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    <title>ＩＣＣアドバイザーコラム</title>
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    <title>望月澄人(CGアーティスト)</title>
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    <published>2010-01-08T08:27:44Z</published>
    <updated>2010-01-08T03:09:06Z</updated>

    <summary> 　CG国際展覧会「Asia Network Beyond Design　200...</summary>
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        <name>ICCサイト管理者</name>
        
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        <![CDATA[<span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img height="333" width="499" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/adviser/assets/adviser_mochizuki.jpg" alt="adviser_mochizuki.jpg" /></span> <p>　CG国際展覧会「Asia Network Beyond Design　2009」で、私の作品「<a href="http://www.icc-jp.com/ja/2009/11/000652.php">fruits 05</a>」が初代グランプリを受賞しました。この作品を作ることになったきっかけと、表現活動の背景について触れてみたいと思います。<br /> <a href="http://www.icc-jp.com/ja/2009/11/000652.php"><img border="0" src="http://www.icc-jp.com/ja/assets/fruits-05-ICC.jpg" alt="" /></a> <br /><br /> <strong><span style="font-size: 120%;">作品</span></strong><br /> 「Asia Network Beyond Design　2009」は、アジアという地域にあって様々な垣根を越えた交流を行う展覧会であり、中国、韓国、台湾、日本の４カ所で開催されました。私は各会場に向けて４点の作品を制作しました。グランプリ作品「fruits 05」は、3DCGアニメーション「視線で味わう果実」（HDV）の中から取り出した静止画です。本来ならアニメーションを出したかったのですが、初めて出品する展覧会で、しかも海外だったため、設営や搬出の事を考えて静止画にしました。<br /> 食べ物のCG作品を作り始めたのは、それまでの私の作品の意味が分かりにくいという弟の言葉でした。そこで私は「アートもデザインも食べ物と同じ。いろんな物を食べてみて、味覚の幅を広げたら、好きな物を食べるだけ」と考え、実際にCGで食べ物を作ってみました。「眼で食べる料理」、「視線で飲むカクテル」、「視線で味わう果実」は、このようにして生まれたわけです。<br /> アニメーションを始めたきっかけは、2001年に「DIGITAL IMAGE 2001 TOKYO」展【中国 韓国 日本 ディジタル・アートの現在】に出品したときに、日本は静止画作品が多いのに対し、中国も韓国も映像作品に向かっていた事実に気づいたことでした。映像作品に関しては、日本に比べ中国や韓国の方が一歩リードしているように感じ、自分でもアニメーション作品の制作を始めました。<br /> <br /> <strong><span style="font-size: 120%;">表現活動への目覚め</span></strong><br /> 20代からいろんな形で作品発表を続けてきましたが、この15年くらいは童話を3DCGでシンボリックに描いた作品を作り続けています。どうしてこんな作品を作るようになったのでしょうか。<br /> 表現に目覚めたのは学生時代です。海外からはポップ・アート、キネティック・アート、サイケデリック・アートなどが押し寄せ、音楽や映像やハプニングのイベントが盛んに行われていました。一方、演劇の世界では観客と舞台との垣根が取り払われ、寺山修司や唐十郎などを中心とした小劇場運動が全盛となり、歴史の闇の中にあった日本の情念や肉体表現が注目されていました。これが当時の現代美術とアングラ（アンダーグラウンド）です。<br /> きっかけは、入学祝いに貰った図書券で購入した「サド裁判」（現代思潮社）でした。それは「悪徳の栄え」（澁澤龍彦訳）が、猥褻罪で起訴された裁判の、特別弁護人による陳述記録でした。埴谷雄高、吉本隆明、大江健三郎、栗田勇など、文学者や詩人たちが、社会の既成概念に対し述べた反論は、それまで自分の中に無かった価値観をもたらしてくれました。その後、私は澁澤龍彦の紹介する異端文学とアナクロニズムに惹かれてゆきます。<br /> <br /> <strong><span style="font-size: 120%;">暗黒舞踏と人形劇</span></strong><br /> 当時もうひとつ衝撃を受けたのが暗黒舞踏です。