「第4回札幌国際短編映画祭」には、札幌から数本のアニメーション作品が入選している。アートアニメーション界のベテラン・横須賀令子さんは別格としても、「センコロール」の宇木敦哉さん、「テイルエンダース」のピコグラフ(太田真さん、河原大さん、mebaeこと広島裕介さん)、kocka の高橋幸子さんなどを始めとして、いわゆる「北海道インディペンデント第五世代」の活躍がめざましい。
ご存知の通り「センコロール」と「テイルエンダース」は、ICCアドバイザーでもある竹内宏彰さん率いる「動画革命東京」プロデュースの商業作品だ。 特に「センコロール」は東京、大阪、そして札幌での劇場公開も終え、今月28日にはDVDの発売が決まっているが、AMAZONでの予約がアニメ部門1位の日もあったと聞いている。
未曾有の不況と言われ、産業界も行政もスローなムードの中で、ICCが着実に人材の交差点として効果をあげているということだろう。
これがスゴいことだというのは、アニメーションを知る者なら理解していると思う。近年、「アニメーション」と「国際的」という言葉が対のように語られるが、そもそも世界中でアニメーションが産業になっている国は、世界でも数えるほどだ(ルネ・ラルーがユーゴスラビアでアニメーション教育を行いながら「時の支配者」を作ったことを思い出して欲しい)。
「アニメ大国」の日本にあっても、実は東京の西、杉並区から小金井市のあたりの中央線と練馬区付近の西武池袋線の沿線でしか採れない「特産品」である。まるで「関さば」みたいなものだ。北海道で、商業レベルのものが、非常に少ない人数によって何本も作られている、というのは、実は異常なことなのだ。 しかし間違いなくこれは、札幌とアニメ界における「ロールモデル」になる現象だと思っている。それを可能にしたモノ作りの「ライトスタッフ」については、前回のこの欄で竹内さんが的確に書かれていて、付け加える点はない。僕としては、この十数年、彼ら「第五世代」を身近で見ながら感じてきた「北海道の若手映像クリエイターに意識してほしい点」をいくつかあげてみたいと思う。
1.作品本意の世界では「見せ金」がいる
自分をアピールするには、後にも先にもショーケースで勝負する作品がいちばん重要だ。宇木敦哉の見せ金は、大学での卒業制作だった。
こんなことは当り前の話のようだが、北海道では若手向きの「補助金」や「タニマチ」といったチャンスの多さも災いし、ハングリー精神が育たないのが問題だ。ICC入居者の選考委員をする上で気になるのも、「ICCの家賃の安さとインフラの良さ、入居者間のネットワークを得られれば、自分は大きな飛躍をできるはずだ」というのが、志望理由になっている若い人を多くみることだ。これでは審査は通らないし、入居できたとしても「次のステップ」は難しい。インキュベーションというのは生活保護ではないし、税金からなる公金を使うのだから、それに足りる「理由」を見せてくれなければ困る。金がないとやらないというのは、プロ意識とは違うのだ。
北海道の映像クリエイター、とりわけ若い世代の作品は、決して質が低いわけではない。ただ、「実力は充分」という必要条件があるだけでは、「存在する理由」にはならない。それでは東京のような「地の利」を得るリスクを冒している同世代にはかなわない。不景気で、内省的な時代だからこそ、たとえば実写作品であれば、スタイリッシュあるいは一見出来のよい作品を作りたいという傾向がある。あるいは破綻の少ないもの、省エネ的な作品と言っていいのだが、それはネームバリューのある出演者が演じているから成立するのであって、無名の若手が作ってもなかなか効果的なアピールは難しい。
省エネ的なものが全盛な時代だからこそ、人は圧倒的なものに憧憬をいだく。量でも、質でも、あるいは人間性でもいい。要は、ある種の突破感がなくては世に出ることはできない。地方で、メインストリームの及第点(のマネ)作品をいくら作っても効果は薄い。冷静な自己分析の上で、自身の立ち居地をしっかり見極めた方がいいだろう。とりわけ、デジタルという新しいテクノロジーのもとでは、安定したメディアの画面の中で文学をやっていてはダメで、見たこともないような映画の模索にしか未来はないと思う。映画はテクノロジーだから、映像の小説家ではなく「映像作家」である必要がある。
2.映画的教養を身につける
国際的な映画祭などに参加したことがある人には理解いただけると思うが、映画人、映像作家は一つの「tribe(部族)」であり、国家や地域には所属しない所がある。特にインターネット普及以降の時代は、同じ人たちが同じネットワークでつながっていて、その性格はさらに強まっている。つまり、その「tribe」では共通の文化的な土台、つまり映画的教養が必要だということだ。
今回のアニメーション作家たちは全員、映画前史の映像玩具から入り、ノーマン・マクラレン式に16ミリフィルムの手描きアニメーション、マン・レイ式のレイヨグラムなどの技法に造詣が深く、8ミリフィルムの撮影や編集を体験している。また、リュミエール兄弟、メリエスの映画を見、ヴェーネの「カリガリ博士」や「アンダルシアの犬」など、映画史もそれなりに押さえている。アニメーションを作りながらも、映像史や表現技術上での、自分の立ち位置や目的意識が明確なのではないかということだ。言い換えると、欧米の映画学科を持つ、まともな大学や美大ならば、大学1〜2年で身につけるべき映画的教養を体験しているということだ。
