &nbsp;</p> <p><img width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/fukastu05.jpg" style="" class="mt-image-none" alt="fukastu05.jpg" /><span style="font-size: 80%;">「昔、札幌の街中にあった大谷会舘でヴィスコンティ特集とかね、自分の好きな映画を集めては上映してました」</span><br /> <br /> <br /> そして運命の1995年がやってきた。「札幌のライブでフィルムの扱いがわかる人間を探している」。そう言われて機材一式を車に積みこみ、当時の月寒グリーンドームへ向かってみれば、ステージ上にいるのは来日したばかりのシンディ・ローパー。それも札幌から始まるジャパンツアー本番当日の出来事だった。<br /> <br /> ただ呆然とする深津さんはそこで初めて詳細を聞かされた。<br /> 「シンディの希望は自分の胸元に直接フィルム映像を映写すること。ところがオペレーションルームは遠いし、フィルム自体も未編集のまま。だから、これ、これ、と言われた場面をその場でつなげる編集作業から始めて、映写機も持参した機材じゃなく一度会社に戻って別機材を用意しました」。<br /> 1部用・2部用と2本のフィルムを完成させたあとは、ステージと観客席の間にもぐりこみ、斜め45度上向きに映写機を傾けて動くシンディの胸元に映し続けた。<br /> <br /> 終演後この仕事ぶりが「パーフェクトだ」と絶賛された深津さんは、急きょシンディサイドからスタッフ契約を申し込まれ、最終日まで夢のような時間を共有した。<br /> そしてこの経験から映像演出の面白さに目覚め、41歳でプリズムを起業。シンディ・ローパーから始まったキャリアが今にいたるという、映画さながらの人生を歩んできた。<br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">ロケ地の一つは砂川、次回作の舞台も北海道</span></strong></p> <p>映画製作の基準はいつも&ldquo;北海道のためになる作品&rdquo;を選ぶ。「生まれ育ってはいなくても、気持ちのうえで僕は道産子。北海道を盛り上げることなら率先してお役に立ちたい」。『お菓子放浪記』の終盤は地元菓子店が並ぶ「スイートロード」で知られる砂川で撮影された。<br /> 自身がゼネラル・プロデューサーとなる次回作も道北の小さなまちが舞台と決まっているが、今はまず、この大切な『お菓子放浪記』の公開を見守っている。<br /> &nbsp;</p> <p><img width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/fukatsu06.jpg" alt="fukatsu06.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">札幌の夏を飾るホワイトロックの前で。「サッポロ・シティ・ジャズ」は8月23日まで。</span><br /> <br /> 久保は深津さんをこう語る。「映像業界にいつも新風を起こす深津さんは&ldquo;北海道にいてくれて本当にありがとう&rdquo;と言いたくなる革新者。今年の札幌国際短編映画祭のゲストは深津さんを紹介したい顔ぶればかり。そこから生まれる新しいコラボに期待しています」</p> <blockquote><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="font-size: 130%;"><strong><br /> <br /> 〈さっぽろ創造仕掛け人に聞きたい！　3つのクエスチョン〉</strong></span></span><br /> <span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.深津さんを映像の世界に引き込んだ原点となる映画は？</span><br /> A.オーソン・ウェールズが監督・製作・脚本・主演をした『市民ケーン』。映画の力でここまで伝えられるのかと衝撃を受け、映画で生きていこうと決めた1本です。<br /> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.座右の銘は？</span><br /> A. 『Never Never Never Give Up！』 絶対あきらめずに思い続けていれば必ず実現できると信じています。<br /> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.プリズムを起こしてすぐ東京支社も開設。もしかしていずれ東京が本社になるのでは？</span><br /> A. 僕は北海道、特に札幌ラブなのでここから本社機能を離すつもりは毛頭ないんです。ビッグプロジェクトに参加したりすると他の会社は全部東京本社で、うちだけが札幌。周囲もかえってそれを面白がってくれるので、自分たちの大事な個性になっています。<br /> </span> </blockquote> <p><br /> <br /> <br /> ●株式会社プリズム　<a href="http://www.eizou.com/">http://www.eizou.com/</a><br /> 本社：札幌市中央区北1条東13丁目1-79　TEL011-252-3838<br /> 東京支社：東京都港区港南3丁目5-24　TEL03-5796-0791<br /> 旭川営業所：旭川市神楽5条6丁目3-8-108　TEL0166-60-1616<br /> 設立：1987年 2月10日<br /> 資本金：1,500万円<br /> 代表取締役：深津修一<br /> 従業員数：27名　※契約社員含む<br /> 事業内容：映像機器レンタル・映像機器販売・イベント運営・ソフトウエア開発</p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p>&nbsp;</p> <p>取材・文 佐藤優子<a href="http://mimibana.exblog.jp/">（耳にバナナが）</a><br /> 撮影 <a href="http://harebare.co.jp/">ハレバレシャシン</a></p>]]></description>
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            <pubDate>Mon, 08 Aug 2011 22:23:03 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>イベントプロデューサー　　山内明光さん</title>
            <description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 140%;">「サッポロ・シティ・ジャズ」の立役者<br /> 初心者の視点でアートイベントを企画・運営</span></strong></p> <p>この人がいなければ見られなかったステージは、どれも前例のなかったものが多い。<br /> つかこうへい「銀ちゃんが逝く」のロングラン公演（1991年）しかり、<br /> 札幌の夏をジャズ一色に塗り替える「サッポロ・シティ・ジャズ」（2007年〜）しかり。<br /> 話を聞きたくて、山内明光さん（48）の勤務先である札幌芸術の森を訪ねた。</p> <span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yamauchi03.jpg" alt="yamauchi03.jpg" /><br /><br /> <div class="yamauchi" id="other_files">&nbsp;　</div></span>  <p><br /> &nbsp;</p> <p><strong><br /> <span style="font-size: 130%;">「ホワイトロック」を引っさげ、2007年に始動</span></strong></p> <p>2007年7月、「北の芸術文化都市札幌から世界に発信する音楽イベントを創出すること」を目的に<a href="http://www.sapporocityjazz.jp/">「サッポロ・シティ・ジャズ」</a>（以下、シティ・ジャズ）は産声を上げた。実行委員会の名誉顧問には高橋はるみ北海道知事、上田文雄札幌市長の両者が名を連ね、官民あげての一大プロジェクトが動き出す。<br /> <br /> 「なぜ札幌でジャズフェスを？」&mdash;&mdash;そこに至るまでには札幌芸術の森野外ステージで1999年から8年間続いた「サッポロ・ジャズ・フォレスト」の足跡を見過ごすことはできない。ジャズ・フォレストの担当者だった札幌芸術の森事業課の山内明光さんは準備年の2006年度からシティ・ジャズのフェスティバルプロデューサーとして手腕を発揮し、今日までの成長を陰で支えた立役者だ。<br /> <br /> 実行委員会が掲げた目標は、世界最大規模のジャズフェスとしてギネスブックに登録されている「モントリオール・国際・ジャズ・フェスティバル」に一歩でも近づけること。スタッフ、市民、アーティストが一体となって街が盛り上がる光景を札幌に重ねた。その一方で国内にも名だたるジャズフェスがあるため、札幌独自の特徴を打ち出したい。こうした課題を満たすために山内さんが出した答えは、以前から親しいイベント制作会社に紹介された映像投射式ミュージックドームの導入だった。</p> <p><img width="560" height="326" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yamauchi01.jpg" alt="yamauchi01.jpg" /><span style="font-size: 80%;">「サッポロ・シティ・ジャズ」の会場ホワイトロック（札幌大通公園2丁目）は400席。音と映像が織りなすライブ空間に「ホワイトロックが好き」という声も多数寄せされる。<br /> <br /> </span></p> <p><img width="560" height="327" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yamauchi02.jpg" alt="yamauchi02.jpg" /><span style="font-size: 80%;">会場内のレストランやバーで飲食も楽しめる。シティ・ジャズ昨年の観客動員数は10万人に達した。</span><br /> <br /> <br /> 屋外テントの幕がそのままスクリーンとなり、音楽を聴きながら映像も楽しめる。国内初披露となるアメリカ製の音楽施設を山内さんは「ホワイトロック」と命名し、マスコミ各社に導入を発表。2007年から始まるシティ・ジャズの大きな話題として売り込んだ。それから早5年が経ち、札幌の街中に現れる巨大テントは今や夏の風物詩として定着した。<br /> <br /> 今年の開催は7月13日から8月23日までの42日間、ホワイトロックや芸術の森野外ステージ、<a href="http://www.crosshotel.com/sapporo/">クロスホテル札幌</a>などで総勢約350組のトップアーティスト、アマチュアが登場する。来場者アンケートによると毎年半数を初めての観客が占めるという。ジャズ通ならずとも楽しめる&ldquo;シティ・ジャズファン&rdquo;の輪が今年も大きく広がりそうだ。</p> <p><br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">アート初心者の自分だからできる発想を</span></strong></p> <p>山内さんにお話をうかがうと、意外なことにご本人はジャズとは縁遠い経歴の持ち主であることが見えてきた。札幌出身で高校時代は野球部に所属、北海学園大学の経済学部に進んでからはサーフィンにハマった。卒業後は「街中でスーツを着て働きたくない」というあまり大きな声では言えない動機で当時出来たばかりの札幌芸術の森に入り、今年で勤務25年目。ほぼすべてのキャリアを事業（イベント）の企画・運営に打ち込んできた。<br /> <br /> はなからアート方面志望ではなかったため芸術文化の知識はゼロスタート。「周りと違いすぎる」自分に焦りやとまどいを感じながらの勤務2年目、ある夕方のことだった。職員自らが草苅りや水まきをしていた野外美術館の美しい夕暮れに包まれ、突然「きれいだな」と思える自分に気がついた。<br /> 「広報の仕事をしていたので、こういう素直な気持ちを人に伝えるのもいいもんだな、と。一般に多くの方があの頃の私のようなアート初心者だと考えると、私自身が通ってきたプロセスを見直すことでイベント集客のヒントが拾えるかもしれない。自分はそこを信じてやっていけばいい。そう考えられるようになった瞬間でした」。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yamauchi_top.jpg" alt="yamauchi_top.jpg" /><span style="font-size: 80%;">二十歳から始めたサーフィンは今も週に二度ほど苫小牧の海に向かう。大学4年の時はほぼハワイに入り浸り。</span></p> <p><br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">開園10周年につか芝居を一カ月のロングラン</span></strong></p> <p>アート初心者の自分が楽しいと思えるイベントを札幌市民と共に分かち合う。それは同時に&ldquo;前例がない&rdquo;という大きなリスクを背負うこととも無縁ではなかった。<br /> 山内さんの長いキャリアの中で今も鮮明に記憶に残っているのは、97年の札幌芸術の森開園10周年記念公演「銀ちゃんが逝く」だ。「園内のアートホールで平日も含め約1カ月間。今ではとても考えられないロングランでした」。<br /> 脚本・演出は、昨年他界した鬼才つかこうへい。エンターテインメントが大劇場に集中していた時代に東京都北区、大分県大分市に劇団を作り、地方演劇の育成に努めていたつかの芝居を札幌でも見てみたい&mdash;&mdash;。そう願った山内さんはつか本人への依頼に始まり、スポンサー集めやキャスティング、そして&ldquo;激情の人&rdquo;であるつかの側近役をもこなす八面六臂の活躍で、前代未聞の大型事業を実現するまでの濃密な3年間を駆け抜けた。<br /> <br /> 終わってみると気になる結果は、400席の小屋で30日間30公演で観客動員数13,000人。周囲に幾度も実現を危ぶまれながら満員御礼に終わった「銀ちゃん&hellip;」の実績は山内さんの揺るがぬ自信となり、その後のシティ・ジャズの成功にもつながる布石となった。</p> <center><img width="450" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yamauchi04.jpg" alt="yamauchi04.jpg" /></center> <p><span style="font-size: 80%;">インタビュー中も窓の外では野外美術館の散策を楽しむ子どもたちの姿があった。緑美しい札幌芸術の森は訪れる海外アーティストたちも口々に絶賛すると言う。</span></p> <p>&nbsp;</p> <p><br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">寺久保エレナを輩出したジュニア・ジャズスクール</span></strong></p> <p>シティ・ジャズの前身である「サッポロ・ジャズ・フォレスト」は、玄人向けのイメージが強く定着が難しいと言われたジャズフェスへの挑戦から始まった。そしてそこにはもう一つ、山内さんが仕掛けた壮大な試みもあった。ジャズファンの裾野を広げようと「札幌・ジュニア・ジャズスクール」の開校を計画したのだ。<br /> ところがこれにも&ldquo;前例がない&rdquo;ゆえの逆風が吹いた。当初頼みとしていた札幌市内の各中学校の吹奏楽部に協力をあおいでも「子どもにジャズ？」と理解が得られない。そのつれなさに燃えた山内さんたちが今度は対象を小学校に変えたところ、初年度ながら40人近くもの生徒が集まった。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yamauchi05.jpg" alt="yamauchi05.jpg" /><span style="font-size: 80%;">「札幌・ジュニア・ジャズスクール」は一期一年制のフリースクール。オーディションで選ばれた札幌市内・近郊のメンバーで構成される。</span></p> <p>&nbsp;</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yamauchi06.jpg" alt="yamauchi06.jpg" /><span style="font-size: 80%;">ワークショップには国内外の一流プレーヤーが教師役で登場する。食い入るように見つめる子どもたちの真剣な姿が教師たちとの相乗効果を生んでいく。</span><br /> <br /> <br /> そこからは驚くほどの波及効果が現れた。全国でも類を見ない試みに東京のTV局が特番を組み、初めてのジャズに夢中になった子どもたちの中には不登校だった子が再び学校に通い始めたというTVドラマ顔負けのエピソードも飛び出した。<br /> 山内さんは言う。「ジャズという音楽が持つ可能性に子どもたちが共鳴したのかもしれません」。その後は中学生クラスも設置され、2004年に公開された映画「スウィングガールズ」のヒットも手伝い、道内でも一躍ジャズ人気が高まった。<br /> &nbsp;</p> <p><img width="560" alt="yamauchi07.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yamauchi07.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">遠征ライブも大事な活動の一つ。写真は北京公演。2008年には国際交流事業として中学生クラスが本場モントリオールの国際ジャズフェスにも出演した。</span><br /> <br /> <br /> 小学生クラスの三期生から参加していた札幌出身のアルトサックスプレーヤー<a href="http://ameblo.jp/erenasax/">寺久保エレナ</a>は「天才少女現る！」と国内外のトッププレーヤーをうならせ、2010年にメジャーデビューを果たした。「今年のシティ・ジャズにも出るエレナのライブチケットは申し訳ありませんが、すでにソールドアウトです。僕らが思っている以上の速さでジャズスクール事業は成長していきました」と山内さんも驚きを隠さない状況だ。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yamauchi08.jpg" alt="yamauchi08.jpg" /><span style="font-size: 80%;">初年度は中島公園で開催されたシティ・ジャズ。2年目からホワイトロックは現在の大通へ。街中の飲食店やチケットガイドではオフィシャルガイドが無料配布されている。