このきっかけはアルバイトで手伝った土方巽の舞台でした。暗黒舞踏は、西洋から伝わったダンスとはまったく異なったもので、白塗りの裸体、脱力した動き、リズムの合わない群舞といった特徴を持っていました。そこでは、我々が日常生活を営む動作がすべて無用となり、人は一度、物に帰ることすら求められているようでした。また舞踏には、肉体の鍛錬と修練によってしか生まれない技があり、資金やテクノロジーを必要とする当時の現代美術より、人間的な魅力を感じたのです。<br /> 暗黒舞踏への興味の先には、人形劇がありました。当時、暗黒舞踏が&ldquo;オブジェとしての人間&rdquo;または&ldquo;死者としての肉体&rdquo;などと呼ばれていた事もあり、その先にあるのは人形だと思ったからです。人形には「オブジェとしての人形」と「キャラクターとしての人形」の２つの側面があります。前者にはハンス・ベルメールやシュールレアリストのマネキンがあり、後者は人形劇やアニメーション、ゲームのキャラクターなどがあります。別の言い方をすれば、人格を剥奪された人形と人格を与えられた人形と言えるかもしれません。<br /> 学生時代は人形劇サークルに属し、渋谷の天井桟敷館などで公演を行ない、卒業後は、辻村ジュサブロー・アトリエでNHK「新八犬伝」の人形制作スタッフとなりました。人形劇は、観客の想像力をかきたてるユニークな表現であることを実感していました。<br /> 暗黒舞踏派「大駱駝鑑」のポスター制作を始めたのもこの頃です。元々アングラの周辺にいたので、舞踏家達と一体になってポスター制作をした記憶があります。舞踏の世界は感性の密林です。素晴らしい感性を持った人間達が森を形成しているようにも思えました。肉体、体験、情念、イメージ、ナンセンスといった表現が、まるで原子炉の中の核のように飛び交っていました。そんな中で制作した「陽物神譚」のポスターは、澁澤龍彦の原作、土方巽の出演であり、それまでの自分の想いに区切りをつける仕事になったと思います。<br /> <br /> <strong><span style="font-size: 120%;">「ひらけ！ポンキッキ」</span></strong><br /> 「新八犬伝」では大きな副産物がありました。毎週NHKのスタジオに通ううちに、撮影や照明、合成の方法を知った事です。これらの知識は、後のTVの仕事では大変役に立ちました。「ひらけ！ポンキッキ」では&ldquo;ノッポさん&rdquo;こと高見映の書いた台本の&ldquo;不思議なマシン&rdquo; を考える仕事や、&ldquo;ガチャピン&rdquo;、&ldquo;ムック&rdquo;達の段ボール工作のアイデアを出していましたが、やがて番組全般に関わるようになり、仕事はアイデアからデザインに移行してゆきます。デザインソースを集めるため、情報をシャワーのように浴びる毎日が続き、生活や自然、SFやアートの世界を、幼児教育番組用にアレンジして映像美術として作り上げてゆく事になりました。<br /> 幼児教育番組の分野は、20代に目指していた鍛錬や修練とはまったく別物でした。発想が重要だったのです。アングラ世界を形成していたものから、肉体、体験、情念を外し、イメージやナンセンスを残して、記号を追加した世界とでもいったらよいでしょうか。<br /> 子供は記号で世界を認識しています。「星の王子さま」の&ldquo;象を飲んだウワバミ&rdquo;の絵を思い出して下さい。大人にはこの絵が帽子に見えてしまうのです。幼児や子供の世界には大人が失ってしまった膨大な感性が詰まっており、それは驚きや不思議の連続でした。TVの世界ではどんな条件でも、プロダクション・デザイナーのようにそれに見合った最高の仕事をしてきたと思っています。そしてそこには無名ですが、多くの素晴らしいプロフェッショナルがいました。その出会いは、私の貴重な財産ともなっています。<br /> <br /> <strong><span style="font-size: 120%;">CG</span></strong><br /> CGを始めたのはMacに出会ったから、と言っても過言ではありません。TVで行ってきたことは、Macさえあれば簡単に出来ると思わせてくれました。またそれまで維持してきた工房のように、設備や材料倉庫などのスペースを必要せず、Mac内に複数の工房を作れるので、独自の世界を創造する工房も持てると思えたのです。それは一旦マスメディアの外に立ってみる事でもありました。<br /> PCを始めてしばらくすると3DCGのライティングによって不思議な世界が作り出せる事を発見しました。これは学生時代の人形劇や暗黒舞踏の舞台に近いものでした。そしてその世界の中に人形のようなシンボリックなオブジェを置いてみる事にしたのです。<br /> 3DCGは、シーンを設定してやれば、絵はPCが描画してくれるので、機械が仕事をしてくれる気分を味わえました。道具がオリジナリティを作り出せるとは思いませんが、PCは道具としては素晴らしい細部製造能力を持っています。<br /> この道具に欠点があるとすれば、誰がどのように作ったか分かりにくい点だと思いますが、この魔法の箱を使って遊ぶ自由、そしてテクノロジーは大事にしなければいけないでしょう。<br /> <br /> <strong><span style="font-size: 120%;">作品の核</span></strong><br /> しかし、作品の核となる部分は必ずしもテクノロジーに依存しているわけではありません。それは、作ったり味わったりする価値観だと思います。