日本の“基幹産業”ともいえるコンテンツ産業が岐路を迎えている。そんな変化の時代に成功するクリエイターの条件とは?
私は集英社の契約社員として『週刊ヤングジャンプ』の創刊直後という早い段階から関わってきたのですが、その当時からつい最近まで漫画は戦後ずっと右肩上がりの産業でした。それがこの数年、初めて下がりはじめました。マンガが売れなくなっているのです。おそらくマンガ人口はそれほど減ってはいないでしょうが、マンガ雑誌全体の売上は下がってきている。はたして要因は何でしょうか?メディアへの広告出稿の激減や世界不況による消費の減退をはじめ、細かく見ればブックオフなどの古書店がコミックの二次販売をしたり、マンガ喫茶のように買わないで読むような需要が増えたり、そもそもの少子化や子どもたちの娯楽がケータイに移ったり、そうした流れが大きいと思います。このような変化はマンガに限らずアニメ―ションも同様で、東京の大手TV局のアニメ放送枠が減りはじめています。アニメは特にDVDが国内外とも売れなくなりました。一時期は海外でも日本のアニメが人気で、テレビゲームやオモチャなど、さまざまな商品化などのマーチャンダイジングによって産業としてかなり拡大しましたが、それも減少しています。そうなると番組のスポンサーもなかなか集まらない。これは、漫画、アニメだけでなく映像関係全体に言えることです。映画も同様で、とくに邦画はここ数年いいと言われてきましたがそれも一部だけで、映画のDVDなども売れなくなっている。「映像パッケージメディア」はまるで「音楽CD」の跡を追うように厳しくなっています。
一方、作品をつくるクリエイター側はどうかというと、メディア側の低迷とは別の手詰まり感があります。ビジネスモデルが従来のまま変わらずにきたという感じです。たとえばアニメのビジネスは、週刊の漫画連載で人気が出たものをコミック化、さらに映像化し、その過程でDVD、ゲーム、オモチャ、アパレル、食品、ファンシーなどの商品にして事業展開する。でも最近の子どもはオモチャも商品もそんなに買わなくなっている。このようにこれまで儲かっていたビジネスモデルが崩れはじめ、一方でこれを打開する新たなビジネスモデルが確立されていない。配信などもまだまだ不十分です。それも事業のほとんどを国内市場に頼り、国際競争力も非常に弱くなっています。
では、何が悪かったのか? この世界は熾烈な競争しているように見えて、じつは競争原理が働いていなかったんです。一人ひとりのクリエイターの能力を見れば、いまでも日本は世界のトップクラスの水準にある。これは事実です。でも、国際競争にさらされることはなかった。「安住していた」ということです。日本は海外に比べてコンテンツに対する知的水準が高い国なので、結局、国内マーケットで成功すれば事業としては十分に回収できた。だから、それ以外のビジネスモデルを考えてこなかったのです。本当に国際展開するなら、テレビゲーム産業が好例です。テレビゲーム産業は中身のゲームをつくることと同等かそれ以上に、ゲームのハード、つまりDSやPS、Wiiなどを世界中で熱心に売っている。ゲームにとってのハードはいわば流通ですから、流通網が世界中にできれば産業として世界で戦って行ける。ハリウッド映画の隆盛も同様です。かつてはフランス映画と二分化して競いあっていましたが、子会社を通じて全世界同時公開をできるようにして、フランス映画を凌駕した。グローバルな流通力の差です。つまり日本のコンテンツ産業は、クリエイターの能力と国内の市場に頼り切っていて、自ら世界で勝負するということをしてこなかったのです。その際に、日本語という言葉の壁はあるのか?というと、コンテンツ自体は翻訳・吹き替えすれば大丈夫ですし、ゲームでは最初から英語版としてつくるものもある。ただ、ビジネスとしてはコンテンツの輸出入の契約などが英語ですから、業界として、そうしたコンテンツ・商談・契約などについて英語で理解し、話ができる人材を育ててこなかった面はある。真剣に世界に向き合っていなかったんですね。
自分のがんばりに主観的にならない能力