</span></p> <p>&nbsp;</p> <p><br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">夏のジャズから秋のショートフィルムへ</span></strong></p> <p>ICCチーフコーディネーターの久保俊哉が事務局長を務める<a href="http://sapporoshortfest.jp/">札幌国際短編映画祭</a>も、2010年には上映会場を従来の映画館からホワイトロックに移して話題を呼んだ。シティ・ジャズからヒントを得た起用だった。<br /> 久保が「前々からどんな人物だろうと気になっていた」と語る山内さんとは仕掛人同士、共有する考えも多いのだろう。夏のシティジャズから秋のショートフィルムへ。ホワイトロックでつながったイベントリレーについても「同じ場所を使うとイメージがかぶりそうでイヤがる意見が出てもおかしくない。イベント関係者の距離が近く、自由な発想が許される札幌だからできたこと」と二人は口を揃える。<br /> &nbsp;</p> <p><img width="560" alt="yamauchi09.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yamauchi09.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">久保「スポンサー集めのコツは？」山内「どんなイベントも一度見てもらえば絶対良さがわかってもらえると信じて説得にあたりますが、最後は一にも二にも人間関係。自分を信じてもらうしかないです」</span><br /> <br /> <br /> 取材を終えた久保はこう振り返る。「山内さんが新卒で今の職に就いていたことに驚きました。この手のイベントを果敢に行う人物なのでさぞかし多彩な職歴をお持ちなのでは、と勝手に想像していたのです。しかし実際には一つの職場で心も体も鍛え抜いた山内さんだからこそ出来たことがたくさんあるのだと感銘を受けました。なによりも&ldquo;たくさんの人を喜ばせたい&rdquo;という信念に僕も共感します」。</p> <blockquote><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="font-size: 130%;"><strong><br /> <br /> 〈さっぽろ創造仕掛け人に聞きたい！　3つのクエスチョン〉</strong></span></span><br /> <span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.&ldquo;運命を変えた人との出会い&rdquo;はやはりつかこうへいさんでしょうか。</span><br /> A.仕事上最も影響を受けた人です。あの3年間はつかこうへい以外何も見えなかった。東京の北区と九州の大分市にも僕みたいなご同業がいて、関係者の間では「つかこうへいの3つのしもべ」と呼ばれていました。いろいろありましたが、人の心を操るのがものすごくうまい人だった。つかさんの思い出話を始めたら5時間経っても終わりませんよ。<br /> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.最近心を動かされた言葉を教えてください。</span><br /> A. テレビドラマ『JIN-仁-』に出てきた「神様は乗り越えられる試練しか与えない」。自分の仕事も、いつもこう思って頑張ってきたようなものですから。<br /> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.今後の夢、目標は？</span><br /> A. 「サッポロ・シティ・ジャズ」は今年5周年の一区切りがつきます。実はそろそろ自分は引き時だと考えていて、今の立場を次の世代に手渡したい。海外のフェスに見られるような、誰でも自由にアートを楽しめる空気感を札幌に定着させる。そのための選択肢をもっと広げて考えていきたいです。<br /> </span> </blockquote> <p><br /> <br /> <br /> ●サッポロ・シティ・ジャズ　<a href="http://www.sapporocityjazz.jp/">http://www.sapporocityjazz.jp/</a><br /> Twitter: <a href="http://twitter.com/#!/sapporocityjazz">@sapporocityjazz</a><br /> サッポロ・シティ・ジャズ実行委員会<br /> 札幌市南区芸術の森2丁目75 札幌芸術の森事業課内<br /> Tel. 011-592-4125<br /> mail:info@sapporocityjazz.jp<br /> <br /> <br /> 取材協力　<a href="http://www.artpark.or.jp/">札幌芸術の森</a><br /> 取材・文 ライター 佐藤優子（<a href="http://mimibana.exblog.jp/">耳にバナナが</a>）<br /> 撮影 <a href="http://harebare.co.jp/">ハレバレシャシン</a><br /> &nbsp;</p> <p>&nbsp;</p>]]></description>
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            <pubDate>Mon, 11 Jul 2011 19:30:25 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>タウン誌編集長　　平野たまみさん</title>
            <description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 140%;">人と人をつないで札幌の魅力を発信<br /> おやぢが主役の「オトン」が好評</span></strong></p> <p>札幌の魅力を活字メディアに載せて30年。<br /> 「街の魅力は、人にあり」が信条のタウン誌編集長は<br /> 今、月刊情報誌「O.tone」に尽きせぬ愛情を注いでいる。<br /> この人の存在自体も札幌の魅力の一つに数えたい、<br /> タウン誌編集長、平野たまみさん（53）にお話をうかがった。</p> <span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hirano_top.jpg" alt="hirano_top.jpg" /><br />     <br />     <div class="hirano" id="other_files">&nbsp;　</div></span> <p>&nbsp;</p> <p><strong><span style="font-size: 130%;"> 創刊5年目、女性読者もついてくる「オトン」</span></strong></p> <p>どのページをめくっても出てくるのは40歳を超えた「おやぢたち」。5月15日に出た最新号には「すし屋で一杯」を楽しむおやぢもいれば、愛車ハーレーダビッドソンを乗り回すおやぢたちも登場する。ヘビースモーカーのおやぢが禁煙外来を訪れる体験記も載っていた。<br /> <br /> それもそのはず。「オトン」のマガジンキャッチは「札幌のおやぢたちがナビゲーター」。このブレない編集方針に惚れ込み、「オトン」の読者はついてくる。</p> <p><img width="560" alt="hirano01.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hirano01.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">毎月15日発売、月刊5万部発行の「O.tone」。ツボをついたコピーとくらくらするほどおいしそうなカバーフォトが、あまたある雑誌の中から自己主張してくる。</span></p> <p><br /> 株式会社あるた出版の平野たまみさんと言えば、「すきタン」の愛称で知られた「すすきのタウン情報」（2008年休刊）編集長としてご記憶の方も多いかもしれない。読者はほぼ男性、北の繁華街すすきのの情報誌を作るトップが女性、という話題性で注目されたのも最初のうち。その情熱と行動力でたちまち一目置かれる存在になり、編集長在任期間は16年の長きに渡った。<br /> <br /> 2006年10月には念願の「大人に向けた雑誌」として「オトン」を創刊した。主役は平野さんが「大切なことは皆、彼らから教えられた」とする愛すべきおやぢたち。ところが読み応えのある内容に思いもかけず女性読者も獲得。2010年7月から電子書籍にもなり、勢いにのっている。　</p> <p>&nbsp;<br /> &nbsp;</p> <p><strong><span style="font-size: 130%;">「旅と味」に始まる編集者歴、27歳で独立</span></strong></p> <p>学生時代は深夜ラジオに夢中だった平野さん。メディアは変わっても「何かを作る仕事に」と人づてに聞いて入った職場がフリーペーパー「旅と味」の編集部だった。1980年という時代の熱気もあったのだろう、&ldquo;かたぎ&rdquo;からはほど遠い破天荒な大人たちに囲まれた。先輩たちは机で競馬新聞を読みふけり、入稿日に編集長は行きつけの居酒屋で泥酔している。「雑誌の世界ってみんなこうなんだと思った」と平野さんは笑う。<br /> <br /> 「いい意味でも反面教師という意味でも私の師匠」と紹介してくれた現・あるた出版山崎巌取締役会長と出会ったのも、この頃だ。「旅と味」から一年後、情報誌「ステージガイド」に活躍の場を移していた平野さんを、ひと足先に「すきタン」編集長に就任していた山崎さんが誘い、名コンビが誕生。2年後にオーナー会社の経営が傾いたとき、当時27歳の平野さんは山崎さんと勝負に出た。会社から独立して雑誌を引き継いだのだ。<br /> <br /> 「ちょうどバブルに向かっていた時期で、すすきのには大手資本が入り、広告の入稿も掲載枠を超える申し込みがあったほど。時代に後押しされたんでしょうね。私は小娘でしたし40代の山崎もお金が全くなく（笑）、銀行も融資してくれない。あるのは周りの応援だけ。それでもできたのは奇跡だった」と振り返る。<br /> &nbsp;</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hirano02.jpg" alt="hirano02.jpg" /><span style="font-size: 80%;">滝川市出身の平野たまみさん。</span></p> <p><br /> &nbsp;</p> <p><strong><span style="font-size: 130%;">盛り場に集う人同士のぬくもりごと発信</span></strong></p> <p>「すきタン」から「オトン」へと媒体は変わっても、平野さんが作る雑誌は常に盛り場の賑わい、そしてぬくもりを伝え続けている。平野さんと旧知の仲であるICCチーフコーディネーター久保俊哉も、「街が創造的であるためには盛り場の存在が必要不可欠。面白い人が集まる盛り場に若い人たちが来ないと次のバトンが渡せない」と平野流雑誌作りに共感を寄せる。<br /> <br /> 平野さんは言う。「街の魅力は人。人を介して初めて血の通ったぬくもりがある街の魅力が生まれ、人同士のコミュニケーションが文化を生む。だから読者には盛り場でいっぱい議論してほしい。そういう意味でも久保さんがおっしゃる通り、オトンはもっと若い人にも読んでほしいんです」。<br /> &nbsp;</p> <p><img width="560" alt="hirano03.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hirano03.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">旧知の二人。久保「飲みに誘ってもお金のことを心配する若者が多い」。平野「オトンで紹介している店に行ったら、そこにいるおやぢたちにおごってもらって。おごりおごられるバトンを順繰りに渡せばいいんです」。<br /> </span><br /> <br /> 昨年は電子書籍元年と言われ、デジタル版「オトン」も気軽に立ち読みできるオンライン販売が好調だ。「今は紙と同じ情報を掲載していますが、そのうち電子書籍オリジナルの企画も考えたい」と次の可能性を探っている。<br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;"><br /> <br /> チームで編む雑誌作りは「たのくるしい」</span></strong></p> <p>企画を立てスタッフを動かし、自分も取材に出向いて原稿を書く。編集者であるかたわら、経営者というもう一つの顔もある。「会社として絶対集めなければならない数字はあります。そのためには営業も編集も一つになってどんな企画がいいかを考える総力戦。もちろんそれは苦しいことのほうが多いけれど、スタッフたちにはとにかく面白がってほしい」と語る平野さん。<br /> デザインの一部を外の制作会社に、写真もカメラマン10人ほどに依頼している。「雑誌作りは一人じゃできない、チームで編み上げて行く作業。だから苦しいけど楽しい。たのくるしい、なのかもしれません」。<br /> &nbsp;</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hirano04.jpg" alt="hirano04.jpg" /><span style="font-size: 80%;">対談や鼎談企画が多いオトン。「既知同士、初対面同士、会わせることで生まれる化学変化が面白い。これからはおやぢと若者を組ませてみたいな」と平野さん。</span><br /> <br /> <br /> それにしても「おやじ」ではなくて「おやぢ」である。あなたの周りにもきっといる、「脇が甘くても、決して背中は甘くない」、そんな愛すべき上司や先輩たちが。<br /> 姉妹誌の「オキャン」（現在休刊）を作ったときにわかったことがあると平野さんは言う。「女性がしっかりもので、男の人はふらりと面白いことを引っ張ってくる。そんな関係がいいのかなって」。おやぢに学び、おやぢに返す。「オトン」にしか出せないぬくもりの秘密に触れた気がした。<br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">生活の糧を自分で得、誇りに思える仕事を</span></strong></p> <p>取材後、久保があらためて平野さんをこう評した。「人と人、人と場所をつなぐ人。人が好きで、札幌には人に伝えたい何かがあるから、彼女はこの街を相手に出版業を続けている。これからは札幌の仕掛け人である&ldquo;おやぢたち&rdquo;を&ldquo;おやぢ予備軍&rdquo;へとつなげていく平野さんの手腕に注目しています」。<br /> &nbsp;</p> <blockquote> <p><span style="background-color: rgb(255, 102, 0);"><br /> </span><span style="font-size: 130%;"><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><strong>〈札幌創造仕掛人に聞きたい！　2つのクエスチョン〉</strong></span></span><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.心を動かされた言葉を教えてください。</span><br /> A.歌手の小椋佳さんが、中学生のときに原因不明の脳梗塞になった次男の宏司さんに生きる姿勢を伝えた言葉です。「生きていく上で必要なことが二つある。生活の糧を自分で得ることと、誇りに思える仕事を見つけることだ」。15年くらい前に読んだ新聞記事ですが、私も当時まだ息子が小さかったのでこういうことが言える親になりたいと思った。記事は手帳にしまって今も持ち歩いています。<br /> <br /> </span></p> <img width="250" alt="hirano05.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hirano05.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;"><br /> 切り取った新聞記事。<br />小椋さんの次男・神田宏司さんは現在、琵琶制作者として活躍している。</span><br /> <p><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.「人」以外に札幌の魅力って何でしょう。</span><br /> A.美しい四季が持つ力と適度な都市機能を持ち合わせているところ。この「適度な都会」というところが重要なポイント。「住みたい街」にも名前が上がる札幌の魅力を広く伝えるにはまだまだ仕掛けが必要だと思います。だからオトンでも、もっといろんな人を誌面に出したいし、若い皆さんに「こんな人がいるんだ！」ということを知ってもらいたいな。<br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);"><br /> </span></span></p> </blockquote> <p><br /> ●株式会社あるた出版　　<a href="http://www.alter.co.jp">http://www.alter.co.jp</a><br /> 所在地：札幌市中央区南3条西6丁目3-2 南3条グランドビル3階　電話011-222-0088<br /> 設立：1985年<br /> 資本金：2,000万円<br /> 従業員：13名（2011年5月現在）<br /> 事業内容：<br /> 定期刊行物の発行<br /> 情報誌・書籍一般の制作・発行・販売<br /> PR誌の企画・制作<br /> 日刊紙・スポーツ紙・週刊誌等の取材<br /> 自費出版の企画・編集<br /> <br /> <br /> 取材・文 ライター 佐藤優子<a href="http://mimibana.exblog.jp/">「耳にバナナが」</a><br /> 撮影 <a href="http://harebare.co.jp/">ハレバレシャシン</a><br /> <br /> <br /> &nbsp;</p>]]></description>
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            <pubDate>Thu, 02 Jun 2011 10:13:23 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ファッションプロデューサー　　峰江卓也さん</title>