そしてテクノロジーが進化しても、人間は肉体を持っている限り、昔と変わりません。価値観は個人の中で育まれるべきであり、そこには個々のストーリー（オリジナリティ）があります。私にとってそれは人形でした。人は人形に存在しないものを見ています。それは&ldquo;人形という鏡&rdquo;に映った自分の姿です。オブジェに対しても同じ事が言えないでしょうか。それが今回制作した &ldquo;果物形&rdquo;です。これがデザインなのかアートなのかという事は、特に問題ではないと思います。幼児教育番組時代に培った驚きや不思議を創造する行為の一つにすぎないのです。この世界は　デザインやアートの世界より広いと思っています。（敬称略）<br /> <br /> &nbsp;</p> <p><b>プロフィール：</b></p> <p>望月澄人(CGアーティスト・札幌市立大学教授) / Sumito Mochizuki (CG Artist)<br /> <br /> 東京藝術大学美術学部卒業。1974年よりフリーのデザイナー・ 人形美術家となる。暗黒舞踏派「大駱駝艦」宣伝美術、 フジTV『ひらけポンキッキ』の美術などを担当。「International Film &amp; TV Festival of NY 」でアートディレクターとしてシルバー賞受賞。1996年札幌市立高等専門学校に赴任。CG作家団体デジタル・イメージに参加、展覧会に出品。<br /> &nbsp;</p>]]>
        
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    <title>伊藤隆介(映像作家)</title>
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    <published>2009-10-09T06:05:58Z</published>
    <updated>2009-11-18T03:22:29Z</updated>

    <summary>  　「第4回札幌国際短編映画祭」には、札幌から数本のアニメーション作品が入選し...</summary>
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        <name>ICCサイト管理者</name>
        
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        <![CDATA[<span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img height="334" width="500" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/adviser/assets/adviser_ito.jpg" alt="adviser_ito.jpg" /></span> <p><br /> 　「第4回札幌国際短編映画祭」には、札幌から数本のアニメーション作品が入選している。アートアニメーション界のベテラン・横須賀令子さんは別格としても、「センコロール」の宇木敦哉さん、「テイルエンダース」のピコグラフ（太田真さん、河原大さん、mebaeこと広島裕介さん）、kocka の高橋幸子さんなどを始めとして、いわゆる「北海道インディペンデント第五世代」の活躍がめざましい。<br /> 　ご存知の通り「センコロール」と「テイルエンダース」は、ICCアドバイザーでもある竹内宏彰さん率いる「動画革命東京」プロデュースの商業作品だ。 特に「センコロール」は東京、大阪、そして札幌での劇場公開も終え、今月28日にはDVDの発売が決まっているが、AMAZONでの予約がアニメ部門1位の日もあったと聞いている。 <br /> 未曾有の不況と言われ、産業界も行政もスローなムードの中で、ICCが着実に人材の交差点として効果をあげているということだろう。<br /> <br /> 　これがスゴいことだというのは、アニメーションを知る者なら理解していると思う。近年、「アニメーション」と「国際的」という言葉が対のように語られるが、そもそも世界中でアニメーションが産業になっている国は、世界でも数えるほどだ（ルネ・ラルーがユーゴスラビアでアニメーション教育を行いながら「時の支配者」を作ったことを思い出して欲しい）。<br /> 「アニメ大国」の日本にあっても、実は東京の西、杉並区から小金井市のあたりの中央線と練馬区付近の西武池袋線の沿線でしか採れない「特産品」である。まるで「関さば」みたいなものだ。北海道で、商業レベルのものが、非常に少ない人数によって何本も作られている、というのは、実は異常なことなのだ。 　しかし間違いなくこれは、札幌とアニメ界における「ロールモデル」になる現象だと思っている。それを可能にしたモノ作りの「ライトスタッフ」については、前回のこの欄で竹内さんが的確に書かれていて、付け加える点はない。僕としては、この十数年、彼ら「第五世代」を身近で見ながら感じてきた「北海道の若手映像クリエイターに意識してほしい点」をいくつかあげてみたいと思う。</p> <p><br /> <span style="font-size: 120%;">１．作品本意の世界では「見せ金」がいる</span><br /> <br /> 　自分をアピールするには、後にも先にもショーケースで勝負する作品がいちばん重要だ。宇木敦哉の見せ金は、大学での卒業制作だった。 <br /> 　こんなことは当り前の話のようだが、北海道では若手向きの「補助金」や「タニマチ」といったチャンスの多さも災いし、ハングリー精神が育たないのが問題だ。ICC入居者の選考委員をする上で気になるのも、「ICCの家賃の安さとインフラの良さ、入居者間のネットワークを得られれば、自分は大きな飛躍をできるはずだ」というのが、志望理由になっている若い人を多くみることだ。これでは審査は通らないし、入居できたとしても「次のステップ」は難しい。インキュベーションというのは生活保護ではないし、税金からなる公金を使うのだから、それに足りる「理由」を見せてくれなければ困る。金がないとやらないというのは、プロ意識とは違うのだ。<br /> 　北海道の映像クリエイター、とりわけ若い世代の作品は、決して質が低いわけではない。ただ、「実力は充分」という必要条件があるだけでは、「存在する理由」にはならない。それでは東京のような「地の利」を得るリスクを冒している同世代にはかなわない。不景気で、内省的な時代だからこそ、たとえば実写作品であれば、スタイリッシュあるいは一見出来のよい作品を作りたいという傾向がある。あるいは破綻の少ないもの、省エネ的な作品と言っていいのだが、それはネームバリューのある出演者が演じているから成立するのであって、無名の若手が作ってもなかなか効果的なアピールは難しい。<br /> 　省エネ的なものが全盛な時代だからこそ、人は圧倒的なものに憧憬をいだく。量でも、質でも、あるいは人間性でもいい。要は、ある種の突破感がなくては世に出ることはできない。地方で、メインストリームの及第点（のマネ）作品をいくら作っても効果は薄い。冷静な自己分析の上で、自身の立ち居地をしっかり見極めた方がいいだろう。とりわけ、デジタルという新しいテクノロジーのもとでは、安定したメディアの画面の中で文学をやっていてはダメで、見たこともないような映画の模索にしか未来はないと思う。映画はテクノロジーだから、映像の小説家ではなく「映像作家」である必要がある。</p> <p><br /> <span style="font-size: 120%;">２．映画的教養を身につける</span><br /> <br /> 　国際的な映画祭などに参加したことがある人には理解いただけると思うが、映画人、映像作家は一つの「tribe（部族）」であり、国家や地域には所属しない所がある。特にインターネット普及以降の時代は、同じ人たちが同じネットワークでつながっていて、その性格はさらに強まっている。つまり、その「tribe」では共通の文化的な土台、つまり映画的教養が必要だということだ。<br /> 　今回のアニメーション作家たちは全員、映画前史の映像玩具から入り、ノーマン・マクラレン式に16ミリフィルムの手描きアニメーション、マン・レイ式のレイヨグラムなどの技法に造詣が深く、8ミリフィルムの撮影や編集を体験している。また、リュミエール兄弟、メリエスの映画を見、ヴェーネの「カリガリ博士」や「アンダルシアの犬」など、映画史もそれなりに押さえている。アニメーションを作りながらも、映像史や表現技術上での、自分の立ち位置や目的意識が明確なのではないかということだ。言い換えると、欧米の映画学科を持つ、まともな大学や美大ならば、大学１〜２年で身につけるべき映画的教養を体験しているということだ。<br /> 　残念ながら、日本の映像の世界、とりわけ職人の世界では、こういった教養を「映画オニーチャン（オタク）」といって軽視する向きがある。しかし、このような姿勢は、スタジオシステムの元での徒弟制教育が盛んだった1970年代までの話である。コッポラやルーカスがその第一世代に当たるが、今やインディーズ映画の撮影助手や予告編編集者までを含むアメリカの多くの映画人が、大学の映画学科などの修士課程（大学院）を修了している。そもそも職人だとしても、寿司屋であれば調理の腕はもちろん、材料や背景にある文化についての知識は必要だし、小説家が文学史について知るのは当たり前だ。芸術教育の最高学府である東京藝術大学に映画大学院が設置されて以来、日本の映画でも映像的インテリジェンスが重要視される時代になってきている。</p> <p><br /> <span style="font-size: 120%;">３．パイの取り合いにはそれほど意味が無い</span><br /> <br /> 　第五世代が先行世代と大きく違うのは、パイを取り合うという感覚とは無縁であることだろう。言い換えれば、自分たちの仕事の目標や比較の対象が、常に道外のマーケットや映画史など、遠くにあるということだ。<br /> 　パイというのは、広告、ＰＶをはじめとしたローカルにおける映像関係の仕事の総量のことだ。映像クリエイターの多くは、広告代理店、新聞社などから発注される労働の下請け（の下請け）によって生計を立てているという現実がある。ただし、それらはクライアントや景気に左右される受け身の仕事であり、総量が決まっている以上、上限も見えている。一回性の高い仕事であり、自分のキャリアの死生の選択権の保証もないし、知的財産を持たない。<br /> 　そのパイは、先行世代、とりわけ第二世代が必死で作り上げ、守ってきたものだ。若い世代ももちろん、その土壌をフルに使わせてもらって経済的なサポートやトレーニングを積む必要がある。しかし、そこに拘泥し肝心の見せ金作りができないのでは意味がない。常に努力が必要なのは、「よそのパイを持ってくる」「パイを大きくする」という意識で、そのためには方法論が必要になる。<br /> 　加えて言えば、どんな仕事でも自分が関わったことが証明できるようにクレジットを得る困難への努力を怠ってはならない。道内では多くの人気ゲームやソフトウェアが下請けで制作されており、優秀な人材が多いがクレジットの無い仕事は、キャリアアップにはつながらない。