そういったメディア側・クリエイター側全体の業界事情のなかで、成功する人間もいれば失敗する人間もいるわけですが、私はクリエイターではなくプロデューサーの立場、つまり裏方的な立場から成功するクリエイター・失敗するクリエイターをこれまで山のように見てきました。具体名は伏せるとして、今や世界的に有名な漫画家先生やアニメの監督、ハリウッドの監督などなど。数多くの、特に世界的に成功したクリエイターと接するうちに、ある種の成功への法則みたいなものがあると気がつきはじめたのです。特にこの2~3年では、それらを体系立てて、「成功するクリエイターの資質」がなんとなく見えてきました。
それはひとことで言うならば、「セルフプロデュース能力」というものです。どういう事かというと、まず作品には個々のつくり手の思いがあります。一方で、世の中のメディアはほとんどがそれを複製することによって成り立っている、いわゆるコピー文化が中心です。つまり作品は世に出た時点で、すでにつくり手の手を離れて独り歩きをはじめる。それはつくり手の思いとは裏腹に作品の善し悪しだけが評価の対象になる。よく、「こんなにいい作品なのに、こんなにがんばったのに、なぜ売れないんだ」ということを言う制作者がいますが、作品にお金を払って見る人、買う人はそんなつくり手の思いとは関係ない次元で作品を評価するものです。そのような厳しい状況でもヒットを連発できる人が多数いる。彼らに共通しているのは、この「セルフプロデュース能力」があるか、ないかの差なのです。では具体的にはどういったことか?
まずは、どれだけ自分の作品を冷静に客観的に見ることができるか?という能力です。私が知っている成功するクリエイターは、著名な人ほど神経質な人が多い。彼らは「自分がこれだけがんばったんだから売れるだろう」とは絶対に思わない。いつも「これだけがんばったのに売れなかったらどうしよう」とか「本当に世の中に受け入れられるだろうか」と心配でしかたがない。それは「ネガティブシンキング」ではないんですね。作品についてとても高い理想やイメージがあり、それをめざしていても、そこまで達しているかどうか、常に客観視して語り、見ることができる資質です。最初から自信満々で、「これで完璧だ」とか、その逆に最初からダメだと思ったり、「これくらいで十分かな」と思ったり、自分でハードルを下げてしまうとクオリティが下がり、その作品に関わる営業・宣伝などのテンションも下がり、売れるべきものも売れなくなってしまう。一方、非常に高い理想をもちつつも、あらゆるタイミングで慎重になる人は「みんながこれだけがんばったんだから、売れて当たり前」などと、自分たちのがんばりに主観的になってしまうことはありません。
さらにもう一つは、「成功や失敗の経験を積む」ということです。コンテンツのヒットというものは、イチロー並み3割の打率はムリです。3割どころか1割ヒットを打つことも難しい世界です。私たちの商売では「ハズす」というのは死を意味するような面があり、失敗すれば会社をつぶしかねない恐怖もある。だからこそ、「失敗してもどう挽回するか」という気持ちで緊張します。でも、そうやって「成功はできないけど、失敗はしない」というやり方も覚えていくんです。大きな金額を出資しても、その分くらいは取りもどすという対応です。私が『週刊ヤングジャンプ』の仕事をしていた頃は、毎週、漫画や記事の人気ランキングが出ました。有名な漫画作家と一緒に政治経済から文化、カルチャーなどさまざまな特集をやっていて、そのランキングの戦いが毎週ありました。下位にランクされると、「なぜ人気が出なかったのか?」と自己分析し、次のリカバリー策を考えないと間に合わない。ハードなトレーニングを毎週行っていたようなものです。クリエイターの方々も、自分の作品が失敗しないようにするために、数多くの作品を世の中に送り出して、成功や失敗を学ぶ必要があります。それもできるだけ客観的に作品を分析して、なぜ今回は売れたのか?なぜ今回は失敗したのか?などを考えることが重要です。どんな有名なクリエイターも、この経験を積んでいるからこそ、どうすればヒットを生み出せるか、を経験として持っているのです。