            <description><![CDATA[<p><strong><span style="font-size: 140%;">デザインユニフォームで海外進出</span></strong></p> <p>札幌のコンテンツ産業を熱くする名プロデューサーを紹介する<br /> 新企画「sapporo ideas city 札幌創造仕掛人」初回は、<br /> ファッションプロデューサーの峰江卓也さん（49歳）にご登場いただいた。<br /> 20年間のアパレル会社勤務で学んだブランド戦略を土台に、<br /> 「企業の資産」と位置づけたオリジナルユニフォームを企画・製造する。<br /> 2009年から台湾に海外初の拠点を置き、さらなる市場拡大を目指す。</p> <span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/minee_top.jpg" alt="minee_top.jpg" /><br />     <br />     <div id="other_files" class="minee">&nbsp;　</div></span> <p><br /> &nbsp;</p> <p><strong><span style="font-size: 130%;">DCブランド全盛期にアパレルの世界へ</span></strong></p> <p>峰江卓也さんが東京の大学で多感な青春期を過ごした1980年代は、DCブランドの全盛期にあたる。熱狂的なブランドブームの渦中にいた二十歳の時、突然父が他界する。大学卒業と同時に母が待つ北海道へ戻り、老舗のアパレル会社きりあきで店頭の売れ行きを支える企画・販促・広報に打ち込んだ。<br /> <br /> 入社10年目にはきりあきが経営する30数店舗全店の売上目標を達成。その後は企画プロデュースに特化した新部署を立ち上げ、2005年に事業ごと引継ぐ形でグループ企業、ジェイドクラフトを設立した。</p> <p><img width="560" alt="minee_01.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/minee_01.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">富良野出身。小学校低学年からからラグビーを始め、名門の拓殖大学に特待生で入学。が、惜しくも故障で断念。「現役時代のベスト体重は84kg」と聞いて取材陣全員が驚いた！</span></p> <p><br /> 事業の柱は企業や飲食店向けのオリジナルユニフォームの企画・製造。従来の備品・消耗品感覚に異を唱え、「ユニフォームは企業の資産。着るスタッフの意欲を高め、お客様には企業の姿勢を伝えられる重要なCIツール」とし、峰江さん自身がデザイン画をおこす&ldquo;デザインユニフォーム&rdquo;を提案する。<br /> <br /> 3年前からは台湾に進出し、台湾有数の高級ホテルや飲食店と契約を結んだ。取材翌日にも現地での商談が待っており、日本と台湾を往復する多忙な日々はこれからも続きそうだ。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/minee_02.jpg" alt="minee_02.jpg" /><span style="font-size: 80%;">新企画「sapporo ideas city 札幌創造仕掛人」はICCチーフコーディネーターの久保俊哉（写真左）も同席。プロデューサー同士の&ldquo;腹を割った話&rdquo;を聞き出していく。</span></p> <p><br /> <strong><br /> <span style="font-size: 130%;">「社長秘書って何？」自分の居場所づくりから</span></strong></p> <p>20年近く籍を置いたきりあき時代のエピソードには事欠かない。入社当時の肩書きは、切明正勝会長（当時社長）の初代秘書。同時に「仕事は自分で作る」という重責も与えられた。「指示待ちどころか指示がない。自分の居場所を自分で作るしかなかったんです」。<br /> <br /> 先に進むためのヒントは自身の少年時代にあった。小学校ではマンガ研究会に入り、将来はイラストレーターを夢見た時期もあった。そこで峰江さんは手始めに「月刊きりあき」と名付けた雑誌体裁の社内報を制作。遊び心あふれる出来が認められてからは、じきに「おもしろい新人が入ってきた」と可愛がられるようになる。<br /> <br /> 当時まだ珍しかった新商品入荷にぶつけた販促フェアにも取組み、販売スタッフが心待ちにする社内表彰式をグラミー賞仕立ての派手な演出で盛り上げた。数々の「社内初」を社史に刻んだ。</p> <p><img width="560" alt="minee_03.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/minee_03.jpg" class="mt-image-none" style="" /></p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/minee_04.jpg" alt="minee_04.jpg" /><span style="font-size: 80%;">貴重な思い出の品を見せていただいた。小学4年の時に描いた江戸川乱歩原作「天空の魔人」をコミック化したもの。少年探偵団の活躍がいきいきと描写されている。<br /> </span><br /> 他方、業界でもいち早く人材育成に力を入れたきりあきだからこそ味わえた貴重な経験もあった。時はバブル期だったとはいえ東京コレクションに毎年プレスを送り込み、しかも一週間近くの滞在を許す地方企業はそう多くはなかっただろう。<br /> 「ショーの演出やブランド戦略を含め国内ファッションのトップクリエーションを全身で浴びた経験が、今の自分の血となり肉となっています」。<br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">北海道農業とデザインの融合で時代を先取り</span></strong></p> <p>感性と行動力の人である。「同じアイデアを持っていても実際に形にした人は峰江さんの他にいなかった」、ICC久保がそう絶賛する仕事に、道産の食品加工品を斬新なパッケージデザインで売り出した「E2O（イー・ツー・オー）プロジェクト」がある。「北海道ブランド」という言葉が今のように浸透するはるか以前の取組みだ。<br /> &nbsp;</p> <p><img height="350" width="560" alt="minee_05.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/minee_05.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">「E2O（イー・ツー・オー）」プロジェクト（2003年〜2006年）の商品。写真上段の左から有機トマトジュース、富良野産生パスタ、道産素材のラグーと道内の四季を写したDVDのセット、下段左から羊蹄の水・コーヒー豆・水をイメージしたCDの3点セット、赤井川食品のスティック状漬物、十勝しんむら牧場のチーズソース。スタイリッシュなパッケ&mdash;ジデザインと確かな美味しさでどれも完売を記録した。</span></p> <p><br /> 道外で北海道を語るときに最も魅力的に響く要素は「食」だろう。ところが衣食住の中でも食、とりわけ農業はそれまでデザインとはまったく縁遠い世界だと思われていた。目を転じれば札幌にも優秀な若手デザイナーはたくさんいる。「生産者とデザイナーを結びつけたい」。企画書に思いを綴った。<br /> <br /> 思いあるところに情報は集まる。じきに当麻町の農家が作る「おいしいトマトジュース」の評判を知った。2003年11月、新デザインボトルに入れた有機トマトジュースをE2Oプロジェクトの第一弾として発売。「東京を対象に1本1000円台で売る」と勝負に出た価格設定も当たり、大手スーパーに並んだ2万本はたちまち完売した。<br /> <br /> このとき市場を道外に求めた峰江さんの&ldquo;外向きベクトル&rdquo;は、後の海外進出をおおいに予感させる。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/minee_06.jpg" alt="minee_06.jpg" /><span style="font-size: 80%;">久保「東京で売れるという確信はどこから？」峰江「東京の明治屋などでビックリするほど高い食品加工品が売れていくのを自分の目で見ていた。この商品も&ldquo;高くないと売れない&rdquo;と思っていました」</span></p> <p><br /> <span style="font-size: 130%;"><br /> </span><strong><span style="font-size: 130%;">親日家の多い台湾に進出、現地オフィスも新設</span></strong></p> <p>メイン事業であるデザインユニフォームの売上も順調だった。実績はすでに500件を突破。札幌ドームや新千歳空港のインフォメーションデスク、東北楽天ゴールデンイーグルスのホームスタジアムのVIPルームにもスタッフユニフォームを納品し、評判もいい。<br /> <br /> だがある時、信頼するコンサルタントの「今後のために世界を見てきては」という助言を機に、峰江さんは海外に目を向け始めた。</p> <p><img width="560" alt="minee_07.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/minee_07.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">YOSAKOI ソーラン祭りの上位入賞チームや2007年札幌開催のノルディック世界選手権開会式のコスチュームも、優秀なデザイナーを抱えるジェイドクラフトの仕事だ。</span></p> <p><br /> 大きく事態が動いたのは2008年、JETRO（日本貿易振興機構）が主催する台湾・台北市での北海道商談会でのことだった。会場となったホテルの女性スタッフたちが「こんな制服を着たい」とデザイン見本を取り囲むのを見た峰江さんは、翌日の予定を全てキャンセルし、バイヤーに現地の制服事情を聞き取る約束を取り付けた。<br /> <br /> もともと台湾には親日家が多い。「聞けば聞くほど日本のデザイン力に期待する台湾でのビジネスチャンスが見えてきました」。帰国後は札幌オフィスで台湾語に堪能なアルバイトを雇い、現地の有力企業に需要を聞く地道な電話営業も続けた。<br /> <br /> 同年3月には海外で信頼を得るための現地オフィスをかまえ、常駐スタッフを採用した。翌年の初受注は高級マンション管理会社のユニフォーム400着。台北での商談会からわずか一年の出来事だった。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/minee_08.jpg" alt="minee_08.jpg" /><span style="font-size: 80%;">台湾企業向けのプレゼン資料。初受注の制服400着は中国からなんとプレスもかけられていないシワクチャの状態で納品され、「誠意をもった謝罪とネクタイ100本」で事なきを得た。<br /> </span></p> <p><img height="498" width="560" alt="minee_09.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/minee_09.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">5/2付けのブログより　http://jadeckraft.exblog.jp/　ジェイドクラフトのデザインユニフォームをまとった高級ホテル「ロイヤル台北」のスタッフと。</span><br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">メーカー的な行動力が道内企業の参考に</span></strong></p> <p>海外ビジネスは甘くない。大陸特有の相手を圧倒する話し振りや「成約まで三回はある」値引き交渉にも耐えぬいて信頼を築くまでに半年間。トラブルが起きるたびに「これもタフになるための勉強」と信じて、峰江さんは自分を励ましてきた。現在はヴェトナムやモンゴルからも引き合いが相次ぎ、次の展開に期待を膨らませている。<br /> <br /> 取材を終えた久保は「峰江さんのように企画や販促を知り尽くし、さらに&ldquo;メーカー的な行動力&rdquo;でビジネスを成功させてきた人の存在は、道内企業やクリエーターにとっていい刺激になる」と語る。まさに初回にふさわしい人選で幕を開けたこの「sapporo ideas city札幌創造仕掛人」は毎月更新。次回もどうぞご期待ください。<br /> &nbsp;</p> <blockquote> <p><span style="background-color: rgb(255, 102, 0);"><br /> </span><span style="font-size: 130%;"><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><strong>〈札幌創造仕掛人に聞きたい！　3つのクエスチョン〉</strong></span></span><span style="background-color: rgb(255, 255, 255);"><br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.スタッフや取引先など「人」を動かす決め手を教えてください。</span><br /> A.僕自身がきりあきで学んだことでもありますが、ビジョンを共有すること。具体的なビジョンがないとラポール（心を開き合う関係）も築きづらいですね。<br /> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.自分が心を動かされる基準とは？</span><br /> A.僕の行動のベースにはファッションという軸がつねにあり、次に新しいものや見たことがないものに惹かれ、そしてそれがどれだけ多くの人を喜ばせるかで考える。つまり「カッコイイ、新しい、喜んでもらえて嬉しい」の三原則が揃ったときに心が動かされます。<br /> <br /> <span style="color: rgb(255, 0, 102);">Q.プロデュース業に必要な資質は何でしょう。</span><br /> A.スタッフによく言うのは「物事を俯瞰で見てごらん」。事実と感情が混在する現状を俯瞰して、適切な結果を導き出す判断力が必要です。あと、あまり悩まないことかな。プラスのアングルで考えるロジカルな思考法が身に付くと、自然とすべてのことに感謝できるようになる。ですから僕は日本に生まれ、大好きなファッションの仕事をして、出張でアジア各国にも行けるこの人生に心から感謝しています。</span></p> </blockquote> <p><br /> <br /> <br /> ●ジェイドクラフト株式会社　<a href="http://www.j-ck.com/">http://www.j-ck.com/</a><br /> 所在地：札幌市中央区北1条西20丁目1-27　電話011-215-5088<br /> 設　立：2006年<br /> 資本金：300万円<br /> 従業員：9名<br /> 事業内容：ユニフォーム・コスチュームなどの企画・デザイン・制作、<br /> &nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 販売促進活動の企画・コーディネート・プロデュース、<br /> &nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; ファッションイベントの企画・コーディネート・プロデュースなど<br /> <br /> <br /> <br /> 取材・文 ライター 佐藤優子<a href="http://mimibana.exblog.jp/">「耳にバナナが」</a><br /> 撮影 <a href="http://harebare.co.jp/">ハレバレシャシン</a><br /> &nbsp;</p> <p>&nbsp;</p>]]></description>
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            <pubDate>Thu, 12 May 2011 20:05:21 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>有限会社ヴァズ　　代表 比嘉秀郎さん・山田マサルさん</title>
            <description><![CDATA[<p>北海道の冬のバス運行は路面状況により10分、20分遅れは当たり前。<br /> 骨身にこたえる寒さの中、乗客はいつ来るともわからぬバスを待つ&hellip;。<br /> そんな苦行のような光景も、乗りたいバスの位置情報が携帯電話でわかる<br /> 画期的なロケーションサービス「ドコイル」の出現で大きく変わった。<br /> 考案者は、52歳で起業した有限会社ヴァズの比嘉秀郎さん（60）。<br /> 親子ほど年齢の違う相方、山田マサルさん（37）を誘って開発に乗り出した。</p> <span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img width="560" alt="vas_top.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/vas_top.jpg" class="mt-image-none" style="" /><br />     <br />     <div class="vas" id="other_files">&nbsp;　</div></span> <p><br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">冬の悲しい風物詩、バス待ち光景を変える</span></strong></p> <p>有限会社ヴァズの看板商品<a href="http://docoil.com/">「ドコイル」</a>とは、自分が乗りたいバスの位置情報がリアルタイムに利用者の携帯電話にメールで送られてくるバスロケーションサービスのこと。2004年に発売以来、幼稚園や自動車学校などのバス40台に導入され、毎日のべ3,000人が活用。「バス待ちのストレスが一気になくなった」と好評の声を集めている。<br /> <br /> 開発物語の序章は北海道の冬のバス待ち光景から始まる。ドライバーの視界が効かなくなる猛吹雪や路面がツルツルに凍る氷点下ではバスが定刻どおりに来ることは、ほぼ皆無だ。体を震わせながらバスを待つ利用者の列は、北海道の冬の悲しい風物詩になっていた。<br /> 「自宅近くにある高校前のバス停でもそう。もし、寒そうにバスを待ち続ける高校生たちに&ldquo;あと何分後に着くよ&rdquo;ということを教えてあげられたら、到着直前まで屋内で待てるんじゃないか、と思いついたのが出発点です」。考案者の比嘉秀郎さんはこう語る。<br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">顧客の要望で進化、iPhoneアプリも開発中</span></strong></p> <p>当時札幌市内の印刷会社に勤務していた比嘉さんだが、「まだ誰もやっていなくて、実現したら絶対人の役に立つもの」と踏んだドコイルに第二の人生を懸け、52歳で起業を決意。<br /> そのアイデアを具現化する相方に、と声をかけたのが前職からつきあいがあったデザイナーの山田マサルさんだった。二人の年齢差は23。親子ほど年が離れていても&ldquo;ウマがあう&rdquo;異色コンビで2004年、新会社ヴァズは始まった。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/vas_01.jpg" alt="vas_01.jpg" /><span style="font-size: 80%;">写真左から比嘉さんと山田さん。