さらに言えば、「アンダードッグ」にとってはチャンスの大小は問題なく、まずは足がかりとしてのクレジットを得られる仕事を創出するのが最優先とも言える。</p> <p><br /> <span style="font-size: 120%;">４．組織力</span><br /> <br /> 　ある程度の時間をかければ、札幌でも30分前後のアニメーション作品ができることが証明されつつある。しかし、さらに次のステップ、たとえば90分の作品制作に進むためには、人材の確保が絶対的な要因となってくる。歴史的な例をあげれば、ティム・バートンが1993年に、たった76分の作品「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」を制作した際、北米の人形アニメーターが西海岸に招集されたため「おさるのジョージ」などの教育アニメが一切制作不能になったという事態がおきた。また、CG映画の元祖「ジュラシックパーク」では、ILMがアカデミー賞を受賞したが、その時期のサンフランシスコのCG関係者やMacを持っていた作家は、ほとんど「ジュラシックパーク」のレンダリング作業を行っていたという伝説がある。<br /> 　これは会社を大きくするという意味ではない。個人に近い制作者が、低予算で作品を制作することができるという事実が、札幌という地域のブランドやメリットになりつつあるからだ。つまり次に札幌で行うプロジェクトでは、まずはスタジオジブリのようなスーパーコンピューターではなく、既に存在する優れた制作者や小規模な会社同士の連携がカギであるということだ。<br /> 　とはいえ、若い世代はモニターに向かっているのが気楽な人種だから、まずはスタジオを出ることから始めなくてはならない。あるいは今までの、パイの分け方の緩衝や外部へのアピールのための同業者団体とは違う性格の、北海道の映像作家やアニメーション作家の協会を立ち上げるのも有効かもしれないし、ユニットとして暫定的なグループを組み、ICCにまとめて入居するのも手っ取り早いかもしれない。そうなれば、プロデューサーたちやICCの役割はますます大きくなってゆくだろう。<br /> 　こうして書くと、なんだか気も遠くなるような時間のかかる話に聞こえるかもしれないが、この勝負の結果は意外に早く、4年以内くらいに表れてくるような気がしている。</p> <p><br /> 　最後に、去る9月8日にICCで行われた、サンディエゴ写真美術館のディレクター、デボラ・クロチコさんの講演を聴いて、おおいに勇気づけられたので、その言葉を紹介したい。<br /><br /> 　「トーキョーはロスと同じように表面的（superficial）な街に見える。そういった場所には富と情報は集まるかもしれないけれど、アーティストとしては雑音に焦ったり惑わされるのではなく、家賃が安く、ストレスフリーで、自分の考えに没頭できるような制作環境のいい地方に住んで、ただひたすらレベルの高い作品を作り続けることこそが、世界に通じる方法です。結局のところ『よい作品』こそが、業界を動かすものなのですから。」</p> <p>&nbsp;</p> <p><b>プロフィール：</b></p> <p>伊藤隆介(映像作家・北海道教育大学准教授) / Ryusuke Ito (filmmaker &amp; Assistant Professor)<br /> <br /> 1963年札幌市生まれ。東京造形大学デザイン学科在学中より「村雨ケンジ」名義でマンガ、アニメ評論を多数執筆、コミック雑誌の編集も手掛ける。シカゴ美術館付属美術大学修士課程修了。映像作家、現代美術作家として活動、特に実験映画「Plate」シリーズ（1999～）は、国内外の映画祭などで多数上映されている。札幌ではインデペンデント映画の普及も行っている。</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>竹内宏彰 (アニメーションプロデューサー)</title>
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    <published>2009-07-29T02:18:40Z</published>
    <updated>2009-08-04T08:39:57Z</updated>

    <summary><![CDATA[  日本の&ldquo;基幹産業&rdquo;ともいえるコンテンツ産業が岐路を迎...]]></summary>
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        <name>ICCサイト管理者</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img height="334" width="500" alt="adviser_takeuchi.jpg" src="http://www.icc-jp.com/adviser/assets/adviser_takeuchi.jpg" class="mt-image-none" style="" /></span> <p><br /> <span style="font-size: 120%;">日本の&ldquo;基幹産業&rdquo;ともいえるコンテンツ産業が岐路を迎えている。そんな変化の時代に成功するクリエイターの条件とは？</span><br /> <br /> 私は集英社の契約社員として『週刊ヤングジャンプ』の創刊直後という早い段階から関わってきたのですが、その当時からつい最近まで漫画は戦後ずっと右肩上がりの産業でした。