残念ながら、日本の映像の世界、とりわけ職人の世界では、こういった教養を「映画オニーチャン(オタク)」といって軽視する向きがある。しかし、このような姿勢は、スタジオシステムの元での徒弟制教育が盛んだった1970年代までの話である。コッポラやルーカスがその第一世代に当たるが、今やインディーズ映画の撮影助手や予告編編集者までを含むアメリカの多くの映画人が、大学の映画学科などの修士課程(大学院)を修了している。そもそも職人だとしても、寿司屋であれば調理の腕はもちろん、材料や背景にある文化についての知識は必要だし、小説家が文学史について知るのは当たり前だ。芸術教育の最高学府である東京藝術大学に映画大学院が設置されて以来、日本の映画でも映像的インテリジェンスが重要視される時代になってきている。
3.パイの取り合いにはそれほど意味が無い
第五世代が先行世代と大きく違うのは、パイを取り合うという感覚とは無縁であることだろう。言い換えれば、自分たちの仕事の目標や比較の対象が、常に道外のマーケットや映画史など、遠くにあるということだ。
パイというのは、広告、PVをはじめとしたローカルにおける映像関係の仕事の総量のことだ。映像クリエイターの多くは、広告代理店、新聞社などから発注される労働の下請け(の下請け)によって生計を立てているという現実がある。ただし、それらはクライアントや景気に左右される受け身の仕事であり、総量が決まっている以上、上限も見えている。一回性の高い仕事であり、自分のキャリアの死生の選択権の保証もないし、知的財産を持たない。
そのパイは、先行世代、とりわけ第二世代が必死で作り上げ、守ってきたものだ。若い世代ももちろん、その土壌をフルに使わせてもらって経済的なサポートやトレーニングを積む必要がある。しかし、そこに拘泥し肝心の見せ金作りができないのでは意味がない。常に努力が必要なのは、「よそのパイを持ってくる」「パイを大きくする」という意識で、そのためには方法論が必要になる。
加えて言えば、どんな仕事でも自分が関わったことが証明できるようにクレジットを得る困難への努力を怠ってはならない。道内では多くの人気ゲームやソフトウェアが下請けで制作されており、優秀な人材が多いがクレジットの無い仕事は、キャリアアップにはつながらない。さらに言えば、「アンダードッグ」にとってはチャンスの大小は問題なく、まずは足がかりとしてのクレジットを得られる仕事を創出するのが最優先とも言える。
4.組織力
ある程度の時間をかければ、札幌でも30分前後のアニメーション作品ができることが証明されつつある。しかし、さらに次のステップ、たとえば90分の作品制作に進むためには、人材の確保が絶対的な要因となってくる。歴史的な例をあげれば、ティム・バートンが1993年に、たった76分の作品「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」を制作した際、北米の人形アニメーターが西海岸に招集されたため「おさるのジョージ」などの教育アニメが一切制作不能になったという事態がおきた。また、CG映画の元祖「ジュラシックパーク」では、ILMがアカデミー賞を受賞したが、その時期のサンフランシスコのCG関係者やMacを持っていた作家は、ほとんど「ジュラシックパーク」のレンダリング作業を行っていたという伝説がある。
これは会社を大きくするという意味ではない。個人に近い制作者が、低予算で作品を制作することができるという事実が、札幌という地域のブランドやメリットになりつつあるからだ。つまり次に札幌で行うプロジェクトでは、まずはスタジオジブリのようなスーパーコンピューターではなく、既に存在する優れた制作者や小規模な会社同士の連携がカギであるということだ。
とはいえ、若い世代はモニターに向かっているのが気楽な人種だから、まずはスタジオを出ることから始めなくてはならない。あるいは今までの、パイの分け方の緩衝や外部へのアピールのための同業者団体とは違う性格の、北海道の映像作家やアニメーション作家の協会を立ち上げるのも有効かもしれないし、ユニットとして暫定的なグループを組み、ICCにまとめて入居するのも手っ取り早いかもしれない。そうなれば、プロデューサーたちやICCの役割はますます大きくなってゆくだろう。
こうして書くと、なんだか気も遠くなるような時間のかかる話に聞こえるかもしれないが、この勝負の結果は意外に早く、4年以内くらいに表れてくるような気がしている。
最後に、去る9月8日にICCで行われた、サンディエゴ写真美術館のディレクター、デボラ・クロチコさんの講演を聴いて、おおいに勇気づけられたので、その言葉を紹介したい。
「トーキョーはロスと同じように表面的(superficial)な街に見える。そういった場所には富と情報は集まるかもしれないけれど、アーティストとしては雑音に焦ったり惑わされるのではなく、家賃が安く、ストレスフリーで、自分の考えに没頭できるような制作環境のいい地方に住んで、ただひたすらレベルの高い作品を作り続けることこそが、世界に通じる方法です。結局のところ『よい作品』こそが、業界を動かすものなのですから。」
プロフィール:
伊藤隆介(映像作家・北海道教育大学准教授) / Ryusuke Ito (filmmaker & Assistant Professor)
1963年札幌市生まれ。東京造形大学デザイン学科在学中より「村雨ケンジ」名義でマンガ、アニメ評論を多数執筆、コミック雑誌の編集も手掛ける。シカゴ美術館付属美術大学修士課程修了。映像作家、現代美術作家として活動、特に実験映画「Plate」シリーズ(1999~)は、国内外の映画祭などで多数上映されている。札幌ではインデペンデント映画の普及も行っている。