二人ともメガネ＆ヒゲ、飄々とした雰囲気から親子と間違われることも少なくない。</span></p> <p><br /> 知人のプログラマーの手を借り試験機が出来上がると、試乗運転をやってみた。運行中のバスの後ろを試験機を積んだ乗用車を走らせ、バスが停留所を出る同じタイミングで利用者へのお知らせスイッチを押す。「山田くんはバスの後をつけて、私は自宅で携帯電話片手に待機。実際にメールが届いたときは歓声を上げて喜んだ」と比嘉さんが教えてくれた。<br /> <br /> そうして2004年に発売が始まって以来、ドコイルは「お客様に育ててもらった商品」と二人は口を揃える。当初はなかった「何分遅れ」の表示も「待っている利用者のために入れてほしい」という顧客からの要望で追加した。<br /> 現在はGPS機能を活用したiPhone用アプリケーションも開発中。より高い精度と簡易操作、安価な価格設定でさらなる利用者の拡大を目指す。</p> <p><img width="560" alt="vas_02.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/vas_02.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">iPhoneアプリ「ドコイル」の画面。右端の数字「0」部分には乗車予約の人数が表示される。</span><br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">子どもの安全を見守る登下校管理システムも</span></strong></p> <p>ドコイルの知名度が学校関係者の間に広がると、嬉しいことに道外からも引き合いがきた。安全意識が高まる登下校管理に使えるシステムが作れないかという問い合わせだった。山田さんに解説をお願いした。<br /> 「初めは子どもたちのランドセルにICチップを埋め込む案もあったんですが、小学生高学年はランドセルの利用率が低い。その一方で、平均1時間半の通学事情から誰もが定期、つまり非接触ICカードは持っている。そこから、生徒が学校玄関に取り付けたリーダライタにICカードをタッチするだけで、保護者の携帯電話に&ldquo;何時何分に学校に到着しました&rdquo;とメールが届く新システム『AIRKIDS』を完成させました」。<br /> <br /> AIRKIDSは現在、東京・大阪の小学校2校に導入され、1,200人の子どもたちの登下校を見守っている。「今後は一人暮らしの高齢者を対象にしたシステムにも挑戦してみたい」と次の目標を据えている。<br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">木と磁石のおもしろオブジェ「tukkun」</span></strong></p> <p>ここまでの流れでヴァズという会社を理解しようとすると「システム構築に強いWEB制作会社」だと思われそうだが、それだけではないところがまたヴァズなのだ。<br /> 取材半ばに「これ知ってる？」と比嘉さんが嬉しそうに出してきたのが、なんと木のオブジェである。「tukkun」（つっくん）の名称でオンラインショップやモエレ沼公園で発売中のこのシリーズはもちろんヴァズが企画・販売するオリジナル商品であり、実は比嘉さんがドコイル同様に起業前からあたため続けていたアイデアだった。</p> <p><img width="560" alt="vas_03.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/vas_03.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">「単純だけどおもしろい木と磁石のオブジェ」tukkunシリーズ（</span><a href="http://vas.co.jp/tukkun/"><span style="font-size: 80%;">http://vas.co.jp/tukkun/</span></a><span style="font-size: 80%;">）。 手前が「つっくん03やまのぼり」（税込7,980円）、左奥がつっくん01リング（3個セット玉付　税込9,660円） <br /> </span><br /> <br /> 手触りのいい無垢材の中には磁石が入っており、磁力の作用反作用で各ピースがくっついたり離れたり。なるほど、「単純だけどおもしろい」キャッチコピーにまんまとハマってしまう楽しさがある。「買うのは7割がた私と同じオジサン層」と笑う比嘉さんが若い頃建築金物の図面を引いていた腕を生かして自ら設計図を書き上げた。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/vas_04.jpg" alt="vas_04.jpg" /><span style="font-size: 80%;">つっくんリングを2本使うとこんな形にもなる。「モエレ沼にあるイサムノグチのオブジェにそっくりの形があって驚いた。学芸員さんにも&ldquo;マネしたんですか？&rdquo;と言われたけど違う違う！」（比嘉さん）。tukkunシリーズは札幌スタイルにも認証されている。</span></p> <p><br /> かたや、山田さんも札幌銘菓「札幌タイムズスクエア」のパッケージデザインや店舗ディスプレイを担当するなど本業のデザイナーとしても活躍が続く。「まあ、ようはなんでもやってますよね（笑）。お客様から&ldquo;おたくならできそうだと思って&rdquo;と声をかけていただいたお話に応え続けて今にいたる感じです」。新しいところでは、iPad用アプリケーションの開発も進んでいるという。</p> <p><img width="560" alt="vas_05.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/vas_05.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">山田さんがヴァズ以前からパッケージデザインを担当し続けている銘菓「札幌タイムズスクエア」。</span></p> <p><br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">アイデアと観察を生かして日常を楽しく</span></strong></p> <p>ヴァズは2004年から3年間、ICCに入居していた時期もある。「制作環境は充実していたし、ICCを出た後もお客様を紹介していただいたりと本当にお世話になりました」。今ではアルバイトの人数も増え、手狭だった旧オフィスから昨年秋に中央区にある「あけぼのアート＆コミュニティセンター」の一角へ引っ越した。設立6年目を新たな気分で迎えている。<br /> <br /> バスロケーションサービス「ドコイル」の構築にiPhone・iPad用アプリの開発、デザイン・映像全般に木製オブジェや家具も制作。まさに&ldquo;なんでもあり&rdquo;を地でいくヴァズだが、そこにはつねに同社のテーマである「アイデアと観察」が生かされている。誰もが仕方がないとあきらめていた冬のバス待ち風景も、「日常生活にちょっとだけアイデアを注入する」ことで大きく変わった。<br /> 自分たちのことを「一見ミスマッチの料理を作っているみたい」と評する山田さんの言葉が心に残る。そういう料理に限って熱心なファンがつくものだ。異色コンビのヴァズが作る「アイデアと観察」の持ち味に今後も注目していきたい。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/vas_06.jpg" alt="vas_06.jpg" /><span style="font-size: 80%;">札幌市中央区の曙小学校跡地「あけぼのアート＆コミュニティセンター」2階にあるヴァズオフィス。</span><br /> <br /> <br /> ●有限会社ヴァズ　<a href="http://www.vas.co.jp/">http://www.vas.co.jp/</a></p> <p>取材・文　ライター佐藤優子（<a href="http://mimibana.exblog.jp/">耳にバナナが</a>）<br /> 撮影　<a href="http://harebare.co.jp/">ハレバレシャシン</a><br /> &nbsp;</p>]]></description>
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            <pubDate>Mon, 11 Apr 2011 15:09:52 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>特殊造形師　　吉田ひでおさん</title>
            <description><![CDATA[<p>特殊メイクに特殊造形、演劇の大道具・小道具、着ぐるみも、<br /> 映像や舞台、広告、販促関連で必要とされるものは何でも手がける。<br /> この大マジメ顔でかぶっている、おいしそうな白菜だって手作りだ。<br /> 札幌で特殊造形といえばこの人、吉田ひでおさんの工房を訪ねた。</p> <span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img width="560" style="" class="mt-image-none" alt="yoshida_top.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida_top.jpg" /><br />     <br />     <div class="yoshida" id="other_files">&nbsp;　</div></span> <p>&nbsp;</p> <p><br /> <strong><span style="font-size: 130%;">北海道でキャリア20年、特殊造形の第一人者</span></strong></p> <p>札幌拓北にある一軒家、外から見るかぎり普通の民家だが、二階の工房に入ると突然そこは異世界に変貌する。ガラパゴスゾウガメに人体模型、リアルな女性のマネキン（しかも上半身だけ）が無造作に置いてある非日常的な空間。その中で「散らかってますがどうぞ」という折り目正しい挨拶で迎えてくれた人物こそ、これらの作り手である特殊造形師の吉田ひでおさんだ。<br /> <br /> <img width="560" alt="yoshida01.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida01.jpg" /> <br /> <span style="font-size: 80%;">工房には出番を終えたものや、作ったけれど出番がなかったものがズラリ。どれも精巧な出来に驚かされる。</span><br /> <br /> <br /> 北海道教育大学札幌分校特設美術科に在学中からTVCMや広告、映画、演劇などの特殊造形・メイクを手がけ、卒業後に開業。名刺に刻んだとおり「あるもの、ないもの造ります。」を有言実行し、今やキャリア20年を迎える。<br /> HTBの人気番組『水曜どうでしょう』『ドラバラ』やTEAM NACSの舞台で腕をふるう一方で、江別市非公認キャラ「えべチュン」や夕張「メロン熊」の着ぐるみとアニマトロニクス（精巧な生物ロボット）も制作。旭山動物園列車ハグハグチェア・ハグハグシートも吉田さんの仕事と聞いて驚いた。<br /> 「特殊メイクアーティスト」と紹介されることが多いが、本人曰く「特殊メイクもやる&ldquo;何でもや&rdquo;」。守備範囲の広さにクライアントからの信頼も厚い、北海道特殊造形界の第一人者である。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" alt="yoshida02.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida02.jpg" /><span style="font-size: 80%;">重そうな鉄かぶとも実は軽々と持ち上がるポリエチレンフォーム製。「特殊造形はマジックに似てますね」と吉田さん。</span></p> <p><br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">原体験はウルトラマン、初仕事は『帝都物語』</span></strong></p> <p>「影響されたものはとにかく多い」という中であえて一つと尋ねたところ、自分の生まれ年の1966年に始まったウルトラマンシリーズを挙げた。<br /> 「親が言うには&ldquo;最初に覚えた言葉が怪獣の名前だった&rdquo;ってホントかなあ（笑）。でも確かにあれが特殊効果の面白さにハマった原体験だったかもしれません」。<br /> 日本では1978年に公開された『スター・ウォーズ』『未知との遭遇』も劇場のスクリーンで見た世代だ。「作りものの世界は面白い！」高校では美術部に入り、大学は特設美術科に進学した。<br /> <br /> 大学2年の夏、業界の第一線で活躍する特殊メイクアーティスト原口智生氏を札幌に招いたイベントに会いに行った。「東京へおいでよ」宿と食事には困らない。大学の休みごとに上京し仕事を手伝ううちに、映画『帝都物語』の現場に入るチャンスが巡ってきた。&ldquo;蘇る死者&rdquo;が着るボディスーツを作り、エキストラの代役として着る立場も経験した。</p> <p><img width="560" alt="yoshida03.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida03.jpg" /><span style="font-size: 80%;">「解剖学」「石膏技法」書棚には年季の入った資料が並ぶ。子ども向けの化学絵本「メロン」があるのはメロン熊の着ぐるみのため。</span></p> <p><br /> この華々しい業界デビューが地元のタウン誌で紹介されてからは、まだ学生だった吉田さんのもとに次々と仕事が舞い込んだ。<br /> 「これを一生の仕事にしようとかそんな大層な気持ちよりも、ただ好きだったから卒業後もそのまま続けた。こうして今もやっていることが全ての質問の答えなんだと思います」今日までの道のりをこう振り返る。<br /> 拠点はいつも札幌北区。「生まれは北見ですが、小中高とずっとうちの近く。上京しようと思うといつも行けない状況になる。&ldquo;ここにいろ&rdquo;ということなのかもしれません」と笑う。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" alt="yoshida04.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida04.jpg" /></p> <p><img width="560" alt="yoshida05.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida05.jpg" /><span style="font-size: 80%;">最近は着ぐるみやかぶりものの依頼が多い。スタイリストや大道具・小道具スタッフの手に余りそうなときにお呼びがかかる。近年の映画の仕事は、TEAM NACS FILMS『N43&deg;』（2009）、井口昇監督『ロボゲイシャ（2009）』『電人ザボーガー』（今春公開）、西村善廣監督『戦闘少女（2010）』『ヘルドライバー』（今春公開）。札幌在住の黒田拓監督が率いるくつした企画の『ナゲイレ</span><span style="font-size: 80%;">』</span><span style="font-size: 80%;">（2008）『JUMA』（2011・YouTubeで公開）はウワサのメロン熊が主役。<br /> </span></p> <p><iframe width="560" height="345" frameborder="0" title="YouTube video player" src="http://www.youtube.com/embed/32Wf0V6vQPo?rel=0" allowfullscreen=""></iframe><br /> <span style="font-size: 80%;">日本未確認生物検証学会Ｊ-ＵＭＡ（ジェイユーマ）が追いかけるメロン熊がチラリ。</span><br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">自由自在に操るポリエチレンフォーム</span></strong></p> <p>生き物はより生命力を感じさせ、無機物はその質感を限りなく精確に再現する。どちらの場合も最適だと思う素材選びから始まる。吉田さんはここ数年来、発砲スチロールの仲間であるポリエチレンフォームを好んで使うことが多いという。<br /> 「これを使いだしてからは粘土原型を作って樹脂でかたどるという手間がかかる作業をほとんどやらなくなりました。軽いのでかぶりものに向いているし、工夫次第でいろんな表情が作れます」</p> <p><img width="560" alt="yoshida06.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida06.jpg" /><span style="font-size: 80%;">ポリエチレンフォーム製のガラパゴスゾウガメ。首に80デニールのストッキングを貼ってリアルなシワ感を出している。脚のデコボコにはハンダゴテを使った。</span><br /> <br /> <br /> 一方で、これから作る舞台用のお地蔵様は久しぶりに建築用資材として使われるスタイロフォームで削りだす。「石の彫り物であるお地蔵様の表現を出すにはやはりこっちも削っていかないと」こうした細部のこだわりが高い完成度となり、ひいてはクライアントの満足度につながっていく。<br /> 「自分の思い入れより、いかに目の前の人を喜ばせて満足させられるか」20年間静かに貫いてきた吉田さんの信条がここにある。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" alt="yoshida07.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida07.jpg" /><span style="font-size: 80%;">お気に入りの素材、ポリエチレンフォーム。白菜・キャベツのかぶりものもこれで作った。</span><br /> <br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">時代を越えて求められる手仕事の味</span></strong></p> <p>デジタル処理による特殊効果が全盛の今、特殊造形の居場所はあるのだろうか。吉田さんはこう語る。<br /> 「昔、CF業界でCGを使い始めたときにやたらと（作りものを一コマずつ動かしていく）コマ撮りの仕事が増えたんです。きっといつの時代になっても、そういう手仕事の味を良しとする人はいる。この間のお台場ガンダムや横浜開港150周年記念でフランスから来た大蜘蛛のラ・マシーンにあれほど人が集まったのもそうですよね。特殊造形だから出せる存在感はこれからも求められていくと思います」</p> <p><img width="560" alt="yoshida08.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida08.jpg" /><span style="font-size: 80%;">小学生の頃は紙工作に夢中だった。