それがこの数年、初めて下がりはじめました。マンガが売れなくなっているのです。おそらくマンガ人口はそれほど減ってはいないでしょうが、マンガ雑誌全体の売上は下がってきている。はたして要因は何でしょうか？メディアへの広告出稿の激減や世界不況による消費の減退をはじめ、細かく見ればブックオフなどの古書店がコミックの二次販売をしたり、マンガ喫茶のように買わないで読むような需要が増えたり、そもそもの少子化や子どもたちの娯楽がケータイに移ったり、そうした流れが大きいと思います。このような変化はマンガに限らずアニメ―ションも同様で、東京の大手TV局のアニメ放送枠が減りはじめています。アニメは特にＤＶＤが国内外とも売れなくなりました。一時期は海外でも日本のアニメが人気で、テレビゲームやオモチャなど、さまざまな商品化などのマーチャンダイジングによって産業としてかなり拡大しましたが、それも減少しています。そうなると番組のスポンサーもなかなか集まらない。これは、漫画、アニメだけでなく映像関係全体に言えることです。映画も同様で、とくに邦画はここ数年いいと言われてきましたがそれも一部だけで、映画のＤＶＤなども売れなくなっている。「映像パッケージメディア」はまるで「音楽ＣＤ」の跡を追うように厳しくなっています。<br /> <br /> 一方、作品をつくるクリエイター側はどうかというと、メディア側の低迷とは別の手詰まり感があります。ビジネスモデルが従来のまま変わらずにきたという感じです。たとえばアニメのビジネスは、週刊の漫画連載で人気が出たものをコミック化、さらに映像化し、その過程でＤＶＤ、ゲーム、オモチャ、アパレル、食品、ファンシーなどの商品にして事業展開する。でも最近の子どもはオモチャも商品もそんなに買わなくなっている。このようにこれまで儲かっていたビジネスモデルが崩れはじめ、一方でこれを打開する新たなビジネスモデルが確立されていない。配信などもまだまだ不十分です。それも事業のほとんどを国内市場に頼り、国際競争力も非常に弱くなっています。<br /> <br /> では、何が悪かったのか？　この世界は熾烈な競争しているように見えて、じつは競争原理が働いていなかったんです。一人ひとりのクリエイターの能力を見れば、いまでも日本は世界のトップクラスの水準にある。これは事実です。でも、国際競争にさらされることはなかった。「安住していた」ということです。日本は海外に比べてコンテンツに対する知的水準が高い国なので、結局、国内マーケットで成功すれば事業としては十分に回収できた。だから、それ以外のビジネスモデルを考えてこなかったのです。本当に国際展開するなら、テレビゲーム産業が好例です。テレビゲーム産業は中身のゲームをつくることと同等かそれ以上に、ゲームのハード、つまりDSやPS、Wiiなどを世界中で熱心に売っている。ゲームにとってのハードはいわば流通ですから、流通網が世界中にできれば産業として世界で戦って行ける。ハリウッド映画の隆盛も同様です。かつてはフランス映画と二分化して競いあっていましたが、子会社を通じて全世界同時公開をできるようにして、フランス映画を凌駕した。グローバルな流通力の差です。つまり日本のコンテンツ産業は、クリエイターの能力と国内の市場に頼り切っていて、自ら世界で勝負するということをしてこなかったのです。その際に、日本語という言葉の壁はあるのか？というと、コンテンツ自体は翻訳・吹き替えすれば大丈夫ですし、ゲームでは最初から英語版としてつくるものもある。ただ、ビジネスとしてはコンテンツの輸出入の契約などが英語ですから、業界として、そうしたコンテンツ・商談・契約などについて英語で理解し、話ができる人材を育ててこなかった面はある。真剣に世界に向き合っていなかったんですね。</p> <p><br /> <span style="font-size: 120%;">自分のがんばりに主観的にならない能力</span><br /> <br /> そういったメディア側・クリエイター側全体の業界事情のなかで、成功する人間もいれば失敗する人間もいるわけですが、私はクリエイターではなくプロデューサーの立場、つまり裏方的な立場から成功するクリエイター・失敗するクリエイターをこれまで山のように見てきました。具体名は伏せるとして、今や世界的に有名な漫画家先生やアニメの監督、ハリウッドの監督などなど。数多くの、特に世界的に成功したクリエイターと接するうちに、ある種の成功への法則みたいなものがあると気がつきはじめたのです。特にこの２～３年では、それらを体系立てて、「成功するクリエイターの資質」がなんとなく見えてきました。<br /> <br /> それはひとことで言うならば、「セルフプロデュース能力」というものです。どういう事かというと、まず作品には個々のつくり手の思いがあります。一方で、世の中のメディアはほとんどがそれを複製することによって成り立っている、いわゆるコピー文化が中心です。つまり作品は世に出た時点で、すでにつくり手の手を離れて独り歩きをはじめる。それはつくり手の思いとは裏腹に作品の善し悪しだけが評価の対象になる。よく、「こんなにいい作品なのに、こんなにがんばったのに、なぜ売れないんだ」ということを言う制作者がいますが、作品にお金を払って見る人、買う人はそんなつくり手の思いとは関係ない次元で作品を評価するものです。そのような厳しい状況でもヒットを連発できる人が多数いる。彼らに共通しているのは、この「セルフプロデュース能力」があるか、ないかの差なのです。では具体的にはどういったことか？<br /> まずは、どれだけ自分の作品を冷静に客観的に見ることができるか？という能力です。