そもそも、「セルフプロデュース能力」というようなスキルは教えられるものか?私は、大学で講演や講義をする機会も多いのですが、それは次の作家やクリエイターを見つける意図もあります。ネット時代でも、本当に才能のある人材って直接会ってみないと何とも言えないので、そういう場・機会は常に持っていたい。それに、ナマの、いま最先端の人たちと向かいあわないと、わからないこともたくさんある。常にヒアリングするスタイルで講演・講義をしています。そのような場では、アニメ制作をはじめ様々なクリエイター志望の人がたくさんいますが、昔に比べてレベルが高い。コンピュータも発展して技術的なこともかなりカバーでき、いろいろな逸材が世に出やすくなっている。しかし、そこで冒頭にお話ししたシステムの問題があります。テレビであれば全国放送に乗るかどうか、漫画であれば全国の書店に並ぶかどうか、業界全体が厳しくなってもそこをクリアしないと次に進めない。「それではダメだ」ということを感じているのに、クリエイターを発掘する新しいシステムが生まれていない。もちろん他業界を見れば、楽天のように、これまでの流通に乗らなかったような小さな商店を発掘してネットショップを展開したり、私たちに近い業界では、音楽業界がインディーズというかたちで地方発のバンドを発掘して、いち早く配信、着メロへと広がったりしている。しかしながらまだまだだと思います。それでも、これまでとは環境が大きく変化している中で、新しいクリエイターが活躍できる場は世界に広がっています。でも、これまでの会社や古い考えの人はそれらを生かし切れていないのが実情です。
わたしの会社THINKでは、『動画革命東京』というサイトで新人発掘をめざしていて、そういった変革の波がようやく映像にもやってきていると感じています。これからは、大きな会社や古くから実績のある人が成功する時代は終わろうとしています。才能やセンスだけではなく、「セルフプロデュース能力」を持ったクリエイターが世界で活躍できる時代が訪れているのです。実際私が手掛けている「動画革命東京」プロジェクトでも、インタークロス・クリエイティブ・センター(ICC)に絡んだクリエイターが2組採用され、世界デビューを目前に控えて、活躍しています。新たなコンテンツ産業の波は今後、様々な地域から起こる可能性を示して行ける。そのような産業システム側の変化と、クリエイターのセルフプロデュース能力がクロスしたときに、グローバルに成功するビジネスが生まれるのです。
プロフィール:
竹内宏彰 (アニメーションプロデューサー) / Hiroaki Takeuchi (Animation producer)
慶應義塾大学卒業後、青年コミック雑誌『週刊ヤングジャンプ』(集英社)において、 契約プロデューサーとして年間50以上のアニメーション、コミックプロジェクトに参 加。アニメーションとコミックスのデジタル映像を数多く制作するとともに、インター ネットコンテンツにも積極的に取り組み、『週刊少年ジャンプ』の公式サイトプロデュー スも実施。97年にはSEGA社と共同でハイエンCGスタジオを設立。「鉄コン筋クリート」CGパイロット版など数多くのCG映像やビデオゲーム向けアニメーション映像を手がけ、オリジナルのフルデジタルアニメーションも開発。98年には、国内の大手アニメーションエージェンシーや大手商社の出資により㈱コミックスウエーブ社を設立。日本の著名アニメーション、コミックスの版権管理、制作スタジオ管理、マーケティングビジネスを開始。新海誠監督「ほしのこえ」を世に送り出し、世界的ヒットとなる。99年に、マーベラス・エンターテイメント㈱社にエグゼクティブ・プロデューサーとして参加。
その他日本政府や東京都が行なうアニメーション関連の評議委員も務める。2001年に押井守監督の最新作『AVALON』の北米スクリーニングを実施、03年には『マトリックス』のアニメーション『アニマトリックス』の日本サイドの総プロデューサーを務めた。最新作は、個人制作アニメの新しい潮流となる「センコロール」が本年8月に劇場公開される。