「当時スーパーカー・ブームで、プラモデルが買ってもらえないなら自分で作っちゃえと。昔も今も同じことをしてるんです（笑）」</span><br /> <br /> <br /> 取材も数多く経験している吉田さんだが、仕事のやりがいを聞かれるたびにいつも困るという。「一つ一つを積み重ねてきただけなんで&hellip;うーん」と悩みに悩み、出てきたのが「自分にとって&ldquo;バカだなぁ&rdquo;と言われるのは最大のほめ言葉なんです」という意外な回答。後先を考えずに好きなことに没頭する&ldquo;バカ&rdquo;でいつづけることが何より楽しい。<br /> 「今の人は周りに情報が溢れすぎているからリスクやメリットをすぐに考えがち。そうじゃなくて、最近開いているワークショップでもよく&ldquo;バカになれ&rdquo;と言い続けています」。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" alt="yoshida09.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida09.jpg" /><span style="font-size: 80%;">工房名の「アーリオ」は亡くなった6歳上の兄、ミュージシャンだった吉田コウジさんのレーベル名を受け継いだ。</span></p> <p><br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">見事な職人技に撮影現場は悲鳴の渦！</span></strong></p> <p>最後に「仕事風景を撮らせてください」とお願いすると、「じゃあ、傷のメイクをしてみましょうか」と吉田さん。「大ケガをしたときの傷」その一言でなんとなくオソロシイ仕上がりが浮かんできたため、ここからは画像を小さくしてご紹介する。衝撃の強い画像は苦手、という方をご用心を（そうでない方は映像をクリックすると拡大します）。<br /> <br /> <br /> <span style="font-size: 80%;">※画像を飛ばしたい方は説明文のみご覧ください。</span></p> <p><a href="Javascript:w=window.open('http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida10.jpg','photo','Width=960');w.focus();"><img width="150" border="0" alt="yoshida10.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida10.jpg" /></a></p> <p>モデルはカメラマンアシスタント。何のケガもしていない右手に「傷」を作る。</p> <p><a href="Javascript:w=window.open('http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida11.jpg','photo','Width=960');w.focus();"><img width="150" border="0" alt="yoshida11.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida11.jpg" /></a></p> <p>透明なシリコンをのせながら手早く傷口の形を作り、化粧パウダーで肌色に。傷の縁や周辺にも色をのせる。</p> <p><a href="Javascript:w=window.open('http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida12.jpg','photo','Width=960');w.focus();"><img width="150" border="0" alt="yoshida12.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida12.jpg" /></a></p> <p>傷口に血のりを塗布。真っ赤な裂け目ができていく。見ている取材スタッフから「痛そう&hellip;」の声が出始める。</p> <p><a href="Javascript:w=window.open('http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida13.jpg','photo','Width=960');w.focus();"><img width="150" border="0" alt="yoshida13.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida13.jpg" /></a></p> <p>「特殊メイクは何もないところにプラスする作業です」自前の爪の上にツケ爪を被せる。イヤな予感がします。</p> <p><a href="Javascript:w=window.open('http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida14.jpg','photo','Width=960');w.focus();"><img width="150" border="0" alt="yoshida14.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida14.jpg" /></a></p> <p>やはり！「爪が剥がれそう」な状態に。身震いするほどリアル。メイクされている本人は笑顔。それもコワイ。</p> <p><a href="Javascript:w=window.open('http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida15.jpg','photo','Width=960');w.focus();"><img width="150" border="0" alt="yoshida15.jpg" class="mt-image-none" style="" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida15.jpg" /></a></p> <p>はい、出来上がり。手を動かすと傷も動く。見てる全員が「イタタタタタ！」。ここまで5分とかからなかった。<br /> <br /> <br /> 「時間をかけたら誰でもできる。そこを短時間かつ一番手間のかからない方法でやるのが僕らの仕事です」、というせっかくの吉田さんの解説もできたての傷口から目が離せず、聞き逃してしまうところだった。<br /> 「爪、剥がしてみたら？」怖いもの見たさで誰かが言った。「いきますよ&hellip;せーのっ」工房中に私たちの悲鳴が響いた。それを聞いてご覧の笑顔の吉田さん。ああ、こういう瞬間が好きなんだな、とわかった気がした。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" alt="yoshida16.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/yoshida16.jpg" /></p> <p><br /> <br /> ----------------------------------------------------------------<br /> 吉田ひでお「アーリオ工房」<br /> 札幌市北区拓北4条3丁目6-15<br /> TEL・FAX　011-772-4819<br /> ----------------------------------------------------------------</p> <p>取材・文　ライター佐藤優子（<a href="http://mimibana.exblog.jp/">耳にバナナが</a>）<br /> 撮影　<a href="http://harebare.co.jp/">ハレバレシャシン</a><br /> &nbsp;</p>]]></description>
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            <pubDate>Mon, 28 Feb 2011 10:51:47 +0900</pubDate>
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            <title>油彩画家　　石倉美萌菜さん</title>
            <description><![CDATA[<p>肉感的な裸女が挑発的な表情でこちらを見つめる。<br /> 力強いタッチのこの油絵に付けられたタイトルは『最強のアピールコスチュームを着て 愛の告白をする&ldquo;わたし&rdquo;「す」「き」』。 <br /> モデルはこの作品の作者、石倉美萌菜さん自身だ。<br /> 自分の中に去来する抑え難い不安や情念を力強く描く若き画家は、上海でのレジデンスを機に大きく羽ばたく。<br /> &nbsp;</p> <span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/ishikura_top.jpg" alt="ishikura_top.jpg" class="mt-image-none" /><br />     <br />     <div id="other_files" class="ishikura">&nbsp;　</div></span> <p><br /> <span style="font-size: 120%;"><strong>とにかく上手くなりたい一心で・・</strong></span><br /> <br /> 美術部に所属した高校時代から美大をめざし、油絵を描き続けた。<br /> 結果は２年間の浪人生活。<br /> この時期の落ち込んだ気持ちが今でも自身の創作に影響を与えているという。<br /> 「ハッピーな気分でいる時よりも、惨めな気分でいる時に創作にアイデアが湧いてきます。力不足な自分、好きな気持を伝えられない自分、役に立ってない自分とか、そうした気分の時に書きとめたメモをヒントに作品に取り掛かることが多いです」。<br /> <br /> 念願かなって入学した大学では、上手くなりたい一心で、具象の創作に集中した。<br /> 恋愛が苦手な自分をモデルに、普段はできない「告白」を表現した組作品『最強のアピールコスチュームを着て愛の告白をする&ldquo;わたし&rdquo;「す」「き」』は、欲望と自虐が交錯した代表作。裸身の彼女が2枚のキャンバスの中で「す」「き」と囁く。<br /> <br /> 「作品を観た人が作品のタイトルを読む際、&ldquo;わたし&rdquo;の部分を読んだ瞬間に、絵の中の&ldquo;わたし&rdquo;になってしまえという支配的な想いも込めています」。<br /> 彼女自身がモデルだと聞くと、観る側のほうが戸惑ってしまうが、「モデルを頼むにもお金がかかるので」と笑い、意に介さない。<br /> 「自虐的」なのか、「屈託がない」のか、「青春まっ只中」なのか、その全部なのか、いずれにせよ、彼女にそれを描かせてしまうエネルギーの大きさには驚くばかりだ。<br /> &nbsp;</p> <p><img height="413" width="550" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/mimona_01_su_ki.jpg" alt="mimona_01_su_ki.jpg" class="mt-image-none" /><span style="font-size: 80%;">『最強のアピールコスチュームを着て愛の告白をする&ldquo;わたし&rdquo;「す」「き」』<br /> 挑発的な表情のモデルは石倉さん自身だ</span></p> <p><br /> <br /> <span style="font-size: 120%;"><strong>画家という存在との葛藤</strong></span><br /> <br /> 大学卒業後、迷うことなく画家として生きていくことを決意した石倉さんは、アルバイトをしながら創作する生活に入った。<br /> そんな毎日の中、「社会に対して自分の創作はいったい何の役に立っているのだろう？」と疑問を持ちはじめた。<br /> 「一番美術を信じていなくてならないはずなのに、その美術が信じられなくなった」と当時を振り返る。<br /> <br /> 葛藤の末に生み出したのが、2009年に制作した「実用絵画シリーズ」だ。<br /> 風景や花など、普段描いている自画像とは全く異なるモチーフを描いた絵画に台所用具をかけるフックを付けたり、トイレ用の芳香剤を付けたり。<br /> 「絵画を実用品として使ってもらえるように、絵に機能を付けて、値段も安くしました。芸術としての価値を持つことを放棄して矛盾と葛藤を作品にしてしまいました」。<br /> <br /> 昨年8月には札幌の<a href="http://www.g-monma.com/">ギャラリー・門馬</a>で、『石倉美萌菜・初・個展!!!!』を開催し、ここでも多くの貴重な体験をした。<br /> 「個展の準備も大変でしたが、精神状態を維持するのが大変でした。絵で自分を保ってきたのに、その絵に自分をおかしくされそうな感じというか･･･。持っている作品をすべて展示したので、もしも失敗したら画家としての自分が完全に否定されてしまうというプレッシャーが大きかったです」。<br /> それでも無事開催にこぎつけ、10日間の個展を乗り切った。<br /> 初個展の自己評価は「作品が空間に負けてしまった」とのことだが、「今度はもっと計画的にやりたい」との意欲も湧いてきた。次回個展に期待しよう。</p> <p><img height="733" width="550" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/mimona_03_koten.jpg" alt="mimona_03_koten.jpg" class="mt-image-none" /> <br /><br /> <img height="413" width="550" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/mimona_04_koten_sugoroku.jpg" alt="mimona_04_koten_sugoroku.jpg" class="mt-image-none" /><span style="font-size: 80%;">昨年8月には初個展を開催。来場者にはすごろくを楽しんでもらった</span></p> <p><br /> <br /> <strong><span style="font-size: 120%;">初めてアーティストとして迎えられた上海でのレジデンス</span></strong><br /> <br /> そして2010年末、石倉さんの創作活動に大きなインパクトを与える転機が訪れた。<br /> アーティスト・イン・レジデンス事業を展開する<a href="http://www.s-air.org/">NPO法人S-AIR</a>のアーティスト海外派遣プログラムに採択され、上海に２ヶ月間滞在し、創作ができるチャンスを得たのだ。<br /> 上海のアートマネジメント会社<a href="http://www.office339.com/jp/">Office339</a>のサポートを受けながら、現地で油絵の創作と発表を行う計画で、昨年11月、札幌を後にした。<br /> <br /> 初めての海外、そして滞在。<br /> 不安と期待が交錯する中で迎えた上海での生活は想像を大きく超えたものだった。<br /> 「まず、生まれて初めてアーティストとして扱われたことに戸惑いました。最初はとくに現地で私の創作をコーディネートしてくれる人たちとの距離感の取り方がわからなくて悩みました。アーティストは「私が考えていることはこんなに面白いからみんな手伝って」という主張ができないといけないのですが、それが難しく、もっと勉強して、知識も技術も身につける必要性を痛感しました」。<br /> <br /> 現地のスタッフから「いまこの時期に上海に来ていることを体感すべき」とアドバイスを受け、上海の街、人、空気を体で感じることを心がけ、創作に向けたエネルギーを高めていった石倉さんは、高さ2.5mサイズの油絵の制作に着手した。<br /> 作品のタイトルは『何がわかってないのかわからない』。<br /> いかにも石倉さんらしい題名だが、この作品の構想は以前から温めていたもの。なかなか創作にとりかかれないでいた作品だが、上海の環境が創作に向けて背中を押した。<br /> 約2週間という異例のスピードで描いたこの作品は、上海に来なければ描けなかった一作となった。</p> <p><img height="413" width="550" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/mimona_05_shanghai.jpg" alt="mimona_05_shanghai.jpg" class="mt-image-none" /><span style="font-size: 80%;"> 上海でのレジデンス風景。ここでの経験は石倉さんにとって大きな財産となった</span></p> <p><img height="413" width="550" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/mimona_06_wakaranai.jpg" alt="mimona_06_wakaranai.jpg" class="mt-image-none" /><span style="font-size: 80%;">上海で創作した作品 『何がわかってないのかわからない』</span></p> <p><img height="367" width="550" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/mimona_07_happyoukai.jpg" alt="mimona_07_happyoukai.jpg" class="mt-image-none" /><span style="font-size: 80%;">上海での作品展示風景。<br /> 中央は石倉さんの代表作『最強のアピールコスチュームを着て愛の告白をする&ldquo;わたし&rdquo;「す」「き」』</span></p> <p><br /> <br /> <strong><span style="font-size: 120%;">『石倉美萌菜すごろく』で上海市民と交流<br /> </span></strong><br /> 上海で制作したもう一つの作品が「石倉美萌菜すごろく」だ。上海に出発する前から制作をスタートさせたもので、１日の出来事を絵と短い文で表現し、毎日描き続けたものをすごろくゲームにしたものだ。<br /> 上海では毎週日曜日にこのすごろくを持って公園に出かけ、道行く人たちに楽しんでもらった。<br /> 「最初はゲームの説明も何もしなかったので盛り上がりませんでしたが、準備をして行くと、子どもやお年寄りが喜んで遊んでくれました。ただ、すごろくに描かれている絵が作品だという認識があまりなくて、描かれている物や題材に関心があったようです」（笑）。<br /> すごろくという作品を通じて上海の市民と交流を持てたことも大きな収穫となった。