私が知っている成功するクリエイターは、著名な人ほど神経質な人が多い。彼らは「自分がこれだけがんばったんだから売れるだろう」とは絶対に思わない。いつも「これだけがんばったのに売れなかったらどうしよう」とか「本当に世の中に受け入れられるだろうか」と心配でしかたがない。それは「ネガティブシンキング」ではないんですね。作品についてとても高い理想やイメージがあり、それをめざしていても、そこまで達しているかどうか、常に客観視して語り、見ることができる資質です。最初から自信満々で、「これで完璧だ」とか、その逆に最初からダメだと思ったり、「これくらいで十分かな」と思ったり、自分でハードルを下げてしまうとクオリティが下がり、その作品に関わる営業・宣伝などのテンションも下がり、売れるべきものも売れなくなってしまう。一方、非常に高い理想をもちつつも、あらゆるタイミングで慎重になる人は「みんながこれだけがんばったんだから、売れて当たり前」などと、自分たちのがんばりに主観的になってしまうことはありません。<br /> <br /> さらにもう一つは、「成功や失敗の経験を積む」ということです。コンテンツのヒットというものは、イチロー並み３割の打率はムリです。３割どころか１割ヒットを打つことも難しい世界です。私たちの商売では「ハズす」というのは死を意味するような面があり、失敗すれば会社をつぶしかねない恐怖もある。だからこそ、「失敗してもどう挽回するか」という気持ちで緊張します。でも、そうやって「成功はできないけど、失敗はしない」というやり方も覚えていくんです。大きな金額を出資しても、その分くらいは取りもどすという対応です。私が『週刊ヤングジャンプ』の仕事をしていた頃は、毎週、漫画や記事の人気ランキングが出ました。有名な漫画作家と一緒に政治経済から文化、カルチャーなどさまざまな特集をやっていて、そのランキングの戦いが毎週ありました。下位にランクされると、「なぜ人気が出なかったのか？」と自己分析し、次のリカバリー策を考えないと間に合わない。ハードなトレーニングを毎週行っていたようなものです。クリエイターの方々も、自分の作品が失敗しないようにするために、数多くの作品を世の中に送り出して、成功や失敗を学ぶ必要があります。それもできるだけ客観的に作品を分析して、なぜ今回は売れたのか？なぜ今回は失敗したのか？などを考えることが重要です。どんな有名なクリエイターも、この経験を積んでいるからこそ、どうすればヒットを生み出せるか、を経験として持っているのです。<br /> <br /> そもそも、「セルフプロデュース能力」というようなスキルは教えられるものか？私は、大学で講演や講義をする機会も多いのですが、それは次の作家やクリエイターを見つける意図もあります。ネット時代でも、本当に才能のある人材って直接会ってみないと何とも言えないので、そういう場・機会は常に持っていたい。それに、ナマの、いま最先端の人たちと向かいあわないと、わからないこともたくさんある。常にヒアリングするスタイルで講演・講義をしています。そのような場では、アニメ制作をはじめ様々なクリエイター志望の人がたくさんいますが、昔に比べてレベルが高い。コンピュータも発展して技術的なこともかなりカバーでき、いろいろな逸材が世に出やすくなっている。しかし、そこで冒頭にお話ししたシステムの問題があります。テレビであれば全国放送に乗るかどうか、漫画であれば全国の書店に並ぶかどうか、業界全体が厳しくなってもそこをクリアしないと次に進めない。「それではダメだ」ということを感じているのに、クリエイターを発掘する新しいシステムが生まれていない。もちろん他業界を見れば、楽天のように、これまでの流通に乗らなかったような小さな商店を発掘してネットショップを展開したり、私たちに近い業界では、音楽業界がインディーズというかたちで地方発のバンドを発掘して、いち早く配信、着メロへと広がったりしている。しかしながらまだまだだと思います。それでも、これまでとは環境が大きく変化している中で、新しいクリエイターが活躍できる場は世界に広がっています。でも、これまでの会社や古い考えの人はそれらを生かし切れていないのが実情です。<br /> <br /> わたしの会社THINKでは、『<a href="http://www.anime-innovation.jp">動画革命東京</a>』というサイトで新人発掘をめざしていて、そういった変革の波がようやく映像にもやってきていると感じています。これからは、大きな会社や古くから実績のある人が成功する時代は終わろうとしています。才能やセンスだけではなく、「セルフプロデュース能力」を持ったクリエイターが世界で活躍できる時代が訪れているのです。実際私が手掛けている「動画革命東京」プロジェクトでも、インタークロス・クリエイティブ・センター（ICC）に絡んだクリエイターが２組採用され、世界デビューを目前に控えて、活躍しています。新たなコンテンツ産業の波は今後、様々な地域から起こる可能性を示して行ける。そのような産業システム側の変化と、クリエイターのセルフプロデュース能力がクロスしたときに、グローバルに成功するビジネスが生まれるのです。</p> <p>&nbsp;</p> <p><b>プロフィール：</b></p> <p>竹内宏彰 (アニメーションプロデューサー) / Hiroaki Takeuchi (Animation producer)<br /> <br /> 慶應義塾大学卒業後、青年コミック雑誌『週刊ヤングジャンプ』（集英社）において、 契約プロデューサーとして年間50以上のアニメーション、コミックプロジェクトに参 加。