<br /> &nbsp;</p> <p><img height="413" width="550" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/mimona_08_sugorokuchina.jpg" alt="mimona_08_sugorokuchina.jpg" class="mt-image-none" /><span style="font-size: 80%;"><br /> 上海では『石倉美萌菜すごろく』で市民との交流も楽しんだ</span></p> <p><br /> <br /> <strong><span style="font-size: 120%;">&ldquo;社会性のある作品&rdquo;の追求</span></strong><br /> <br /> &nbsp;</p> <p><img height="367" width="550" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/mimona_09_yokogao.jpg" alt="mimona_09_yokogao.jpg" class="mt-image-none" /><span style="font-size: 80%;">2011年は、「上海での経験を活かし、自分を追求する年」に！</span></p> <p><br /> アーティストとしても、一人の人間としても、大きく成長する機会を得た上海滞在だったが、最後にちょっと悔しい思いもした。<br /> <br /> 「あなたの作品には社会性が足りない」――上海のスタッフから言われた一言が今も忘れられない。<br /> 「その場で反論することもできたのですが、その言葉の意味をしっかり考えないといけないと思いました。「社会性」とは何を意味するのか、今でもはっきりはわかりませんが、ちゃんと納得させられるような作品を描けるように。これから追求していきます」。<br /> <br /> 美術史、社会のしくみ、マナーなど、上海でのレジデンスを通じて、勉強の必要性を痛感したという石倉さん。2011年は勉強をしつつ、色々なものを追求する年にしたいという。<br /> 「社会性」の謎解きが作品にどう反映されるのか、今から楽しみだ。<br /> <br /> --------------------------------------------------------------------------------<br /> <span style="font-size: 120%;"><strong>■油彩画家　石倉美萌菜</strong></span><br /> <a href="http://www.office339.com/jp/artists/mimonaishikura/">http://www.office339.com/jp/artists/mimonaishikura/</a><br /> （上海のアートマネジメント事務所Office339Webサイト）<br /> --------------------------------------------------------------------------------<br /> <br /> 取材・文　佐藤栄一（<a href="http://www.planners-inc.jp/">プランナーズ・インク</a>）<br /> 写真　　　山本顕史（<a href="http://harebare.co.jp/">ハレバレシャシン</a>）</p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">石倉美萌菜　office339　S-AIR　上海</category>
            
            <pubDate>Mon, 14 Feb 2011 16:32:25 +0900</pubDate>
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            <title>アニメユニット　ピコグラフ　　代表 太田さん・河原さん・mebaeさん</title>
            <description><![CDATA[<p>札幌アニメーション業界屈指の独創性で、<br /> 設立10年を走り続けてきたクリエイター集団「ピコグラフ」。<br /> イノベーションプロジェクト「動画革命東京」の支援で制作した<br /> SFカーレースアニメ「TAILENDERS」のBD・DVDが1月28日から発売、<br /> 次のステージに向かって大きな一歩を踏み出した。</p> <span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img width="560" alt="picograph_top.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/picograph_top.jpg" class="mt-image-none" style="" /><br />     <br />     <div class="picograph" id="other_files">&nbsp;　</div></span> <p><br /> <span style="font-size: 130%;"><br /> </span><strong><span style="font-size: 130%;">北海道教育大学の卒業生が集まり結成10年</span></strong><br /> <br /> 「2010年は僕らにとって大きな転機でした」。<br /> メンバーがそう口を揃えるアニメーション企画・制作会社「ピコグラフ」は2001年に札幌で設立。北海道教育大学デザイン研究室（当時）出身の先輩後輩が集まり、幾人かのメンバーチェンジを経て現在は4人&mdash;代表の太田真さん（36）、河原大さん（32）、mebaeさん（31）、東京在住メンバーの佐々木尚さん（32）で構成されている。<br /> <br /> 所属研究室の指導教員はICCのアドバイザーも務める映像作家・伊藤隆介氏だったこともあり、「デザイン」と看板を掲げるものの基本方針は「何でもあり」。太田さんは得意の変形玩具で才能を現し、授業でアニメ&mdash;ション制作の基本を学んだ。<br /> 河原さんいわく「今のピコグラフがオリジナル企画として抱えるコンテンツは、大学時代に太田が育んだアイデアにようやく形を与えたもの」。この太田さんを中心に映像作りに関心がある仲間が集い、クリエイター集団「ピコグラフ」が誕生した。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/picograph02.jpg" alt="picograph02.jpg" /><span style="font-size: 80%;">写真左から主にキャラクターデザイン担当のmebaeさん、ピコグラフ代表で企画・脚本の太田真さん、編集・撮影の河原大さん。</span></p> <p><br /> そして設立10年の節目を迎えた昨年は自分たちのオリジナル作品<a href="http://www.tailenders.com/">「TAILENDERS」</a>のBlu-ray・DVD発売も決定。自称「札幌のひきこもり」時代に終わりが見えてきたピコグラフの3人を中央区の事務所に訪ねた。<br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">ICC時代はサイエンスチャンネル一色</span></strong><br /> <br /> ICCとピコグラフは浅からぬ縁にある。2001年のICC創立と同時に第一期生の入居メンバーに名を連ねた。「伊藤先生からICCチーフアドバイザーの久保さんへと縁がつながり、&ldquo;応募してみないか&rdquo;と誘っていただいたのがきっかけでした」。<br /> この時のピコグラフは、在学中から始めた科学教育番組<a href="http://sc-smn.jst.go.jp/index.asp">「サイエンスチャンネル」</a>のコンテンツ制作に追われる毎日。毎週月曜は「月」、火曜は「火」をテーマにした日替わりアニメ「うさみみ玉手箱」の他に、2061年のレスキュー技術の進化と活躍を描く「U.H.O.フューチャーレスキュー2061」全32話も担当。後者はピコグラフ初期の代表作となった。<br /> &nbsp;</p> <p><img width="560" alt="UHO6_image001.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/UHO6_image001.jpg" class="mt-image-none" style="" /><br /> <br /> <img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/UHO6_image003.jpg" alt="UHO6_image003.jpg" /><span style="font-size: 80%;">近未来を描いた科学教育アニメ「U.H.O.フューチャーレスキュー2061」。サイエンスチャンネルで全話視聴可能。</span><br /> <br /> 河原さんはいう。「『U.H.O.フューチャーレスキュー2061』はピコが挑戦した初めての本格商業アニメ。14分の作品を最終的には32本、コンスタントに作り続る経験自体が初めてで、まったく終わりが見えなかった。パソコン台数が足りなくて他の入居者さんから借りたこともありました」。<br /> メンバーの主な役割分担は、企画・脚本が太田さん、キャラクターデザインや作画をイラストレーターでもあるmebaeさん、編集・撮影の取りまとめを河原さんが担当する。だが、この「U.H.O.」時代の忙しさから得意分野以外にも互いをフォローし合う経験を積めたことが、のちの「TAILENDERS」の現場にも生きてくる。「大学時代にアニメ制作の頭から終わりまで一人で出来るスキルを全員が身に付けていたことも大きく役立ちました」と太田さんは振り返る。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/picograph_meeting.jpg" alt="picograph_meeting.jpg" /><span style="font-size: 80%;">現オフィスでの打ち合わせ風景。ICC時代の思い出は？「自販機にあったガラナ（笑）。みんな取り憑かれたように飲んでました」</span><br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">世界を覆う法則を独自の視点で説明</span></strong><br /> <br /> 3年間のICC時代が終わると今の場所に事務所を構えた。道内企業のTVCFやPVなどのアニメ制作を手がけ、その合間に各自が変形玩具の制作やイラスト、マンガ、WEBデザイン、専門学校講師などの個人活動を行う。<br /> <br /> ピコグラフの売りは何ですか？と尋ねると、「北海道では数少ない手描きアニメのスキルを持つメンバーと、コンセプチュアルな世界観を打ち出せる独自の視点」という回答が返ってきた。<br /> コンセプト作りの中核を担う太田さんは、「世の中の個別な事柄からテーマを拾うというよりは、世界を覆う法則やルールが気になる。&ldquo;太陽が東から昇る&rdquo;という現象が昔であれば 神話で語られるのに対し、今は科学で説明される。その法則を語るにはどういう背景があればいいのかを考えるのが楽しい」と語る。</p> <p><img width="560" alt="picograph01.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/picograph01.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">「手描きと3Dを効果的に使い分けながら映像制作を行っています」</span></p> <p><br /> ピコグラフのホームページに行くと「マンガ」コーナーがあり、クリックで次の画面に変わるFLASH4コママンガが楽しめる。これも変形玩具で鍛えた「見立て」や言葉遊びを巧みに駆使する太田さんの独壇場。&ldquo;ピコワールド&rdquo;の片りんを垣間見ることができる。<br /> <object height="420" width="560" style="visibility: visible;" id="sb-player" data="http://www.icc-jp.com/features/assets/picograph_assist.swf" type="application/x-shockwave-flash"> <param value="#000000" name="bgcolor" /> <param value="true" name="allowfullscreen" /></object> <br /> <span style="font-size: 80%;">2011年1月現在で200話以上更新されている「FLASH4コママンガ」から第120話「アシスト」</span><br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">動画革命東京の支援でオリジナルアニメ</span></strong><br /> <br /> 設立6年が過ぎたころ、ピコグラフはオリジナル作品の制作を考え始めていた。そこに現れたのは札幌在住のクリエイター宇木敦哉さん。東京都などからの出資をもとに行われる支援事業<a href="http://www.anime-innovation.jp/">「動画革命東京」</a>のことを教えてくれた。<br /> 「動画革命東京」の仕掛け人はICCアドバイザーの一人であるアニメーションプロデューサーの竹内宏彰氏。「アニメーションで世界に新たな感動を！」をキャッチフレーズに才能あるクリエイターを対象に世界市場を意識した&ldquo;パイロット版作品&rdquo;の制作をバックアップする。前述の宇木さんが監督・脚本・作画をした初の短編アニメ「センコロール」も、この「動画革命東京」の支援を受けて作られた。<br /> <br /> この話を聞いた河原さんは「自分たちも」と応募を決意した。着想はあった。知人のインディーズバンドのライブで聞いた疾走感あふれる曲からインスパイアされたSFカーレースアニメもの、「TAILENDERS」（テイルエンダーズ）完成までの一歩を踏み出した。<br /> 2007年3月、作品プロットを「動画革命東京」第5期支援作品の公募に送り、10月には支援が決まった。翌年3月の「東京国際アニメフェア2008」では90秒のトレーラーが初公開されそのまま勢いに乗る、はずだったが、そこで思わぬ展開が待っていた。<br /> <br /> <iframe height="345" frameborder="0" width="560" title="YouTube video player" class="youtube-player" type="text/html" src="http://www.youtube.com/embed/uRsafFf-brw?rel=0" allowfullscreen=""></iframe> <br /> <span style="font-size: 80%;">「TAILENDERS」Blue-ray＆DVDは1月28日から発売。初回限定生産版には豪華特典が満載！発売・販売：角川書店</span><br /> <br /> 会場でピコメンバーが目にしたのは日本アニメ界の俊英・小池健監督が制作に7年をかけた最新作「レッドライン」のトレーラー。主人公の声には木村拓哉を抜擢、と話題に事欠かないその作品は「TAILENDERS」と同じ近未来のカーレースものだった。<br /> <br /> 「見た瞬間、&ldquo;やばい&rdquo;と思いました」作画担当のmebaeさんは述懐する。自分たちがどんなに支援を受けたとしても小池組が持つキャリアや知名度にはかなわない。<br /> 「それならいっそ思いきってピコが得意とする世界観の構築を振り切ったものにしていこう」と大きく方向転換をし、「環境変動」が進む世界で人類は「車輪街」を築き、巨大な車輪の上でレースが行われるという「TAILENDERS」ならではの設定を練り上げていった。<br /> <br /> 「TAILENDERS」自体、「若造が伝説的な人物にがむしゃらに挑んでいく」筋書きで、小池氏の作品を前にしたピコメンバーの姿とも重なる。&ldquo;若造&rdquo;たちの挑戦はその後ピコグラフ最長の&ldquo;尺&rdquo;を持つ30分のオリジナルアニメとして完成し、2009 年には地元で人気の国際短編映画祭「SAPPOROショートフェスト」で初上映された。<br /> <br /> 「このパイロット版が出来たことで長編化やシリーズ化など次の展開にも進めそうです」。さらに嬉しいことにトレーラーを高く評価した角川書店から1月28日、Blu-ray・DVDも発売される。</p> <p><img width="560" alt="tailenders_web_top.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/tailenders_web_top.jpg" class="mt-image-none" style="" /><span style="font-size: 80%;">「TAILENDERS」公式サイト　</span><a href="http://www.tailenders.com/"><span style="font-size: 80%;">http://www.tailenders.com/</span></a><span style="font-size: 80%;">　有望な若手レーサー巴史郎は＜伝説様＞と呼ばれるルーサー・キングを抜くことだけを生き甲斐としてきた。が、瀕死の事故から目覚めてからは美少女科学者・御神楽トモエと「惑星再開拓レース」に挑む&hellip;。</span><br /> <br /> 「『TAILENDERS』をやったことで、すごくビジネスを意識するようになりました」と語るのは河原さんだ。「スポンサーを待つのではなく探しに行く。いや、もしかすると、このスポンサー不在の時代に直接視聴者とつながる仕組みから考えていく時期に来ているのかもしれません」。作品の出口を自分たちで考え始めている。<br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">新ブランド「ピコグラフ」の確立を目指して</span></strong><br /> <br /> <img width="560" alt="totemia_001.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/totemia_001.jpg" class="mt-image-none" style="" /><br /> <br /> <img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/totemia_002.jpg" alt="totemia_002.jpg" /><br /> <br /> <img width="560" alt="totemia_003.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/totemia_003.jpg" class="mt-image-none" style="" /> <span style="font-size: 80%;">ピコグラフオリジナル企画「精霊大戦トーテミア」。太田さんの真骨頂である完全変形玩具&times;SFサバイバルアクション！</span></p> <p><br /> 少人数制作のピコグラフが抱える目下の課題は、仕事量やスケジュールに動じない制作環境を作ること。「オペレーターではなく自分の作品を持っているような作画メンバーを募集しています」。<br /> 昨年12月、ICC主催の「SAPPORO次世代コンテンツ産業創造プロジェクト」で来札 した世界的な現代美術家・村上隆氏の講演からも刺激を受けた。「観光都市として雪まつりだけで年間200万人が訪れる札幌はすでに&ldquo;北海道ブランド&rdquo;として注目を集める基盤が出来ている。他の都府県よりもはるかに恵まれた都市であることに気づかせてもらいました」。<br /> <br /> イラストレーターmebaeさんは、パリ・ヴェルサイユ宮殿での村上氏の個展のために制作された短編アニメーション「シックスハートプリンセス」のキャラクターデザインを担当した。<br /> こうしたメンバーの活躍もバネに、今後はピコグラフという新ブランドの確立を目指し、もうひきこもってはいられない。<br /> <br /> ----------------------------------------------------------------------------------------------------<br /> ●ピコグラフ<br /> HP : <a href="http://www.picograph.com/">http://www.picograph.com/</a><br /> 代表太田さんのブログ　変形バカ一代！JIZAITOYS <a href="http://jizaitoys.seesaa.net/">http://jizaitoys.seesaa.net/</a><br /> 河原さんのブログ　mediakiosk <a href="http://mediakiosk.jp/">http://mediakiosk.jp/</a><br /> mebaeさんのTwitter&nbsp;&nbsp; <a href="http://twitter.com/mebaeros">http://twitter.com/mebaeros</a><br /> 佐々木　尚さんのブログ　(ye)　<a href="http://ye134.sakura.ne.jp/">http://ye134.sakura.ne.jp/</a><br /> ----------------------------------------------------------------------------------------------------<br /> 取材・文　ライター佐藤優子（<a href="http://mimibana.exblog.jp/">耳にバナナが</a>）<br /> 撮影　<a href="http://harebare.co.jp/">ハレバレシャシン</a></p> <p>&nbsp;</p>]]></description>
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            <pubDate>Fri, 28 Jan 2011 19:44:43 +0900</pubDate>
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            <title>フェルト作家　　丹治久美子さん</title>
            <description><![CDATA[<p>数ある「札幌スタイル」認証作品の中でサイズ、インパクトともに<br />ひときわ大きな存在感を放つトリ型フェルトバッグ。<br />ニュアンスたっぷりの柄模様は作者の丹治久美子さん（40）が<br />「長い実験期間」の果てに完成させたもの。<br />現在バッグ以外の商品を展開するセカンドラインの準備も進み、<br />2011年は「トリシリーズ」飛躍の一年になりそうだ。</p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline"><img class="mt-image-none" alt="tanji_top.jpg" width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/tanji_top.jpg" /><br /><br /><div class="tanji" id="other_files">&nbsp;　</div></span><p><br /><br /><strong><span style="font-size: 130%">愛されキャラに成長、トリ型フェルトバッグ</span></strong><br />フェルト作家丹治久美子さんの看板作品「トリ型フェルトバッグ」が誕生して2011年で6年目に突入する。現在は丹治さんが運営する<a href="http://www.fairground-attraction.com/">サイト</a>や百貨店などの催事場で販売中。１個52,500円と気軽に買える価格ではないが、「友だちの分も」と一度に何個も買い上げる熱烈なファンもいるという。<br />&nbsp;</p><p><img class="mt-image-none" height="372" alt="tanji_01.jpg" width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/tanji_01.jpg" /><br /><span style="font-size: 80%; line-height: 130%">バッグ本体の幅は約38cm、高さ約23cm。ひとまわり小さいサイズ（幅約30cm&times;高さ18cm 37,800円）もある。取材協力／札幌スタイルショップ（電話011-209-5501）<br /></span><br />見る人を惹きつけて離さない魅力の要因は、大人も持ちやすいシンプルなトリのフォルムと個性的な柄模様にある。柄模様については後ほど触れるが、まずトリ型にしたきっかけを丹治さんに尋ねると、「お土産でいただいた鳩サブレから。夢がなくてスミマセン（笑）。でも実際に販売してみると&ldquo;顔&rdquo;があるせいか、&ldquo;この子を一生大事にします&rdquo;と感情移入してくださるお客様が多くてありがたいです」。<br />着想を得た銘菓に劣らぬ&ldquo;愛されキャラ&rdquo;に成長しつつあるようだ。</p><p><img class="mt-image-none" height="371" alt="tanji_02.jpg" width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/tanji_02.jpg" /><br /><span style="font-size: 80%; line-height: 130%">白一色と化す冬の札幌に彩りを添えるトリバッグ。「持ち歩けるアクセサリー感覚でかわいがってもらえたら」と丹治さん。</span><br /><br /><br /><br /><strong><span style="font-size: 130%">縮む性質を活用したフェルトメイキング</span></strong><br />柄模様の秘密に迫る前に丹治さんに制作工程を解説していただいた。<br />「私がやっているのは、羊毛フェルトの縮む性質を利用した&ldquo;フェルトメイキング&rdquo;といわれる手法です」。主な材料はスライバーといわれる原羊毛の束とせっけん水。針と糸、ノリなどつなぎ合わせるための材料は一切使わない。<br /><br />ビニール製の型紙の上にスライバーから手でちぎったフェルト繊維を縦横に並べていく。そこにせっけん水をかけるとフェルトは縮み、繊維同士が互いにからみついて布状に固まる。1層目ができたら2層、3層&hellip;と厚くしていき、「トリバッグは8層重ね」。型紙の両面に同じ作業を繰り返し、型紙を抜いて裏表をひっくり返すとトリ型ボディーが完成する。<br />&nbsp;　</p><p><img class="mt-image-none" height="372" alt="tanji_03.jpg" width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/tanji_03.jpg" /><br /><br /><img class="mt-image-none" height="372" alt="tanji_04.jpg" width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/tanji_04.jpg" /><br /><span style="font-size: 80%; line-height: 130%">羊毛フェルトのスライバー。束から繊維をちぎって型紙の上に載せていく。</span></p><p><br />「せっけん水をかけたり表面をたたいたり、フェルトをさんざんいじめて出来上がり（笑）。簡単でしょ。簡単で誰でもできるからこそ&ldquo;自分にしかできない表現&rdquo;を追求するのが難しい」。<br />出身地の仙台から札幌へ越してきたばかりの15年前、まだフェルト手芸が珍しかった時代にたまたま入った作品展で「縫い目が一つもない」フェルトの不思議に魅了された。自己表現のためのツールとしてフェルトを自在に操るようになるまでには、それから10年もの長い歳月を要したという。<br /><br /><br /><br /><strong><span style="font-size: 130%">独得の柄模様、秘密は異素材使いにあり</span></strong><br />さて、「柄模様」の話である。トリバッグを彩るカラフルな柄模様はクレパスで描いたぼかし絵のようにも見え、「一体どうやって？」と思わずにはいられない。<br />&nbsp;　</p><p><img class="mt-image-none" height="372" alt="tanji_05.jpg" width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/tanji_05.jpg" /><br /><span style="font-size: 80%; line-height: 130%">白いシルクの縁どりがきいている柄模様。タイトルは「mement/時間旅行」。<br /></span>&nbsp;</p><p><img class="mt-image-none" height="372" alt="tanji_06.jpg" width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/tanji_06.jpg" /><br /><span style="font-size: 80%; line-height: 130%">赤い毛糸をアクセントに使った「imaginary note/小さな屋根の上より」。<br /></span><br />試しに白い縁どりの円模様を触ると、なにやらフェルトとは違う手触りがした。<br />「そう、その白はシルクです。縒ったシルクで外周を作り、その中にあらかじめ薄い層で作っておいたプレフェルトを丸く切って置く。羊毛と他の素材とでは縮む比率が異なるので、せっけん水をかけるとフェルトは均等に縮みたいのに異物があるため&ldquo;いったりきたり&rdquo;する。そこにフェルト単体だけでは出せない面白い風合いが生まれるんです」。<br />他にオーガンジーやガーゼを用いることもあるこの異素材使いが、「一つとして同じものがない」トリバッグ独得の柄模様を成立させていたというわけだ。<br />&nbsp;</p><p><img class="mt-image-none" height="372" alt="tanji_07.jpg" width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/tanji_07.jpg" /><br /><span style="font-size: 80%; line-height: 130%">柄模様に使うプレフェルト。本体とからみやすいようにあらかじめ薄い層で作っておく。<br /></span><br /><br /><br /><strong><span style="font-size: 130%">大切にしたい言葉や心象風景をフェルトで表現</span></strong><br />丹治さんはいう。「フェルトを始めて10年目にこの柄模様ができたとき、ようやく&ldquo;自分ならではの表現&rdquo;が見つかった、人に見てもらいたいと思えるようになったんです」。それまではひたすら自宅で「実験」と呼ぶ試作の繰り返し。安易に個展を開くことを自分に禁じていた。<br /><br />児童書で読んだ時間旅行への憧れや幼い頃父の実家で見た桑の木の思い出&mdash;&mdash;形を持たない言葉やお気に入りの心象風景をフェルトで表現するため、幾度とない試作を繰り返し、丹治さんしか知り得ない確かな技術を完成させた。<br />&nbsp;</p><p><img class="mt-image-none" height="372" alt="tanji_08.jpg" width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/tanji_08.jpg" /><br /><span style="font-size: 80%; line-height: 130%">映画のタイトルのようなネーミングに想像力をかきたてられる。</span><br />&nbsp;</p><p><img class="mt-image-none" height="372" alt="tanji_09.jpg" width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/tanji_09.jpg" /><br /><span style="font-size: 80%; line-height: 130%">フェルトメイキングはすべて手作業。丹治さんだけが知る最適な長さ、厚みの数値データがある。</span><br /><br />&ldquo;旅するトリ&rdquo;をテーマにした柄模様はスタート時の5種類から増えに増えて今ではなんと15種類&mdash;「sheep sleep/一生とけないアメ玉」「mement/時間旅行」「mulberry day/桑の実がなる風景」など&mdash;バッグをキャンバスがわりに表現した丹治久美子の世界が、「かわいいフェルト手芸」の枠にとどまらない魅力を放ち続けている。<br /><br />「&ldquo;一生とけないあめ玉&rdquo;は私にとっていつまでも飽きないものの象徴ですが、&ldquo;子どもがあめ玉を嬉しそうにほうばる姿を想像しながらバッグを使っています&rdquo;とお客様自身がイメージを膨らませてくれることも嬉しい驚きでした」。<br />バッグの数だけ&ldquo;物語&rdquo;が生まれることに作り手冥利を感じるという。</p><p><img class="mt-image-none" height="372" alt="tanji_10.jpg" width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/tanji_10.jpg" /><br /><span style="font-size: 80%; line-height: 130%">15種類のネーミングは次の通り。water hole/水たまり、sometimes snow/４月に降る雪、spring court/春コート、self portrait/羽、into forest/森の中で見つけた光、home path/帰り道、mement/時間旅行、drape/波打ち際の向こう側、imaginary note/小さな屋根の上より、small town/その街の始まりは夜、sheep sleep/一生とけないアメ玉、desert flower/砂漠が美しいのは？、mulberry day/桑の実がなる風景、rondo/回旋曲、dawning/黎明・夜明けから</span><br /><br /><br /><br /><strong><span style="font-size: 130%">セカンドライン第一弾は&ldquo;勉強するトリ&rdquo;</span></strong><br />自分の世界観を表現したトリバッグの完成を機に、丹治さんは「札幌スタイル」に応募。認証と同時に交流の場や人脈も一気に広がった。異なるジャンルのクリエイターや協力企業から刺激を受け、2011年の春にはバッグ以外の商品を展開するトリシリーズのセカンドラインを発表する。<br /><br />第一弾は、景観にやさしいレジャーシート「さくらシート」を制作した<a href="http://www.yvp.co.jp/index.html">山内ビニール加工株式会社</a>と作る知育玩具に決まった。「まだ詳しくはお知らせできませんが、特殊なビニールを使ったお風呂で遊ぶものになります」。<br />バッグの&ldquo;旅するトリ&rdquo;から今度は&ldquo;お勉強するトリ&rdquo;へ。セカンドラインのトリにはいろんなことを体験させたい。「あれもやりたい、これもやりたいって考えていくと最終的にトリは私自身になっちゃうのかなぁ」。<br />&nbsp;</p><p><img class="mt-image-none" height="372" alt="tanji_11.jpg" width="560" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/tanji_11.jpg" /><br /><span style="font-size: 80%; line-height: 130%">屋号の「フェアグラウンドアトラクション」は移動遊園地の意味。「楽しそうな響きが気に入って」今は解散したイギリスのバンド名から拝借した。</span><br /><br />昨年でフェルト歴15年が過ぎた。黙々と試作し続けた「実験」の日々を今あらためて振り返ると、「長かったですよね。でも私は天才ではないので自分のスタイルを見つけるには努力あるのみ。ブレない軸ができた今は前に進むだけです」。<br />職人気質の地道な試作から生まれた丹治久美子さんのトリシリーズ、2011年の大きな羽ばたきに期待したい。</p><p>&nbsp;</p><p>---------------------------------------------------------------------<br />■フェルト作家　丹治久美子「Fairground Attraction」<br />HP : <a href="http://www.fairground-attraction.com/">http://www.fairground-attraction.com/</a><br />---------------------------------------------------------------------<br /><br />取材・文　ライター佐藤優子（<a href="http://mimibana.exblog.jp/">耳にバナナが</a>）<br />撮影　<a href="http://harebare.co.jp/">ハレバレシャシン</a></p>]]></description>