アニメーションとコミックスのデジタル映像を数多く制作するとともに、インター ネットコンテンツにも積極的に取り組み、『週刊少年ジャンプ』の公式サイトプロデュー スも実施。97年にはSEGA社と共同でハイエンCGスタジオを設立。「鉄コン筋クリート」CGパイロット版など数多くのCG映像やビデオゲーム向けアニメーション映像を手がけ、オリジナルのフルデジタルアニメーションも開発。98年には、国内の大手アニメーションエージェンシーや大手商社の出資により㈱コミックスウエーブ社を設立。日本の著名アニメーション、コミックスの版権管理、制作スタジオ管理、マーケティングビジネスを開始。新海誠監督「ほしのこえ」を世に送り出し、世界的ヒットとなる。99年に、マーベラス・エンターテイメント㈱社にエグゼクティブ・プロデューサーとして参加。<br /> <br /> その他日本政府や東京都が行なうアニメーション関連の評議委員も務める。2001年に押井守監督の最新作『AVALON』の北米スクリーニングを実施、03年には『マトリックス』のアニメーション『アニマトリックス』の日本サイドの総プロデューサーを務めた。最新作は、個人制作アニメの新しい潮流となる「<a href="http://www.cencoroll.com/">センコロール</a>」が本年８月に劇場公開される。</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>鈴木しゅんじ (放送作家)</title>
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    <published>2009-06-01T05:34:28Z</published>
    <updated>2009-06-01T05:19:51Z</updated>

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        <name>ICCスタッフ</name>
        
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        <![CDATA[<span style="display: inline;" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img height="334" width="500" style="" class="mt-image-none" src="http://www.icc-jp.com/adviser/assets/adviser_suzuki.jpg" alt="adviser_suzuki.jpg" /></span> <p>　３０年以上続く『欽ちゃん香取慎吾の全日本仮装大賞』。この番組に出演するって東大に入るより大変だって事を知っている視聴者は、ほとんどいないでしょう。</p> <p>　まず、毎回の応募数が５０００～６０００通。その中から書類選考（作品の内容を書いた応募用紙）で約１割が選ばれ、全国６ヶ所で行われる予選会に出場となります。</p> <p>　そして、予選会では５００～６００組の中から約７０組ほどが最終選考（合格ではありません）に残り、本選出場目指して自分たちの作品のクオリティーアップに励み、完成した作品をビデオに撮って日本テレビに送ってもらいます。</p> <p>　いよいよ最終選考会、生き残った７０近くの作品の中から出来の良い順に３３組前後の出場者を決定します。外れた３０数組は残念ながら落選、それぞれが一生懸命頑張ってくれたの知っているだけに落とすのは本当に辛いのですが、放送時間の関係上、出場者数を増やすことが出来ず仕方がないのです。</p> <p>　５０００～６０００組から、出場できるのがわずか３０数組。東大に入学するより難しいということが解っていただけたでしょうか。</p> <p>　さて、『仮装大賞』で欠かせないのが予選落選者へのフォローです。特に、初挑戦の人たちには落ちた理由や予選を通過する秘訣などをスタッフ全員が個々に分かれて説明します。</p> <p>　例えば、この番組では仮装行列の仮装では合格しないという初歩的なことや、落選した作品のいたらないところなどを説明することによって次回以降の予選通過率が大幅に上がります。</p> <p>　ちなみに、東大入学より難しいという現実を話すと、再チャレンジグループとあきらめるグループの割合が、２対８くらいに分かれます。でも、本当のことを知るというのは重要ことで、再チャレンジグループは予選通過まで何度も挑戦してくれることが多いのです。</p> <p>　これまでの最多チャレンジャーは、連続１７回目（足かけ６年間）で予選を通過した奈良県のＫさんです。しかもこの方、８２歳のお爺ちゃんというのがスゴイ！さすがに８０歳を越えた現役の東大生なんていないですもんね。『仮装大賞』の宝の一つです。</p> <p>&nbsp;</p> <p><b>プロフィール：</b></p> <p>鈴木しゅんじ(放送作家) / Shunji Suzuki (TV and Radio Program Scenario Writer)<br /> <br /> 萩本欽一のブレーン「パジャマ党」の一員。『欽ドン』、『欽ちゃんの仮装大賞』など数々の番組構成を手掛け、放送作家として多くのバラエティー番組の構成を行う。また、トレンディードラマのノベライズや映画脚本も手掛ける。エンターテイメントなど楽しいことのプロフェッショナル。</p> <p>&nbsp;</p>]]>
        
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