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            <pubDate>Mon, 17 Jan 2011 12:16:14 +0900</pubDate>
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            <title>プロデューサー　　服部亮太さん</title>
            <description><![CDATA[<p>札幌の「今」を伝える情報発信サイト<br /> 「sapporo6h」（サッポロシックスエイチ）の代表、服部亮太さん（31）。<br /> ホームページとTwitterで開催6時間以内の情報を発信し、<br /> 動画配信サービス「Ustream」では生中継映像を配信する。<br /> メディアや企業から「一緒に面白いことをやりたい」とオファーが殺到中、<br /> 2010年の札幌をおおいに盛り上げた若手プロデューサーだ。</p> <span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hattori01.jpg" alt="hattori01.jpg" /><br /><br /> <div id="other_files" class="hattori">&nbsp;　</div></span> <p>&nbsp;</p> <p><strong><span style="font-size: 130%;">「今からでも間に合う」開催6時間前の情報</span></strong></p> <p>「sapporo6h」のホームページやTwitterを見に行くと、紹介されているイベントはその日開催のものばかり。しかも掲載から6時間後に始まるという「今からでも十分間に合う」意識が重い腰を上げさせてくれる。<br /> この、ほど良い&ldquo;開催6時間前&rdquo;の情報発信こそ「sapporo6h」独自の切り口。代表を務める服部良太さんの多忙な会社員時代に育まれたアイデアだ。<br /> <br /> 実家は江別。イベント企画やバンド活動に熱を上げた大学・フリーター時代を終えると、「人の生活が見てとれるスーパーが好き」という志望動機で地場企業の株式会社ラルズに就職した。<br /> 担当はスーパーの花形である青果売り場、加えて新店への配属が多かった。朝早くて夜も遅い。気がつけば家と会社を往復する毎日で、早上がりの時でさえ部屋でゴロゴロ。カルチャー情報を集める気力も術もなくなっていた。<br /> <br /> 「忙しい自分みたいな人にも情報を届けてくれる仕組みがあれば」、そんな願いが出発点となった。</p> <p><img width="560" alt="hattori_6h.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hattori_6h.jpg" class="mt-image-none" style="" /><br /> <span style="font-size: 80%;">「sapporo6h」HP:</span><a href="http://www.sapporo6h.com/　"><span style="font-size: 80%;">http://www.sapporo6h.com/　</span></a><span style="font-size: 80%;"><br /> </span></p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hattori_twitter.jpg" alt="hattori_twitter.jpg" /><br /> <span style="font-size: 80%;">Twitter:@sapporo6h　</span><a href="http://twitter.com/sapporo6h"><span style="font-size: 80%;">http://twitter.com/sapporo6h</span></a><span style="font-size: 80%;"><br /> <br /> 「一日を朝昼晩、寝る時間の4つに区切ると6時間単位。&ldquo;朝と夜&rdquo;よりもっと近い時間感覚で札幌の『今』を届けたかったから『sapporo6h』です」と服部さん。</span><br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">会社経験を栄養分に「sapporo6h」の実現へ</span></strong></p> <p>スーパー勤務4年後に東京のレコード会社へ転職し、販促・宣伝・制作活動に飛び回った。今でも連絡をとりあう元上司とはこんなエピソードがある。<br /> インストアライブの現場に追われ一度報告を怠った。自分の中でいくつも言い訳はあったが、怒った上司は「もういい」と口をきいてくれなくなった。二週間後、会社があった渋谷の雑踏の中、スリッパ姿のまま上司を追いかけた服部さんは頭を下げて己の非を詫びた。「社会で仕事をするための基本『報告・連絡・相談』の大切さを教えてくれました」<br /> 二度の会社勤めの経験が、30歳で「sapporo6h」を始めた栄養分になっている。<br /> <br /> 2009年5月、親会社の倒産により服部さんは職を失い北海道に帰郷した。だが、想像以上の就職難に「昔の自分が求めていたことを自力でやってみよう」と「sapporo6h」構想の実現を決意する。<br /> この頃友人に構想を話し、IT技術に詳しい吉本直人さんを紹介されたことも幸運だった。「IT音痴の僕をサポートしてくれる、うちの頼もしい技術部です」と信頼を寄せている。</p> <p><img width="560" alt="hattori02.jpg" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hattori02.jpg" class="mt-image-none" style="" /><br /> <span style="font-size: 80%;">毎週月曜午後8時から「サッポロUSTbar」を生放送中。取材協力はその会場である</span><a href="http://www.oyoyo16.com/"><span style="font-size: 80%;">「OYOYO（オヨヨ）大通まち&times;アートセンター」</span></a><br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">「これからの時代に君の役割は大きくなっていく」</span></strong></p> <p>「sapporo6h」の面白さは幾つものソーシャルメディアの「合わせ技」にある。ホームページの他に、140字の短さと即時性で人気のTwitter、大がかりな機材がいらない動画配信サービス「Ustream」を併用しながら札幌の「今」を発信する。<br /> 「実際、僕らのメイン機材は実家にあった父親のWEBカメラ。時にはiPhone一台の時もあります」。忙しくて行けなかったイベントもUstreamのアーカイブ機能なら後追いが可能。昔の自分が思い描いていた「あったらいいな」を実現していった。<br /> <br /> 初のUstream配信は昨年のクリスマスイブ、「勝手にすすきのパトロール」でデビューした。「さみしい人たちはイブのすすきのの様子なんて知りたくないはず（笑）。それを僕が代理で見に行く企画です」。肩の力が抜けた内容に沖縄やドイツの視聴者も楽しんだ。</p> <p><object height="345" width="560" classid="clsid:d27cdb6e-ae6d-11cf-96b8-444553540000" id="utv23864" name="utv_n_286021"> <param name="flashvars" value="loc=%2F&amp;autoplay=false&amp;vid=3397235&amp;locale=ja_JP&amp;hasticket=false&amp;id=3397235&amp;v3=1" /> <param name="allowfullscreen" value="true" /> <param name="allowscriptaccess" value="always" /> <param name="src" value="http://www.ustream.tv/flash/viewer.swf" /><embed height="345" width="560" flashvars="loc=%2F&amp;autoplay=false&amp;vid=3397235&amp;locale=ja_JP&amp;hasticket=false&amp;id=3397235&amp;v3=1" allowfullscreen="true" allowscriptaccess="always" id="utv23864" name="utv_n_286021" src="http://www.ustream.tv/flash/viewer.swf" type="application/x-shockwave-flash"></embed></object><br /> <span style="font-size: 80%;">初の動画配信となった2009年12月24日の「勝手にすすきのパトロール」。今年もやるんですか？の問いに「他のスタッフは誘いづらいので僕一人でも」</span></p> <p>2010年1月には札幌市立大学デザイン学部が主催した市民公開講座「CGMが拓くジャパンコンテントの未来」の同時配信を「やらせてください」と志願した（動画は現在非公開）。<br /> その時ソーシャルメディアに詳しい主催者の一人からもらったメールは今も大事に保存している。「これからの時代に君の役割は大きくなっていく、と励ましていただき前に進む勇気をもらいました」。<br /> <br /> このメールに導かれるように服部さんの出番はその後加速度的に増えていく。</p> <p><object height="345" width="560" classid="clsid:d27cdb6e-ae6d-11cf-96b8-444553540000" id="utv523717" name="utv_n_75301"> <param name="flashvars" value="loc=%2F&amp;autoplay=false&amp;vid=10995722&amp;locale=ja_JP&amp;hasticket=false&amp;id=10995722&amp;v3=1" /> <param name="allowfullscreen" value="true" /> <param name="allowscriptaccess" value="always" /> <param name="src" value="http://www.ustream.tv/flash/viewer.swf" /><embed height="345" width="560" flashvars="loc=%2F&amp;autoplay=false&amp;vid=10995722&amp;locale=ja_JP&amp;hasticket=false&amp;id=10995722&amp;v3=1" allowfullscreen="true" allowscriptaccess="always" id="utv523717" name="utv_n_75301" src="http://www.ustream.tv/flash/viewer.swf" type="application/x-shockwave-flash"></embed></object><br /> <span style="font-size: 80%;">服部さんが番組の制作も行っている『au by KDDI presents Go to the future on Ustream!!』</span><br /> <br /> <br /> <strong><span style="font-size: 130%;">企業や自治体が注目、メディアとの連動も</span></strong></p> <p>個人事業主である服部さんは現在フリーのプロデューサーとして活動中。「sapporo6h」をホームとする自主企画の運営・配信と、企業や自治体からの依頼配信をコンテンツとしている。前者では進行台本の立案もゲストの出演依頼も本番の司会もすべて自分の役割。後者は企画立案からの依頼も少なくない。<br /> <br /> 他方、道内でもいち早くUstreamとTwitterを連動させた動画配信を始めた服部さんに対するメディアの反応は早かった。まずHTBから声がかかり、7月には参院選の北海道地区開票速報を、9月には局の看板番組である『水曜どうでしょう』DVD発売に伴う制作者のトークライブを配信した。「『水曜どうでしょう』の時は同時視聴者数が2万5千人を記録。累計約9万人に見ていただきました」<br /> <br /> 夏にはNHKのドキュメンタリー番組の取材を受け、当日のオンエアーをディクレターと一緒に見ながら制作裏話を語るという&ldquo;逆取材&rdquo;的な場もUstreamで配信した。</p> <p><object height="345" width="560" classid="clsid:d27cdb6e-ae6d-11cf-96b8-444553540000" id="utv854754" name="utv_n_316510"> <param name="flashvars" value="loc=%2F&amp;autoplay=false&amp;vid=9115174&amp;locale=ja_JP&amp;hasticket=false&amp;id=9115174&amp;v3=1" /> <param name="allowfullscreen" value="true" /> <param name="allowscriptaccess" value="always" /> <param name="src" value="http://www.ustream.tv/flash/viewer.swf" /><embed height="345" width="560" flashvars="loc=%2F&amp;autoplay=false&amp;vid=9115174&amp;locale=ja_JP&amp;hasticket=false&amp;id=9115174&amp;v3=1" allowfullscreen="true" allowscriptaccess="always" id="utv854754" name="utv_n_316510" src="http://www.ustream.tv/flash/viewer.swf" type="application/x-shockwave-flash"></embed></object><br /> <span style="font-size: 80%;">『ぶんぶん6h〜北海道の食材大研究!!』Ustreamの生放送中にTwitterでつぶやかれた視聴者の意見や質問をゲストにぶつけることもできる。</span><strong><span style="font-size: 130%;"><br /> <br /> <br /> 視聴者が価値を見出す双方向性を追求</span></strong></p> <p>ソーシャルメディア時代のプロデューサーである服部さんに今後の目標を聞いてみた。「UstreamもTwitterも視聴者との&ldquo;双方向性&rdquo;が鍵。見てくださる方々にどう情報を渡せば、皆さんの心も体も動かせるのかを考え実行するのが僕の仕事です。sapporo6hは誰もが使える&ldquo;まちの拡声器&rdquo;。まちを楽しく歩くための拡声器としてどんどん活用してもらえたら。今後は世界にも札幌の『今』を伝えて、札幌でこれから何かをやろうとしている人たちも応援していきたいです」<br /> <br /> 「勝手にすすきのパトロール」の中継時、沖縄の誰かがつぶやいた。「こんなに短い間にも雪って積もるんですね」。ホワイトクリスマスを喜ぶ声に服部さんは衝撃を受けた。「札幌に住む自分たちが当たり前だと思っていることにも視聴者が価値を見出してくれる。それを知ることができたのも双方向性を持つメディアならではの面白さです」<br /> <br /> 札幌在住の皆さん、もし今年のイブにすすきので服部さんを見かけたらどうぞ応援を。そして携帯電話やパソコンからご覧の皆さんにも、「祝2年目」のメッセージで服部さんと「sapporo6h」のイブを温めてもらいたい。</p> <p><img width="560" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/features/assets/hattori03.jpg" alt="hattori03.jpg" /><br /> <span style="font-size: 80%;">父親はその昔アマチュア無線が趣味でホームページを運営していたことも。「遠くの誰かとつながるのが楽しい。&ldquo;カエルの子はカエル&rdquo;です」</span></p> <p><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image">------------------------------------------------------------------------</span></span></span></span></span></span><br /> ■プロデューサー　服部亮太<br /> 「sapporo6h」HP : <a href="http://www.sapporo6h.com/">http://www.sapporo6h.com/</a>　<br /> Twitter : @sapporo6h <a href="http://twitter.com/sapporo6h">http://twitter.com/sapporo6h</a><br /> <span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image">------------------------------------------------------------------------</span></span></span></span></span></span></p> <p><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image">取材・文　ライター佐藤優子（<a href="http://mimibana.exblog.jp/">耳にバナナが</a>）<br /> 撮影　<a href="http://harebare.co.jp/">株式会社ハレバレシャシン</a> </span></span></span></span></span></span></p>]]></description>
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            <pubDate>Mon, 20 Dec 2010 19:51:29 +0900</pubDate>
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